九十一.堅牢な高い壁が町一つを
堅牢な高い壁が町一つをすっかり囲んでいる。かつては城壁だったものだろう。しかし年季の入った部分と、後から造り直されたであろう部分は積まれたレンガの色が違った。
門をくぐる時に見たが、恐ろしいほど分厚い。この壁を破壊してイスタフを蹂躙したという“武帝”というのは、なるほど確かにティルディスの歴史上最強と呼ばれる筈だ、とアンジェリンは遠い歴史に思いをはせた。
峡谷を通り抜けて、とうとうイスタフへと辿り着いた。
峡谷の出口には亜竜の一種が住み着いていたが、亜竜種程度ではアンジェリンたちの相手にはならない。障害らしい障害ともいえずに、難なく切り抜けた。
この辺りは草原というよりは荒れ地だ。陽射しはますます強く、草が少ない分、地面からの照り返しが嫌に強く、熱気が足元からも上がって来るようだった。
乾いた風が吹き付けて、土埃が舞っている。何だか喉がイガイガするような心持である。
同じ乾いた風でも、北部のものとは随分違う。そのせいか、ただ馬車に乗っているだけでも妙に疲れたような気分である。
だが、それ以上に初めてのイスタフの町に心が躍っていた。
町は活気に溢れていた。大勢の人々が行き交い、聞き馴染みのない訛りのある言葉がやり取りされている。道端で演奏している大道芸人の音楽は、流浪の民のものに似てはいるが何処となく違うように聞こえる。気候のせいだろうか、肌の色も浅黒い人が多いように思われた。
マルグリットが興奮した様子できょろきょろと辺りを見回している。
「すげえ! オルフェンと全然違う! うわーうわー! あっ! 頭に布ぐるぐる巻いてる! あれなんだ!? あっははは! 変な服装!」
「ほれほれ、おのぼりさん全開は恥ずかしいからやめろって」
カシムが笑いながらマルグリットの頭を小突いた。アンジェリンはくすりと笑う。自分も内心はかなり興奮しているが、マルグリットみたいな騒がしいのが隣にいると、何となく冷静な気分になった。
それでもやはり見慣れない街並みはワクワクする。辺りは埃っぽく、空は晴れている筈なのに変にけぶって遠くはかすんでいる。それでも、そのかすんだ景色の中に、かさの開く前のキノコのようだったり、栗の実のようだったりする形をした屋根の建物があり、そこに色とりどりのタイルで見事な装飾がなされている。
屋根が丸いのは泥棒が屋根を伝う事ができないようにする為かしら、などと思いながらアンジェリンが辺りを見回していると、どうやらギルドに着いたらしい、馬車が止まってベルグリフが腰を上げた。
「さて、シエラ殿からの頼まれ事を済まさないとね」
「うん……」
ベルグリフは少しホッとしたような表情である。長旅が流石に堪えたのか、ややくたびれたような顔色だ。
道中、弱い部分は一切見せなかったベルグリフだが、やはり村での暮らしが長かった分、慣れない旅路に無理をした部分も多かったのだろうか。ただでさえ物資の管理や進路の確認、索敵に警戒など、旅のあれこれの仕切りを任せていたのだ、戦いの場だけ気合を入れていた自分たちとは違うだろう。きっと気苦労もあったに違いない。
アンジェリンはベルグリフの服の裾を引っ張った。
「ん? どうした、アンジェ」
「……今日はゆっくり休もうね、お父さん……お疲れさま」
「はは、ありがとう」
ベルグリフは微笑んでアンジェリンの頭をぽんぽんと撫でた。
ギルドの建物の作りもまた違う。どちらかというとシンプルなオルフェンとは違って、意匠が一々お洒落で、何だか不思議な感じだ。
しかし中にいるのはやはり荒くれ者の冒険者ばかり。どこに行ってもこの連中は同じだな、とアンジェリンは呆れたようなホッとしたような、ともかく落ち着いた心持になった。
マルグリットも面白くない顔をしながらもフードをかぶっているし、人が多いから、別に余所者だという奇異の視線を向けられる事もない。
全員で行っても仕方がない、とアンジェリンはベルグリフたちをロビーに待たして、シエラからの預かりものと紹介状などを携えて受付の方に行った。高位ランク用の受付も混んでいた。隣に立つカシムは鬚を捻じりながら周囲を見回している。
