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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
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(21)私が受け継ぐよ

「それじゃあ始めましょうか。盤上で、貴方に死を」

「僕に挑んだことを、後悔させてやろう」


 宜しくお願いします。互いに頭を下げ、始まりの挨拶を交わす。

 さあ、どうするか。今大会初めてとなる先手番だ。せっかくだから、先手で主導権を握れる戦法でいきたい所だけど。

 ふと、大森さんの顔が頭をよぎる。師匠ならどう指すかなと考えて。

 ぱちん。やっぱり基本に忠実に。まずは角道を開けた。


 この一手から始まる戦法は多種多様で、最大戦力である大駒の利きを通すことの大切さを教えてくれる。居飛車なら飛車先の歩を突く手もあるけど、それだって考え方は同じだ。飛車角の稼働範囲は、広い方が断然有利。

 ぱちん。レンもまた角道を開けて来る。第一の分岐点はここだ。角道を閉じるか、角交換するか、それとも。

 三番目の選択肢は、角をどうするか、あえて相手に委ねる一手だった。歩をさらに前進させる。狙いはずばり、相手の飛車のコビンだ。


「早石田……!」


 ここで使って来るとは思わなかったのか、驚きの声を漏らすレン。

 そう、早石田。振り飛車の奇襲戦法として悪名高いアレだ。

 まともに刺されば、相手が陣形を整える前に一方的に攻め潰せる、超攻撃型戦法。対話もクソもあったもんじゃない。刺さればほぼほぼ勝ちだ。

 もっとも、レン相手に刺さるとは私も思っていない。早石田は言わばブラフ。本命は。


「石田流本組への組み換え、か」


 ぽつりとつぶやくレンに、うなずきをもって応える。さすが、読まれていたか。

 そうだ、私の真の狙いは石田流三間飛車。大森さんが最後に教えてくれた、とっておきの戦法だ。

 相手が早石田に警戒している所を本組に切り換え、先手の利を活かして斬り込む。シンプルイズベスト。わかっていても、受けきるのは容易ではあるまい。

 まさに切り札。今こそ解き放つ時だ。


 熱のこもった指導を思い出す。あの温厚な大森さんが、石田流を教えてくれた時だけはギラついた眼をしていた。まるで、飢えた野獣のように。

 ──あれは、勝負師の顔だった。生半可な想いではなかった。きっと本気の大森さんは、石田流を指すのだろう。

 その想い、私が受け継ぐよ。見ていてね、師匠。


 わずか四手目にして長考の海に沈むレン。頬に手を当て、盤を凝視している。私の狙いを理解した上で、それをさらに上回る手を考えている。

 恐らくは彼も気づいたんだ。私の後ろに居る、大森さんの影の大きさに。だから時間を取っている。入念に読んでいるんだ。

 なんて真剣な表情。機械のように冷徹でいて、熱い。


「……石田流が怖いんじゃない」


 しばしの沈黙の後。頬から手を離し、レンはおもむろに口を開いた。

 石田流自体は古から伝わる戦法で、対策も多く考案されている。例えば棒金みたいに、飛車角を圧迫する封じ方もある。

 だから怖くないと、彼は続ける。


「だけど、君の石田流は危険だ。指させてはいけない」

「……は?」

「演算結果は僕の勝ち。でも僕の心がそれを否定している。怖いと、泣き叫びながら必死に止めてくるんだ」


 レンの口から、実に彼らしくない言葉が飛び出した。

 彼の指先が、ある駒をつかむ。まさか。ハッとする私を尻目に、ぱちんと小気味の良い駒音が響いた。


「だから、全力で回避させてもらうよ」


 私の陣地から、一枚の駒が消えた。代わりに侵入して来たのは、レンの角行。もとい、龍馬だ。


「角交換──!」


 まさか居飛車側から交換して来るなんて。まだ飛車先の歩も突いてないのに!

 確かに石田流には組みづらくなったし、仮に組めても、角が無い分威力は半減するだろう。けども。これは。


「一手損角換わり」


 対振り仕様のね、とレンは告げる。

 そう、一手損角換わり。聞いたことはある。確か後手番で用いられる戦法だ。でも詳しくは知らない。相居飛車用だと勝手に思ってたけど、振り飛車相手にも使えるのか。

 ぱちん。ここは角を取り返す一手。同銀同飛どちらもあるけど、銀で取った。飛車は三間、すなわち7筋に振りたい。


 レンもまた、左銀を角が居た位置に移動させる。まさか相振りにするつもりか? いやでも、さっき一手損角換わりって自分で宣言してたし、それは無いか──宣言通りに指す必要は無いけど。

 まあいい。こっちは飛車を振るだけだ。角の打ち込みに備えるなら四間だけど、ここは当初のプラン通り三間でいきたい。


 角を打つなら打てば良い。その場合はこちらも角を打ち、互いに馬を作り合うまでだ。序盤早々大乱戦の幕が上がるけど、それでも良いか?

 飛車を左に滑らせる。大森さん、石田流には組めないかもだけど、三間飛車で頑張ってみるよ。

 一薙ぎの摩擦で炎が上がる。燃え上がる私の心に、盤が応えてくれた。


「愚直だね。僕の一手損を見ても三間で来るか」

「あいにくと戦法の知識が無いもんでね。正直、何が脅威なのかもわかってない」

「じきに思い知ることになるよ。もっとも、その頃には手遅れになっているだろうけど」


 ぱちん。レンは角を打たず、玉を上げてきた。なるほど、乱戦は嫌ということか。ならこっちも。

 左の金を上げ、角打ちの隙を無くす。ひとまずはこれで乱戦の筋は無くなった。お互い慎重に駒組を進めていく。私は美濃囲いを目指し、レンは──あ、飛車先の歩を突いてきた。誘っているな? 石田流を。

 角交換した今なら、組まれてもさほど怖くないということか。無難に銀で受ける手もあるけど、せっかくのお誘いだし。

 乗ってやろうじゃんか。飛車を上げて受ける。単に受けただけじゃない。これは、石田流本組への第一歩だ。

 さあどう来る? 囲いの構築を優先するか、それとも。


「俗手に好手あり、という格言を知っているかな?」


 ぱちん。言いつつレンは駒を打つ。54角。さっそく使ってきたか。こちらの飛車を狙う一手を。

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