23.勇者グスカスは、居場所を完全に失う
ジューダスのもとに、王女ミラピリカが訪れてる、ちょうどその頃。
勇者グスカスは、私室にて謹慎処分を食らっていた。
「クソ……! クソッ! なんで俺様がこんな目に……!!!」
部屋の中は荒れ模様だった。調度品はひっくり返され、壁にはボコボコと穴があいてある。
グスカスが怒りにまかせて、壁を殴った証拠だった。
「クソッ! いらいらする……! なんで俺様が監禁まがいのことされないといけないんだよぉ!!!」
事の発端は数日前。
宮廷魔道士長である、キャスコ・トゥエールを感情的になって、クビにしたことだった。
それが父親である国王グォールにばれてしまい、手ひどく叱責を食らう。
「くそが……。俺様は悪くねえんだ。あのクソ女が悪いんだ! 俺様を不快にした……ちくしょう……ちくしょう!!!」
その後グスカスは、父親からしばらく反省しろ、と命じられ、自室にて謹慎処分を食らっている次第である。
部屋から出ることは許されていない。部屋のドアには外から鍵がかけられており、風呂トイレの時以外は外に出れない。
また食事の時は、鍵が開いて召し使いが入ってくるが、そのとき以外は、ドアは固く閉ざされたままだ。
謹慎処分とは聞こえが良いだけで、ようは監禁状態だった。
「俺様は勇者だぞ……この世で一番えらいんだぞ……その俺様に、こんな囚人のような仕打ちしやがって!!! あの無能国王が! くそっ! くそっ!!」
グスカスは壁際に移動し、ばこっ! ばこっ! と壁を殴る。
「いってぇ……ちくしょう……痛え……」
グスカスが涙目になりながら、手を押さえる。壁に向かってパンチを繰り出す。
勇者である彼にとって、壁を素手で破壊することは容易い。女神から常人以上の身体能力を与えられているからだ。
だのに、壁は凹むどころか、傷一つ付いてなかった。これには理由がある。
「くそ……! その上こんなもん、つけやがって……!!」
グスカスは憎々しげに、右手につけられた【腕輪】を見やる。
これは【罪人の腕輪】といって、文字通り大罪人を牢屋に閉じ込めておくときに、使われる魔法の腕輪だ。
この腕輪をつけられると、【人間族に限り、スキルの使用を禁止、身体能力を低下させる】という効果が、腕輪をはめられた本人に課せられる。
つまり今のグスカスは、勇者のチカラを封じられている。一般人と同じくらいのチカラしか持ってないのだ。
「キースのクソ野郎……妙なもんつけさせやがって……!!! なぁにが【兄上は暴れると周りに迷惑かけるから、これは必要な措置】だ! くそ! くそ! 馬鹿にしやがって! 弟の分際で!!!」
キースから腕輪を無理につけられたのは、つい昨日のことだ。
謹慎処分に腹が立ち、召使いをぼこぼこにした。
勇者の強化された身体能力。それによって強く殴られたのだ。召使いは殴打され、死んでしまった。
それが国王にバレ、第二王子の助言の元、グスカスはこの腕輪をつけられた次第。
「ああ腹立つ!! 弟のくせにでしゃばりやがって! 兄である俺の方が偉いんだ! だっていうのにあいつは偉そうに……ちくしょう! くそがぁ!!!」
壁に向かって、ばしばし、と拳をたたき込む。壁は前のように凹むことがない。ただ拳だけが痛む。
「畜生……監禁に罪人の腕輪……救国の勇者にこんなまねしやがって……ただですむと思うなよ!!!」
グスカスは弟の顔に一発ぶんなぐり、そして腕輪を解除させないと気が済まなかった。
そのときである。
こんこん。
【ぐ、グスカス様。お、おしょくじのお時間です】
おそらく召使いが、グスカスに、食事を運んできたのだろう。
グスカスはニヤリ、と笑った。
「入れ!」
がちゃり、とドアが開く。それに併せて、グスカスは助走をつけて、
「死ねおらぁああああああああ!!!!」
入ってきた召使いめがけて、跳び蹴りを、顔面めがけて食らわせる。
ばぎぃ……!!!
