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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
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(18)アンインストール

「入玉狙いなら73玉が手堅いし、今の王手にもより安全に、合駒を打っておくはず。そうしなかったってことは、あんたの目的は。

 玉を逃がすんじゃなく、攻めに参加させること。でしょ?」


 二回戦の時と同じようにと、彩椰は続ける。

 ご名答。その通りだ。彼女の玉を仕留めるには、こちらの玉も攻めに投入するしかないと判断した。

 玉の稼働範囲は龍、馬に次いで広い。攻め駒としてのポテンシャルは元々高いんだ。

 でもうかつに前線に出すと、取られるリスクが激増する。だから、普通はやらない。そう。普通じゃないことをやって、盲点を突いたつもりだったのだが。


「イカれた発想過ぎて、二回戦の時は気づくのに時間がかかったけど。

 さすがに二回目だからね、ピンと来たよ」

「はあ。左様でございますよ」


 ドヤ顔の彩椰に、ため息交じりに答える。彼女の攻めを利用して自玉を進撃させるつもりだったけど、それももう難しくなったか。

 仕方ない。次のプランでいこう。


 51の飛車を退き、成りつつ王手をかけて来る彩椰。手番を渡さず、一気に寄せ切るつもりか。

 これに対して逃げる手は……残念ながら、詰む。桂馬を打って受ける。受けつつ相手玉の頭を抑える一手だ、悪くはないはず。

 ぱちん。だからこそか。彩椰はすかさず、打った桂馬を角で取って来る。駒の損得よりも速度を優先したか。終盤だもんね。


 敵ながら上手い切り返しだ。角が消えたことで、66に玉が逃げる余地が増えた。

 ここで同歩と角を取るのは少しヌルい、気がする。王手じゃないから、手抜いて攻め込むべきか。

 79龍の王手。予想通り66の位置に逃げる彩椰。逃がすか、88角打。

 彼女はわずかに眉根を寄せる。恐らく角を取る手を読んでいたのだろう。

 合駒は利かない。さあどうする? こちらには金将がある。簡単には入玉させないぞ。

 唇を噛み、玉を56へと逃がす彩椰。今だ。歩で角を取り、戦力を補充する。

 どうするか、どうなるか。互いに手が広く、どこからも攻めが刺さる。心臓が高鳴る。正念場だ。悔いの無い手を指したい。この勝負を制したい。


 この局面、懸念すべきは入玉と、右辺の安全地帯に逃げ込まれるという二点だ。どちらも寄せは厳しくなり、そうなった場合はこちらの玉が先に詰まされてしまうことだろう。

 入玉はしにくくなったとはいえ、54に居る龍が受けにも利いているのが大きい。下手に金を打って抑えようとすると、龍で取られる。

 一方で、右辺にはまだ銀が生きている。守備に回されるとちょっとしんどい。こちらの龍を転回する手もあるけど、どうかな。軽く歩で受けられると、後が続かない気がする。

 だったら。取ったばかりの角を、28の地点に打つ。玉が入って来る前に、馬を作って右辺を制圧してやる。

 はあ。ため息をつく彩椰。


「もはや盤上に安全圏は存在しない、か。どっちの寄せが速いかって勝負だねぇ。こういう将棋、苦手なんだけど」

「でも、面白いじゃん?」

「あんたみたいな戦闘狂を相手にすると疲れるよ」


 苦笑いを浮かべる彼女の目はしかし、爛々(らんらん)とした輝きを放っている。

 何だかんだ言って、楽しんでるじゃないか。


 悪かったな、戦闘狂で。

 けどさ。元々短期決戦を望んだのはあんたの方で、私は望みを叶えてやっただけ。結果としてあんたが想定していた以上に激しい攻め合いになったとしたって、文句を言われる筋合いは無いよ。

 決着の時は近い。ここまで来て交代は無しだ。終局まで付き合ってもらうよ、彩椰。


 ぱちん。桂馬と香車のフットワークの軽さを活かして、一息に寄せに来る彩椰。

 ぱちん。大駒の利きの広さを活かして紙一重でかわしつつ、攻めへと繋げていく私。

 ぱちん。玉の稼働範囲が広いのは彩椰。

 ぱちん。攻め駒が多いのは私。

 ぱちん。目まぐるしく変わる形勢。一手ごとに逆転を繰り返し続ける。

 ぱちん。勝敗を左右するのはやはり、手持ちの金将の使い方だろう。トドメに取っておきたい気持ちは山々だけど。

 ぱちん。出し惜しみしている余裕が、無くなってきた。思った以上に攻めがキツくて、しのぐのが辛い。

 ぱちん。くそ。守備駒が足りない。打たざるを得ない、のか。

 ぱちん。いや、まだだ。ギリギリだけど、凌ぎきれる……!

 己の読みを信じて、玉を前進させる。同時にそれは、彩椰玉の退路を完全に断つ一手でもあった。


「──金が手に入れば、寄せきれると思ったんだけど」


 ぽつりと感想を漏らし、彩椰はこうべを垂れた。彼女の視線が盤上をさまよう。何か起死回生の一手は無いかと探している。

 危なかった。こらえきれずに金で受けたら即座に龍を切られ、取られた金で詰まされる所だったのだ。

 今さらながらに理解し、背筋がぞくりと震えた。


「さすがに足りない、かな」


 確認するようにそうつぶやいた後で。

 負けました。頭を上げることなく、彼女は確かに告げて来た。自玉をじっと見つめたままで。

 まだ詰んだ訳じゃない。読みきっている訳でもない。

 けれど、彼女の心が先に折れた。このまま指し続けたとて、勝機が巡って来ないと悟ってしまったのだろう。

 多分、その判断は正しい。


「なまじ手が見えるのもしんどいよね」

「ん。でも、楽しかった」


 ありがとうございました。

 お疲れ様。彩椰。


 おじぎついでに、私も視線を盤上に落とす。結局要かなめの金は使わずじまい──いや、使わずに済んで良かった。

 最後の最後で踏み留まることができたのは、鬼の直感力ではなく。この一局中応援を続けてくれた、九枚の『あゆむ』達のおかげだった。今はもう、元の駒の姿に戻ってしまっているけれど。

 ありがとう、みんな。


 苦しい局面は何度もあったけど。君達が居てくれたから、くじけずに済んだ。一緒に戦ってくれたから、気持ちを強く保てたんだ。

 もう大丈夫だよ。私はきっとこの先も、戦い続けることができる。だからどうか、ずっと見守っていてね。私の、心の中で。


「アンインストール」


 たかぶる感情に、水を差される。

 ハッとして顔を上げると、冷たい緋色の輝きに全身を射抜かれた。

 勝利の余韻に浸る間も与えてはくれないか。まあいい。ようやくのお出ましだ。歓迎してやろう。

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