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71.鬼の雫は、グスカスの最期に向けて動き出す



 指導者ジュードが、バイト少女たちとデートしている、一方その頃。


 鬼の少女・しずくは、街の入り口にて、グスカスを見送ろうとしていた。


「グスカス様、本当に、行くのですか……?」


 雫は不安そうに【見える】表情で、グスカスを見上げる。


「新規に発見されたダンジョン探索なんて、やっぱり危険すぎます。絶対やめたほうがいいですよ」


 するとむっ……! とした表情に、グスカスがなる。


「ハッ……! 誰に物言ってやがる! 俺様はグスカス様だぞ! 女神に選ばれた、特別な人間なんだぜ」


「でも……今のあなた様は……」


「うっせえ。俺様に意見するんじゃあねえぜ。いくっつったらいくんだよ!」


 ……ああ、なんて。


 なんて単純な男。


 雫は心の中で、グスカスをあざ笑う。


 ……そう、この鬼の少女の心は、実はグスカスに、これっぽっちも向いていない。


 彼女は、弟キースの放った間諜スパイなのだ。


 ジューダスを心酔するキースと志をともにしている。


 グスカスは、雫にとっては、真の英雄であるジュードをパーティ追放した大罪人だ。

 誰がそんな男を、好きになるというのか。

「グスカス様。どうしても、いかれるのですか? 無理なさらずとも、ほかのクエストでお金を稼げばいいじゃあないですか?」


「っせーな! やるんだよ! 俺様は……証明しなきゃあいけねえんだ! 俺様が、選ばれし特別な人間だってことをな!」


 ……意味不明の、極みだった。

 

 このクエストを受注することと、存在の証明が、いったいどうつながるというのか。

 思考回路を疑う。

 ……まあ、豚の思考なんて、理解したくもないが。


「ぐす……グスカス様……ごりっぱです……」


 心の内をいっさいさらさず、雫は、まるで本当に感じ入ったかのような涙を流す。


 雫の得意技だ。

 彼女は娼婦をしていたことがある。


 相手の望む表情をうかべることなど、造作も無いのだ。


「わかりました。グスカス様。ぼく……あなたの帰りを、ずっとずっと待ってます」


 涙を目に浮かべながら、雫は小指をグスカスに向ける。


「だから絶対絶対、いきてかえってきてくださいね!」


 グスカスは目を潤ませると、ガバッ……! と抱きしめてきた。


 ……クサい。


 不快だ。豚小屋のような匂いがする。吐瀉物を体に浴びせられたような気がした。

 

 だが雫は嬉しそうに涙をうかべると、グスカスの唇にキスをする。


「……待ってます。いつまでも」


 グスカスはうなずくと、きびすをかえす。

「そろそろ海底ダンジョンクエストゆきの馬車が出発しまーす! 参加者はこちらに!」


 グスカスは馬車へと向かって歩き出す。


 途中、何度かこちらを振り返る。

 

