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43.勇者グスカスは、罰を受ける【中編】



 国王グォールが、息子グスカスに、追放処分を言い渡した……その夜。


 大臣たちとの会議を終えたグォールが、私室に戻ってソファに腰を下ろしていると、ドアがノックされる。


「入れ」

「失礼します、父上」


 入ってきたのは、自分の息子だ。


「おお、キース……」


 女と見間違うほど美しい顔と体つきの、薄幸の美青年だ。


 現王妃が、一番目に産んだ息子であり、自分にとっては二番目の息子だ。


「父上。会議お疲れ様です」

「うむ……おぬしこそ、大臣たちの説得、ご苦労であった」


 勇者に処分を言い渡した後……。


 王城で働く首脳陣から、非難の声が上がった。


 グォールは部下たちを集めて、会議を開いた。議題は先ほどの、グォールが下した、グスカスに対する処遇についてだ。


【処分が甘すぎる!】

【罪人として処刑しても言いレベルだ!】

【王族が結界を壊したなど、前代未聞の大事件だぞ!】


 などなど……。大臣や宰相たち、そして主要幹部たちから、非難の雨を受けた。


 グォールはただひたすらに、耐えた。その間、大臣たちを説得させたのは……。


 誰であろう、この孝行息子である。


 キースは巧みな話術で、臣下たちの溜飲を下げた。見事な舌の回りようだったと、グォールは感心したものだ。


 首脳陣たちを納得させ、長時間に及ぶ会議は終了。今に至るという次第だ。


 グォールは立ち上がり、目の前に居る息子に、頭を下げる。


「すまん……おぬしには迷惑ばかりかけてしまって……」

「とんでもないです、父上。迷惑などとはみじんも思ってませんよ」


 キースがニコッと笑う。


 そこには何の陰りも見えない。心からの言葉を口にしたのだろう。なんとできた息子だろうか。


 グォールはソファに腰を下ろす。息子にも座るよう指示する。


 王は改めて、今回の件について、功労者である息子に礼を言うことにした。


「キース、此度こたびの活躍、誠に感謝申す。おぬしがいなかったら、今頃もっと王都は混乱し、被害はより深刻だったろう」


 グォールが頭を下げると、キースはなんてことも無いように、ほほえんでいた。


「僕は何もしてません。僕は騎士たちを配備しただけにすぎません。実際に頑張ってくれたのは騎士たちです」


 キースが進言したのだ。


 降臨祭の日は、城下に人が多く集まる。トラブルが増えるので、騎士を街に配置しようと。


「わしは……わしは本当に駄目な王だな……。国民の父を自称しながら、その程度のことも知らぬとは……」


 そう、本来ならば、この提案は自分グォールがせねばならないことだった。


「致し方ありません、父上。住民同士のトラブルは、いちいち王の耳には入らないですから」


 しかしこのキースは違う。普段から城下へ足を運び、街の様子をつぶさに観察している。住民たちの声をよく聞く。


 それが結果的に、今回の騒動を最小限にとどめることにつながったのだ。


「わしは……本当に愚かな男だ。愚王と呼ばれても仕方ないだろう」


 グォールは先ほどの会議を思い出す。


 臣下のひとりがいったのだ。あなたはとんでもない愚王だと。


 それ対してグォールは、何も言い返せなかった。


 街に混乱を引き起こした張本人。息子グスカスを育てたのは、自分だ。


 自分が息子を甘やかせたから、グスカスはあんな風にゆがんでしまった。


 そして罪を犯したグスカスに対して、禁固刑や打ち首などではなく、王位継承権剥奪の上、国外追放という、異例なほどの軽い罰で済ませた。


 首脳陣たちは、上司グォールの下した判断に、みな憤慨していた。


 罰が甘いと。グスカスがしでかした罪を、軽く捉えているのではないかと。


「キース……おぬしもわしの判断は、甘いと思うか? 間違っていると思うか?」


 息子に問いかける。


「……そう言う意見が出ても、致し方ないでしょう」


 キースはハッキリとした答えを口にしなかった。それは彼の優しさだろう。


「……しかし……しかしな……」


 グォールはうつむいたまま言う。


「グスカスは……わしの息子なんだ。あんな大惨事を起こしたとは言え、わしにとっては、かわいい、かわいい息子なのだ……」


 たとえ人から愚王と言われようとも。


 愛する息子に、重い罰は、与えられなかったのだ。


「ほんと、親馬鹿で、愚かな王だ……」

「父上……」


 グォールは顔を上げる。キースがまっすぐに自分を見ていた。慰めの言葉、彼はかけてこない。


 当然だ。自分の下した判断は、【王】がするべき判断ではなかったのだ。


 それを下した父を、キースは心の中では許してないのだろう。責めているのだろう。


「キース。わかっておる。責任は、取る」


