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26.誕生日

 



 行きよりも帰りの方が早く感じる。

 まさにそれを身を持って感じる程に、浦福橋を渡り切るのはあっと言う間だった。


 最初に渡った時も結構話をした気はしたけど、それでも帰り道はかなり早く感じた。

 違うと言えば、匙浜さんが行きの時よりも少しテンションが高く見えた事だろうか。もっぱらサッカーの話だったけど、グイグイ話し掛けては質問してくる姿は良い意味でいつもとは違った雰囲気だった。


 まるで何か憑き物が取れたかのような……そんな姿。

 それだけ、あの出来事は彼女にとって重い枷だったのかもしれない。想像も出来ない位のトラウマだったのかもしれない。おそらく自分でも考えている以上に。


 ただ、


「はっ、ごめん葵君! 葵君を楽しませようと思ってたのに、私だけはしゃいで」

「良いよ全然。俺も滅茶苦茶楽しいし」

「本当? 良かった」


 匙浜さんの抱えていた問題と、スッキリしたような笑顔を見たら……スタメンを落とされた位で気落ちしてた自分が、バカみたいで情けなく感じる。


 試合には負けた。けど、まだ1年ある。

 次の試合までに監督の信頼をつかみ取って、スタメンの座を取り返せばいい。けど大事なのは自分のプレーを忘れないこと。監督とぶつかったら監督が納得する結果を何度だって見せて認めてもらえばいい。


 ただそれだけ。簡単な話だった。

 今回は結構急にスタメン落とされて焦ったけど、この経験は必ず糧になる。

 もう過ぎた事を後悔しない。そんな事してる暇があったら次に向かって歩き出した方が良い。

 それに気付かせてくれたのは間違いなく匙浜さんだ。


「本当にありがとう」

「全然だよ。そういえば葵君、まだ時間大丈夫かな?」


「時間? あぁ、大丈夫」

「もう一ヶ所だけ行きたい場所があるんだ」



 ◇



 辺りを見渡すと海に映し出される夕日が、さっきよりも色濃く見えていた。

 それと同時に薄暗さも目立ち始めて、時計を見なくてもそれ相応の時間なのだと感じることが出来る。

 そんな中、海沿いに伸びる道路の歩道を話しながら歩いている俺達。遊覧船乗り場を横目に向かう先は……正直分からない。


 匙浜さんの話だと連れて行きたい場所があるらしい。ただ、自分の記憶に朧げに残ってるのはさっきの遊覧船乗り場付近だけで、正直見当もつかない。


(一体どこに行こうとしてるんだ?)


「葵君ここだよ!」

「ん?」


 徐に匙浜さんが指差した方向に目を向けると、そこには石で出来た階段と()()()と書かれた看板。


「ここはね? 政宗様が再建した由緒ある所なんだ。それに石島屈指のパワースポット! だから福浦島気に入ってくれたら、ここにも連れて来たいなって思ってたんだ」

「パワースポット?」

「うん」


 (なるほど、レジェンドの伊達政宗に所縁のある場所か。通りでさっきより目が輝いてるはずだ)


 そんな匙浜さん連れられて石段を上って行くと、登り切った先に大きな橋が見える。

 そしてその奥には大きなお堂。そこに繋がる橋はさっきの浦福橋よりは短いけど、それに負けず劣らずの鮮やかな赤色が目に映り、更に印象的だったのがその造りだった。


「ん? なんか橋が……って下丸見え?」

「ふふっ、透かし橋って言うんだよ?」


 橋の床が等間隔で抜けていて、その隙間からは海が覗ける。もちろん行く人用と帰る人用にちゃんとした部分が2カ所あるけど、それも人が1人通れるくらいの細さ。高所恐怖症の人には地獄な気がする。


 そんな初めての橋を堪能しながら進んでいくと、目的地の大五堂が目の前に現れた。


「じゃあお参りしよっ? パワー貰わなきゃ!」


 更に目が輝く匙浜さん。そんな姿に釣られるように、目を瞑って手を合わせる。

 今までお参りに来てもお願いとかはした事がない。努力が必要なことを、たった少しのお賽銭で神様に手伝って貰うなんて虫が良すぎる気がしていた。

 ただ、匙浜さん一押しの伊達政宗様直伝パワースポットとなれば話は別だ。


(1回だけならお願いしても良いかな?)


