表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/158

八十三.西日に照らされた広場で火が


 西日に照らされた広場で火が焚かれ、村人たちが幾人も集まっていた。

 たき火には大鍋がかけられて、くつくつと音を立ててシチューが煮込まれている。シャルロッテが長い木べらでそれをかき混ぜていた。


 カシムが林檎酒のコップを片手に喋っている。


「なにせ、吹っ飛ばしても吹っ飛ばしても再生するからさ、こうなりゃ最大火力で消し飛ばそうと思ったらベルたちが勝負を決めちゃって。いやあ、惜しかったなあ、久々に全力出せると思ったのに」

「偽龍とはいえ龍種クラスを一人で相手にするとは……流石は“天蓋砕き”」


 サーシャが感動した面持ちでそれに耳を傾けている。その隣で若い冒険者三人組や村の若者たちも興味深げに聞き入って、ふんふんと頷いていた。皆くたびれた様子だが、表情は明るく輝いている。


 本当に宴会の準備をして待っているとは思わなかった。

 こうやって笑って酒を酌み交わす村人たちを見ていると、さっきまで生きるか死ぬかの戦いをしていた事がベルグリフには何だか信じられなかった。

 だが却って辛い事があった後だからこそ、こうやって明るく騒ぐ事で元気を出すのも大事なのかも知れない、とも思う。


 肩をすくめるようにして回し、大きく息をつく。

 森へと行った時は緊張感が途切れなかった為に気にならなかった疲労が、今になって重くのしかかっていた。

 若者や高位ランク冒険者たちと同じつもりで体を動かしては、後になって尾を引く。また節々が痛んだらどうしようかと少し心配したが、ミトとグラハムを助けた結果だ。後悔する事があるものか、とベルグリフは手の平で頬をぴしゃぴしゃ叩いた。


 辺りを見回す。

 広場から見える家々は倒壊こそしていないが、軒がひしゃげたり壁にひびが入ったりしている。それでも、ベルグリフたちが森に行っている間に村人たちは片付けに精を出したらしく、朝方の散らかりようとは随分様子が違っていた。

 いよいよ危なくて起居できない家は数軒にとどまり、多くの家は片付けと簡単な補修さえすれば元の通りに寝起きする事ができそうだった。

 村の襲撃という非日常の怯えや不安から脱却する事さえできれば、トルネラの村人たちは力強い。絶望的な状況でも、明るい道筋さえ見出す事ができれば、物事は思った以上にスムーズに進む事もあるようだ。


 村長のホフマンが林檎酒を汲んで渡してくれた。


「セレン様がな、ボルドーの本領から冬越え分の麦を都合するようヘルベチカ様に話してくださるってよ。おかげで心配がなくなったぜ、がっはっはっは!」

「それだけじゃなくて、村の復興の人員も送ってくださるそうだ。いやあ、領主様は頼りになるなあ」


 そう言ってケリーが笑った。

 幸いな事に、自分もその渦中におり、村の惨状を知っているセレンは、すぐにトルネラの支援を決めてくれた。もちろん彼女の一存で決まるわけではないが、ヘルベチカが断る事はまずあるまい。冬の食糧、建物を始めとした村の復興など、最大限の手助けをしてくれるという事である。

 ホフマンが林檎酒を飲んで笑った。


「こんな時に領主様とつながりがあるのが助かるぜ。ベル、お前のおかげかもなあ」

「そんな事ないさ……」


 ちら、と視線をやった。その先でアンジェリンとセレンが並んで何か話している。時折笑いが混じり、とても楽しそうだ。

 ボルドー家とのつながりも、元をただせばアンジェリンから始まった縁だ。彼女がセレンを助け、それでサーシャが来てヘルベチカが来て……色んな事が少しずつ線でつながりながら、今という時間に繋がっている。


 ひとまず、トルネラの復興に関しては問題もなさそうだ。誰もが精いっぱい力を尽くして、ベストとは言えなくともベターな結果を得る事はできただろう。未来が見通せない以上、過ぎた事をあれこれと言っても仕様があるまい。


 ベルグリフはそっと立ち上がって広場を後にした。林檎ジュースの瓶を持って家に向かう。

 家に戻ると、寝床で仰向けに転がったままのミトと、その脇に静かに座っているグラハムの姿があった。


「どうだい、様子は」

「まだ起きぬが顔色は悪くない」


 ベルグリフは林檎ジュースをコップに注いでグラハムに手渡しながら自分も腰を下ろした。ミトを見下ろす。すうすうと寝息を立てながら、合間合間に鼻が詰まったように苦し気に息をして顔をしかめた。


