19.英雄、騒がしくも平穏な日常を送る
俺の仲間、勇者パーティのメンバーたちがやってきた、その日の朝。
彼女たちは、王都へと出発しようとしていた。
俺はキャリバーたちを見送りに、村の入り口に居る。
「ジュードさんと別れるの、やっぱさみしーっす! いやーっす!」
最年少のオキシーが、いやいやとだだをこねる。
「キャリー姉に説得されたけど、やっぱジュードさんがいねー王都はさみしーっす! 帰ってきて欲しいっす!」
オキシーは俺の腰に抱きついて、いやいやと首を振る。
「オキシー……だめだろ。ジュードをこまらせるなってあれだけ言ったじゃないか」
最年長の剣士キャリバーが、ため息交じりに言う。
「そりゃそーっすけど! じゃあキャリー姉は納得してるんすかっ? あのカス王子じゃなくて、ジュードさんが追放されて裏切り者扱いされることにっ!」
ぷくーっと頬をふくらませるオキシー。俺のために怒ってくれてるのが、嬉しかった。
キャリバーが「それは……」と言いかけて、俺が先んじて言う。
「ありがとなオキシー。そう言ってもらえて嬉しいよ。けどなぁ、俺はほんと、気にしてないんだって」
「……でもぉ。ジュードさんと一緒に居られないの、ほんと、さみいしーっす」
しゅん……と捨てられた子犬のように暗い表情をするオキシー。
「……戻ってきて欲しいっす。だめっす?」
「……オキシー」
するとキャスコがオキシーのそばにより、よしよしと頭をなでる。
「キャス姉さんはさみしくねーんすか?」
「……さみしいです。けど、ジュードさんの人生の邪魔は、したくないです」
キャスコの体に、オキシーが抱きつく。
「……あなたはどうなんですか、オキシー。ジュードさんが心から、今の生活を気に入っている。その邪魔を、あなたはしたいと思うんですか?」
姉が妹を諭すように、キャスコが言う。
「……。おもわねーっす」
ぷるぷる、と首を振るオキシー。キャスコはほほえむと、
「……じゃあ、帰りましょう」
「うぃっす」
キャスコの説得に、オキシーは応じたようだった。
「ごめんな、キャスコ」
「……いえ。ジュードさんのお役に立てて嬉しいですっ」
頬を紅潮させて、キャスコが言う。
「……それにねオキシー。来ようと思えば、いつでもここにはこれるんですよ」
キャスコがいたずら好きな少女のように、ウインクして言う。
「あー、そうだなぁ。おまえ転移スキルもってたもんなぁ」
俺が言う。キャスコは魔術師だ。彼女の持っている技能のなかに、行った場所へなら一瞬でいけるスキルがあるのだ。
「……ええ♡ いざとなれば、いつでもジュードさんの元へいけるんです」
「よっしゃー! あ、じゃあアタシかえりまっす! そんで次の休日、また遊びに来るっす!」
からっとした明るい笑みを、オキシーが俺に向ける。元気になってくれたみたいで良かった。
勇者パーティの面々たちは、一カ所に固まる。
「それじゃあジュード。また」
「ああ、いつでも待ってるからな」
彼女たちは笑うと、手を振る。そしてキャスコが転移のスキルを発動。
しゅおんっ…………!
光が瞬くと同時に、彼女たちは跡形もなく消えた。たぶん、王都へと帰還を果たしたのだろう。
「元気でなー……。さて、と。俺も帰って仕事すっか」
俺はきびすを返すと、喫茶・ストレイキャッツへと向かって歩き出したのだった。
☆
からんからん♪
「ただいまー」
ストレイキャッツへ帰ってくると、バイト少女のハルコが、俺を出迎えてくれる。
「ジュードさんっ♡ お帰りなさいっ♡」
花が咲くとはこのことか。明るい笑みを浮かべて、彼女が俺に近づいてくる。
「ごめんね、店番頼んで」
「いえいえ。大丈夫でした」
「まあ午前中ってほぼ閑古鳥ないてるもんね」
来てもジェニファーばあちゃんくらいだしなぁ。彼女はまだ来てない。
「あの……その……それでジュードさん。キャスコちゃんたちは帰ったんですか?」
俺はうなずいて返す。ちなみになんで店の中で【転移】しなかったかというと、転移スキルは街の中じゃないと使えない、という【仕様】になっているのだ。
「ああ。また来るってさ」
「そっかー♪ そっかぁ…………」
ハルコが喜んだ、と思ったらまたくらい顔になってしまった。
「どうしたのハルちゃん?」
「いえ……キャスコちゃんたちとまた会えるのはうれしいんですけど……そうなると、ちょっと……。ただでさえ、おら見た目で負けてるし……」
しゅん、とハルコがなんだか知らないが、落ち込んでいた。
「……キャスコちゃんもオキシーちゃんも美人だに。おらみたいな田舎もんと比べものにならないくらいだ……。何回もあって親密度があがったら、ジュードさん取られちゃう……」