 雫は笑顔を保つ。

 ……まだだ。まだ、我慢しなくては。


 やがてグスカスは馬車に乗り込む。


 冒険者たちとともに、その場を後にした。

 ……そして、完全にグスカスが見えなくなると。


「おぇ! おえぇええええええええ!」


 雫はその場にうずくまり、吐瀉物を地面にぶちまけた。


 ふらつきながら、道の脇にある水路へと向かう。


 そして口を何度も何度も、ゆすった。


「うぇ……きもちわるい……うっぷ……」


 あんな豚に接吻をかわすなんて、排泄物を口に含んだほうがましだ。


 本当はその場でゲロをぶっかけてやろうかと衝動に駆られた。


 けれどそれをしては、グスカスの可愛い恋人役としては不適格だ。


「きもちわるい……気持ち悪い……きもちわるい……」


 真っ青な顔で雫がつぶやいていた、そのときだ。


「おおぅい、君。だいじょうぶかい?」


 振り返ったそこに居たのは……英雄ジューダスだった。


「!」


 口から、心臓が出るかと思った。


 それくらい予想外だった。


「顔真っ青だけど、大丈夫か? ほら、これ飲みなさい」


 ジューダスは自分の隣に座り込むと、【インベントリ】から、水薬ポーションを取り出した。


「あ……え……」


 まだ、頭の中がパニックになっている。


 あまりに突然に、憧れの存在が現れてしまい、脳が処理しきれないで居るのだ。


 ジューダスは蓋を開けると、雫にポーションを向けてくる。


 駄目だ。動揺を悟られてはいけない。


 ゆっくりと、雫はポーションを飲む。


 鎮静効果があったのだろう。

 飲んだ瞬間から、緊張がほどけていった。

「ふぅ……」


「落ち着いた?」


「はい……ありがとう、ございます」


 名前を言いかけて、口を閉ざす。

 いけない。


 あくまでも自分は、ジューダスから見て一般人でなければいけない。


 キースの存在を、グスカスとの関係性を、決して気取られてはいけないのだ。


「大丈夫? 医者まで送ろうか?」


 ……雫は、その場に跪きたくなった。


 ああ、なんて。


 なんて、高潔な人物なのだろうか……。


「いいえ、大丈夫です。あなたの薬のおかげで、元気になりましたのでっ」


 内心では狂喜乱舞していた。


 雫はジューダスの熱狂的な狂信者ファンなのだ。


 崇拝する人から施しを受けただけでもうれしいのに、優しくされたのだ。


 本当ならば狂ったように笑い、駆け出したい。


 だが、それを鉄の心で我慢する。


 あくまでも、自分はジューダスにとってモブでなければいけないのだ。


「ううーん、でも暗くなってきたし、送るよ?」


「ひぇ」


「ヒエ?」


「いいえ! 大丈夫です、さよなら!」


 雫は走ってその場から逃げる。


 駄目だ。走らないと。遠くにいかないと。

「うひ……うひゃひゃひゃひゃぁあああああああああああああああ!!!!!」


 全力で疾走しながら、雫は狂ったように笑いこける。


「さすがジューダスさまぁ! やはりあなたが英雄王にふさわしいですぅうううううううううううううううう!」



    ☆



 ジューダスから十二分に離れた場所。


 路地裏にて。


「キース様、雫です。ご報告に参りました!」


 通信魔法で、雫はゲータニィガ王都にいる、第二王子キースに連絡を取る。


『ご苦労様です。どうしました、雫? もしかして、ジュードさんと偶然出くわしましたか?』


 さすがキースだ。

 こちらの動向を見ずとも、何があったのか察したのだろう。


「はいっ! やばいです! ジューダス様はやっぱり優しくて最高ですね!」


『ええ、雫。あなたの言うとおりです……』


 ふたりとも、恋する乙女のように、熱っぽくつぶやく。


 女性である雫はおろか、同性であるはずのキースの心さえも、かの英雄王に奪われてしまっているのだ。


『ところで雫、なにか報告することがあるのでしょう?』


「そうでした!」


 雫は、今日までの出来事を、キースに簡単に報告する。


『さすが雫、素晴らしい手腕です』


「といっても、今回ほとんどなにもしていません。あの豚が、勝手に自滅しているだけです」


『いいえ、雫。やつがこの世に絶望し、自死しないよう優しくし心の平静を保つようコントロールする。その手腕は、あなたにしかできません』


「もったいないお言葉! ありがとうございます!」


 キースは部下の仕事を、ちゃんと理解し、褒め、いたわってくれる。


『あんな人間のくずに抱かれて、さぞ辛かったことでしょう。任務のためとはいえ、身を削るようなまねをさせてしまい、ごめんなさい』


「そんな! キース様が気に病む必要はありません! わたしは自分の意思で任務に当たっていますので!」


 キースに何一つ強制されたことはない。


「あなた様とわたしは、目指すところは同じです! 英雄王の誕生! ……そして、あのカスに苦しみを与えることです」


 あろうことかあのクズカス野郎は、大英雄の手柄を奪うだけにとどまらず、地位も名誉も汚したのだ。


 許されるわけがない。


『雫。そろそろ、機は熟した頃合いでしょう』


 キースが静かな声音で言う。


『身の丈に合わず、それでも新規発見された海底ダンジョンへ赴くほど……あの男は雫、あなたに惚れています』


 グスカスが頑張るのは、生活費を稼ぐためだ。


 本来は雫が、娼婦として働いて、自分はニートをしていた。


 しかし雫がほかの男に抱かれるのが嫌だといって、グスカスは冒険者を始めたのだ。

 そして今回の危険極まるクエストを受けたのは、キースが言うとおり、雫を養うためである。


 あの、超自己中心的な男が、自分のためでなく働いている。


 ……それは、彼を知る誰もが、異常事態だと判断する。


 逆に言えば、それほどまでに、グスカスは雫を大事な、自分に近しい存在として認めていると言うことの証明でもあった。


『あなたの尽力もあり、もはやあの豚にとって、心の唯一の支えは、あなたしかいません』



「光栄です。……では、そろそろ」


『ええ。そろそろ……』


 にぃ……っと雫が、酷薄に笑う。


 インベントリから、ナイフを取り出す。

 

 刃に、雫の目がうつり、怪しく光っていた。


「しかしキース様。わたしが手をかけずとも、海底ダンジョンであのゴミカスが命を落とす可能性もありますよね?」


 するとキースは、敬虔なる神の使のごとく、穏やかな声音で言う。


『雫。あなたが今居る場所には、英雄王がおわすのですよ?』


 ハッ……! と雫は何かに気づいたような表情になった。


「なるほど! そうでした! ……しかし、あんなゴミカスを、あの御方は助けるでしょうか?」


 雫の問いかけに、キースはハッキリと答えた。


『たとえ誰であろうと、困っている人に手を差し伸べる。それが英雄王ジューダス・オリオンというものです』

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― 新着の感想 ―
[一言] う〜ん………相変わらず、病んでるなぁ〜2人とも(笑) でも、雫たん好きだから、グスカスとの関係を早く終わらせて欲しい〜(≧∇≦*)
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