 ―――出来る事なら俺と匙浜さん。2人の軽度認知障害が治りますように―――


「葵君? やけに真剣にお願いしてるけど……何お願いしたのかな?」

「そっ、そういうのは言ったらダメなんじゃないのか?」


「おっ、なかなか鋭い」

「知ってて聞いたのか」


 完治することはない。そんなことは分かってる。

 でも叶うなら、ずっと笑って居たかった。

 症状の事なんて一切考えないで、心の底からずっと。


「まぁ……ねっ?」

「まぁって……」


「ふふっ」

「ははっ」


 そんなやり取りをしながら、お参りを済ませた俺達。その帰路には高所恐怖症キラーの透かし橋が待っていた。


「やっぱり気になるなぁ」


 先に足を踏み入れた匙浜さんは、目に見えてテンションが高かった。


「ダメだって。じゃあ匙浜さんのお願い教えてくれたら言っても良いよ?」

「おっ、交換条件?」


 そんなことを言いながら、体の向きは徐々に俺の方へ。いくら真っすぐとは言え、辺りはそれこそ薄暗い。足元を見なくちゃ危険じゃないか? 


「って、匙浜さん。後ろ歩きは危ないって。ちゃんと前見ないと」


 そう思い、とっさに声を掛けた瞬間だった。


「大丈……きゃっ」


 突然、体勢が崩れる匙浜さん。おそらく足を踏み外したに違いなかった。


(ヤバイっ!)


 この時ばかりは、サッカーやってて良かったとしみじみ思った。

 反射的に動いた体は、試合の時よりもキレキレ。一瞬の踏み込みとスピードに乗った重心。そして一目散に伸ばした手は……倒れ込む寸での所で間に合った。


 (つっ、掴んだ!)


 少し温かくて柔らかいそれを握り締めた俺は、すかさず力の限り引っ張る。その力に引かれて徐々にこちらに近付いて来る匙浜さん。そして


「あっ……」

「よっと!」


 次第に上半身に感じる温かさ。やらかい感触。自分の手の中に居るのは匙浜さんで間違いない。

 とりあえず、最悪な事態は避けられた。隙間に足が入って擦りむいたり、後ろに倒れて頭でも打ってたらそれこそトラウマものだ。


「だっ……大丈夫? 匙浜さん」

「うっ、うん」

「良かった」


 声を聞く限り、どこも怪我はしてなさそうだった。

 それだけで何とも言えない安堵に包まれる……と同時に、必死だった頭の中が正常に動き出す。


(とりあえず良かった。にしてもなんか上半身温かい? てかなんか滅茶苦茶柔らかい感触が……それになんか良い匂いするんだけど? 一体どういう…………はっ! はぁぁぁ!)


 冷静になった瞬間、今の状況がどれ程ヤバいモノなのか……額に滴る冷や汗がそれを物語る。

 不可抗力とは言え左手をガッツリ背中に回し、匙浜さんを抱きしめていた。


(ヤッ、ヤバイ。必死だったとはいえ、手握ってた? 女の子と手繋ぐのなんて何年ぶりだ? ってそこじゃない。 ととっ、とにかくマズい。不可抗力とはいえこれはマズい。さっ、匙浜さんに怒られる前に、それとなく……戦線離脱しろ!)


「ふっ、ふぅ。うっ、うんうん。なら良かった怪我もない……よね?」


 動揺を隠しながら、ゆっくりと一歩下がりつつ……それとなく体を離していく。


 心臓の鼓動が大きい。

 思いがけないゼロ距離に柔らかい感触を堪能出来たって喜びと、不可抗力とはいえ思いっきり手を握り、抱き締めるという暴挙をしてしまった焦り。

 更にそれによって匙浜さんに嫌われないかと言う不安。

 その全てが混ざり合う。大事なのは匙浜さんの反応と第一声。そこに全神経が集中した。そして……


「ごっ、ごめんなさい葵君。助けてくれて……ありがとう」


 突然の出来事に驚いた様子だった表情は、その言葉と共に……笑顔になった。それを見た途端、ホッとして少し体の力が抜ける。


「本当に怪我なくて良かった」

「ごめん。調子乗ってたね? 気を付けます」


「はいよ。ちゃんと前見て渡って下さいね」

「肝に銘じます! でも、本当にありがとう。葵君」


 伊達政宗様が築いたパワースポット巡礼。一瞬どうなる事かと思ったけど、とりあえずは事なきを得た。

 それに加えて思わぬ展開に、俺としては万々歳だった気がするけど……もしかすると政宗様の力なのか?