 グォールは、自分の頭に手をかける。


 そこにある王冠を、手に取り、そして自分の頭から外す。


「これは、愚王にはふさわしくないものだ」


 グォールは王冠を見つめながら、自嘲的に呟く。


 初めてこれをかぶった日を思い出す。前王・父から、王位とともにもらったこの王冠。


 これをかぶった瞬間から、グォールはここ人間国ゲータニィガの王となった。


 それを脱ぐと言うことは、つまりは王位を退くという意味。


 そして王冠を……グォールは息子に向ける。


「これは、王がかぶるべきもの。……キース」


 グォールは、第二王子に向かって、言った。


「おぬしが……新しい歴史を作ってくれ」


 責任を取る。つまり、辞職だ。


 任期満了前に、王位を退くなど前代未聞だろう。


 自分は、歴史に【最大の愚王】として名を残すことになるだろう。


 それでも、こんな愚かな男が、この国のトップに座っているよりは。


 有能で、未来のある息子に、後を任せた方が良いだろうと。


 ……おそらく息子は、この展開を読んでいたのだろう。


 グォールからの提案に、息子はみじんも動揺を見せていなかった。


 そう、自分が王位を譲ると言ったら、息子もまた、喜んで受け取ってくれるだろう。


 こんな愚かな父よりも、自分はもっと国を上手く回していける。さとい息子は、それくらい思っていても、おかしくはないだろうから。


 キースはグォールに手を伸ばす。そして王冠を手にして、こう言った。


「お断り、いたします」



    ☆



 その数時間後。

 鬼娘・しずくは、第二王子キースに【大切な用事がある】と呼び出され、彼の部屋を尋ねていた。


 王子の執務室へ行くと……そこには銀髪の青年が、イスに座っていた。


「キース様っ。お疲れ様です!!!」


 雫が頭を下げる。キースはほほえんで「お疲れ様です」と言った。


「キース様……計画通りにことが進みましたね!!!」


 雫がキースに笑顔を向ける。


「ええ、これも雫、あなたが頑張ってくれたおかげです」


「そんな! ぼくは何もしてません。一番頑張ったのは、この作戦を立てたキース様ではありませんか!」


 作戦立案はキースが行った。雫は単に、グスカスをそそのかして、キャスコの元へ行くよう誘導しただけである。


「何を言っているのですか、雫。あなたの話術が無ければ、グスカスを外にはできませんでした。彼が外に出なければ、計画は進行しませんでしたからね。功労者はあなたですよ」


「~~~~~~! もったいなきお言葉!」


 ああ、やはりこの人はできる人だし、優しい人だと思った。


 さて。


 これで計画通り、街の被害を最小限にとどめ、あの勇者にせものを追い出すことに成功したわけだが。


「しかしキース様。計画通りとは言え、ぼく、一つ納得できないことがあります……あ、すみません! 別に異議を唱えたい訳じゃないんですけどっ」


 雫は慌てて首を振る。非難の色が混じっていたかもと思ったのだ。


 しかし第二王子は微笑み、気にしている様子はなかった。


「なんでしょう。申してご覧なさい」


「はい……。あの、どうしてキース様は、王位を継がなかったのですか?」


 計画通りとは言え、やはりどうしても、雫は納得いかなかった。


「キース様が王位を継げば、この国をよりよくすることができるではないですか?」


 そう、キースの頭には、王の印である王冠は乗ってない。


 キースは父から王位をもらい受けなかったのだ。


「それはですね、雫。彼が……グォールが王でいた方が、いろいろと都合が良いからですよ」


 キースの言葉に、しかし雫ははてと首をかしげた。


 キースの言っていることが、よくわからなかったからだ。


 第二王子はほほえむと、


「難しい話ではありません。僕が国王として表に立ってしまうと、いろいろ動きにくくなってしまいますからです」


「はぁ……そう言うものですか」


 雫にはよくわからなかった。だがキースがその方が良いというのなら、そうした方が良いのだろう。


 この賢いひとが、間違ったことをするわけがないのだから。


「それにですね雫」


 ニコッとキースが笑う。


「グォールにはまだまだ、やってもらわないといけないことが、多くありますから」


「やってもらわないといけないこと……?」


 ええ、とキースがうなずく。


「数えきれないほどありますが……まあ例えば国民への謝罪。例えば魔王討伐の真実の公開など。グォールの口から言ってもらうこと、彼にやってもらわないといけないことは、たくさんあるのです」


 なるほど……。


「そっか! 確かに今回の騒動や、魔王討伐の偽装は、全部グォールの犯行ですもんね! キース様が王になったら、キース様の責任になっちゃいます!」


 そうだ。あのバカ親子の泥を、なんでキースがかぶらないといけないのか!


