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25.憧れと尊敬

 



「理由……?」


 突然の言葉に、俺は思わずそう口にしていた。というより、こんな反応をしてしまったのはある意味当然だったのかもしれない。

 特に、その症状について調べたことのある人にとっては。


 俺もその1人だ。御神本先生に診断され、向き合おうと決心した後もネットで事細かく軽度認知障害について調べた。先生からも沢山話を聞いた。

 そんな中で、必ず目にして耳に聞いたことがある。それは……根本的な原因。


 アルツハイマー型認知症は脳に異常なたんぱく質が蓄積され正常な細胞を死滅させてしまう事が原因で発症する。

 俺が患っている軽度認知障害はその異常な物質がそこまで溜まっていない状態。いわゆる1歩手前の状態だ。

 そしてその原因となる物質が、加齢によって蓄積されることは分かっているらしい。だが、根本的にどうしてそんな物質が蓄積されるのかというメカニズムは……完全には解明していない。


 だからこそ俺は自分の運命を呪った。

 なぜ自分が? なぜ全国でも少ない10代で? 

 けど、受け入れるしかなかった。そんなありがたくもない偶然を。


 後悔しても何の意味もない。だから必死になって向き合って、出来る事をやってやろうって思った。

 これが……運命なんだって。


 けど、彼女の言葉は違う。そう、まるで自分がそうなった理由が分かるかのように。だからこそ、俺はそんな言葉に……驚きを隠せなかった。


「あっ、理由なんて格好付けちゃった。正確には……出来事かな? 私のそれは限りなく……軽度認知障害に結び付けられるものなんだって」

「出来事って……うっ、嘘だろ? 結び付くって……じゃあもしその出来事がなかったら……」


「そう……思ってた時もあった。ずっとずっとあんな事さえなかったらって泣き叫んで、お母さん達にも迷惑掛けちゃった。でもどんなに思い続けても現実は変わらない。だから、受け入れた。心の奥底で必死に」

「俺に聞いて欲しいって言うのはもしかして……」


「うん、その出来事の事。家族には先生から話してくれてたから、私が口にするのは……初めて。うぅん、口に出来なかった。心の中では辛うじて受け入れられたと思っていたけど、それを声に出して言えなかった。それって本当に……向き合えてるって、受け入れられてるって言えるの? 凄いって葵君に言われる資格はあるの? そう……思った。だから、聞いて欲しい。葵君だからこそ聞いて欲しい」


 夕日に照らされた匙浜さんの表情は少し怯えているように見えた。

 けど、それが徐々に真剣な眼差しに変わり、ギュッと握った掌が……今言おうとしてる事がどれだけ彼女にとって勇気のいるモノなのか、それを感じるのには十分だった。

 正直、そんな大事な事を俺なんかに言っていいのか。聞いていいのか疑問はある。けど匙浜さんが言いたいのなら、それを拒む理由はない。


「分かった……教えて」

「うん」


「ふぅ……やだな。あのこと自体は滅茶苦茶簡単で、あっと言う間なのに……なかなか声が出ないよ。はぁ……ふぅ……ごめんね?」

「大丈夫。俺待ってるから」


「ありがとう。ふぅ…………じゃあ言うね?」

「うん」

「あれは……中学2年生の夏。夏休み前だった。何もない平日。本当に何もない、いつもと変わらない金曜日」


 何度も深呼吸をして、ようやく聞こえた匙浜さんの声。そんな姿は見た事がない。それ位思い出すだけでもキツい出来事なんだろう。そう思うと、なぜか手に力が入る。


「私ね、庶務として生徒会に入ってたんだ。その日は生徒会の活動は無かったんだけど、配布する生徒会のプリント折っちゃおうって思ったんだよね? だから少し残って……それから家に帰ろうとしたんだ。昇降口で靴を履き替えて、外に出て……家帰ったら宿題やんなきゃなぁ。なんて考えてたらね? プチって音がしたの」


「何かなって足元見たら、鞄に付けてたはずのテディベアのキーホルダーが後ろに落ちてたんだ。お婆ちゃんが作ってくれた物だから、大事にしてたキーホルダー。帰ったら直さないとって思って、取りに戻ったの。そして、それを手にしようと屈んだ時、頭に物凄い衝撃が走ったと思ったら……」


「気が付いたら私は病院のベッドで寝ていた」

「ベッ、ベッド!?」


「意味分かんなかったよ。目の前はボヤけてるし、頭は変な感じだし、ベッドの周りにはお母さん達が居て……目が合った瞬間泣き出すしさ?」

「匙浜さん、それって……頭に……」


「うん。正解。お母さん達に話聞いたらね? あの時、キーホルダーを取ろうと屈んだタイミングで、上から植木鉢が落ちて来て……頭に直撃だって」

「植木鉢? あの……固い!?」


「びっくりだよね。昇降口の上は教室で、ベランダには学年ごとにプランターや植木鉢に花が植えられてた。でも基本的に棚の上に置いてたんだよね」

「きっ、基本的にって……」


「運が悪かったのかな。その日はさ? 土日にかけて来る予定だった台風対策で、棚の下に置いてた。そしてベランダの手すり? 柵って言うのかな? そこって足元が少し開いてるんだよね」

「待って? まさか棚から下ろした植木鉢が、その隙間から……」


「そうみたい。多分掃除か何かで鉢に当たって、落ちるスレスレの所に動いてたんじゃないかって。落ちて来た植木鉢も、少し小さめのサイズだったしね」

「いやいや、それでも十分ヤバいでしょ?」


「うん。でも2階だったのが功を奏したって。3階以上だったら……って病院の先生も言ってた。だからね? その時は運が悪かったのか運が良かったのか分からなかったけど、とにかく命に別状はなくて良かったって安心したんだ。それで少し入院して退院。その間に学校は夏休みに入ってたけど、皆家に来てくれてね? 嬉しかった。うん。嬉しかったんだ……よ」

