34.暗雲低迷
土曜日。
いつもの時間、いつもの場所にやはり花は居なかった。
正直準々決勝を前に気分は最悪だったけど、先生に言い出せず……何も変わらないまま診察は終了した。
薬を待つ間も、やはり花の姿は見えない。
(家に行くしかないか? でも嫌われたらどうする?)
そんな思考が交錯する中、ただただ椅子に座っていると……不意に誰かの会話が耳に入った。
「あのー、地域連携室ってどこですかね?」
「はい。それならここを右に行った……」
その瞬間だった。ある単語が耳に残って、ふと思い出す。
(地域……連携……室? そうだ……そうだ……なんでもっと早く気付かなかったんだ。ここの地域連携室で春さん働いてるじゃないか)
花が音信不通なら、春さんを訪ねたら良い。
そう思い立つと、俺は一目散に地域連携室へと向かって歩き始めた。
もの忘れ外来とは逆側の棟。そこに地域連携室はあるはず。
案内板を確認しその歩みを速めていく。
そして、ついにここを曲がれば……そんな時だった、その人は思い掛けずに、目の前の曲がり角を曲がって来た。
いつも見せる明るい表情とは違う真面目な表情で。
「あっ……」
その姿に、思わず声が零れる。
「えっ……日向君?」
その声に気が付いたのか、その人物は一瞬驚いた声を上げると……瞬く間にいつもの姿を見せていた。
間違いない、花のお母さん……春さんだった。
「日向君! どしたのこんな所で?」
その姿に正直安心した。でも、目的はそれじゃない。
俺は浮ついた気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと……春さんに尋ねた。
「すいません。あの、春さんに聞きたい事があって」
「何なに? スリーサイズとか? それは……」
「今日はおふざけは無しですよ。春さんだって心当たりあるんじゃないですか?」
「心当たり……?」
「花の事です。ここ最近、メッセージの返信もないし既読も付かないんです。それに電話も繋がらないし、病院にだって来てない。……何かあったんですか?」
冷静に問い掛けたつもりだった。でも所々感情がこもってしまったのかもしれない。
けど、春さんの反応は……予想外のモノだった
「ふふっ、花の奴……良いな。こんなに心配してくれる人が居て。我が娘ながら嫉妬しちゃうよ」
「ちょっ……俺は真剣なんですよ?」
「ごめんごめん。でもね、本当大した事ないんだよ?」
「大した事……ない?」
「実はね……」
それから春さんは花の状況を話してくれた。
結論から言うと、現在花はインフルエンザで寝込み中。しかも2週間前にスマホが壊れて、修理に行く時間がなかなか取れず……ようやく先週の土曜日に行こうとした時に、インフルエンザにかかったそうだ。
つまり先週病院に来なかったのは、インフルエンザで体調不良。メッセージを送って来ないのも電話が掛からないのも、スマホを修理に出してまだ受け取ってないから。
「スマホくらい取りに行こうか? って言っても、ダメ! お母さん何から何まで見そうだし、変な事しそうだから! だって? 酷いよね?」
いつものテンションで愚痴を話す春さん。なんと言うか偶然に偶然が重なったとはいえ、そこまで心配するような状態じゃない事も相俟って、少し気持ちが軽くなった気がした。
「いや、正しいと思いますよ? 花は」
「えぇ? 日向君までそんな事言うの?」
「いや……まぁ……」
「まぁいいよ。それより、こういう状態なら連絡先交換しよっか? それなら花の状態とかも分かるんじゃない?」
「……あっ、危ない危ない。それは大丈夫です。インフルエンザならあと数日で良くなると思いますし。それに……春さんとは絶対に連絡先交換しないってのが花との約束なので」
「絶対って……そんなに強調しなくたって! ……ったく、なんて律儀なのかしらね? ホント嫉妬しそうだわ」
「何言ってるんですか。それより、お仕事の途中で呼び止めてしまってすいません」
「ん? 全然だよ」
「またまた。でも春さん、ありがとうございました。花にはゆっくり治せよって伝えてもらえますか?」
「了解了解。日向君もありがとうね? 花のこと心配してくれて。元気になったら速攻で電話しなさいって言っておくから」
「本当ですか? ありがとうございます。それじゃあ、俺はこれで失礼します」
「気を付けて帰るんだよー」
胸のつっかえが取れた。
気持ちが一気に軽くなった。
その意味はきっとこういう事のなのかもしれない。
あれだけ悩んでいた事が、あっと言う間に解決する。しかも原因も原因で些細な事だった。これ程安心した事は今までなかったかもしれない。
それを示すように準々決勝・準決勝は、自分でも驚く程に動きがキレキレだった。
試合内容も完勝。
流れとしては最高の形で、俺達は1週間後に行われる決勝の舞台へと立つ事が決定した。
10月31日。その決勝は今までにないくらい特別な日。
高校生活最後の選手権予選、負けた時点でその幕は下ろされる。
決勝の相手は宿敵漆谷高校。
更にその日は俺と花の誕生日。
兎にも角にも負けられない。
サッカープレイヤーとしても、男としても、色んな意味で負けられない。
そんなモチベーションのまま、あっと言う間に1週間は過ぎ去った。
その間花からの連絡はなかったけど、春さんに状況を聞いた事もあったし、俺の言葉を伝えて貰えたし……まだ万全じゃないんだろうって、前のように気にはならなかった。
そして決勝前日、いつもの診察の日。
この日も……花の姿はなかった。只、御神本先生には連絡があったらしく、
「いやいや最近のインフルエンザって強力なんだね? 匙浜さんまだ少し咳っぽいから今日来れないって」
診察の中で花の話が出たのは思いもよらなかったけど、薬も別の日にちゃんと貰いに来てるとか、近況を知れただけで嬉しかった。
それに元気付ける為には優勝しかないって、余計に気合が入る。
優勝して……そして最高の誕生日を目指して。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




