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20.愚かな言葉

 



 その日を境に、常に心の中に不安がまとわりつくようになった。

 毎日の生活で今までと同じ事をしていても、それが消える事はない。

 そして、その不安な気持ちが一気に大きくなる時がある。それは、匙浜さんと話している時だった。

 いつもと変わらず、真っすぐに話し掛けてくれる姿がいつにも増して羨ましくて……つい自分を比べてしまう。

 それに、


「葵君! ついに選手権予選が始まるね!?」


 笑顔を見せ、楽しそうに話す匙浜さんを前にしたら……不安な素振りなんて見せられない。

 今までだったらなんでも言えたはずだった。もちろん症状に対する向き合い方も不安な事も。そしてその度に耳にしたアドバイスに何度も救われた。

 けど、その時ばかりは言えなかった。


 でもまぁ、御神本先生にはあっさり見破られたけど。


「葵君? 何かあったのかぃ?」

「えっ? 何もないですよ! ははっ」

「葵君。ガッカリするような事言うけど……葵君は嘘つくの下手だからね」


 結果として、洗いざらい御神本先生に白状する事になった俺。

 けど、不思議と話し終えた瞬間、どこか心が軽くなった気がした。

 そんな心情は、どうも顔にも現れたようで、先生の顔にはいつもの笑顔が表れていた。そしてゆっくりと口を開く。


「それって……勘違いじゃない?」

「えっ?」


 突然の一言に、思わず気の抜けた言葉を発してしまった。けど、その後の先生の説明には納得と言うか、安心したを覚えている。


「軽度認知障害の症状として特徴的なのは、それを見た事や聞いた事すら思い出せないって事なんだよ? 例えば、葵君が友達との約束を忘れたとする。約束したんだよ? って友達に言われても、約束したことすら覚えてない。だから余計混乱するし、悪化すればそれが怒りに変わる。けど、今の話を聞くと、そのプレーをした時のことは思い出したんだよね?」

「はっ、はい。でも自分の意図と……」


「それって、いわゆるセンスって事じゃない?」

「セッ、センス?」


「僕はあんまりスポーツの事は詳しくないんだけどね? いわゆるゾーン? ここをこうすれば点数が入る。その道筋が見えるっていうか、サッカーで言うと……ファンタジスタってやつ」

「いやいや、ファンタジスタって……」


「まぁ合ってるかは分からないけどね? 勿論、そうなると監督さんが意図しない行動だって言うのも分かるよ。チームの方向性的にスタメンを外されるってのも……十分理解できるかもしれない。ただ1つだけ確信があるとすれば……」

「あるとすれば……」

「葵君が今悩んでるそれは、軽度認知障害の症状とは言いにくいってことだよ」


 少し自分でも納得できない所もあったけど、先生の言葉はかなり胸に響いた。

 おかげで、今まで感じてた不安や怖さは薄れていて、意外と早い段階で清々した気持ちにはなれたけど、問題は匙浜さんの存在だった。


「明日の試合は見に行けないけど、来週は絶対行くから! だから絶対勝ってよ?」


 先生のおかげで軽度認知障害に疑いはどことなく晴れたけど、それとスタメンで試合に出られないのは別問題。

 だからこそ、少しでもスタメンの復帰を目指して練習に打ち込み、練習試合では途中出場でもなんでも精一杯のプレーを見せた。


 匙浜さんに今までの自分と違う姿を見られたくない。

 今までの葵日向という人物像が壊れてしまうことが怖かったから


 けど、そんな希望は儚く消える。

 県予選の初戦でもある4回戦。スタメンに俺の名前は……ある意味予定通りになかった。そして出場したのは後半の10分間だけ。


 間に合わなかった悔しさと、匙浜さんに見られたくないという恥ずかしさ。

 ぐちゃぐちゃな意識のままのプレーは……自分でも分かる位に動きが固くて、全然楽しく思えない。

 試合には勝てたものの、結局その後の練習でもファーストグループに呼ばれることなかった。


 そして金曜、明日の準々決勝のスタメンが発表された。

 もちろんそこに俺の名前は……無い。



 ◇



 次の日、気分は最悪だった。

 試合が始まるのは午後、俺は重い足を引きずりながら、いつものように病院へ足を運んでいた。


 そんな俺の前に現れた匙浜さん。彼女はいつもと変わらない雰囲気そのまま、いつもと変わらず話し掛けてくれた。


 いつもなら嬉しいはずなのに……その日に限ってはそれが辛かった。


「今日は午後からだよね?」


 いつものように楽しそうに話す匙浜さんにはとうとう言えなかった。言えるはずがない。自分はスタメンを外れたんだと。


「やっぱり生で見る迫力は違うよね?」


 目を輝かせて、期待している。そんな匙浜さんを見るのが苦しかった。


「今日はまたゴールとかしちゃって? 葵君は本当に体力凄いし、全然有り得そう!」


 純粋なサッカーファンとして見に来てくれてる匙浜さんの前で、中途半端な自分のプレーをしたくない」。

 けど、そうすることしか出来ない自分に腹が立って……悔しかった。

 そんな姿を匙浜さんに見せたくないと心の底から思った。


 格好付けたくて、本当の事を言えない自分。今のプレーが恥ずかしくて見て欲しくない自分。

 そんな葛藤が、頭の中を過って……少しおかしくなってたんだと思う。


 だから俺は…………最低な事を口にしてしまった。何度謝ったって許されない事を。


「……来なくて……いい……」

「えっ?」


 それ位最低な言葉を、


「来なくて……いい……」

「えっと……あっ、ごめんごめん。ちゃんと隠れて見えない所に……」


 匙浜さんに言ってしまったんだ。


「頼むから……見に来ないでくれ」




次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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