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八十四.まるで獅子のような男だ、と誰もが


 まるで獅子のような男だ、と誰もが口を揃えてそう言った。

 男の体躯は肩幅が広くがっちりとしており、背丈も大きい。鋭い目つきと、気難しげに眉根に刻まれた深い皺は、人を寄せ付けるのを拒むようだった。

 白髪交じりの枯草色の髪の毛は無精に伸ばされているが、癖のある髪質のせいなのか、強い風が吹くでもないのになびくようにうねっており、まるで獅子のたてがみのように見えた。


 男は穴の縁にかがんでいた。

 眼前には深い穴が広がっていて、どこまで続いているのか分からない。穴の中には薄霞がかかっていた。

 岩を穿って作ったらしい階段が、穴の縁から壁を伝うようにして、下に向かって伸びている。中から生温かい風が吹き上げて、男の髪の毛を揺らした。変にぬるく湿って生臭く、いい気持はしない。

 穴の縁には点々と人影が見えた。誰もが穴の様子を確認しているようだった。男のように一人だけの者もいたが、多くは二人以上が一緒だった。


 不意に胸の奥に何か絡んで、咳き込みそうになった。男は顔をしかめて、胸を押さえた。目を閉じて呼吸を整える。


「……ごほっ」


 首元にかかっている匂い袋を手に握って、口と鼻とに押し当てた。数々の薬草から来る清涼な匂いが、少しずつ気化するエーテルオイルに運ばれて鼻の奥、喉にまで届いた。荒れかけた呼吸が落ち着き、男は大きく息をつく。

 男は手に持った匂い袋を見た。古い代物だ。色あせた布に、ほつれかけた刺繍が施してある。

 中の薬草やエーテルオイルも作られた当時のものではない。匂いが薄れ、効果がなくなる度に男が材料を交換した。だが、調合や袋はその当時のままだ。


 男は袋を握りしめると、放り投げようとその腕を振り上げた。しかしまるで誰かに捕まえられたように腕は振り上げられたままぶるぶると震え、やがて諦めたように男は腕を下ろした。


「ちくしょう……」


 忌々し気に呟くと、袋を懐にしまった。こんな事を何度繰り返しただろうかと思う。

 こいつは俺の過去そのものだ、と男は舌を打った。幾度も捨てようとしてそれが適わず、不意に落としても誰かが拾って戻って来た。捨てられず、逃げられない。しかも、これに頼らなくては息苦しくなる事もしばしばだ。


 歴史を五十年取り出してみれば、良い事と悪い事があるのは当たり前だ、と誰かが言った。

 それは確かにそうかも知れない。しかし、自分の生きた時間を取り出してみれば、良い事の方が少ないように感ずる、と男は嘆息した。

 十七歳。あの日から、自分の人生からは色が失われたように思われた。

 どうすればいいのか分からなかった。ただ、罪悪感とやり場のない怒りが彼を苛んだ。だがそれも、剣を振るっている間は落ち着いた。だから戦い続けて来たのだ。

 一人で物思いに耽れば思考は下向きになる。だから動き続けていなくては不安になったものだ。


 背後から、さくさくと土を踏む音がした。


「おじさん、どう?」


 男は振り向きもせずに小さく首を横に振った。

 軽い足音は男の横に来てかがんだ。かぶったファー帽子の脇から耳垂のように犬耳が垂れていた。


「蒸し暑い時期になったね、べいべ……」


 男は黙ったまま目を伏せた。少女は青い瞳に男の姿を映し、目をぱちぱちさせた。


「そのマント暑そう」

「相変わらずうるさい奴だ……」


 立ち上がる。年季の入った分厚いマントが、その下の服と擦れて音を立てた。少女はかがんだまま男を見上げた。


「うぇあーゆーごーい?」


 男は少女を無視してすたすたと歩き出した。

 少女はしばらくその背中を見ていたが、やがて諦めたように穴の方に目をやった。相変わらず薄霞がかかって、それが渦を巻いているように見えた。


 男と入れ違うようにして、前重ねの東方装束を着て槍を携えた黒髪の女がやって来た。女は怪訝な顔をして肩越しに男の方を見返った。


「また今日は一段と機嫌が悪そうじゃったのう」

「昔の人は言いました。女心と秋の空。男心は何だろう?」

「知るか。どうじゃ。なんぞ気配はあったか?」


 少女が首を横に振ると犬耳が揺れた。女は嘆息した。


「やれやれ……嫌じゃな、こうやって気を張り続けにゃならんというのは」

「でもこの前の依頼よりはまし」

「まあの……ベルさんやアンジェは元気にやっとるかのう……」


 女は槍の石突きを地面に突いて、杖のようにもたれかかった。



  ○



 オルフェンから東の町ベナレスを経由して、公国東の関所であるヨベムを経てティルディスに入る。これが公国の東部交易ルートである。

 エルフ領とも接する北の関所ヘイリルと違って、冬でも雪に閉ざされる事がない為、一年を通して物流が盛んだ。交易のルートとしては帝都方面へ向かう南部交易ルートと並ぶ公国の大貿易路である。


