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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
202/203

(29)思い浮かべて

「君達の情報は僕が責任を持って本殿まで送り届ける。残った肉体は睡狐様が」

「損な役回りだネ。いいヨ、あたしにとっても悪い話じゃなイ。美味しい所は譲ってあげル」


 そう言って、レンと睡狐はアイコンタクトで何かしらを伝え合う。何だ? やっぱり睡狐の思惑は別にあるのか?

 まあいい。今は不問としよう。

 ためていた息を吐き出す。たかぶった気持ちを落ち着かせる。今は対局前だ、平常心を保たなければ。


「わかった。いつでもいいよ。私達の準備はできてる」

「よし。それじゃ、僕の肩につかまってくれ」


 その言葉が合図かのように、目の前から将棋盤が消える。私達の間に、隔てる物は何も無くなった。

 差し伸ばされた手は青白く、レンが日の当たらない場所で生きてきた証のように思えた。そんな彼に、日輪に似た鬼を宿した私が触れても大丈夫なんだろうか。嫌な想像が頭をよぎり、思わず躊躇ちゅうちょする。


「心配無用。僕は吸血鬼じゃないよ。それに君も、本物の太陽じゃない。蒸発して消えたりはしないさ」

「はあ」


 だったら、大丈夫かな。恐る恐る右手を伸ばす。指先が触れ合った瞬間、あまりの冷たさに体が震えた。


「時間が無いって言ってるだろ」


 思わず手を引っ込めた私に、レンは嘆息する。そんなに嫌なのか、と。


「う、ごめん。ちょっとびっくりしちゃっただけ。貴方が嫌なんじゃないよ?」

「じゃあ……好き?」

「調子乗んなマセガキ」

「くく」


 即答がおかしかったのか、たちまち破顔するレンの手を握り、一息に引き寄せる。がしりと肩を鷲づかみにするも、彼はまだ笑い続けていた。


「何かムカつく」

「ごめん、君の反応が面白くて」

「笑ってる時間は無いんじゃなかったの? ほら、行くよ」


 地球を、将棋界の未来を守るため。なんてご大層な正義のために動く訳じゃない。

 私は弟を、レンは姉を。大切な人のためだからこそ、戦えるんだ。


「ああ。行こう」


 少年は力強くうなずく。光に満ちていく世界。私達を包み込み、運んでくれる。これが情報、これが命か。彼方へ。はるかなうつろの向こう側へ。


「燐様、レン様。どうかお気をつけて」

さいは投げられタ。吉と出るカ、凶と出るカ。結果を楽しみに待ってるヨ」


 子狐は甲高く鳴き、少女は不敵な笑みを浮かべる。彼らとはしばしのお別れだ。軽く手を振って応える。

 そう言えば、彼らの横にもう一人。謎のイケメンは、結局一言も喋らなかった。何だったんだろう。

 蒼く透き通った瞳が、静かに私達を見つめている。彼からは、何の感情も感じない。代わりに心の奥底まで見透かされるような気がして、私は彼から目をそらした。


「あれは、伏竜の化身だよ」


 私の心中を察したのか、レンが耳元でささやいた。地に伏したる竜もまた、この一局の行方を見守っているのだ、と。

 睡狐に伏竜、か。彼らの思惑は知らない。元より、人智を超えた存在の思考など、理解できようはずも無い。どうでも良い。陰でこそこそ暗躍している奴らのことなんか。

 大人しくそこで指をくわえて観ているがいい、神々ども。因縁に決着をつけるのは、私達将棋指しだ。

 超空間・高天原が消える。彼らが消える。


「目を閉じて。思い浮かべて」


 自分自身から生じた情報の光に包まれ、何も見えなくなる。肩に手を置いているはずの、レンの姿さえも。唯一感じる掌の感触だけが、彼が確かにそこに居るという証明だった。

 仕方なく目を閉じる。一転して暗闇の世界が広がる。思い浮かべる? 何を?


「君の大切な人を」


 それなら簡単だ。あゆむ。たった一人の、何よりも大切な弟。あの子の所に行きたい、今すぐに。

 闇の中にポツポツと灯りが点る。畳敷きの床の感触を足裏に感じ、ほぼ同時に、ずしりと体が重たくなった。


「落ち着いて。君の体は実際にはそこに居ない。全ては想像した感覚。肉体が在るという錯覚だ」


 レンはそう言うけど、ただの想像にしてはリアル過ぎる。そこは伏竜稲荷神社本殿。決勝戦の舞台となる場所だった。

 試合は既に終わっているのか、将棋盤の前に人は無く。大きな睡狐像の前に、みんなは集合していた。一人の中年男性を囲んで。

 ピンと来た。そうだあれが、


「あれが僕の父、竜ヶ崎浄禊りゅうがさき・じょうけいだ」


 そう、そして倒すべき最後の敵。全ての元凶にして、今もなお悪意をばら撒き続けている。こいつが竜ヶ崎現当主、浄禊か。

 混濁した瞳が虚空を見つめる。眼中に無い、と言わんばかりに。香織さん、修司さん、それにあゆむ! ……と、ついでに雫って巫女さんも、みんなで奴を取り囲んでいるのに。追い詰めているのに。


「遅かった、か」


 ぽつりとレンがつぶやきを漏らす。

 ぱたりと雫が倒れた。次にあゆむも。何が起きたかわからなかった。直前まで臨戦態勢だった二人が、一瞬で無力化されてしまった。


「根源は、父の手の内に在る」

「あゆむ……!」


 その一言に、呆けていた思考が鮮明になった。走り出す。一目散に、弟の元へと。

 私が駆け寄る間も、あゆむは動かなかった。仰向けに倒れたまま、ぼんやりと中空を見つめている。幸い怪我はしていない、だけど。助け起こそうとして、自分の肉体が無いことに気づく。どうすることもできない。これじゃ、弟を守れない!


「落ち着くんだ。あゆむ君は棋力を奪われただけ。棋の根源に」


 奪われた? 棋力を?

 だからこんな、気が抜けた炭酸みたいになっちゃってるのか。

 だったら──やるべきことは一つだ。


「まさか」


 驚きの声を上げるレンに、うなずきで応える。プラン変更。浄禊は香織さん達に任せる。私は、


「根源の中に入るっていうのか?」


 取り返す。あゆむを救う。この命に代えてでも。

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