「ふぅん、多いねえ……そんなにこの辺は実入りのいい仕事があったかな」
「大きな町だからじゃない……?」
「ま、いいや。高位ランクが多かろうが少なかろうが、オイラたちには関係ないもんね」
行ったり来たりしていたギルドの職員らしい女性を捕まえて話しかけた。職員は怪訝な顔をしてアンジェリンをじろじろ見た。
「なんでしょうか。お仕事の話なら、ちゃんと受付に……」
「届け物があるの……マンサのギルドから」
アンジェリンの差し出した手紙を読んだ職員は、手紙、Sランク冒険者のプレート、それにアンジェリンを順に見て息を呑んだ。
「マ、マンサから山脈沿いに下って来たんですか……確か峡谷にはメジュールの竜がいた筈じゃ……」
カシムが首を傾げた。
「あのヘンテコな亜竜の事? 倒しちゃったけど、まずかった?」
「倒した!? あ、いや、Sランクなら行けるか……まずいって事はないですけど――いや、違う、まずい! ちょっと! メジュールの竜の討伐依頼、いったん取り下げて!」
職員は受付の方に怒鳴った。並んでいた冒険者たちがなんだなんだと視線を向けて来る。受付嬢が不思議そうに首を傾げた。
「取り下げるんですか? 割と優先事項だったんじゃ……」
「いや、なんか討伐されちゃったっぽいんだよ。ただ、未確認だから討伐依頼じゃなくて確認依頼になりそうな……依頼料が変わっちゃうから、その変更をするまでちょっと取り下げといて」
「でも、今さっきAAAランクのパーティの人たちが受理して行っちゃいましたけど」
「げっ! うああー、どうしよう……」
頭を抱える職員を見て、アンジェリンは頬を掻いた。
「なんか……ごめんね」
「い、いえ、大丈夫です……こほん。ええと、ひとまずギルドマスターにお会いしていただいていいでしょうか?」
「うん」
職員の女性に案内されて、アンジェリンとカシムはギルドマスターの部屋に行った。イスタフのギルドは数階建ての大きな建物で、三階にギルドマスターの部屋があった。
木の扉を開けると、壁に下げられた変な形の魔道具が目を引いた。棚に書類や資料が溢れているのはどこのギルドも同じなんだな、とアンジェリンは思った。
だがオルフェンのギルドと違って執務机や床にそういったものが積み重なってはいない。掃除が行き届いているようで、随分広い印象を受ける。ギルドマスターが仕事に追われている感じがないのは、ここが中央ギルドのやり方をそのまま踏襲しているからであろうか。
窓際に薄青色の髪の毛をした若い男が立っていて、ぼんやりした表情で外を眺めていた。
「いい天気だなあ……暑いなあ……」
「ギルドマスター!」
「わっ、なんだなんだ。ああ、副長……どうしました?」
ギルドマスターは何となく弱弱し気に笑ってこちらに向き直った。随分若い。まだ二十代だろう。それなのにこんな大きなギルドを仕切っているのか、とアンジェリンはちょっと感心した。そして、案内してくれたのは副長だったのかと思った。
副長が少し脇にどいた。
「こちらはSランク冒険者のアンジェリンさんとカシムさんです。マンサのギルドから届け物を持って来てくださったそうで」
アンジェリンはぺこりと頭を下げた。
「アンジェリンです。マンサのギルドのシエラさんからこれを……」
「ああ、ありがとうございます……イスタフのギルドマスター、オリバーと申します」
オリバーは微笑んで会釈した。背は高いが痩せぎすで、ゆったりとしたローブをまとっていて、見るからに魔法使いといったような出で立ちである。肌は色白で、しかしそれは病弱さを現すかのような白さであった。
副長はさっきの亜竜の事を片付けに足早に出て行った。
オリバーは接客用のものらしい椅子に座るよう促し、自分は向かいに腰を下ろした。そうしてアンジェリンから渡された手紙を読み、それから箱の中身を確認して頷いた。ガラスだか水晶だか分からないが、透明な鉱物がまんまるに精製されていて、光が当たる角度によって七色に色が変わった。
「確かに、あちらに預けていた魔導球です。ありがとうございます、こんなに早く戻って来るとは思っていませんでした」