 そんなことを思いながら、ゆっくりと道路に戻って来た俺達。

 その頃には空はすっかり暗くなっていて、楽しい時間も終わりを告げているように感じた。


「すっかり暗くなっちゃったね」

「あぁ、でも楽しかったよ」


「本当? そう言って貰えると嬉しいな」

「ありがとう。匙浜さん」

「ううん。こちらこそ。それじゃあ駅行こうか。ここからだと石島海岸駅が近いよね?」


 (行こうかって、もしかして付いて来てくれるのか?)


 その行動は嬉しさを感じるものだった。ただ時間も遅いし、ここで解散の方が匙浜さんも疲れないのではないか。


「行こうかって……まさか駅まで来てくれるの?」

「えっ? ダメだった?」


「いやいや、ダメじゃないけど……大丈夫? 家の場所は分からないけど、ここって石島駅からは結構離れてるから」

「大丈夫、歩き慣れ……」


 なんて話していた時だった。俺達の目の前に、1台の白い乗用車が突然停まった。


(ん? なんだ?)


 そんな俺の心情とは裏腹に、


「あっ……」


 匙浜さんがポツリと呟く匙浜さん。そしてゆっくりと開いて行く助手席の窓。


(もしかして匙浜さんお知り合いなのか?)


 そんな俺の前に、現れたのは……


「やっぱり! 2人してこんなところで何やってるの?」

「えっ? まっ、まさか……」

「お母さん!?」


 まさかの匙浜さんのお母さんだった。


 (あれ? 2人で居るとこ見られて良いのかな? もしろ、こんな時間まで娘さんを連れ回してるって思われるよね?)


 ふと、頭を過る嫌な予感と焦り。しかし当の本人達は、


「なになにデート?」

「ちょっ、お母さん!」


「水臭いなぁ。そう言うのはちゃんと言ってよ花ぁ」

「だから!」


 それこそ病院で魅せる雰囲気そのもので、そんな光景を目にしていると……不思議と落ち着きを取り戻していた。


(とりあえず、怒ってはないよね? むしろなんか喜んでない? いや、イジリ甲斐があるって感じで)


「こんな時間まで……やるじゃん花」

「おっ、お母さん? いい加減怒るよっ」

「まぁまぁ。あっ、いっその事家に呼んじゃいなよ?」


 (ん? 家? 家!?)


「ちょっと何言って……」

「良いじゃん良いじゃん。折角の花の誕生日なんだから」

「おっ、お母さ……」


 (たっ、誕生日……? 誕生日…………はっ!)


 その言葉が耳に入った瞬間、頭の中がぐるぐる回った。そしてその言葉の意味を理解するのに時間はそんなに掛からなかった。


 (あれ? 今日って……何日? ははっ、そうだ……10月31日じゃないか……ははっ、ははっ)


 一言で言うと忘れてた。

 言い訳をすると、この時期には必ずサッカーの重要な試合がある。だから、毎年の事ながら激しい練習と、負けられないプレッシャーと緊張感で頭の中はサッカーだらけ。

 すなわち、自分でも……自身の誕生日を忘れている事が多かった。


 むしろ母さんに今日の誕生日何が食べたい? って言われて気付かされた往年。

 今までだったらそれで大丈夫だったし、問題も無かった。

 しかし、今日……いや今年に限って言えばその考えは大問題だ。


 完全に忘れてた。

 スタメン落ちの悔しさと泥沼状態だったメンタル。更に宿敵漆谷高校選を前に不覚だった。


 (覚えていたはずなのに……覚えていたはずなのに……俺と匙浜さんが同じ誕生日だって事をっ!)


 どっかの本で書いてあった。女の子の誕生日を忘れる男は最低だと。

 どこかのタイミングで誕生日おめでとうって言われると思ってたんじゃないのか。ただ、誕生日のプレゼントも用意してない。

 しかも女の子にプレゼントなんて、パッと思いつく程気の利いた男ではないのは自分が1番よく知っていた。


(あぁ、どっちにしろアウトじゃないか? 三重殺じゃないか? 終わりじゃないか? どうにかしてフォローを……良い感じのフォローを……)


「だって人数は多い方が良いでしょ? だから、家にご招待しちゃいなよ?」


 (ん? ご招待……? いっ、家!?)


「花の誕生日パーティーにさぁ?」


 (…………なっ、なっ、何言ってるんですかっ!?)




次話も宜しくお願いします!

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