 物品の流通が盛んであるから、当然人の行き来も旺盛だ。

 整備された広い街道には幾台もの乗合馬車が行き来し、行商人たちも列をなすようにして西へ東へ行ったり来たりする。

 ティルディスとエストガル公国を隔てるように南北に走る山脈の間にあり、かつての戦争の際には重要な拠点として堅牢な砦が築かれた。現在は関所として使われている建物の分厚い石造りの壁がそれを覗わせる。


 関所周辺には人が寄り集まり、自然と町を形成するようになった。関所の両側で旅籠屋が鎬を削り、旅の道具を扱う店も多い。たむろする冒険者の姿も散見された。

 国境という微妙な立地である為に軍組織もかなりのものを備え、交易の重要地点という事で経済的にも恵まれている。その為、一応はエストガル公国の支配下にこそあるが、ここでは領主が大きな力を持ち、町の大きさも相まって、さながら独立した都市国家の様相を呈している。これが国境をまたぐ関所の町ヨベムである。


 アンジェリンがベルグリフの袖を引っ張った。


「お父さん、あれ。すごいおっきな馬……」


 柵の傍に馬が何頭も並んでつながれている。どの馬も大きく、体躯がしっかりとしている。蹄もきちんと手入れされて、大きな椀を逆さにしたようだ。むろんひび割れなどまったくない。

 ベルグリフは感心したように顎鬚を撫でた。値千金の馬ばかりだ。鋤を引かせても素晴らしく働くだろう。


「流石はティルディス馬だな……もしかしたら、あれを借りて乗って行く事になるかも知れないぞ?」


 いたずら気なベルグリフの言葉に、アンジェリンは思わず体を強張らせた。乗馬は苦手なのである。ましてあんなに大きな馬の背中に乗るなど、考えるだけで身震いする。

 そんなアンジェリンの様子を見て、ベルグリフはくつくつ笑った。そうしてアンジェリンの頭を撫でた。


「冗談だよ。お父さんとアンジェだけならともかく、人数が多いからね」


 乗るなら馬車だろう、という言葉にアンジェリンはホッと胸を撫で下ろした。


 オルフェンで青髪の女商人と別れ、そこから東へと向かう乗合馬車でヨベムまでやって来た。そうして馬車を降りたベルグリフたち一行は、関所を通る手続きをする為に列に並んで待っている最中だった。

 流石に人が多く行列が長い為、待ち時間も長い。

 全員で待っていても仕様がないと、カシムたちは父娘を残して市場に出て行った。何か食事を調達して来る算段らしい。


 ここに来る間にも、様々な商品の並ぶ露店に目移りした。品数の多さではオルフェンの市場にも見劣りしない。

 公国産の鉱石から打ち出された鉄製品は質が高く、交易の主力品である。

 他、麦や乾燥させた香草、羊毛や家畜などがオルフェンからは持ち込まれ、ティルディス方面からは絹や木綿などの糸や布、キータイ織りの着物や絨毯、香辛料、馬などが持ち込まれる。

 ティルディスやキータイからやって来た商人たちは、その装束からして異国情緒が漂っており、何だか見ているだけでワクワクするようだった。

 オルフェンでもそのような商人たちを見る事はあったから、今更という思いもないではない。しかし旅情をかき立てられるというか、自分がこれからその異文化の中に入って行くのだという思いが強く感ぜられて、そのせいで心が沸き立つのかも知れない。


 国境をまたぐなどというのが初めてという事もあり、ベルグリフは年甲斐もなく高揚している自分に気付いて頭を掻いた。アンジェリンもそれは初めてのようで、父親が一緒なのも相まってとても嬉しそうだ。辺りを忙しく見回して、発見した事を一々ベルグリフに報告してはしゃいだ。