 もしキースがそれらをした場合、キースの信用を落とすことになる。そうなると今後の計画に支障が出てくる。


 国民からのヘイトを受けるのは、あのバカ王であるべきだ。


「他にもやるべきことはまだまだあります。……グォールには利用する価値があるのです。引退させるより、こうして手元に残しておいて操った方が、都合が良いのですよ」


 キースにとっては、父は駒の一つに過ぎないのだ。


「今回の件でグォールは僕に対して、大きな借りを作ってしまいました。それに息子を追放したことで、もはや彼の心は抜け殻。この状態のグォールを、僕の意のままに動かすことなど、造作も無いことです」


 そのとき雫の脳裏に、ひとつのビジョンが浮かんだ。


 グォールという操り人形。それを上から糸を使って動かす、キースという絵だ。


「わかりました! キース様が直接動くのではなく、キース様の言葉でグォールを操るんですね!」


 表に立つのはグォール。そして裏で動かすのはキース。


 傀儡王、誕生の瞬間であった。


「そのとおり。雫は理解が早くて助かります。頭の良い部下を持って、僕は幸せです」


「そ、そんなぁ~……♡ えへへ~……♡」


 雫は嬉しくてたまらなかった。彼に褒められると、不思議と心が浮き立つのである。


 キースはほほえみながら言う。


「雫、僕たちの最終目的は、僕が王位につくことではありません」


「わかってます! 英雄様にこの国の王になってもらう……それがぼくらの夢であり、成就させるべき大願です!」


 そう……とキース。


「そのための布石は打ってありますし、これからもそのために布石を一つずつ積み重ねていくのです」


 キースが遠くを見据える。


「……この国はまだ、英雄様に譲るには、まだまだ無駄が多すぎる。まだまだ未熟すぎる。英雄様にふさわしい国を作りかえ、万全の準備を整えたところで……彼には王になってもらうのです」


 英雄が、王になるには、それ相応の準備が必要になると言うことだろう。


 英雄王の誕生には、まだまだ時間がかかりそうだ。


 だがこのキースがいれば、そう遠くない未来の話ではないように、雫には思えた。


「さて……話が長くなりましたが、これで僕が王にならなかったこと、納得してくれましたか?」


「はいっ! 丁寧に解説していただき、ありがとうございましたー!」


 キースは、雫が理解できる言葉を選んで説明してくれた。そういう細かい気遣いが、雫は嬉しかった。


 それはさておき。


 キースは雫を見て言う。


「さて、前置きが長くなりましたが、雫。あなたをここに呼んだ理由をお話します」


 そうだった。今日雫がここに来たのは、キースに用事があると、呼び出されていたからだった。


 雫は居住まい正す。


「なんでしょう! なんでもします!」


 ありがとう……とキースがほほえむ。


「雫、あなたには最後の仕事を言い渡します」


「最後の仕事……ですか?」


 キースはうなずく。


「ええ。あなたにしかできない仕事です。あなたでないと完遂できないことなのです」


 キースは立ち上がると、雫の前にやってくる。そして膝をついて、頭を下げた。


「き、キース様! やめてください! 頭をお上げなさってください!!!」


 そう言っても、キースはなかなか頭を上げてくれなかった。


 ややあって、やっと顔を上げてもらえる。

 キースの表情は暗く沈んでいた。今にも泣きそうなほどだった。


「雫……あなたに任せる仕事は、簡単に言えば【ごみ処理】です。あなたにとっては辛い仕事。それをあなたに任せるとなると、心は痛むのです」


【ごみ処理】という言葉。


 最初は、何のことを言ってるのか、雫には理解できなかった。


 だが次第に、キースが【誰】のことを指しているのか、そしてどんなことを、自分にやらせようとしているのか……気付いた。


 そうか。今あの【ごみ】は、すべてを失っているのだ。


 だからそこにつけ込もう、ということなのだろう。


 なるほど。確かにこのタイミングで、そしてこの自分が動かねばならない。


 文字通り、【雫にしかできない仕事】であった。


「なるほど……。確かに、ぼくにとってはきついです……ですが大丈夫です!」


 雫はドンっ! と自分の胸をたたく。


「英雄様のためなら、ぼくは何だってします! 何だってできます! ぼくに……ぼくにお任せください!」


 そう、自分の家族を殺した魔王。それを倒してくれた、真の英雄である彼のためなら。


 たとえどんな困難が待っていようと、絶対にやり遂げるだけの覚悟が、雫にはあった。


「素晴らしい忠誠心ですよ、雫!」


 がしっ、とキースが雫の手を握る。


「キース様! この雫、あなたの奴隷が、見事仕事を達成してきてみせます!」


 雫はがしっと、第二王子の手を握り返す。

「こちらのことは気にしないでください。僕がすべて上手くやってみせます。あなたは自分の仕事だけに注力してください」


「わかりました……!!」


 雫はキースから手を離すと、びしっ! と敬礼をする。


「頼みますよ雫。すべては英雄王のために」


「はいっ! すべては英雄王のために!」


 雫はぺこりと頭を下げると、キースの部屋を後にする。


 そして雫は、【ごみ】の元へと向かって、歩き出したのだった。 

長くなったので後編に続きます。

あと2話で4章終了の予定です。


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