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(13)告白

「将棋の強いコと結婚するのが、俺の理想なんだよ。サロン棋縁にも可愛い女の子は沢山居たが、一人に絞り切れなくてな。それで、より強いコを求めて大会に参加したって訳だ。

 思ってたより男どもが多くて辟易したがな」


 うわあ。思ってた以上に不純な動機だった。

 もっと他に理由があると思ったんだけどな。例えば、生き別れになった幼馴染と再会したくて、とかさ。あるでしょ普通、その手の感動要素。


「最後に燐と対局できて良かったよ」


 そうそう、そういうの──って。面と向かって言われると照れちゃうなあ。


「なあ、燐。君の強さは申し分無い。俺の子を産んでくれないか?」

「……はい?」

「今すぐという訳じゃないが。他に好きな男が居ないのなら、俺と子作りをしよう」


 ギラギラと輝く金色の瞳で見つめられ、突然そんなことを告げられたら引いてしまう。

 感動も何も無い、ドストレートな告白。……いや、告白というより提案か。先に言うべきことが、他にあると思うんだけど。


「君と対局して確信した。鬼と人の血が混ざることで、より強力な存在が誕生するってな。君となら、『五式鬼録』に伝わる最高位の鬼『皇鬼』を産み出せるかもしれない」


 そうなればこの国を乗っ取ることも可能だと、ショウはやや興奮気味に伝えて来る。

 そんな彼に、私は冷めた視線を返した。

 ごしききろくだの、おうきだの。そんなことを聞きたかった訳じゃない。


「せっかくのご提案に水を差すようで悪いけど。順番を間違えてない?」

「順番? 何のだ?」

「アンタは私の強さにしか興味無い訳? 私のこと、どう思ってるの?」


 小首を傾げる彼に、直球で尋ねる。

 それを聞いて、ポンと手を打つショウ。何か、わざとらしいリアクションだな。


「魅力的な女だと思ってるぜ。今すぐ抱き締めて熱い接吻を交わしたい気分だ」

「がっつくな。ねえ、私と再会して嬉しかった? 前から私のこと、そんな風に見てたの?」

「いや、さすがに昔は。胸もぺたんこだったしよ」


 じっと胸元を見つめられ、慌てて手で隠す。私の意図を察したのか、彼はニヤリと口角を吊り上げた。


「立派に成長したなあ、見違えたぜ。安心しろ。今のお前は、十分メスの色気を持ってるぜ」

「セクハラ親父みたいなこと言うな」

「飾り立てられた言葉で喜ぶようなタマじゃねぇだろ。おっと、たまは無かったか」


 言葉と共に、私の玉はあっけなく詰まされた。くそ、やっぱ話しながら十秒で指すのは無理がある。盤面に集中できない。

 それにしてもこいつ、私相手だと遠慮なく下ネタをぶち込んで来るなあ。この場に香織さんが居たら卒倒してるぞ、多分。


「まどろっこしい言い方はやめる。私のこと、女として好き?」


 もう一局。開幕早々に私は尋ねる。囲わせる暇を与えない。さあ、本心をさらけ出せ。彼の顔を睨み付ける。


「おお、踏み込んで来るねぇ。好きと答えれば、君は子作りを引き受けてくれるのかい?」

「その話は一旦置いとけ」

「俺にとっては重要なんだがな。皇鬼の力があれば、本体の封印を解くこともできるだろうしよ」


 まだ言うか、この口は。こうなったら、速攻で突破してやる。咎められるものなら、咎めてみるがいい。本心を、強引にこじ開けてやる。


「私は、兄ちゃんのこと好きだったよ?」


 幼いながらも、私は彼に友情を超えた感情──有り体に言えば、恋心を抱いていたのだと思う。だから私だけが、彼のことを忘れなかったんだ。

 私の告白に、ショウはハッとしたように息を呑んだ。まあ、今の彼を好きかと言われれば正直微妙な所だけど。

 気安く交尾できるメス猿と思われたくはなかった。はっきり言わせる。定跡手よりも更に攻め込む。通るかどうかは、彼の応手次第。


「……俺は」


 絞り出したようなその声には、元気が無かった。

 好きだ、と聞こえたような気がした。やけに小さな声だった。


「聞こえない。もう一度」

「…………だ」

「もっと大きな声で」

「す……好きだ!」


 叫んだ、その顔がみるみる朱に染まる。何、照れてんの? いつも女を口説いてるくせに、ウブな反応しちゃってさ。

 何か、こっちまで気恥ずかしくなって来た。


 思い返せば、他人の愛情に無縁の人生だった。鬼の力に怖れをなしたのか、実の両親にさえ距離を置かれて育った。容姿に惹かれて声をかけて来た男どもは、少なからず居たけど。そんな軟弱な奴らは、私が少し本性を見せただけで逃げて行った。

 弟のあゆむは──残念ながら、私のことを快く思っていないらしい。


 だからか、ショウの『好きだ』は心に響いた。どんなに甘い言葉で口説かれても、微動だにしなかったのに。飾らないたった一言が、王手をかけて来る。

 駄目だ。詰まされる訳にはいかない……のに。


「本当に好き? 心の底から?」

「ずっと、会いたかった。どんな女も、君の代わりにはならなかったよ」


 赤面したままで、やや俯いて、彼は肯定して来た。え、何? もしかして今までの軟派な態度は、照れ隠しの演技で。本当の彼は、こんな風に内気な男性だったのだろうか。

 ああ、そう言えば。記憶の中の少年は物静かで、私とあゆむのことを穏やかに見守ってくれてたっけ。思い出すと、懐かしさに目頭が熱くなって来た。


「燐。告白なんてするの初めてで、勝手がわからず済まなかった。俺の気持ち、伝わったか?」

「う、うん」


 何とかそう答えるのが精一杯だった。あふれる涙を拭う。幼かった頃の思い出が、後押しして来る。ホント、投了したい気分だ。彼の愛を受け入れれば、きっと幸せになれるのだろう。そうだ、きっと。

 だから──受け入れる訳にはいかない。

 ばちん! 詰めろ逃れの詰めろをかける。彼の顔が、失意に歪んだ。


「燐? どうして」

「ごめん、兄ちゃん。私、まだ幸せになりたくないんだよ」

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