カシムが顎鬚を撫でた。
「それ、弐拾八式だろ? トト=クラムのさ。結界用を貸してたんかい? ギルド同士でそんな便宜を図るなんか珍しいねえ」
オリバーは目を細めた。
「一目で見抜かれますか……流石は“天蓋砕き”のカシム殿ですね」
「あれ、オリバーさん、知ってるの……?」
アンジェリンが言うと、オリバーは微笑んだ。
「僕も魔法使いの端くれ、大魔導に列せられる方の名前を忘れはしませんよ。並列式魔術の新公式には僕も随分助けられました」
「そいつは光栄だねえ、へっへっへ」
カシムはからからと笑って、運ばれて来たお茶のコップに手を伸ばした。
オリバーは口の前で手を組んで、二人を交互に見た。
「もう二年前になりますか、エストガル公国のオルフェン周辺で魔王に端を発する魔獣の大発生があったでしょう。ねえ、アンジェリン殿?」
「うん」
アンジェリンは頷いた。忘れる筈もない。あのせいで自分は何度も帰郷をふいにされたのだ。オリバーはくすりと笑った。
「あの時は大変だったでしょう。あなたの活躍で難を逃れたようですがね。流石は“黒髪の戦乙女”だ」
「別に……皆が協力してくれたから……」
「あれも他人事ではありませんからね。僕たちもああいった事が起こっても対処できるよう、有志のギルド同士で連携して警戒しているんです。マンサもシエラ殿がギルドマスターになってから協力してくれるようになりました。それで魔獣対策の一環として魔導球を貸し出していたんです」
「ははあ、なるほどね。オルフェンの教訓かい」
「そうなりますね。こう言っては悪いかも知れませんが、オルフェンは良いデータを提供してくれました。活かさない手はありません」
アンジェリンはお茶をすすった。理性的というか何というか、実に魔法使い的だと思う。だが、黙って手をこまねいているよりは余程マシだろう。
「シエラ殿からの書類も確認しました。依頼料の残りはこちらでお支払いしましょう。馬車はこちらでお預かりして、他の依頼の時にマンサに戻します。よろしいですか?」
「うん。ありがとう……ございます」
オリバーはホッとしたように表情を緩め、それから胸に手をやって「んん」と喉を鳴らした。何かが詰まっているような苦し気な感じである。
「……失礼、あまり体が強くないもので」
「いい。無理しないで……」
「ありがとうございます……さて」オリバーはお茶を一口すすり、二人を見た。「『大地のヘソ』を目指されているそうですが……」
アンジェリンは頷いた。少し身を乗り出す。
「何か知ってる? ニンディア山脈にあるって事は聞いてるけど、詳しい場所は知らないから……」
「ふむ……まあ、お二人ならば問題はないでしょうが……しかし危険ですよ。たといSランクであろうと絶対安全とは言い切れないのが『大地のヘソ』ですから」
「それくらいは覚悟の上……」
オリバーはしばらく目を伏せて考えていたが、やがて顔を上げて立ち上がった。そうして壁にかかっていた魔道具の一つを取って、アンジェリンに差し出した。
「分かりました。これをお貸ししましょう」
「なに、これ?」
魔水晶でできているらしい手の平に乗るくらいの三角錐が、細い銀の鎖に繋がっている。鎖の長さはアンジェリンの指先から肘くらいだ。三角錐は薄紫色に光っていた。
オリバーは鎖を持って三角錐をぶら下げると、魔力を込めた。途端、下を向いていた三角錐が急に横に向かってピンと立ち、先端を一つの方向へと向けた。鎖が揺れても先端は同じ方向を指し続けている。
「この魔水晶は、『大地のヘソ』で採れたものです」
オリバーが魔力を解くと、三角錐はまた元の通りだらりと下を向いた。
手渡されたアンジェリンは、それを手のひらに乗せてまじまじと見る。
「これが指す方向が『大地のヘソ』……?」
「そうです。ニンディア山脈は魔鉱石の影響が強くて方位磁石が役に立ちません。危険な為に測量士も立ち入っておらず、地図も描かれていないのです。しかし、これがあればひとまず方角は分かります」
