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30.桜まつり

 



 独特な日差しの温かさを窓越しに感じながら、俺は1人電車の座席に座っている。

 暫くすると、徐々に速度を落としていく電車。そして停車したと同時に聞こえるアナウンス。


 ゆっくりと腰を上げてドアから1歩外に出ると、フワッと優しい匂いが体を包み込んだ。

 それらを全身で感じる度に改めて思い知らされる。あぁ、春が来たんだと。


 そんな感傷に浸りながら、次々に降りていく人の流れに乗って改札をくぐると、すぐ目の前には駅の入り口が見える。

 その上に掲げられた看板に書かれていたのは、石島海岸駅の文字。

 今までは滅多に来る事の無かった場所だけど、あの日以降利用した回数は結構増えた。とは言っても両手で数える位なのだけど。


 そんな事を考えながら駅を後にすると、駅前には時期も相俟って沢山の人で溢れている。

 ただそんな中、1人だけ目を引く人影があるのを俺は見逃さない。目を向けると、どうやらその人も俺に気付いたようだった。


 お互いに近付き顔を見合わせると、そこからは……いつも通りのやり取りが始まる。


「おはよう、花。結構待ったかな?」

「おはよう日向。全然だ……よ……」


「ん? どしたの? そんなジロジロ見て」

「あっ、ごめんごめん。日向の私服姿ってなかなか珍しいなって」


「そう言えば、花と会う時はほとんどチームジャージだな。病院でも」

「でしょでしょ? だから……」


「こらっ、ジロジロ見すぎだって! そっ、それより早く案内してくれよ。花一押しの場所」

「はいはい……っと! うん。それで……どうやって行こうか? ちょっと距離があるんだよね」


「どうやってって、花は行く時どうやって行ってんだ?」

「私は毎年歩いて行ってるよ? 大体20分位かな?」


「じゃあ歩いて行こう。運動も兼ねて」

「運動も兼ねてって……ほぼ毎日運動してるじゃない。ふふっ。でも、了解! じゃあ付いて来てね」


 こうして、俺達はゆっくりと歩き出す。約1年前の約束を叶える為に。そして花一押しの……桜を見る為に。



 ◇



 歩いて20分。その道中は長いようであっと言う間だった。

 目的の場所は少し高台にあるらしくて、その道のりは殆どが上り坂。

 にも関わらず、サッカーをしてる俺はともかく、花も息切れ1つしてなかった事には驚く。

 そんな心配する位、話題は尽きずにひたすら話をしていた。

 まぁ、お互い3年になって色々と話したい事も多かったっていうのもあるけど、必然的に話の内容は新学期の話や将来の事。


 進学か就職か。

 現時点で俺は近くの仙宗大学へ進学したいと決めていた。交通の便や、サッカー部が強豪で大学1部リーグに参加しているという事もあってそこまで迷いはなかった。学力の面は……まぁギリギリだったけど。


 そんな中、花も仙宗大学への進学を考えていると聞いた時は驚いたし、嬉しくもあった。

 しかも既に学校の先生になりたいという夢まで持ってるようで、改めて自分とは違う先を見据えた考え方に感心を覚える。


 なんて事で盛り上がっていると、徐に視界の中に鮮やかなピンク色の花びらが姿を見せるようになった。それは坂を上る度に増え、それと共に優しい香りも鼻に残るようになる。

 そして曲がり角を曲がった瞬間、その目的の場所が目の前に現れた。


 石島公園。

 聞いた事はあるけど、実際に来るのは初めての場所。そしてそれを悔やむのに時間は掛からなかった。


「ヤバイな……」


 公園の入り口からでも分かる沢山の桜。学校に行く道すがらにも桜の木はあるけど、ハッキリ言ってそれとは桁が違う。

 真っすぐに伸びる道。その両側から、触れるんじゃないかと思う位に近くに見える桜の花。


「ふふっ、行こう?」


 近付く度にその存在は大きくなり、公園の中に1歩足を踏み入れるとまたしてもその姿は変化を遂げる。


 まるで無数の桜に囲まれたような感覚。一面のピンク色に、時折風と共に空を舞い飛ぶ桜の花。

 その全てが見た事もない光景。

 その全てが嗅いだ事のない優しい匂い。

 その全てが感じた事のない落ち着いた雰囲気だった。


「綺麗だ……」


 それは思わず口から零れた言葉。嘘1つない本心。


「本当? 嬉しいな」


 隣で一緒に桜を見上げる花は、そう言って……優しく笑みを浮かべる。


 舐めていたと言えば聞こえが悪いかもしれない。ただ、俺自身桜まつりというものに興味がなかったのは事実だった。

 ただこの瞬間、そんな考えは一瞬にして消え去る。と同時に、どうしてもっと前から来なかったのかと 後悔の念さえ覚えた。


 ただ歩くだけで綺麗で心が洗われる。そんな表現が正しいのかもしれない。

 それ位どこか安心しきったような、落ち着いた雰囲気が体全体を包み込んで気持ちが良かった。


 ただ、この桜が花の一押しって訳ではないようで、


「私が日向に見せたいのはもうちょっと行った所にあるんだ。あとちょっと高い所登るけどね?」


 その言葉に付いて行くと、公園内に更に小高くなっている場所が見えて来た。


「ここだよ?」


 上り坂をしばらく登ると、ようやく終わりが見えて来る。

 そして平坦になった地面に足を踏み締めてゆっくりと視線を上げると、そこに広がっていたのは……


「マジかよ……」


 満開の桜越しに見える、石島湾の景色。


「綺麗過ぎるだろ……」


 沢山の桜の木と花びらに、一望出来る石島湾と浮かぶ島々。そして雲1つない青空は、今まで見た事がない位の絶景だった


「本当? ここがね? 私の一押しスポット。日向にも見てもらいたかったんだ」

「これは凄い…………花?」


「うん?」

「連れて来てくれてありがとう。本当に」

「ううん。全然だよ?」


 まさか桜を見て感動出来るとは思いもしなかった。けど、実際に目の当たりにして強い衝撃を受けた事に間違いない。

 そして気が付けば花に、公園内に植えられている桜の種類や、満開の時期なんかを聞いてたりして興味を抱くようになっていた。


 知らず知らずの内に花を質問攻めにしてたけど、花は嫌がる様子も見せずに笑っている。 

 むしろ俺が桜に興味を持ってくれたことが嬉しいみたいで、徐々に1の質問に2答えてくれるようになっていた。


 そしてそんな状態で公園をグルっと1周すると……俺は完全にその魅力に憑りつかれ始めていた。花を見るとリラックス出来るって言う話は聞いてはいたけど、身を持って体感したんだから当然だった。


「マジか……凄いな」

「でしょ? ふふっ」


 そして改めて、花には感謝しか浮かばなかった。




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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