32.変わり行く意識
新緑の香りが鼻を通ると、季節の変わり目をハッキリと感じる。
とはいえ、今はそれ以上に風流な事を考えている余裕はなかった。
「はぁ……はぁ……」
大きく息を吸い込んで体中に酸素を巡らせると、ゆっくり顔を上げる。
心臓が痛い。
体が熱い。
けど、頭の中だけはなぜか妙に落ち着いていた。
(ここを乗り切れば……俺達の勝ちだ)
インターハイ県予選、決勝。
その舞台に、俺は立っている。
3年生になり、新たな面々も加わってスタートした明進高野高等学校サッカー部。
基本的な目標は変わらなかったが、別の部分で大きく方針が変わった事があった。なんと日曜日を完全に休息日として設けて、心身を回復させる事を大事という思い切った監督の決定。
おけげで今まで以上に練習に集中する事ができ、精神的にも余裕ができた分、部員同士での話し合う機会も増えた。
これはキャプテンとなった海斗の提案だったけど、より一層新チームの絆が深まる要因となった。おかげで、一応副キャプテンに任命された俺の影は限りなく薄いのだが、それはそれで問題ない。
基本的な戦術もただのカウンターではなく、プレッシングからのショートカウンター主体に変更。
去年よりも体力は必要だが、それ以上に基礎体力の向上に努めた結果、練習試合では負けなしのままインターハイ予選を迎える事となった。
その勢いのままクリーンシートで勝ち上がり、迎えた……決勝の舞台。
相手は王者漆谷高校。
時間は後半アディショナルタイム。点差は1対0。
前半、プレスからのショートカウンターが決まりなんと1点を先取。そのあと虎の子の1点を守り切り、ここまで耐えてきた。
ただ、最後の最後で漆谷高校のコーナーキック。時間的に残りはワンプレーだろうけど、ここで決められれば同点。即PK戦となれば追いつかれた俺達の方が精神的にキツくなる。
(絶対にクリアしてやる)
ホイッスルと主審の合図が出されると、俺達の運命はラストワンプレーに託された。
キッカーが動き出し、俺達はペナルティエリア内でせめぎ合う。
けど、漆谷高校は普通のコーナーキックではなく、ショートコーナーを選択。
守る仙宗高野の面々のタイミングが少しずれる。
(やばっ!)
このままだと競り合うことが出来ず、漆谷の選手をフリーにさせてしまう。
ただ、そんな焦る俺達を救ったのは、ペナルティエリア外に居た海斗。
漆谷の選手のクロスに足を出すと、ボールが足に触れ……軌道が変わって転がるボール。
それは運良く、俺の方へと転がって来る。
後はもう気力だった。
一目散に駆け寄ると、目いっぱいの力を込めて、ボールを漆谷サイドのゴールポストめがけて蹴り上げる。
ピー、ピー、ピー
そして聞こえてきたホイッスルの音。
その瞬間、俺達は……歓喜の声を上げた。
「よっ、よっしゃ~!!!」
◇
「ふぅ……」
さっきとは違い、静まり返ったグラウンドを見つめながら……俺はさっきの試合を、控室での光景を思い出していた。
控室での監督と先輩達の涙。
それを目にした瞬間、ようやく王者の牙城を崩す事が出来たのだと実感が湧いた。
「お前達、よく頑張った!」
そして胸に響いた監督の言葉。
うっすらと浮かべた嬉し涙。
その姿に、俺達はインターハイでもより一層頑張ろうと心に誓った。
「はぁー」
思わず零れた溜め息は、誰も居ないスタジアムに響き渡る。疲れからか、それとも安堵からかなのかは分からないものの……思わぬ大きさに少し恥ずかしさを感じた時だった、
「ふふっ。お疲れ様」
不意に後ろから聞こえてきた声に、思わず振り返る。
聞き間違いじゃなかったら、その声は聞き覚えがあった。
(やっぱり来てくれたんだな)
「ありがとう花。今日も来てくれて」
花はこのインターハイ予選の全試合を見に来てくれていた。
試合前にも試合後にも労いのメッセージをくれたり、心強い存在で間違いない。
「ついにやったね? インターハイ出場」
「だな。全国の強豪と戦えるのは楽しみで仕方ないよ」
「だよね? ちなみにインターハイは……東京だっけ?」
「その予定だよ」
「流石に応援は無理かな……」
「無理しなくて大丈夫だって。」
花との関係は変わらず順調だった。
なんでも話せて何でも笑い合える存在。
憧れであり、尊敬できる存在。
……のはずだった。
けど、自分でも分かっていた。
一緒に過ごす度に少しずつ、花に対する感情が変化している事に気付いていた。
桜まつりで手を繋いで以降は、それらしい仕草はなかったものの……明らかに自分でも意識していたのは事実。
ただ、それを表立って口には出来ない。
表立って表わす事は出来なかった。
今の充実した関係を壊したくはなかったから。
……このままの関係で居続けたい。
「ごめんね? でも、ちゃんとメッセージも送るし、念も欠かさず送る!」
「おっ、それは心強いなぁ」
「でしょ? ふふっ」
そんなやり取りをしながら……俺達はゆっくりと歩き出す。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