「……自力でたどり着けないようじゃ、『大地のヘソ』に立ち入る資格なしって事……?」
「はは、確かにそうかも知れません。辿り着いたところで、今度は山脈で遭遇する魔獣以上に危険な魔獣がひしめいているんですからね。いい心構えになるのではないでしょうか」
「へっへっへ、面白いじゃない。けど、その水晶錐、ただじゃないでしょ?」
オリバーは目を細めた。
「……代わりと言っては何ですが、少々採って来ていただきたい素材がありまして……もちろん、それはこちらが買い取りという事にさせていただきますよ」
「いいよ。依頼っていう方がこっちも気楽……」
変にイスタフのギルドに借りを作っても面白くない。依頼という形ならば後腐れもないから楽である。元々パーシヴァルに会う為の旅路だが、アンジェリンだって強い魔獣と戦ってみたいという欲求がないわけではない。
いい口実になる、と少しいたずら気にアンジェリンは笑い、お茶のカップを手に取った。しかし中身はとうに空だった。
○
「あぢいぃ……ここ暑すぎだぁ……しかも乾燥してて喉痛てぇ……」
マルグリットが、被ったフードをばさばさと振った。涼風を取り込もうとしているらしい。アネッサが果物のジュースを差し出した。
「まったく、あんなに大はしゃぎしてた癖に」
「だってエルフ領はこんなに暑くねえもん……くそー、なんか腰落ち着けたら暑さがひどくなった気がする」
マルグリットはジュースを一息で飲んでしまうと、椅子にぐったりともたれた。
イスタフに辿り着いた時は興奮してはしゃいでいたマルグリットだったが、少し落ち着いて土地の空気を改めて感じてみると、その熱気と乾気にやられたようだった。
「ベルぅー……フード取っちゃ駄目かー?」
「絡まれても喧嘩しないって約束できるならな」
「うー……」
マルグリットは恨めしそうにベルグリフを睨み、諦めたように目を伏せた。
ちゃんと自分が抑えられないと分かっている辺り、この子も成長したなとベルグリフは微笑んだ。だからこそ少し可哀想な気もしたが、南の地ではエルフなどは余計に珍しいだろう。奇異の視線を向けられるだけならばともかく、おかしな連中に絡まれて無用の混乱を起こすのは気が引ける。そうなった時、馴染みの人もおらず後ろ盾もない状態では、完全に不利な立場に立つ可能性がある。犯罪者になってしまえばおしまいだ。
臆病かなあ、とベルグリフは苦笑して頬を掻いた。しかし、自分が油断して少女たちを危険な目に遭わせるのは本意ではない。ある意味、魔獣を相手にするよりも人間を相手にする方が怖いのである。
マルグリットと同じく、暑さに弱いミリアムも少し元気がない様子だった。ぽかんと口を開けて、目をしばたかせながら天井の方を見ている。
「ミリィ、大丈夫かい? 何か飲むか?」
「おみずぅ……あじゅいー……」
ベルグリフは水筒を渡してやった。ミリアムはうまそうにこくこくと喉を鳴らして飲み、そうしてまた椅子にもたれてぼやいた。
「こんなおっきなギルドなんだから、冷房魔法くらい入れればいいのに……」
「そうだなあ……でも、そうすると用事もないのにたむろする連中が増えるのかも知れないな」
とアネッサが言った。ミリアムは口を尖らせ、不貞腐れたように帽子を顔まで引き下ろした。
峡谷を抜ける前と後では驚異的に気温が違った。これには流石に面食らったが、慣れの問題もある。少しずつ慣れるしかあるまい。寒さへの対策は長年の経験もあるが、暑さへの対策などはちっとも分からない。
ベルグリフもマントは取り、いつも愛用している毛皮のチョッキも脱いで、チュニックも肘辺りまで腕まくりしていた。それでも当然暑い。周囲の冒険者で重装備の者がいるのが信じられないような気がする。
何か店売りの飲み物を追加しようかと思いかけると、アンジェリンたちが戻って来た。無事に用事は済ましたらしい。
「ご苦労様。これで出られるな。宿を探そうか」
「うん……あのね、ギルドマスターに宿、紹介してもらった」
「お、それは助かるな」
「ふう……暑いね。人が多いから余計に」
「ああ。ともかく出ようか。マリーもミリィも限界みたいだし」
