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37.仙宗市

 



 “まもなく、仙宗です。仙宗の次は新川に停まります”


 アナウンスが耳に入ると、窓から見える景色の動きが見る見るうちに遅くなる。

 そしてこの駅で降りるんだろう。

 辺りでは棚から荷物を下ろす人達の様子がちらほら垣間見えた。


 思いの他、完全に停車するまで時間は掛からなかった。それを確認すると通路に現れた人の波。

 そこまで急ぐ用事もなかった俺は、ゆっくりとその最後尾を待つと……大きな紙袋を手に、難なくその流れに乗り込んだ。


 そして……短い東京旅行に別れを告げる。


 たった1日。だけど、何とも濃厚で……意義のある1日。

 こんなにも満足感を得られる事なんてこの先あるんだろうか。 

 そんな事を考えながら、駅のコインロッカーに紙袋を入れると、名残を惜しむように出口に向かう。


 駅から1歩外に出ると、そこには見慣れた光景が広がっていた。

 ビルの隙間から顔を覗かせる日の光が、今日は一段と温かい気がする。そんな日差しに包まれながら、俺はゆっくり歩き進めた。


 日曜日とあって、それなりに人の往来は多い。

 家族連れや、学生たち。そしてカップルと様々な人達の姿が垣間見える。

 そんな様子にどこか懐かしさを感じていると、少しずつ香り始めた潮の匂い。

 徒歩で10分ほど歩いた先に見えるのは……仙宗海原水族館だ。


 花と初めて出掛けた場所とあって、思入れは強い。

 そのせいか、あの日から毎年必ず1度は訪れている。

 今年に関しては初めて足を運ぶけど、そもそも試写会の日程が決まってから、行くなら今日だと決めていた。


 こうしてチケット売り場へと足を運ぶと、俺はチケット代の2,400円を手渡す。

 パンフレットを受け取ると、一緒に渡されたレシートが目に入った。入場料の変化に自分も大人になったのだと実感する。


 なんて思いに耽りながら館内へと足を運ぶと、そこにはあの日と変わらない幻想的な雰囲気の水槽が出迎えてくれた。

 色々な魚が回遊する中、一際目を引くのはやはり群れを成すイワシの大群。

 一矢乱れぬ動きは、まるで決勝を戦った時の明進高野高等学校サッカー部の様にも見えた。


(やっぱすげぇな)


 そんな懐かしさを覚えながら、俺は順路通りに奥へと進んでいく。


 仙宗海原水族館は、あの日から館内の様子に殆どは変わりない。

 トンネル型の水槽や、仙宗湾に住む生物らの水槽。メジャー所から、愛嬌漂う生物。

 そして2階へと続く順路を歩いて行くと、今までの薄暗さとは違う燦燦とした日の光が現れた。


 目の前にはスタジアムの様な形状をした場所と、奥に広がる大きいな水槽。流石に今はショーの時間ではないとあって閑散としているものの、もちろん現在もイルカショーは行われている。


(今でも凄い盛り上がりなんだよな。今日すでに行った1回目のショーもヤバかったはず。出来れば見たかったけど……仕方ない)


 そんな会場を横目に順路を歩いて暫くすると、一際賑わいを見せる一角が目に入った。

 笑い声と結構な長さの列。その光景ももはや見慣れたものだ。

 イルカショーに並ぶ人気のイベントで、海の仲間ステージで行なわれる触れ合いタイム。正直、ここへ来た目的の大部分はこれに参加する為でもある。

 すかさず俺は列へと並んだ。


 触れ合いタイムは、時間帯によって登場する海の仲間が変わる。

 それにここ数年、その時間帯のサイクルに変化はない。

 1年に1度以上来ているだけあって、もはやパンフレットを見なくても分かるくらいに染み込んでしまった。


(さてさて、今日も居るかな?)


 そんな事を考えていると、ようやく自分の番が訪れる。


「こんにちは~今日のふれあい担当は、おでこにある三日月型の白い毛がトレードマークのサクくんで~す」


 聞き慣れた挨拶に耳を傾けると、すかさず俺はしゃがみ込んだ。

 その目の前に居たのは、


「ようサクくん」


 ゴマフアザラシのサクくんだ。


「あっ、葵さん! こんにちわ」

「どうも。坂城(さかき)さん」


 あの日から、数か月後。

 何の気力も湧かなかった俺は、花との思い出にすがる様に過去に一緒に行った場所を訪れていた。

 勿論、ここ仙宗海原水族館にも足を運び……思い出に浸っていた。

 そうして辿り着いた海の仲間ステージ。その時、偶然触れ合いタイム行われていた。

 俺はそのまま無意識に列へと並び、思い出と同じようにしゃがみこむと、目の前に居たのはサクくんだった。


 その特徴的な白い毛に、俺はあの時花と一緒に触れ合ったサクくんだと分かった。

 懐かしさに思わず手を伸ばすと、サクくんは俺の顔を少し見つめ……あの時の様に俺の手を払った。


 まさかだとは思ったよ。もしかしてサクくんも俺を覚えているのかと驚きは隠せない。

 だからすかさず俺も同じ事をしたんだ。

 するとすかさず、サクくんは両前足を顔に付け、ひどいと言わんばかりの可愛いポーズを見せる。

 そう、まるであの日と同じように。


 目が合い、何度も頷くサクくん。俺達の事を覚えてくれた事が……嬉しかった。


(よっ、また来たぞ?)


 そう思いながら、サクくんの目を見るといつもの様に頷く。そして前足をこちらに向けるような仕草をする。それはまるで握手をしようとするかの様だ。

 その姿に、俺は躊躇なく優しくハイタッチをする。

 そしてその後は……男同士の握手を交わした。


「ふふっ。本当に仲が良いんですね?」


 スタッフの坂城(さかき)巡璃(めぐり)さんは、前のスタッフさんが別の担当になった事で、5年ほど前からゴマフアザラシの担当をしている。

 前のスタッフさんも俺とサクくんの事は知っていたらしく、その関係も坂城さんに引き継がれていたそうだ。


 もっとも、坂城さんからしてみれば俺はただの常連さんなのだろうけど、俺からしてみれば別の意味でも感慨深い人物ではある。

 それを知ったのはここ数年の話なのだが……別にその事をわざわざ坂城さんに言うモノでもないだろう。


「そうですかね? まぁ、サクくんのおかげで、色々と楽しめてるのは確かです」

「やっぱりですか? サクくんも、葵さんが来ると楽しそうですもん」

「本当ですか? ははっ、じゃあまた来るから。元気でな?」


 目が合うと、何度も頷くサクくん。まるでまた来いと言っている様で、毎回の事だけど素直に嬉しく感じてしまう。


「じゃあまたお待ちしてますね? ねっ、サクくん?」

「また来ます。それじゃあ。坂城さん、サクくん」


 そう言いながら手を振ると、坂城さんとサクくんも手を振り返す。


(元気でな? サクくん)


 そんな姿を目にしながら、俺はゆっくりと海の仲間ステージを後にした。




次話も宜しくお願いします!

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