58.勇者グスカスは、再度ギルドで恥をかく
指導者ジュードが、無自覚最強のボブと邂逅した、一方その頃。
勇者グスカスは、ガオカナの街にいた。
「くそ……いってえ……体、ボロボロだ……」
グスカスは先ほど、馬車に乗ってクエストに向かう途中、ゴブリンに襲われた。
ゴブリン相手に勇ましく挑もうとした。
が、結果は惨敗。
「ぢくしょう……あんなやつ、あんなやつ、俺の真のチカラが戻れば、あんなやつなんて……楽勝なんだよ……」
なぜなら、自分は女神によって、選ばれた存在だから。
特別な存在だから。
ゴブリンなんかに、負けるはずがないのだ。
「くそ……口の中も、体中もいてえよ……ちくしょう……あの御者。俺を置いて立ち去りやがって。今度会ったらただじゃおかねえぞ……」
ゴブリンに襲われた馬車を救ったのは、ボブだ。
彼が颯爽と現れ、ゴブリンを退治。
馬車に乗っていた御者は大喜び。
そしてグスカスを放置して、帰った。
しかし仕方の無いことだ。
グスカスは自分のみかわいさに、自分よりも非力な御者の命を、ゴブリンに差し出そうとしたのだから。
「俺様が助かるための生け贄になるなら本望だろうが。くそっ! 俺様をぞんざいに扱いやがって……」
痛む体を引きずりながら、グスカスが向かうのは……冒険者ギルドだ。
その足取りは、非常に重い。
なぜならグスカスは、Sランクモンスターを倒すと豪語して、ギルドを出たのだから。
だが結果はゴブリンすらまともに倒せないというていたらく。
……それでも、ギルドへ行くのは、金をもらうためだ。
ボブがゴブリンを倒した。
その死体から、ドロップアイテムを回収した。
平たく言えば、ボブの倒したモンスターを、横取りしたことになる。
「違う……これは横取りしたんじゃない。ボブは死体を放置した! 落ちてる物は誰のもでもないんだ! だから、俺様のものなんだ!」
自分にそう言い聞かせる。
そうやって言い訳しないと、惨めさで死にそうになるから。
雑魚すら倒せず、手柄を横取りするなんて、こすいマネを……勇者にして王子である自分が、しなくてはいけないなんて。
「今は……しょうがねえ。真のチカラが戻るまでの、ほんのいっときの我慢だ……我慢しろ、雫の、ためだ……」
家で帰りを待つ女がいる。
彼女にメシを食わせてやらなければいけないのだ。
……ややあって、グスカスは冒険者ギルドへの門をくぐる。
「おっ! グスカスくーん。どうだったー?」
「Sランクの依頼、どうだったー?」
近くにいた冒険者たちが、グスカスに絡んでくる。
ニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべながら、である。
「……んだよ、気色わりいな」
グスカスは煩わしそうに手をふるって、その場を後にしようとする。
「グスカスくーん? どうだったんだよー。なーなー依頼は達成できたのかよぅ」
「あんだけ息巻いていたんだから、きっとSランクの依頼、みごとに完了したんだろうなあ~? 倒したんだよなぁ、九頭バジリスク~?」
……ぎりっ、とグスカスは歯ぎしりする。
違う……と言えなかった。
まさか、本命を前に、ゴブリンに負けてしまったなんて、口が裂けても言えない。
「と、当然だろ! モンスター……見事たおしてやったぜ!」
グスカスは、見栄を張って、そう言ってしまった。
そうでないと、恥ずかしいから。
あれだけ自分を強いと言い張り、そして大見得切った手前、ダメでしたなんて言えなかった。
いや、しかし嘘は言ってない。
自分はモンスターを倒したとしか、言ってない。
Sランクのバジリスクを、とは言ってないのだ。
「な、なんだってー」
「そりゃすごいなぁ、さすがグスカスくーん。ちょーかっけー」
……だが、冒険者たちの反応が、おかしかった。
ニヤニヤ笑う者、ぷぷっ……と噴き出す物。
リアクションが、おかしかった。
「な、なんだよ! もっと驚けよ!」
「ぷっ……あ、ああ……驚いたよ」
「ほんと……ぷくくっ、きょ、驚愕だなぁ。前代未聞だよ」
「ふ、ふん! そうだろう? 俺様は……すげえんだ! だからもう、二度とオレ様のことバカにすんじゃねえぞ!」
グスカスは冒険者たちを残して、受付カウンターへと向かった。
周りをキョロキョロ見やる。
周囲に誰もいないのを確認し、グスカスは、こっそりと、受付嬢に言う。
「……なあ、魔物のドロップアイテム、買い取ってくれるんだろここで?」
「ええ。魔力結晶はおもちですか?」
こくり、とグスカスはうなずく。
受付カウンターに、ゴブリンの死体から回収した戦利品、魔力結晶を置く。
受付嬢はうなずいて、魔力結晶を受け取る。
「換金してきますので、そのままお待ちください」
「さっさとしろよ。急いでるんだ」
あまりここに長居したくない。
長くいればそれだけ、自分の嘘がバレてしまうリスクがあるから……。
ひやひやしながら、受付嬢が来るのを待つ。
「おまたせしました」
「おっせーんだよ! いつまで待たせるんだよタコが!」
いつバレるか、とひやひやしっぱなしだった。
心臓に悪かった。
受付嬢は顔色ひとつ変えず、グスカスに報酬金の入った革袋を手渡す。
グスカスはそれをひったくり、中身を確認する。
……かなりの額だった。
ボブが倒したゴブリンは、結構な数が合った。そのすべてを回収していたので、結果、手元にかなりの金額が残ったわけだ。
ホッ……とグスカスは安堵する。
「じゃ、俺様はこれで……」
なんとかバレず、やりすごせたぞと思った……そのときだ。