 少し関所に近づいたと思った頃、カシムたちが戻って来た。


「やー、お待たせ。どこも賑わってて中々買えなくてさ」

「それに目移りしちゃって。どれもおいしそうなんだもんねー」

「ミリィが甘いものばっかり探すからだろ」

「いいじゃん、別に。疲れた時には甘いものがいいんだぞー」

「別にそこまで疲れてないんじゃねーか?」

「マリー、うるさいぞー」


 ミリアムに小突かれたマルグリットはけらけら笑った。ベルグリフは頬を掻いた。


「マリー、本当に来るのかい? 今ならまだ戻れるぞ?」

「うるせーぞベル。こんな面白そうな旅におれを置いて行くなんて許さねえからな」

「やれやれ……」


 グラハムに何と言おうかなと思いながら、ベルグリフは目の前ではしゃぐエルフの少女を見た。


 オルフェンに着いた時、ベルグリフたちは当然ギルドや教会孤児院に顔を出して友人たちに挨拶した。

 ライオネル始めギルドの面々は喜び、アンジェリンたちがまだ戻って来ない事にやや落胆しつつも、ベルグリフたちの旅の安全を願った。


 そんな中、Dランクに昇格していたマルグリットは、自分も一緒に行くと言い張ってついて来た。

 元々外の世界に憧れてエルフ領を飛び出した少女だ、遠い南の地へ向かうなどというのは居ても立ってもいられなかったに違いない。

 始めは難色を示したベルグリフだったが、結局止めきれずに同行を許した。高々四十数年の年の功では、若者の情熱を押し留めるなど無理な相談である。


 丸い薄焼きのパンに、香辛料の効いた肉と野菜を挟んだものを食べ、瓶入りの葡萄酒を飲んだ。

 ミリアムの買って来た甘い菓子は、乳脂で揚げた一口大の小麦の生地に、香辛料と一緒に煮詰めてとろみのついた乳を絡めたものだった。油と甘みが強く、ベルグリフなどは一口だけで止めてしまったが、女の子たちはうまそうに食べている。

 それを眺めながらベルグリフは胸を撫でて顔をしかめた。


「結構きつい味だな……胸が焼けそうだ」

「へへ、でも慣れとかないと大変だよベル。ここらはともかく、南部方面に下るとこんな味付けが多いからね」


 なるほど、これは南部の味付けかとベルグリフは思った。

 こういう異文化の味わいというものは旅の醍醐味かも知れないが、旅慣れない自分などは少しひるむ部分があるな、と頭を掻く。しかしそんな泣き言を言っても始まらない。


 葡萄酒を飲んで、満ちた腹を撫でながら周囲を見回す。

 公国人らしい顔立ちの者もよく見るが、起伏の少ない東部系の顔立ちの者も多い。彼らは装束もまた独特のものがあり、思わず好奇の視線を向けて睨み返される事も幾度かあった。


 前のオルフェンの魔王騒動の時はこの関所周辺が物々しく、オルフェンの軍もこちらに兵力を割いていたそうだ。

 ティルディスは単一民族の国ではなく、多くの民族がひしめき合う多民族国家である。

 正確には、彼らは国家としてのまとまりというものが殆どなく、各民族、部族の代表が評議会という形でそれぞれの意見を言い合う場こそあるが、ティルディス全土を治める王というものは存在しておらず、今でも各民族、部族に王がおり、さらには民族内での有力豪族も各自に力を持ち、小競り合いが度々行われている。それゆえにティルディスは連邦と称されていた。

 前はその部族の一つが関所方面に騎馬隊を展開させ、すわ一触即発かという緊張感を漂わせた。現在はもうその緊張はないようだ。


 そんな人種様々なティルディスであるが、その民の多くは遊牧民であり、山羊、羊の群れを連れて広大な平原を流離い続けている。

 馬の扱いにかけては目を見張るものがあり、どの部族にも音に聞こえた戦士がいるという。

 過去に何度かあったローデシアとティルディスの戦いの時は、ティルディスの騎馬隊にローデシア軍は散々に苦しめられたそうである。

 勇壮なティルディス馬を見ているとそれも納得できるな、とベルグリフが頷いていると列が動いて、また少し関所に近づいた。


 マルグリットがベルグリフの背中の大剣をつつく。


「しっかし、大叔父上がこいつを預けるなんてなあ……」

「はは、俺も信じられないけどな……マリー、君はこれを扱えるかい?」

「無理。おれは細剣が得意だし、そもそもこいつとは仲が悪いし」


 マルグリットはそう言ってこつんと剣を殴った。剣は黙っている。マルグリットはくすくす笑った。


「いつもは怒る癖に、気取りやがって」

「気取ってるよね? おじいちゃんとかお父さんの前だと静かなの……」

「だろ? いけ好かねえ剣だぜ、聖剣とか何とかいって調子乗りやがってよ」


 マルグリットもアンジェリンもこの剣の声が聞こえるらしい。しかし自分は聞いた事がない。剣は感応こそするがいつも黙っている。

 どういう違いがあるんだろうな、とベルグリフは首を傾げたが、考えても分からないのでやめてしまった。


 この後の事を考える。

 南に向かうといっても、ただ闇雲に南下すればいいというものではない。ティルディスの広大な草原にも人の行き来があり、道がある。道を外れれば迷うばかりだ。まして不慣れな土地であるから警戒を要する。