ベルグリフは脇に置いておいたマントやチョッキを手に取った。
その時、ギルドの職員たちがぱたぱたと駆け回って、入り口の方の窓を閉め、建物の両側の窓を開けた。
おやおやと思っていると、不意に風が窓から窓へ抜けるように吹いて来た。熱風ではない、涼しい風だ。汗をかいた肌を冷たく撫で、途端に気分がすっきりする。
「おお……すごいな。しかしなぜ……」
「これは颪といいましてな、あちら側にある山脈の方から上空の冷たい空気が吹き下ろして来るのです。トルネラでも時折あったでしょう」
「へえ、なるほど。そうか、颪か…………んん!?」
何やら聞き覚えのある声が後ろから聞こえ、ベルグリフは思わず振り返った。
髭面に戦斧を担いだ、ずんぐりした男が笑みを浮かべて立っていた。ベルグリフは喜びに破顔して立ち上がった。
「おお! ダンカン!」
「はっはっは! ベル殿! よもやこんな所で再会できようとは!」
放浪の武芸者、ダンカンは豪快に笑いながらベルグリフの手を取って握りしめた。ベルグリフも笑って握り返す。ぐったりしていたマルグリットも、驚いたように顔を上げた。
「何ぃ、ダンカン!? あっ! ホントだ!」
「マリー殿、ご無沙汰しておりますなあ! しかしそのようにぐったりしておられるとは、貴殿らしくもありませんな!」
「うるせー! なんだよー、お前、こんな所まで来てたのかよー! 元気そうじゃん!」
マルグリットも嬉しそうに立ち上がってダンカンの肩を小突いた。アンジェリンにカシム、アネッサとミリアムはぽかんとして三人を見ていた。
「え、なに……? 知り合いなの、お父さん? パーシーさん……じゃないよね?」
「ああ、紹介するよ。彼はダンカン。前に話したと思うけど、グラハムやマリーが来たのと同じ頃にトルネラに来ていてね、しばらく一緒に暮らしてたんだ。ダンカン、こっちは俺の娘のアンジェリンとその仲間のアネッサとミリアム。あと俺の友達のカシムだ」
「おお、噂の“黒髪の戦乙女”殿ですな! 某はダンカンと申します。お会いできて光栄にござる。しかもベル殿! 話しておられた昔の友人に再会できたのですか! これはめでたい!」
「はは、ありがとう……」
「しかし、なにゆえこのような南の地まで?」
「ああ、実はね」
「ダンカンさぁん」
その時、ダンカンの後ろから誰かがふらふらとやって来た。
見ると、もじゃもじゃと跳ね散らかった巻き毛の茶髪で、瓶底のような分厚い硝子の眼鏡をかけた男である。年の頃は三十を超えたくらいであろう。薄手のシャツにズボン、その上からフード付きのローブを羽織っており、魔法使いといった格好だ。
男はふうと息をついて額の汗を拭った。
「もう、一人で行かないでくださいよ……」
「や、これは失敬いたした」
ダンカンはぼりぼりと頭を掻いた。瓶底眼鏡の男は、怪訝な顔をしてベルグリフたちの方を見た。
「知り合いですか?」
「おお、紹介いたす。ベルグリフ殿といって、某が北の辺境で世話になった御仁でありましてな。ベル殿、こちらはイシュメール殿です。かなり腕の立つ魔法使いでしてな、少し前から行動を共にしておりまして」
「それはそれは……ベルグリフと申します」
「どうも。イシュメールです」
イシュメールはぺこりと頭を下げた。ダンカンがからからと笑った。
「しかしベル殿、その大剣はグラハム殿のものではありませぬか?」
「はは、流石に分かるか。今回の旅で借り受けてね。随分助けられてるよ」
「なんと、その剣を使いこなしておるのですか。流石はベル殿……」
「いやいや、まだ使いこなしているとは」
カシムが薄笑いを浮かべて頭の後ろで手を組んだ。
「なんか賑やかになって来たね。ともかく場所変えない? 暑いし、オイラ腹減ったよ」
「ん、そうだな……ダンカン、積もる話もあるだろうし、一緒に飯でも食いに行こうか」
「願ってもない事です。よろしいですか、イシュメール殿」
「はあ、まあ」
イシュメールは警戒しているのか状況が呑み込めていないのか、曖昧な調子で頷いた。
開け放たれた窓から窓へ、再びひんやりとした風が吹き抜けて行った。