「おまちください、グスカス様。受付嬢長があなたに用事があるそうです」
「ああ? んだよ……さっさと帰らせろよ」
すると受付の置くから、メガネをかけた、初老の老婆がやってきた。
「グスカス様。あなたに苦情が来ています」
「苦情だぁ~?」
受付嬢長は、メガネを光らせていう。
「あなたに命の危険にさらされたと、商人のかたからクレームが来ています」
「商人……?」
ハッ……! とグスカスは気付く。
ついさっきの出来事を、この女は言っているのだ。
マズい! と思ったときにはもう遅い。
「あなたはクエストに向かう途中、ゴブリンに襲われた。戦ったが敗北。ボコボコにされた後、我が身かわいさに民間人である商人の命を差し出した。それは、冒険者の看板に泥を塗る、最低最悪の行為です」
受付嬢長の声が、ギルド内に響き渡る。
「で、でたらめ言うんじゃねえ!」
「でたらめではありません。厳然たる事実です」
バッ! とグスカスが背後を振り返る。
「ぷっ……!」
「ぷぷっ……!」
「「「ぷぎゃ~~~~~~! はっはっっはーーーーーー!!!」」」
遠目で見ていた冒険者たちが、一斉に噴き出したのだ。
「おいおい聞いたかよぉ!」
「ああ! ゴブリンに負けただってぇ~!?」
「「「ぎゃーーーーーはっはっはーーーーーーーーー!!!!」」」
冒険者はたちはグスカスを見て大笑いする。
腹を抱えて笑い転げるものまでいる。
かぁ……とグスカスは、周知で顔を真っ赤にする。
「う、うるせえ!」
「おいおいグスカスくーん? だめじゃないかー。いくら自分がナメクジ並みにクソ雑魚だからって、民間人を盾にしちゃ~」
「しかも……ぷぷっ! ゴブリンに命乞いって……あ、あんな弱いモンスターに命乞いするなんて……!」
「Sランクモンスター倒すとか息巻いてたくせに! 恥ずかしいことこの上ないですね-!」
「「「ぎゃーーはっはっっはー!!」」」
……グスカスはうつむいて、ギリッと歯がみする。
「……てめら、知ってやがったな!」
グスカスは冒険者たちをにらみ付ける。
「知ってて、知らない振りしてやがったんだな!?」
そうとしか、この反応はあり得ない。
彼らのリアクションは、今初めて、グスカスの失敗を知ったふうではなかった。
では……誰が広めたのか……?
「グスカス様」
受付嬢長が、冷たい声音で言う。
「あなたの一連の行為は、ボブ様からも報告が上がってきています」
「ボブからもだと!?」
ええ、と受付嬢がうなずく。
「もっとも、彼の報告は、あなたと商人様がゴブリンに襲われてるところを助けた、とのことでした。二人分の証言がそろったことで、商人様の証言に信憑性が増し、あなたのやった最低の行為が発覚した次第です」
つまり、あのモブ野郎が余計なことを言わなければ、事実が明るみになることはなかったのだ。
「あのクソがきぃいいいいいいいい!」
「……命の恩人に、なんですか、その言い草は」
はぁ……と受付嬢長が呆れたようにため息をつく。
「そうだぞ! ボブが助けてくれたんだからありがとうだろうが!」
「それより、自分より年下に助けてもらった感想はどうですかー?」
「うるせええええええええええええ!」
グスカスはきびすを返し、その場を走り去ろうとする。
「グスカス様。今回は厳重注意にしておきますが、次ぎ同じことをやったら冒険者名簿から除名処分にさせていただきますからね」
受付嬢長の声が、背後から聞こえる。
「そうだぞグスカス! 次はゴブリンに負けるみたいな恥ずかしマネすんなよ!」
「恥かく前に自分に合ったクエスト選ぶんだぞ!」
「おまえにぴったりの、お使いクエストが待ってるぜ!」
「「「ぎゃーはっはっは! ぎゃ~~~~はっはっは~~~~~~~!」」」
……惨めだ。
グスカスは惨めな思いをしながら、走って帰路につく。
惨めで、悔しくて……涙が止まらなかった。
「ちくしょう! ちくしょうちくしょう! あれもこれも! 全部あのボブのせいだ! あの野郎のせいだ!」
グスカスは走る。
「あのときボブが止めなかったら! きかっと勇者のチカラが戻ったんだ! そしたらあんな雑魚一撃だったんだ! それをあのアホが止めやがった! あのクソやろうめ! あのモブやろうめ! 余計なことしやがってぇえええええええええええ!」
……ボブが、心の底から憎かった。
「今度会ったらぶっ殺してやるからなぁああああああああああああ!」
……口にして、むなしくなった。
あんな、バケモノみたいに強いヤツに、今の自分が勝てるわけナない。
あいつは、強すぎる。
あの強さは、今まで自分が見てきた誰よりも強かった。
それこそ……あの冴えない指導者のおっさん、ジューダスよりもだ。
世界最強の魔王を倒したジューダスよりも、ボブは強いだろう。
ボブはそれだけ、規格外の強さを持ったバケモノ。
だが今勝てぬことに、悲観することはない。
勇者のチカラが戻れば、あんなやつ一撃だ。
そうだ。
勇者の力を持っていた頃の自分はジューダスよりもずっと強かった、と記憶している。
……たぶん。
あんなやつよりも、当時のグスカスは強かったのだ。……おそらく。
だから、ジューダスより強い、勇者の自分は、真の実力を発揮すれば、ボブなんて瞬殺できる。
今に見てろとグスカスは歯がみする。
力を取り戻したあかつきには、あんなモブ、一撃でぶっ殺してやるからと。
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