 同じように列に並んでいた行商人らしい男と軽く話をして情報を得る。

 関所を通ったら、そのまま山脈に沿って南下する事ができるだろうかと尋ねると、行商人はとんでもないという顔をした。


「そいつァとても無理ですよ旦那。山脈沿いは賊も魔獣の類も多くて危険だし、道は整備されてないから大変です。そりゃ、道がない事はないですが、好き好んでそんな道を行くのは命知らずくらいのもんですよ。素直にカリファまで行って、そこで南に向かう隊商に合流するのが確実だと思いますがね」


 カリファは東西の道と南北の道が交差する地点にある大都市である。交通と貿易の要所であり、そこを拠点に仕事をしている商人も多く、ティルディス領内では最大と言ってもいい規模を誇るそうだ。

 やはり無難な道を選ぶのがいいか、とベルグリフは鬚を捻じった。

 危険や命知らずという単語に反応して面白そうな顔をしている同道の冒険者たちの事を見ないようにしていると、アンジェリンが袖を引っ張った。


「……冒険しようよ、お父さん」

「いや、駄目だよ。わざわざ危ない道を行ったって仕方ないだろう」

「むう……」

「んー、今のメンツなら何の危険もないと思いますけどにゃー」

「冒険者に絶対はないよ、ミリィ」

「相変わらず君は頑固だなあ」


 カシムがからから笑った。アネッサが肩をすくめる。


「まあ、今回はベルさんの旅に付き合わせてもらってるって事だし、ベルさんの方針に従うのが一番だろ」

「いい子ぶっちゃって……」

「んな!」

「冒険者が冒険しないでどうするんですか、ベルさーん」


 ミリアムの言葉に、ベルグリフは困ったように頭を掻いた。


「そもそも俺は冒険者じゃないんだけどな……」

「……あれ?」


 そうだっけ? とベルグリフ以外の五人は顔を見合わせた。当然のように先導してもらい、当然のように肩を並べて戦っていたから、ベルグリフは冒険者に復帰したようなものだと思っていたらしい。

 だが、そもそもベルグリフは冒険者のプレートだって持っていない。身分上は単なる百姓でしかないのである。

 カシムが笑いながらベルグリフの肩を叩いた。


「Sランク冒険者と肩を並べて聖剣を振る百姓ってなんだよー」

「そんな事俺だって知らないよ……」


 ベルグリフは苦笑して、背中の大剣に手をやった。剣は黙っている。大きく、ずっしりとした質感があるのに、鞘の重みくらいしかないと思うくらい軽い。それでいて柄を握れば、振り回すのに過不足のない重さがあるのだから不思議だ。

 マルグリットが不満そうに剣を睨んだ。


「こいつがあれば危険なんてないのによお……」

「……俺はまだこれをきちんと使いこなせるか分からないよ」


 聖剣を借り受けると決まった日から出発までの間、グラハムと何度も鍛錬はしたけれど、大剣は使い慣れていない得物だ、軽々と振るう事はできても、長年の相棒のように自分の腕のように扱う事はまだできない。


「ふん、ベルの臆病モン!」とマルグリットが口を尖らした。


 また列が少し動いて前へと進む。

 アンジェリンが剣の上から背中に飛び付いた。慌てて手を回して支えてやる。


「……お父さんと冒険がしたいの!」

「お父さんにとってはこの旅が十分に冒険なんだがなあ……」

「ちーがうの! 一緒にダンジョンに潜ったり危ない所を切り抜けたりしたいの!」

「それはもうこの前トルネラでやったんじゃないか?」

「そういうのじゃなくて! もっとこう……」

「……ベルさん、分かってて言ってません?」


 呆れたようなアネッサの言葉に、ベルグリフは困ったように頭を掻いた。

 確かに、アンジェリンの言う事も分からないではない。しかし、ずっと持ち続けていた筈の冒険者への憧憬は、自分でも驚くほどに薄れていた。今更冒険者に復帰したいとはまったく思わない。


