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117.勇者グスカス




 魔力撃をぶちあて、ティミス救出に成功したグスカス。



「あ、ありがとう……」

「まだだ! あれくらいでくたばるわけがねえ! いくぞ!」



 グスカスは後ろを気にしながらダンジョンの通路を進んでいく。



「ゴギャァアアアアアアアア!」



 数刻もしないうちに、子鬼王の声が後ろから聞こえてきた。

 恐らく目が覚めたのだろう。



 当然だ。魔力撃を不意打ちで当て、さらに急所に当てたからと言って、殺せるわけではない。

 まして今のグスカスは職業ジョブの補正がないのだ。



 子鬼王は餌をうばわれ、大層ご立腹の様子だろう。

 グスカスのあとを正確に追尾してくる。


 当然だ。

 今のグスカスは魔力で身体強化してるのだ。



 子鬼王はその痕跡を辿っていけばやがてグスカスを補足できるわけである。

 そのうえ、強化したグスカス(職業ジョブなし)と子鬼王では、パワー・スピードにおいて後者に軍配がある。


 だが……グスカスは追いつかれることを見越して行動していた。

 すでにグスカスは勝利の方程式を経て、作戦実行してるのである。



 ジュードは言っていた。

 勝負は、始まる前にどれだけ準備したかで決まると。


 

 ややって。

 グスカスはとある部屋の前までやってきた。



 中を確認してうなずいて、叫ぶ。



「おおい! こっちだゴブ野郎!!!!!」



 グスカスの叫び声もあいまって、子鬼王は迷うことなく、こちらにやってきた。


「き、来たわよ! どうするの!?」

「ちょっと黙ってろ」



 グスカスは真っ直ぐに子鬼王と相対する。

 向こうが切れて、こっちにかけてくる。


 子鬼王が猛烈な勢いで突っ込んできて……。

 そしてそのとき、相手は、つんのめった。



「ゴッ……!」

「落とし穴!?」



 子鬼王が躓いたのには理由がある。

 敵が通る直線上に小さな穴を掘っていたのだ。



 当然子鬼王を落とすほどの大穴を開ける時間も余力も無かった。

 彼がしたかったのは、虚を突くこと。それだけだ。



 つまづいた子鬼王は態勢を崩す。

 しかも相手は怒っていて、なおかつ凄い勢いで突っ込んできていた。



 そんな状況下で転べばどうなるか……。


「おらっ! 中で死んどけ!」



 グスカスはサッ、と回避行動を取る。

 すると子鬼王はグスカスの背後の部屋へと入る。



 ずずぅうん! という音とともに扉がしまった。

 グスカスは……安堵の息をついた。



「はぁ……助かった……」

「な、なにこれ……? 何の部屋……?」

「あ? これか。これはトラップ部屋だ」

「トラップ部屋……」

「ああ、ダンジョン内にあるんだよ。トラップが仕掛けられた部屋が。ここはモンスターハウスっていってな、入ると入口が閉まって、中に待機してる無数のモンスターが襲ってくるんだ」



 グスカスの狙いは、モンスターハウスに子鬼王を誘い込むこと。

 グスカス単体で勝てない相手なら、戦わなければ良い。



「罠に誘い込んだってこと?」

「そういうこった……って、おい! どうした?」


 

 ティミスはポタポタと涙を流していた。

 怪我でもしたのかと慌てるグスカス。


 

 だが……



「ごめん……なさい……」



 ティミスは泣きながら謝罪していた。



「ごめんなさい! グスカス! わたし……あなたに酷いことしたのに……! 助けてもらえる資格なんてないのに!」



 確かに酷いことはされた。

 だが、だからといって今のグスカスに、この女を捨て置くことはできなかった。



「これはおれの趣味でやったことだ。てめえは気にすんな」

「趣味……?」

「ああ、そうさ」



 見返りなんて求めてない。

 ただ、あのままほっといたら寝覚めが悪かった。


 

 だから助けただけなのだ。



「だとしても……ありがとう。グスカス。あなたは……恩人です」



 グスカスはそうして、生まれて初めて、人を助けたのだった。

 人助けも悪くない、と思ったときには……もう勇者の職業ジョブがなかったけれども。

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