ぶつぶつ、とハルコが何事かを呟く。
「はぁ……おらどうすればいいだに……」
はふん、とため息をつくハルコ。
「なんだよハルちゃん。悩みがあるなら聞くぜ?」
「いえ、それはちょっと言えないんで……」
「なんで? 水くさいよ。俺とハルちゃんの仲じゃないか。何でも困ったことがあったら言ってごらん」
まあ仲といっても、バイト先の店長と店員という関係なのだが。
「……ほんとうに、いいんですか?」
真剣な表情で、ハルコが俺を見上げてくる。
「本当の本当に、わたしの悩み、聞いてくれますか?」
「おうとも。言ってごらん」
ハルコが顔を真っ赤にする。肩をふるわせて、「……ずくだせハルコ!」と何事かを呟いた後、
「ジュードさん! じ、じつはおら……ずっと前から……ジュードさんのことが……」
と、そのときだった。
からんからん♪
「「「ジュードさぁああああああああああああああああん!!!!」」」
ドタバタ、とたくさんの人たちが、喫茶店の中に入ってきたのだ。
「すみませんジュードさん、朝からすみません!」
まず最初に声をかけてきたのが、冒険者ギルドのギルドマスター・ジュリアだ。
「じ、実はSS級のモンスターが出てきて! ジュードさんじゃないと手に負えなくって!」
次に声をかけてきたのは、双子冒険者のキキララだった。
「「ししょー! 明日ランクアップの試験があるんだっ。稽古つけてー!」」
続いてやってきたのは、S級冒険者のシャーリィだ。
「オリオン! アタシが帰ってきたわ! さぁっ! 今日もバトルよバトル! 今日こそあんたを倒して、アタシの旦那様になってもらうんだから!」
その背後から、
からんからん♪
「ジュード! わらわが遊びに来たのじゃー!」
「お久しぶりですジュードさん。会談の帰りに、皆さんでジュードさんのコーヒーを飲みに来ました」
やってきたのは王族たちだった。第三王女ミラピリカ。そして第二王子キース。
そういえば、隣国のところへ行っていた、といっていたなこいつら。
「くふっ♡ うちらもいるわよ坊や♡ 今日こそうちに子を孕ませてくれない♡」
「ジューくん。今日は君にいい話を持ってきたよ。領地を運営してみる気はないかい?」
獣人国の姫・玉藻。そして砂漠エルフ国の女王・アルシェーラ。
そして……。
「おとーしゃーん!」
バタバタドタドタ!
二階から、寝ていた雷獣少女のタイガが降りてくる。
「おとーしゃん? なにこれお祭りなの?」
ぴょんっ、とタイガが俺に抱きついて、尋ねてくる。
「いやぁ別にお祭りじゃないんだけどな」
店の中には、俺の知り合いや友達であふれていた。
「…………」
ハルコが、はぁ……と重くため息をつく。
「ライバル……おおすぎっ!」
くぅ……! とハルコがなんだかうなる。
「どうしたの?」
「いいえっ! 負けないぜ、と思いまして!」
ハルコは自分の頬をたたくと、ふんすっ! と気合いを入れる。
「ずくだせハルコ! 並み居るライバルを押しのけて、お嫁さんになるんだに!」
「だにー!」
ハルコが手を上げて気合いを入れる。ウチの娘がそれをまねした。
「ジュードさん! 早くしないと大変なんです! モンスターがぁあああ!」
「「ししょー! 新しいワザみてー!」」
「そんなことよりアタシとのバトルでしょ!? なに嫌なの!? アタシと戦うの嫌なの嫌いなのうぇえええええん!」
「なんじゃなんじゃ、ジュードは人気者じゃなっ!」
「それは当然ですよ、ピリカ。ジュードさんは素敵なかたですから……ああ……素敵……」
「くふっ♡ 坊やってば男にも好かれるなんてね♡ うちも負けないわ♡」
「ジューくん。この領地は実にいいんだ。なにせ土地は広いし領主の館は豪華だしな」
次から次へ、ひっきりなしに、俺に声をかけてくる、かつての友人たち。
「おとーしゃん? どうしたの、笑ってるね!」
「ん? そうか?」
「あいっ♡ おとーしゃんは笑顔がとっても素敵ですね!」
俺は娘の頭をよしよしとなでる。そしてハルコに、いったん娘を預ける。
「ハルちゃん、ちょっと店、頼める?」
「ええ。ジュードさん、頑張ってください! ……えへへ、旦那様を応援する奥様みたいだった~♡」
ハルコがふにゃふにゃとなぜか笑う。
俺は、店にやってきたみんなに向かって言う。
「とりあえずまずは、コーヒーでも飲んで落ち着こうぜ」
これにて2章終了。次回掌編を挟んで、3章へ続きます。
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