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29.春の兆し

 



 辺りの雪もすっかり消え去り、暦は3月を迎えていた。

 そんなある日、いつも通り人気のない病院の待合室で俺は少しばかり緊張している。


(リサーチはしたけど、ちゃんと喜んでくれるかな)


 その理由はもちろん、ホワイトデーのお返しのことだった。

 定番であればクッキー系なんだろうけど、それはすでに去年渡している。

 出来ればあっと驚くようなものをお返ししたいのだが、そのハードルは結構高くなっていた。花が決して自分が欲しいものを口にしないのもその要因の一つ。


 去年の誕生日。今思えばとんでもなく濃厚な1日だった。

 とはいえ、あれ以降ますます花とはなんでも話せる仲になった気がする。


 病院ではもちろん。気が付けば毎日メッセージのやり取り。

 もちろんクリスマスには、忘れずプレゼントを用意しようと思っていた。

 ただ、実際問題何をプレゼントするべきか迷った末、花に聞いてみたものの……


『日向君のプレゼントなら何でも嬉しいよ?』


 なんて言われてしまってしまった。

 挙句の果てに、


『じゃあ日向君は何が欲しい?』


 と聞かれてしまい、思わず口にしたのは花と同じ言葉。

 言われて気が付いたけど、受け取る側……ましてや花からのプレゼントなら何でも嬉しいのは事実だ。花が同じ気持ちなのかは分からないけど、そう考えると物ではなく気持ちという意味も理解は出来た。

 とはいえ、下手なものを渡せばガッカリを通り越して呆れられる可能性も有り得る。


 互いの話は平行線の一方だった為、結局どこかでご飯を食べようという結論に達した。場所は流石に花の行きたい場所を選んでもらったけど。


 こうして、お互いの食べたい物を注文して相手の料理を奢るという約束のまま当日を迎えたんだけど、そこで花にまんまとやられた。

 料理を待つ間にいきなり手渡された紙袋。中にはトレーニングパンツが入っていて、またしてもサプライズを受けてしまった。

 嬉しさと同時に、やられたという気持ちが強くて……無理やりご飯代は俺が払った。


 そんな経緯に加え、バレンタインデーもチョコとチョコケーキを貰ったこともあり……ホワイトデーに賭ける思いは人一倍大きかった。


(大丈夫……大丈夫……)


「お待たせ~」


 なんて考えていると、花がこちらへやって来た。

 渡すタイミングなんかをどうしようかと思っていた矢先に、お手洗いに行ってくれたのはありがたい。

 お陰でこうして気持ちの準備が整った。


(よっし)


 俺は隣に花が座った瞬間を狙い、鞄から取り出していた紙袋を意を決して花へと手渡す。


「あっ、花。これホワイトデーのお返し」

「えっ? 本当? ありがと~!」


 ファーストチョイスは上々。

 定番のクッキーはもちろんなのだが、紙袋にはもう1つ目玉が入れてある。あとは中身を気に入ってくれるかどうかだった。


「少し見ても良い?」

「どうぞ?」

「えっと、これ駅前のお菓子屋さんの箱じゃない? それもクッキーだ! ありがとう!」


(クッキーも駅前で有名なお菓子店のものだ。これは俺なりにリサーチしてたから良かった。そんでもう1つ……こっちは完全にある人に言われた、花が好きそうな代物だ。反応はどうだ?)


「あれ? もう1つ何か入ってる。こっちは何かな? 見ても良い?」

「あっ、うん」

「えっと……あぁ! バスボールだ! 滅茶苦茶沢山種類入ってる!」


 クッキーを見た時よりも嬉しそうな反応に、思わず嬉しさがこみ上げる。


(よっしゃ~! 春さんありがとう!)


 サプライズを仕掛けるにあたって、俺が頼ったのは花のお母さんでもある春さんだった。

 誕生日パーティー以降、花は嫌がっていたけど、春さんとも話をする機会が結構増えたこともあって、相談するにはぴったりの人材だ。


 いざ事情を説明すると、あっさりと協力してくれた事には驚いたものだ。まぁその後、情報提供との交換条件で名前呼びを強制された時には、やられたと思ったけど。


「最近入浴剤にハマってるんだよ~! どうして分かったの?」

「いや、春さんに……」

「春……さん……?」


(やっば!)


 思わず春さんの名前を言った瞬間、花の表情が一気に変わった。

 そりゃ自分の母親を名前で呼ばれたりしたら、何事かと思うのは当然だった。

 そんな状況に、慌てて弁解を試みたものの……


「あっ、いや!」

「ちょっと、日向君? 春さんってお母さんの事だよねぇ?」


 もはや時すでに遅し。

 花の怒りを抑えるには、全て話すほかないと観念した。


「実は……花のお母さんに、花の今欲しがってるものを聞きまして……」

「ほほう? それで?」


「情報提供の交換条件として、名前呼びを強制されたもので……ごめん」

「は~」


 俺の告白に呆れてしまったのか、花は大きくため息をついた。

 正直、サプライズもあったもんじゃないと自分の口の緩さに絶望を感じつつ、花の言葉が少し怖かった。

 そしてゆっくりと花は顔を上げ、少し怒ったような表情を見せながら口を開いた。


「日向君? 日向君のくれるものなら何でも嬉しいけど、このバスボールセットは尚のこと嬉しいよ?」

「はっ、はい……」


「でも、お母さんを利用したのはちょっとイラっとしました!」

「あの、そのことについてはなんも言えません」


「だから、その……わっ、私は日向君の事呼び捨てで呼ぶ! 良いよね?」

「えっ?」


 頬を膨らませながら、上目遣いでこちらを見上げる花。

 その可愛い姿に、少しドキッとしてしまった。


「いっ、良いよね? ひっ、ひな……た」


 更に追い打ちをかけるかのような、名前呼びに……もはや口が上手く回らなくなっていた。


「わっ、分かったよ花」

「ふっ、ふふ。じゃあ、これでチャラね?」


(やばっ。その顔で上目遣いは反則だっての!)


 こうして、なんとか機嫌を戻してくれた花。

 満面の笑顔を目にし、春さんの件は置いておいて本当に欲しかった物なんだとしみじみ感じる。


「本当にありがとうね? ひっ、日向」

「全然。お返しだからさ?」


(とりあえず、成功かな?)


 一時はどうなるかと思ったホワイトデーの成功に、ホッと胸を撫でおろした。


「あっ、そういえば日向?」

「うん?」

「今年は絶対に行こうね? 桜まつり」


 桜まつり。

 その言葉にふと、もうそんな季節が近付いているのだと感慨深さを覚えた。


 4月になれば高校3年。

 高校生活最後の年が始まる。


 どんなことが起こるのか、少し心を弾ませながら……俺は花に返事をする。


「あぁ、もちろん。絶対行こう」

「やったぁ~!」




次話も宜しくお願いします!

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