 では、どうして自分はトルネラに引っ込んでからも体や剣の腕を鍛え続けて来たのだろう。

 それは冒険者として大成したいと思ったからではない。才能を見せ続けるアンジェリンに触発されたのもあったが、昔の仲間に張り合おうという気持ちも大きかった。自分も、まだどこかで彼らと肩を並べたいと思っている節があったのだろう。

 だが、今となってはこうやってカシムと再会したし、これからパーシヴァルに会おうとしている。それは自分が冒険者であるとかどうとか、そんな事とは何の関係もない。


 何となく、自分は彼らと同じ所に立てているらしいという事を感じてしまって、冒険者であると言う事にあまりこだわらなくなってしまったようだ。自分が心の奥底で求めていたのは、冒険者としての強さというよりは、仲間たちとのつながりだったのだと思う。


「……ちょっとずるいかな」


 呟いた。

 そうやって、責任のある立場から自分を遠ざけようとしてはいまいか。娘に冒険者のありようを説いておきながら、自分がこれでは示しが付かないか、という思いもあって、ベルグリフは視線を泳がした。

 背中に張り付いたアンジェリンがベルグリフの髪の毛をくしゃくしゃと揉んだ。


「ずるいぞお父さん!」

「う」


 別に心を読まれたわけではないが、思わずドキリとした。アンジェリンは頬を膨らましてベルグリフの耳たぶを引っ張った。


「お父さんがパーシーさんに会うための旅だって分かってるけど……せっかく一緒にいるんだから、わたしだってお父さんと冒険したいもん!」

「……なあ、アンジェ。別に冒険する事だけが旅の楽しみじゃないだろう? 知らない土地を見て、知らない人と話をして、それで十分楽しいじゃないか。山脈沿いに南下すればスリルはあるかも知れないけど、カリファに行く機会を失うかも知れないよ?」

「……うー」


 アンジェリンは不満げにベルグリフの背中に顔をうずめた。

 アネッサとミリアムが諦めたように顔を見合わせて嘆息する。マルグリットも拗ねたように黙っていた。だが、カシムだけは意味ありげに笑いながら顎鬚を撫でた。


「でもベル、ホントにいいのかい?」

「あのな、カシム。俺は別に冒険がしたいわけじゃ」

「そうじゃなくてさ。オイラたち、確かにパーシーに会いに行くけど、そこは『大地のヘソ』だよ? 高位ランク魔獣の巣窟さ。危険もなしに安穏と旅して行って、勘が戻るかい? それにその剣、使い慣れてないなら、何度か実戦しといた方がいいんじゃないの?」

「む……」


 カシムはくつくつと笑って帽子をかぶり直した。


「それに、グラハムじーちゃんからの頼まれ事もあるじゃない。戦わずに済ますのは無理だと思うけどな」

「……そうだな」


 グラハムから頼まれた素材を手に入れるためには、高位ランクの魔獣との戦いは避けられない。そこに至るまでに、戦いを避けて行くのはリスクを減らすかも知れないが、実地での勘を取り戻すという意味では、あまりのんびりし過ぎるのも却って不安である。

 カシムは頭の後ろで手を組んでにやにや笑った。


「ま、別にオイラたちが戦うのを後ろで見ててくれてもいいけどね。君の得意なのはそういう事だし、でも最低限自分の身は自分で守ってくれないと……」

「分かった分かった、俺が悪かったからそういじめないでくれ」


 ベルグリフが降参したように言うと、アンジェリンが嬉しそうに背中から飛び降りた。前に回ってベルグリフの顔を覗き込む。


「それじゃあ!?」

「山脈沿いの道も視野に入れよう。ただし、闇雲に行けばいいものじゃない。危険に飛び込むといっても死にに行くわけじゃないんだ。可能な限り安全に済むように考える。それが条件だよ」

「分かった! えへへ……やったぞ! お父さんと冒険だ!」


 アンジェリンは軽くステップを踏むようにしてアネッサとミリアム、マルグリットの肩を叩いた。三人も嬉しそうにくすくす笑っている。


「ふふ、カシムさんは流石ですにゃー」

「ベルさんでもやり込められちゃう事あるんですね」

「俺はそんなに大したものじゃないってば……」


 マルグリットがベルグリフを小突いた。


「剣の練習に丁度いいじゃねーか! 観念しろ!」

「……参ったな」


 ベルグリフは半ば諦めた表情で笑った。

 また行列が少し動く。関所の門まであと少しだ。


ちょっと投稿間隔は明言できないのですが、あまり間を空けないようにしたいです。

それと、アース・スターノベルの公式ホームページにちょっとした短編を掲載しています。

詳細は活動報告にありますので、興味のある方はどうぞ。

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