17.匙浜さんと水族館③
「いや~美味しかったね~」
「あぁ、本当に美味しかったよ」
美味しい昼食に舌鼓を打った俺達は、再び水族館鑑賞に戻っていた。
順路に戻り2階へと足を運ぶと、
「うわぁ~綺麗……」
水槽に見えるヒトデやクラゲを目にしながら、うっとりとした声を上げている匙浜さん。
まさかこの子が、いとも簡単に大盛りラーメンを平らげるとは誰が思うだろう。
シェアしたとは言え、ポテトも頬張り満面の笑顔を浮かべていた。
(まさかの大食いキャラとは)
「っと、葵君? もしかしてそろそろふれあいタイムの時間?」
そう言いながらこちらを向く匙浜さん。
昼食後だというのに、そのスラリとしたスタイルのどこにラーメンが入っているのだろう。
人は見かけには寄らないというけど、それをまざまざと見せつけられた形だ。
「そうだね。良い時間かもしれない」
「了解~! じゃあ、海の仲間ステージ行こう?」
「はいよ」
こうして俺達は、2階にある海の仲間ステージへと向かった。
ここではペンギンやカワウソ、ゴマフアザラシらと触れ合う事が可能で、イルカショーに次ぐ人気のスポット。
丁度今の時間帯はゴマフアザラシが登場するらしい。
ステージ前に着くとすでに何人か列を作っており、俺達もすぐさま並んだ。
横に見える水槽にはゴマフアザラシの赤ちゃんの姿も見え、クリクリとした目とフワフワの毛並みが可愛いとしか言いようがない。
匙浜さんもすっかり心を鷲掴みにされたようだ。
「見て見て葵君! すんごい可愛いよ~!」
「目がクリクリだよな」
(ご飯を美味しそうに食べていた匙浜さんも、同じくらい可愛かったけどな)
ゴマフアザラシの赤ちゃんの姿に一喜一憂していると、あっという間に自分達の番が訪れた。
スタッフさんの指示の下近くにしゃがみ込むと、名前が書かれたプレートが目に入る。
どうやら今日の担当は、5歳のサクくんというオスのゴマフアザラシの様だ。
「こんにちは~今日のふれあい担当は、おでこにある三日月型の白い毛がトレードマークのサクくんで~す」
スタッフさんが紹介を終えると、ゆっくりとサクくんが一礼をする。
こういう場に登場できるという事は、ある意味練習してきた流れ通りの行動なのだろう。
ただ、いざ目の前で目の当たりにすると、本当に俺達に挨拶をしているかの様な視線を感じ、思わず驚きの声が零れていた。
「おぉ~」
「凄い~」
「サクくんは館内のアザラシの中でも随一の芸達者さんなんですよ?」
(ほう。随一の芸達者ねぇ)
そんなスタッフさんの追加情報に感心していた時だった。
「こんにちは。花って言います! よろしくね?」
唐突に匙浜さんが、笑顔を浮かべて自己紹介を始める。
(アザラシに自己紹介!?)
とはいえ、流石にそこまでは理解できないだろう。
そう思いつつも、無邪気な姿に思わず微笑ましさを感じてしまった。
ただ次の瞬間、不意にサクくんは上半身を上げ、前足をこちらに向けるような仕草をする。
それはまるで握手をしようとするかの様に。
「えっ?」
「ふふっ。サクくん、お姉さんの事気に入ったみたいですね? 握手だそうですよ?」
驚いた匙浜さんに、スタッフさんが優しく声を掛ける。
どうやらサクくんの機嫌次第ではこういう触れ合いも可能なんだろう。
「きゃ~柔らかい~」
嬉しそうに匙浜さんはサクくんとの握手を堪能すると、満面の笑みで俺の方へと視線を向けた。
「葵君も挨拶してみなよ!」
「えっ?」
スタッフさん曰く、サクくんは気に入った人にしか握手をしない。
大体こういう場合、女の子には握手。男には無反応という流れの様なものを察してしまう。
まぁそっちの方がウケるだろうし、こういう場でシラケる行動はご法度な事ぐらいは俺でも分かる。
ならばと思い、俺もサクくんへ自己紹介を始めた。
「えっと、日向といいます。よろしく」
匙浜さんとスタッフさんの笑い声が聞こえる中、俺としてはこのまま無反応が1番美味しい状態だ。
ところが、何を思ったのかサクくんは匙浜さんと同じように上半身を上げて、前足を差し出す。
スタッフさんの気に入った相手にしかしないという話も冗談の1つで、実は誰にでも握手をするのかと思い、一杯食わされたと感心させられる。
(なんだよ。ちゃんと握手するんじゃ……)
パンッ
それは一瞬の出来事だった。
サクくんの前足を触ろうと手を伸ばした瞬間、なぜか手を弾かれた。
(えっ?)
