14.いきなりのキラーパス
匙浜さんに手を引かれ、気が付けば病院の外へと出てしまっていた。
「お母さんめ~」
小声で話す匙浜さん。
先ほどの恥ずかしそうな表情とは違うけど、言葉の通りに怒っているようにも見えない。
どちらかというと呆れていると言った方が正しい気がする。
とはいえ、ここまで色々な表情を見せる匙浜さんは初めてだ。
普段は大人びた印象の匙浜さんも、ごく当たり前に俺と同じような姿を見せる。
そう思うと、やはり自分と同じ年の高校生なのだと安心し、思わず笑みが零れた時だった。不意に引っ張られていた感覚がなくなる。
「あっ!」
そう言いながら匙浜さんが止まったのは、病院の入り口から数メートル先にある前庭に差し掛かった時だった。
病院の入り口に面した道路と駐車場の間に設けられたそこは、綺麗な芝生に覆われている。
サッカーをするにはバッチリな場所だとは思うけど、どうやら匙浜さんは意図して連れて来た訳でもなさそうだ。
「って! ごめん引っ張っちゃってた!」
振り返った所でやっと俺の腕を掴んでいる事に気が付いた辺り、無意識な行動だったんだろう。
その原因は言わずもがな。だとしたら、無理にそこを追求する必要ない。
「全然大丈夫。ここって芝生は綺麗だし、広いからサッカーやるには良い場所じゃない?」
俺の言葉が意外だったのか、匙浜さんは一瞬驚いた表情を見せた。
けど、すぐにいつもの笑顔を浮かべると、
「うん! やろう?」
リュックからサッカーボールを取り出し、俺から距離を取る。
「じゃあどうぞ?」
「は~い」
こうして何気ないパス交換が始まった。
距離にして2メートルもないものの、サッカー未経験者にとっては十分。変な力みも必要なく、止める・蹴るという動作に慣れるには申し分ない。
「えい!」
それに始めこそぎこちなかった匙浜さんの動きも、数回こなすうちにかなりスムーズになった気がする。
嬉しそうにボールを蹴る匙浜さんを目の前に、いつのも部活とは違った楽しさを感じていた。
「そういえば、さっきはお母さんがごめんね?」
こうして何度もパスを好感していると、匙浜さんが口を開いた。
まさか自らその話題を出すとは思わなかったけど、俺としては匙浜さんの家族について興味がある。
(とりあえず、聞けるだけ聞いてみようかな?)
「全然だよ? なんか凄い明るいお母さんだね?」
「ははっ。いつもあんな感じなんだ。それに葵君の話はしてたから、気になったのかな?」
「あの登場の仕方は驚いたけどね」
「やっぱり? 短時間でもなんとなく性格察したでしょ? でも、優しいところもあるから、嫌いにならないで欲しいな」
今の言葉を聞く限り、親子間に溝がある訳ではなさそうだった。
となれば、さっきの行動も単純に仲が良いからこその恥ずかしさだったのかもしれない。
(顔は似てるのに、なんか匙浜さんとは真逆ってイメージだったな)
「大丈夫。面白い人だと思った」
「本当? あとでお母さんに言っておく。ふふっ」
そんな何気ない会話のおかげかは分からないけど、その後の話題はお互いの両親に関する事だった。
今までも家族構成なんかは話したことはあったものの、深く聞く機会はなかった。
「そういえば、匙浜さんのお母さんって看護師さんって事?」
「う~ん。ちょっと違うかな? 地域連携室ってところに居るみたい」
「地域連携室?」
「私も詳しくは分からないんだけど、患者さんの為に様々な医療機関や福祉施設と連携する役目みたい」
(なんだそれ? めちゃくちゃ凄いんじゃないか?)
「医療機関や福祉施設と連携か……そういえば俺の母さんも福祉施設で働いてるよ」
「えぇ? そうなの?」
正直、自分の親の仕事について匙浜さんの様に詳しくは知らなかった。
ただ、福祉という言葉が共通しているというだけで、勝手に親近感を覚える。
「特別養護老人ホームで管理者やってるみたい」
「管理者? それってかなり凄いよ」
「ははっ、名前ばっかりだぁ! って嘆いてるけどね」
「でも上に立つって事は責任重大だし、任されてるって事は認められてるって証拠だよ」
「家に居ると、そうとは思えないんだよね」
(いやいや、病院に勤めてる方が責任重大だと思うけどな。大体にして、俺って父さんの職場も実は良く分かってないんだよな)
「それにさ? 父さんの職場はもっとよく分からないトコだし』
「なんていう所なの?」
「えっと、仙宗市福祉……なんたらってトコ」
「名前だけだと、福祉に関係あるかな。でもそう考えると葵君のご両親は2人共福祉関係のお仕事なんだね」
「残念ながら、俺はサッパリ興味がないんだけどね」
「人の役に立てる仕事に間違いないよ?」
「人の役ねぇ……そう言えば匙浜さんのお父さんは?」
「えっと、仙宗新聞で働いてるよ」
(新聞……ってマジ!?)
「仙宗新聞!?」
「うん。記者さんなんだ」
「すげぇ……」
「そうかな? でもお父さんの記事が載ってるのを見ると嬉しいな」
「滅茶苦茶凄いじゃん」
「そうかな? 葵君のご両親だって凄いと思うよ?」
今までも、十分話をしていたと思っていた。
ただ、何かをしながらという状況が良かったのかもしれない。
そう思うくらい、いつも以上に話が弾んだような気がした。
注がれる温かい日の光を浴びながら、ボールを蹴って笑い合う。
こんな時間が続けばいいと思っていた。
ただ、楽しい事程あっという間に時が過ぎる。
匙浜さんがいつも乗るバスが到着すると、名残惜しさを感じつつ俺達は病院の前へと足を運んだ。
「楽しかったよ。また来週もしよう」
「うん! またボール持ってくるね?」
そう言いながら、バスへ乗り込む匙浜さん。
すると、
「あっ! 聞くの忘れちゃってた!」
突然そう言うと、俺の方へ振り返る。
(なっ、なんだ?)
「あのね? 葵君! サッカーに夢中で聞くのすっかり忘れちゃってたんだけど……」
「なにかな?」
「もし良かったら今度、仙宗海原水族館に行かない?」
「……ん?」
「割引チケット貰ったんだ。だから、日頃のお礼も兼ねて一緒にどうかなって思って……ストメでも良いから返事ちょうだいね~? バイバ~イ」
「えっ? はい!?」
想定外の言葉に驚かない訳がない。
ただ、そんな俺をしり目に窓から手を振る匙浜さん。
そんな彼女の姿に、とりあえず俺も手を振って見送る事しか出来なかった。
(えっ? 水族館? いやいや……)
「マジかよ……」
葵日向。
生まれて初めて、異性から遊びに誘われる。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




