23.振り向いた姿
石島市。
そこは自分の住んでいる仙宗市から電車で約30分ほど離れた所に位置する場所。
利用する駅によってその所要時間は違うけど、大体平均するとそのくらいだと思う。そして確か匙浜さんが病院に行く時に使っているのは……ここ石島駅。
どこに住んでるかまでは詳しくは知らないけど、最寄りの駅がここという事は……まさしくこの辺りは匙浜さんのホームグラウンドに違いない。
そんな場所に降り立ち、一体何処に向かおうというのか。そんな事を考えている俺をよそに、その足取りは止まることを知らない。
駅を後にし、黙々と歩道を歩く匙浜さん。置いて行かれないように後を追う俺。
左手には線路と川が佇み、右手には大海原という景色が広がっているものの……次第にそれも離れて行き、あっと言う間に住宅や沢山の建造物に囲まれる。
初見に近い場所を歩く不慣れさを身を持って体験する中、悠々とホームグラウンドを闊歩する匙浜さん。
その姿は……やっぱりいつもの彼女とは違った感じがする。
(結構歩いたけど、匙浜さんどこに行くつもりだ?)
石島市と言えば宮城県の中でも有数の観光地なのは知っている。その代表格と言えば、悠然と広がる大海原と、そこに点在する数々の島。
どこから見ても美しいとされるこの石島湾で間違いない。日本三景に選ばれてる時点で物凄いはずだ。
日本三景石島。
仙宗市からそこまで遠くはないけど、思い出してみると片手で数える位しか来たことがないかもしれない。
記憶にあるのはまだ彼方が産まれてない時に、遠い親戚達と来た時。あとは小学校の遠足。遊覧船に乗ってはしゃぎまくった記憶がある。
でもそれ以降は来た覚えはない。
なんて思い出に浸っていると、気が付けばどんどん人通りが多くなっていた。さっきまで見えていたはずの海は大きなホテルに遮られ、反対側にはお土産屋さんが多く見える。それは朧気だった自分の記憶の中に薄っすらと残る……観光名所石島の姿だった。
どことなく蘇る記憶。
確かもう少し奥に行くと海の傍に行く道路があって、すぐ目の前には…………遊覧船乗り場。
(なんか懐かしいな)
駐車場に並ぶ沢山の車。
お土産屋や食堂に入って行く人。
遊覧船の案内所に並ぶ人。
これぞ日曜日の観光地と言った光景がそこには広がっていた。
しかし、そうなると余計分からないのが匙浜さんの行先。
もしかして遊覧船に乗るつもりなのだろうか。ただ、こんな状態で遊覧船に乗るなんて少し考え辛い。
(……まさか余りにも腹が立ってるから、ここぞというポイントで突き落とそうとしてる?)
なんて被害妄想が浮かんで来たけど、何の迷いもなく遊覧船を横切って行く匙浜さん。更に奥の方へと進んで行く姿に、少し安心したものの……こうなると、もう本当に見当がつかない。
この先の記憶なんてないし何があるのかも分からない。完全に初めましての場所に向かって、ただただその足を進めるだけ。
すると、遠目に何か赤いモノが見える。それは海の上に悠然と姿を見せ、奥に見える島まで伸びているようだった。近付く度にその真っ赤な色がハッキリと濃く現れるそれは……何とも言えない存在感を放つ橋。
橋にしては幅が狭い気がする。
そして途方もなく長い。
だが、その姿は海と空の色も相俟って綺麗だった。
それにしても石島にこんな橋があったのか。もしかして自分が分からないだけだったのか。
そんな疑問を抱きつつも、成すがままに匙浜さんの後を付いて行くと……その足はすぐ目の前の建物に向かっているようだった。
浦福島入口。
そう書かれた建物の中に入る匙浜さんと、後を追う俺。
(福浦島……何か聞いた事のある気がする。確かに観光地の中にそんな名前があったような……)
「あっ、はい。大人2人です」
なんて内に、またもや何かの代金を俺の分まで払ってくれている匙浜さん。
「こっち」
優しいと思いきや、俺を見る表情はやっぱり怒っていた。
今だに匙浜さんにどう接していいのか全く分からないが、こっちという指示を無視すれば最悪なことしか起こらないのは目に見えている。
俺は大人しく匙浜さんの後を追い、入口とは別の場所にある扉から外へと出た。
するとどうだろう、すぐ目の前には永遠と続くかのような錯覚を覚える橋が……俺を待ち構えていた。
そんな存在感溢れる光景に一瞬足が止まってしまった俺を横目に、何とも変わらない様子でその橋を渡り始める匙浜さん。
ここには何度も来た事があるんだろう。その姿はホームグラウンドで試合をするチームの余裕に似たモノを感じさせる。
とはいえ、観光地の割には遊覧船付近に比べると人の姿が少ない。少ないというよりは……居ない。ましてや、この橋を今渡っているのは俺と匙浜さんだけだった。
その光景に少し疑問を感じる。
けど、逆に考えればここに来る道中、散々人の目に触れていたけど、この状況は言わば2人きりだ。
(勇気を出して話し掛けるなら今じゃ……?)
そんな考えがふと頭を過る。
もちろん声は掛け辛い。怒ってるのが分かってて、どんな反応されるかは大体予想もつくし怖い。
でも、そんな中でも理解出来ない行動だってあった。
俺の分まで色々払ってくれたお礼もちゃんと言いたい。それにどこへ連れて行こうとしてるのか。どうして俺を誘ったのか。その理由も知りたい。
だから……
「匙浜さん! ごっ、ごめん。怒ってる……よね?」
俺は立ち止まると、思い切って声を掛けた。
怒ってるよね? なんて変な言葉だったけど、運動公園からここに来るまでの長い時間の中で、やっと自分から言えた言葉だった。
すると、前を歩いていた匙浜さんが立ち止まる。そして俺の方を振り返ったかと思うと、
「怒ってるよ。結構怒ってるんだから」
ムスッとした表情を浮かべながらそう答えた。
その顔は、振り返る度に見せていた表情。けど1つだけ……違った所があった。
そう。少しだけ、ほんの少しだけど……口角が上がっていた。
「でも……やっと葵君から話し掛けてくれたね」
そこからはあっと言う間だった。続け様にかけられた言葉。その雰囲気は、俺も良く知っているものだった。
そしてそう言いながら見せた表情も、いつも目にしていた優しい……笑顔だった。
次話も宜しくお願いします!