驚きのあまり、呆然とサクくんの顔に目を向ける。
するとその表情は、どこかやってやったぞと言わんばかりの表情に見えた。
「あぁ~、ダメでしょサクくん~」
サクくんへ嗜めるように声を掛けるスタッフさん。
ただ、その表情に焦りの様なものは見えない。
むしろ、ここまでが一連の流れかの様な対応の仕方に、俺はまんまと手のひらで転がされたのだと理解する。
流石に場数をこなしているんだろう。
その中でもマニュアル通りの対応だけではお客さんも飽きてしまう。
だからこそ色々なパターンの触れ合い方も練習し、この握手拒否もまたその内の1つ。
その証拠に、後ろに並んでいる人やギャラリーの人達からも笑い声が沸き上がっていた。
そしてその笑い声を浴びながら、サクくんはすでに先ほどと同じ体勢を取っている。
「ふふっ。葵君、今度は大丈夫だよ~」
もちろんパターン的にはそうだろう。
とはいえ、ここで安易に握手をしたらサクくんとスタッフさんの思う壺な気がした。
少し人が驚く事をしたいという血が騒いだ俺は、
「じゃあ……」
パンッ。
今度は逆に、サクくんの前足をハイタッチするかの様に手のひらを合わせる。
やってやったと思いながらサクくんの顔を見ると、その表情が驚いているかのに思えた。
ただ、それも一瞬。
すぐさまサクくんは両前足を顔に付け、ひどいと言わんばかりの可愛いポーズを見せる。
(咄嗟に可愛いポーズしやがった。流石随一の芸達者)
「葵君~! ひどいよ~」
「あっと~サクくん、突然のハイタッチに驚いたのか~と思いきや、いないいないばー」
スタッフさんの声に合わせるように、前足を広げ顔を見せたサクくん。
俺の咄嗟の行動ですら笑いに変えてしまう切り替えの早さに、もはや感心するしかなかった。
(くっ、負けたよサクくん。スタッフさん)
こうして大きな笑いに包まれながら、俺達の触れ合いタイムは終了した。
「ふふっ。面白かったね~サクくん」
「だな。芸達者の名は伊達じゃなかった」
サクくんとのお別れを惜しみながら、俺達は順路通り館内を進んでいく。
「それに葵君と相性バッチリだったもん」
「そうか?」
なんて話をしながら矢印の先に現れた階段を下りて行くと、目の前にお土産コーナーが現れる。
パンフレットを見るとどうやら先ほどの触れ合いステージが最後だったようで、一通り水族館を回ることが出来たようだ。
そうなると必然的に締めはお土産だろう。
「とりあえず水族館は一通り終わりみたいだし……お土産行きますか?」
「了解~!」
足を運んだお土産コーナーには、タオルにキーホルダーやぬいぐるみと多種多様な物が勢揃いしていた。
大体予想はついていたが、その多さに少しドン引きしてしまう。
「迷っちゃうな~」
そんな俺とは裏腹に、目をキラキラ輝かせている匙浜さん。そんな姿に、やっぱり匙浜さんも同じ年の女の子だと安心した。
「見て~葵君。これ可愛い~!」
「ん~? どれどれ?」
(まぁ、女の子の特権だよな)
◇
「今日は楽しかったぁ~」
すっかりオレンジ色に染まった駅前。
そう言いながら匙浜さんがこちらを振り向いた。
満面の笑顔と、手に持つ大きな紙袋。
夕日に照らされたその姿に、自然と笑みがこぼれる。
「俺も楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」
結局お土産コーナーには、1時間程滞在する事になった。
買い物にそこまで長時間費やす習慣なんてなかったけど、目を輝かせて歩き回る匙浜さんの姿を目の前に、やはり買い物は女の子の特権だと感じてしまった。
帰る時には良い感じに小腹もすいたという事で、ソフトクリームを食べたのも結果的には良かった気がする。
「ふふっ。あと、これも大事にするね?」
匙浜さんは鞄から、小さな紙袋を取り出す。
仙宗海原水族館の文字とイルカの絵が描かれたその袋には見覚えがある。
(ゴマフアザラシのキーホルダーか)
お土産コーナーを見ていた時に、ふと目に入ったキーホルダー。
その見た目はどこかサクくんに似ていた。
匙浜さんが気に入った様子だった為、今日のお礼も兼ねてプレゼントしようとしたんだけど、それだと申し訳ないという事で匙浜さんも同じキーホルダーを俺にプレゼントという事になった。
「俺も大事にするよ」
一瞬お揃いだけど大丈夫かと思ったが、どうやらそんなのを気にしているのは俺だけの様だ。
「うん。じゃあ、本当に今日はありがとう。また病院でね?」
「こっちこそ、誘ってくれてありがとう。また病院で」
手を振ると、駅へと歩いて行く匙浜さん。
最後にもう1度こっちを振り返ると、大きく手を振ってくれた。
それに応えるように、俺も手を振り返す。
クールなイメージから、年相応の女の子の姿。
大人しいかと思えば、結構テンションが高い。
それに結構な大食い。
楽しかったのはもちろん、匙浜さんの色々な姿が見れた。
(そう考えると、結構充実した日だったな)
匙浜さんの背中を見送りながら、しみじみとそう思った1日だった。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