「嬉しかったんだよ?」


「退院してから数日経って。少しずつ……変な感じがした。この感じは、葵君なら分かるんじゃないかな?」

「感じって……まさか!」


「最初は曜日が分からないのなんて偶然だと思った。日付が分からないのも、たまたまだと思った。でもね? それはどんどん色濃く現れて来たんだ。昨日の夜に家族と話してた会話が記憶になくて、出掛けるって言われてもピンとこなかった。事前に連絡が来てた夏休み中の生徒会活動日も全然忘れてて、メッセージで初めて気が付いた。怖かった。記憶がないのも、自分が自分じゃなくなるようで怖かった」


「そしてある日、友達と遊ぶ日を忘れた。退院したばっかりだから仕方ないよって許してくれた友達に申し訳なかった。親友って呼べる位、仲の良かった友達との約束を忘れた自分が怖くて憎くて仕方なかった。それで、耐えきれなくて……お母さんに言ったの」

「マジか……」


「そこからは大体分かるよね? 何か察したのか、お母さんはすぐに仙宗大学病院に連れてってくれて、御神本先生に診察してもらった。色々お話して、色々検査して……それで告げられたんだ。軽度認知障害だって」

「でっ、でもさ? それだとまだ入院した出来事と症状の関係は……」


「勿論、先生にも直近の出来事は話したよ。そしたらね……言われたんだ。強い頭部外傷を経験した人は、普通の人より認知症の発症リスクを高めるって研究結果があるって」

「はっ、はぁ? 何かの冗談じゃ……」


「先生って嘘付けないじゃない? それは葵君だって知ってるでしょ? それにその事書いてる本を訳してくれて私に見せてくれた。可能性ではあるけど、その事実は私の心に深く刻まれた。そしてそれ以来……その事実を口にすることは出来なかった。中学の先生や高校の先生にも言おうとしたよ。でも軽度認知障害の事は言えても、それに繋がるあの出来事の事は喉に引っ掛かって、心臓が締め付けられて言えなかった。だって、もしあの出来事がなかったら。なかったら……そんな気持ちが永遠と頭の中をグルグル回ってたんだもん」


「思い出したくもない。言いたくなんてなかった。でもね? 家族や、御神本先生のおかげで……とりあえずは症状を受け入れられた。流石に友達には言えなかったけど……それでも中学校の校長先生や先生方にはちゃんと説明したんだ。そして、皆には言わないようにってお願いしたら、卒業まで守ってくれた。高校でも予め話して、その上で合格を貰えた。でもあの出来事だけは、あの出来事が原因なのかもって事は……誰にも言えなかった」


 ……重い……重すぎる。

 予想をはるかに超える、匙浜さんの話にハッキリ言ってついて行けない。


 自分も症状を言い渡されてショックだった。原因不明なのに突然現れて……けど、だからこそ仕方ないのか? って諦めもついて……やっと受け入れられた。

 それなのに彼女の場合は違う。確実ではないけど……軽度認知障害に繋がるであろう出来事を経験している。そしてそれを知っている。


「でも……言えた。葵君に言えた。初めて誰かに口に出来た。心の中で呟くだけじゃなくて、吐き出せた」


 もしあんな事故が起こらなければ、こんな症状が出ることはなかったのかもしれない。俺が匙浜さんの立場だったら、それを受け入れられるのか。そこまで強く居られるのか。それを他人に話して……


「やった……やったよ……言えた。言えたよ。なんか気持ちが軽くなった。ありがとう……葵君!」


 こんなにも笑顔になれるのか?


 無理だ。俺だったら無理だ。おそらく、なんで植木鉢が? なんでキーホルダーが? なんで生徒会のプリント折った。なんで台風が来てたんだ。なんて不満しか浮かばないと思う。

 なんでぶつかった? 頭に? あの出来事さえなければ……なければ……軽度認知障害にならなかったって可能性がある限り、永遠にその後悔と悔しさから抜け出せずにどうにかなっていた。


 それなのに、どうしてこんなにも受け入れられる。どうしてここまで強い? どういう思考なんだ。 どんな精神力なんだ。 


 改めて、匙浜さんが信じられない。怖い。恐ろしい。

 言葉が出ない。凄い。憧れる。


「さっ、匙浜さん?」

「うん?」


「あのさ……匙浜さんはこんなことになった自分が嫌じゃないの? 色々と……怖くないの?」

「さっきまでは、少し嫌な気持ちはあった。自分には言えないことがあるのに、なんで葵君に上から目線で偉そうに話してるの? 沢山話聞いて、少し嘘付かれたからって何怒ってるの? って……自分が嫌だった。でも、葵君に全部言えたから、今まで言えなかったトラウマを口に出来たから。葵君の目の前で、ちゃんと本当の自分出せた。それを実感したら……全然怖くなくなっちゃった」

「匙浜さん……」


「勿論、今まで積み重ねてきたことは続けないといけないけど……それでも、もっと堂々と向き合える。堂々と付き合っていける気がする」

「凄いな……匙浜さんは。俺が匙浜さんだったら、多分怖くて仕方がないよ」

「怖い? ううん、だってこれが私の……運命だもの」


 そう言って笑みを浮かべる匙浜さん。その表情はいつもよりも優しくて、どこか明るくて、どこかスッキリしたモノのように感じる。

 そんな笑顔を目にすると、しみじみと思い知らされた。


 匙浜さんには一生敵わない。

 憧れを覚え、尊敬する人物であると共に、俺にとって必要不可欠な……存在である事を。




次話も宜しくお願いします!

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