「がぁっっっ!!!」
グスカスの食事を持ってきた召使いが、仰向けに倒れる。手に持っていた食事が散らばる。
グスカスは意気揚々と召使いのそばに近寄る。
マウントを取り、胸ぐらをつかんで起こす。そしてバキッ! バキッ! と殴る。
「おらっ! おらぁっ!」
魔法の腕輪により、身体能力を押さえられている。だから前のように殴り殺されることはなかったが、それでも。
顔が腫れるまで、グスカスは召使いの顔を殴った。今までため込んだ鬱憤を少しでも晴らすように。
「……あ、……う」
召使いは白目をむいて気を失った。その顔は惨憺たる物になっている。
「けっ……! クソが。俺を恨むんじゃあねえぞ。恨むなら勇者である俺様を閉じ込めて、動物みたいな扱いをしたあのバカどもを恨むんだな」
気絶する召使いに、ぺっ……とつばを吐く。最後にゲシッ、と召使いを蹴り飛ばし、グスカスはその場を後にする。
目指すのはキースのいる部屋だ。やつは国王の命により、第一王子の仕事を肩代わりしている。
「あそこは元々俺の仕事部屋じゃねえか! 何勝手に使ってるんだよ畜生が!!」
ずんずんずん、と肩を怒らせて歩く。そして目当ての部屋の前にやってきた。
中に居るだろう、第二王子の顔面を、さっきみたいにボコボコにしてやる!
意気込みながら、ドアを開けようとしたそのときだ。
【グスカスでなく、おぬしが第一王子であればなぁ……】
中から聞こえてきた声に、グスカスは瞠目した
さっきのは、父の声だった。
「……………………は?」
グスカスはドアに耳を当てる。中には……父親が居るのか?
☆
第二王子キースの前には、自分の父親、国王グォールがいる。
先ほどキースの部屋に、グォールがやってきたのだ。
イスに座って、重々しくため息をついていた。
「キース……おぬしがいなかったら、今頃城は大混乱になったところだった。改めて、礼を言うよ」
「お気になさらず父上。僕は第二王子としての当然の務めを果たしたまでです」
キースがしたのは、以下のとおりだ。
・キャスコに変わる宮廷魔道士長を連れてきた。
・キャスコが辞めたのをきっかけに、抜けていった優秀な魔道士たち。その代わりとなる魔法使いたちを連れてきた。
・グスカスのせいでクビになった官僚たちを、キースが【近衛】として再雇用し、結果的に官僚の流出を防いだ。
ようするに全部、兄のせいで招いた混乱だ。それをこの第二王子が、すべて解決したのである。
「キース。すまぬ。病気で引退したお前を、また前線に戻すことになってしまい……」
「父上。気にしないでください。国の一大事ですから」
「本当……おぬしがいなかったら、おそらく大量の退職者が出て、国が回っていかなかったことだろう。本当に感謝しておる」
頭を下げるグォールに、キースは微笑をたたえたまま首を振る。
「本当にお気になさらずに」
「うむ……。しかしキースよ。新しく連れてきた宮廷魔道士長だが……」
グォールが言いにくそうに言う。
「そのぉ……なぜ他国の魔道士を連れてきたのだ?」
キースが連れてきたのは、隣国フォティアトゥーヤァの砂漠エルフだった。
「ここは人間国……宮廷魔道士長も、人間である方がよいと思うのだが……」
キースは首をふるって言う。
「父上。そういう固定観念は捨てましょう。今は実力主義の時代です。優秀な人材ならば、たとえ他種族であっても起用するべきです。現に彼女はきちんと、キャスコ様の代わりを務めているではないですか?」
「ううむ、そうだが……そう、だな。優秀なら何も問題ないか」
「そうですよ。それにフォティアトゥーヤァは同盟国です。かの国の人間を起用することで、さらに国家間の仲は深まることでしょう」
淡く微笑を浮かべるキース。
「同様に同盟国であるネログーマの獣人たちの中にも、優秀な人材が何人も居ます。父上、どうでしょう? 官僚たちも兄上のせいで辞職者が絶えません。ここは人員補充をするべきかと愚考しますが」
「そうだな……新しい人材の起用はキース。おぬしに一任しよう」
