19.悲痛な宣告
スタメンから外す。
それは選手権予選を目前に1番聞きたくない言葉だった。
けど、いざ耳にするとそこまで驚きはしなかったし、なんというか……やっぱりか。そんな感情の方が大きい。
監督がわざわざ昼休みに指導室に呼びつける時点で、何となく嫌な予感はしていた。おかげで瞬間的なダメージは防げた気がする。
とはいえ、スタメンを外される事実とスタメンで試合に出られない悔しさは別物。監督が言う以上覆る事はないけど、どうしても聞きたかった。
「そう……ですか。あの、監督。理由は何ですか」
Aチームの中で俺とポジションを争うのは3年生と1年生の2人。
経験豊かな先輩と、才能あふれる後輩。
途中で交代する事もあったけど、その多くは後半も終盤の時だった。
俺がスタメンを外れるという事は、そのどちらかが代わりになるということ。
その序列が変わった理由は思い当たらない。だからこそ聞かざるを得なかった。
そんな俺の質問に監督は1つ息を吐くと、真っすぐ俺を見てこう呟く。
正直、ここ最近の調子の良さだとか、単純に実力で選んだとか……そう言われた方がマジだったのかもしれない。
それ位、俺の心に深く刻まれた言葉だった。
「…………ここ数試合、お前は指示に従わないことがあった。ただそれだけだ。サッカーはチームスポーツ。後は……分かるな?」
チームスポーツなのは知ってる。
後は分かるなとは、いったい何が分かるというんだろう。
「お前は指示に従わない事があった」
(ここ数試合指示に従わない? それは……いつの試合の事ですか)
その瞬間、スタメンになって出場してきた試合を必死に思い出したが、監督の指示を無視した記憶なんてなかった。
どれだけ記憶を辿っても、思い出しても……そんな場面は出てこない。
監督の勘違いじゃないか。そう思ったりもしたけど、目を逸らさず俺を見つめる真剣な眼差しの監督。どこか悲しげな監督。そんな姿を前にしたら、それは一瞬で消し飛んだ。
(監督の言っている事は……本当なんだ)
自分では覚えていない。今までの試合内容は全部覚えているのに……記憶がない。それでも監督は覚えてる。
自分の記憶には無い。
だが、他の人は覚えてる。
記憶の矛盾。
その事実が頭に浮かんだ途端、俺の体は一瞬にして悪寒に襲われる。
自分でもどこか忘れかけていた。どこか遠くへ行っていたと思っていた。
まるで無くなってしまったんじゃないかって錯覚する位、存在感が無くて……記憶から消えかけてた事実。
理由は分かる。理解している。けど、それを認めたくなかった。信じたくなかった。
軽度認知障害の……症状を。
◇
その日の部活はいつもと同じように行われた。
ただ1つ違ったことと言えば試合形式の練習でAチームのファーストグループ。いわゆるスタメンに名前が呼ばれなかったことだ。
俺の代わりに呼ばれたのは3年の先輩。分かってはいたけど、実際に体験すると……結構心にくるモノがある。
それと変わったのは俺だけじゃない。右サイドの海斗とボランチの岡部。この2人もファーストグループには呼ばれなかった。
海斗は俺と同じく2年になってからはスタメンで試合に出続けていた。
岡部は先輩と競い合う形で交互に出番があったけど、インターハイ予選では見事にスタメンの座をもぎ取っている。
そんな2人も俺と同じように外された。
ファーストグループの面々は、全員が見事に3年の先輩達。そして外されたのは俺達2年。
(やっぱり、こうなるよな)
昼休み、話を終えた後に監督から、次は海斗を呼んでくれと言われた時……嫌な予感は感じた。
それにその後に呼ばれたのは岡部。
2人とも揃いも揃って悔しそうな表情をしていた時点で確証に変わった。
話を聞くと、2人共外された理由は揃って連携不足。特にインターハイ予選準決勝で終了間際に喫した失点の事を引き合いに出されたらしい。
カウンター気味に出されたフライスルーパスに反応したのは岡部と海斗、そしてGK。体力的にもキツくて、お互いに声も掛けられずに全員がボールをクリアしようとして結果的に3人が交錯する事に。そして誰にも触れられなかったボールはそのままゴールに吸い込まれた。
状況的に仕方がなかった気もする。けど、監督の決定は絶対だ。
それに監督が俺達を呼んでスタメンを外した理由は、この日の部活で何となく感じることも出来た。
全体練習の半分を占めたのはカウンターの練習。勿論今までも練習自体はしていた。
けど、この日Aチームのファーストグループが意識していたのはまさに全員でディフェンスをして、素早くカウンターに移るというもの。
より一層組織的なディフェンスが必要となる戦術は、メンバー同士の連携と信頼関係があってこそ成し得ることだ。
だからこそ、付き合いの長い3年生をスタメンに選んだ。選手権前にしては大胆な戦術の変更。それには監督の覚悟が見え隠れする。
何としてでも漆谷高校に勝つんだって覚悟が。
俺にはその覚悟を踏みにじる権利なんてない。ましてや何度も言うように監督の決定は絶対だ。つまり、俺達がスタメンに復帰できる可能性はゼロに近い。それでも、2人の顔は死んじゃいなかった。むしろ挽回してやろうって、やる気に満ち溢れていた。
だが、俺はどうだろう。
メモをして、日記も書いて……毎朝確認作業を行う。前の日の事も、一昨日の事も1週間前の事だってちゃんと記憶に残ってた。
でもそれは、残ってた気になっていただけなのかもしれない。
それに気付かされ、スタメン復帰の希望も殆ど見えなくなったサッカー。つい昨日まで楽しんでいたはずのサッカー。正直……ショックだった。
もちろん数%の可能性を込めて、練習が終わった後に海斗に聞いてみた。
俺は試合中、監督の指示を無視してプレーした事があるのか。それが試合結果に響いた事があるのか。
海斗なら、何の躊躇もなく本当の事を言ってくれると思ったから。
その答えは……
「無視? 無視って言うか時々突拍子もないことする時はあったな。ボール回せって言ってんのに急にドリブルして……急いでヘルプ行くと、なんか急に動いてる割に結構パスが上手く繋がって……なんていうか、ファンタジスタってやつ? お前ってそういう雰囲気あるよ。それに…………」
監督に言われたことそのままだった。
試合中、俺は心底サッカーを楽しんでいた。もちろん指示にも従って、チームワークを大切にして戦い結果を出して来たと思ってた。
海斗に言われて思い出したプレーだって、自分の中では先輩達と目があってイケると確信したモノばかりだった。
けど、聞けば聞く程、それとはどんどん掛け離れていく。
自分がどれだけ作戦を無視してプレーしていたのか。
海斗が興奮すればする程、どんどん不安になって行く。
自分がどれだけ指示を無視して、皆を困らせていたのか。
褒められるたびに、自分がどれだけ思い上がっていたのか思い知る。
投薬も生活もこなして、症状を抑えていたという……
勘違い。
それはどんな事よりも悲しくて、悔しくて……怖かった。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