キースはニコッと笑って、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「……これからは世襲よりも実力を重視した方がよいのかもしれないな」
ふぅ、とグォール重くため息をつく。
「恐れながら、僕も同意見です。使えぬ人間よりも使える人間を増やしていった方が、国益につながることは自明です」
「そう、じゃよなぁ……。はぁ……」
キースは立ち上がると、部屋の隅に置いてあった紅茶のポットを手に取る。
ティーカップにお茶を注ぎ、
「父上。お疲れのようですので、ハーブティをどうぞ」
と渡す。グォールは表情を明るくし、「ありがとうな」といって紅茶をすする。
「ふぅ……。本当に、おぬしは気が利くし、顔も広く、人望も厚い。その上頭も良い……。あやつとは正反対だな」
あやつ、とは兄グスカスのことだろう。……キースは静かにほほえむ。心の中を決して覗かせないよう、気をつけながら。
「キース……わしはあやつの、グスカスの育て方を間違えたのかもしれない。あやつがああなったのは、わしの責任だ」
「そんな……父上は兄上に愛情をきちんと注いでいました。兄上が横暴な性格になったのは、兄上自身の問題だと思います」
珍しくキースは、心からの言葉を吐いた。
「グスカスは……昔はあんな子じゃなかったのだが。ジューダスを追い出してから、なおのこと増長するようになった。昔は気分で人を殺すなんてこと、しなかったのになぁ……」
キースは冷めた表情を一瞬だけ浮かべるが、「そうですね」と悲しそうな表情になる。
「ジューダス様は兄上のよき師であったと思います。制御装置とでも言いましょうか。それがなくなった兄上は、今や誰もコントロールができなくなっています」
「ううむ……そうだな。ジューダスを追い出したのは間違いだった……。ああ、わしはなんて愚かなことを……。わしのせいで、グスカスはあんな平気で人を殺して楽しむような子になってしまった……! ああ……! わしのせいじゃ!」
キースは「心中お察しします」といった顔でうなずく。
だが決して、【今からでも遅くありません、彼を連れ戻しましょう】とは、言わなかった。
そのタイミングではないし、今ここでそのカードを切ってしまうと、後の【計画】に支障が出る。
ジューダスにはもっと、ふさわしいタイミングで、華々しく、王都に戻ってもらうのだ。
そんなキースの胸中をよそに、グォールはため息をつく。
「わしの育て方が悪かったせいで、グスカスは荒れてしまった。あれはもう、制御不可能な化け物になってしまった。先日は召使いを殴り殺すし……もう権力で不祥事をもみ消すのも、限界だぞ」
「ですね。だからこその【罪人の腕輪】です」
「ああ……おぬしのそれを聞いたときは、一瞬どうかと思ったが、しかし正解だった。少なくとも、これであの子が人を殺すことはなくなる……あの部屋に閉じ込めておくこともな」
「ええ。あとは兄上が落ち着くのを待つだけです」
キースはグォールのそばにいく。そして肩に手をかけて、耳元で言う。
「兄上はきっと、第一王子の仕事にストレスを感じているのでしょう。しばらくしたら、山の中にある別荘で暮らさせるのはどうでしょうか」
「そうだな……すさんだ心が癒やされ、もとの優しいグスカスに戻ってくれるやもしれぬな」
キースは【スキル】をきり、にこりと笑う。
「しかしキース。その間の仕事はどうすれば良いか?」
「任せてください。ご提案した手前、僕が兄上の代わりを、責任を持って務めさせていただきます」
キースはグォールを見下ろして言う。国王はすがりつくように、がしっ、とキースの手をつかんだ。
「ああキース……おまえは良い子だ……本当によい子だ……」
「そんな……僕などまだまだです」
ちらっ、とキースは、ドアを見やる。【いるな】と確信を持って、心の中で笑う。
そして、グォールは決定打となる言葉を言った。
「グスカスでなく、おぬしが第一王子であればなぁ……」
キースは【防御魔法】を展開させておく
ばーーーーーーん!!!!
「キースぅううううううううううううううううううううううううう!!!!」
やってきたのは、第一王子グスカスだった。
彼は怒りで顔を真っ赤にしていた。キースは冷ややかに笑う。計画通りと、心の中でつぶやきながら、
「あ、兄上どうしたのですか……?」
「キースてめえがぁあああああ! てめぇがぁああああああああああああ!!!」
グスカスは勢いよくこちらにかけてくると、そのままキースの頬をぶん殴った。
バキィ……!!!
体の細いキースは、容易く後に吹っ飛ぶ。本棚に背中をぶつけ、その場にうずくまる。
「キース! てめえでしゃばりやがってぇ!! 目障りなんだよおおおおおおおおおおお!!!」
グスカスはキースの方に向かって、ずんずんと歩いてくる。
「やめろグスカス!!」
「はなしやがれクソ親父!!!」
グスカスはグォールに羽交い締めにされている。今、兄は勇者のチカラを失っている。
だから老いた父でも、兄を捕らえることができた。
「キース! おまえは俺様の弟なんだよ! 弟は弟らしく後に引っ込んでれば良いんだよ! 出しゃばってんじゃねえ! 俺の居場所を奪うんじゃあねええええええええ!!!」
獣のように叫びまくるグスカス。
「誰か! 誰かおらぬか! グスカスを捕らえよ!!!」
すると騒ぎを聞きつけ、近衛騎士たちが、部屋にやってくる。
騎士たちに取り押さえられるグスカス。
「離せ!!! 俺様を誰だと思ってやがる!!! 勇者の俺様にこんなまねしやがって! 全員ぶっ殺してやる! おめえらも! キースも! てめえら全員死刑だ死刑!!!」
半狂乱で騒ぐグスカス。その姿を見て、グォールは痛ましいような表情を浮かべる。
「騎士たちよ……グスカスを……牢屋に連れて行け」
と、騎士に命令を出す国王。
「ち、父上……?」
すると荒れていたグスカスが、ぴたり……と止まる。
「い、今なんと……?」
「グスカスを牢屋に閉じ込めろ。こやつはもう、わしの知っている、かわいい息子じゃない」
「お、親父……?」
呆然とつぶやくグスカス。グォールは顔を背ける。
「う、嘘だよな……? 嘘だろ……?」
「グスカス」
国王は息子の顔を見ずに言う。
「牢屋で己の行いを深く反省せよ。そうすれば、牢屋から出す」
「う、嘘だ……嫌だ……牢屋は嫌だ!!」
泣きじゃくり、暴れ回るグスカス。
「嫌だ! 親父! 許してくれ!」
「駄目だ。わしが甘かった。部屋に監禁だけでは、おぬしの性根は直らぬ。おぬしには劇薬が必要だ」
グスカスは目を大きく見開き、ぽかんと口を開く。信じられないような表情を浮かべていた。
「ち、父上ぇ……」
「連れて行け」
騎士たちが無表情のまま、ぐいっとグスカスを引っ張り上げる。
「うそだ……うそだ……俺は……俺は勇者だぞ……勇者なのに……」
「グスカス。反省せよ。そしてよく考えるのだ。自分が、何者なのかをな」
ずりずり……と引きずられるように、グスカスが部屋の外へと連れて行かれる。
やがてドアが閉まり、キースとグォールだけが残された。
「キース。すまなかったな」
「いえ。大丈夫です。ちょっと口を切っただけです」
立ち上がり、キースはほほえむ。
「グスカスがああなった以上、おぬしにはよりいっそう、頑張ってもらう必要がある。できるか?」
キースは口元の血を拭う。そして、ジュードの顔を思い浮かべて、もう少しですと呟いてから、言う。
「ええ。このキース。粉骨砕身、国家繁栄のために務めさせていただきます」
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