「……悪い夢でも見てるんだろうかね」

「あれだけの事があったのだ。無理もない」


 グラハムは林檎ジュースを一口飲んで目を閉じた。


「……おかげで助かった。礼を言うぞ、ベル」

「はは、なに、俺一人がした事じゃないさ。アンジェがいて、カシムがいて……皆が頑張ってくれた」


 手を伸ばしてミトの頭を撫でる。少し強張っていた表情がふっと緩んだ。ベルグリフは微笑み、それから顔を上げてグラハムの方を見た。


「俺たちは問題を先延ばしにしていただけみたいだな」

「うむ……」グラハムは眉をひそめた。「此度の森の襲撃、けしかけた者がいるようだ」

「なに……? いったい誰が」

「分からぬ。しかし森に捕らわれたエルフの思念が私に語った。白い服を着た男が森の悪意を目覚めさせたと」

「白い服……」


 何者なんだろうな、とベルグリフは首をひねった。そもそも目的は何なのだろうと思う。グラハムは目を伏せた。


「考えてみれば妙だ。森が狙ったのはミトだけ……力を欲しているならば、魔力の多いシャルロッテが狙われてもおかしくはない。どういう手を使ったのか知らないが、私には何か作為的なものを感じてならぬ」

「むう……」


 それは確かにそうだ。だが、グラハムから聞いた話によれば、森はソロモンとの戦いをきっかけに悪意を増幅させたという。それが尾を引いて、ソロモンのホムンクルスであるミトを狙ったのではないだろうか。事実、魔王が表に出て来かけたビャクにも森は反応した。

 そう言うと、グラハムは腕を組んだ。


「それもあり得ない話ではない、が……結局我らには推測するより他に手がないか」

「そうだな……その白い服の男、まだ何か仕掛けて来るだろうか?」

「何とも言えぬ。しかし、今回のやりようから考えても、あまり表立って何かを仕掛けて来るタイプではあるまい。裏で糸を引くのを得意とする輩だろう……だからこそ対応が難しい」

「……参ったな」


 これでは旅に出るどころではないか、とベルグリフは嘆息した。グラハムはジッとベルグリフを見つめた。


「だが、相手はトルネラを狙っているわけではない。私の経験からして、表に姿を現さぬ者は警戒心が段違いだ。一度失敗してこちらが警戒を強めた以上、即座に次の手を打って来るとは考えづらい。仮に来たとしても、次は私も油断せぬ」


 相手のやり口は今回で分かったからな、とグラハムは目の奥をギラリと光らした。ベルグリフは苦笑して頬を掻いた。


「……君がそう言うならそうなんだろうな」


 確かに、今回は相手の出方が分からなかったからあらゆる面で後手後手になってしまったが、一度経験した以上、この老エルフは些細な事も見逃すまい。


「それにしてもグラハム、何だか張り切ってるな。マリーみたいだ」

「む」


 グラハムはバツが悪そうに口を結んだ。ベルグリフはくつくつ笑う。


「久々のピンチに冒険者の本能でも蘇ったかい?」

「まったく……そなたは何でもお見通しだな」


 グラハムは困ったように笑った。


「……そなたは自分の過去に決着を付けて来い。その間くらい、そなたの荷物を背負う事ぐらいはできる」

「……すまない。どうも俺も我儘で困ったものだよ」

「そんなものは我儘のうちに入らぬよ。そなたは十分に他人の為に働いて来た。そろそろ自分の為に何かしても良い頃だ」

「はは、そう言ってもらえると救われるよ」


 ベルグリフは笑って髭を捻じった。結局、自分だってグラハムの事を笑えない。

 林檎ジュースを一口飲み、ベルグリフは少し身を乗り出した。


「けど、まだミトの問題は解決してないからな……今回でまた魔力は失われたとはいえ、また元の通りに体内で魔力が過剰に生成されるのは確かだろう? 元々体が魔力の塊みたいなものだというし」


 ミトは現在の人間に近い体を構築するのに、その魔力の大半を使ったとグラハムも見立てていた。しかし、その後の観察により、体はより凝縮された魔力の塊であり、加えて魔力がさらに体内で生成されている事が分かった。体に収まらなかった魔力は少しずつ外に溢れ出し、それが今回の騒動を引き起こす一因になったのは疑いようがない。

 ソロモンのホムンクルス由来の魔力は、人間やエルフのものとはまた違い、それはどうもあまりよくないものを呼び寄せる事が多いように思われた。今回の古森ほどではないにせよ、また魔獣の類を呼び寄せる可能性は大いにあり得る。


 グラハムは頷いた。


「……考えている事がある。魔力の生成を防ぐことは不可能だが、生成された魔力を何かに利用し消費を続ければ、閾値を超えて強大な力を呼び込む事なく済ます事ができるだろう」

「ふむ? しかし、消費と言ってもどうやって……」

「ああ。そこで、そなたに頼みたい事がある」


 その時、ミトがぼんやりと目を開けた。しきりに瞬きをしながらゆっくりと上体を起こす。


「……ここ、どこ?」

「ミト」


 ややおびえた様子のミトだったが、ベルグリフに声をかけられ、姿を見とめると脱兎の勢いでその胸に飛び込んで泣き出した。


「おとうさぁん……!」

「……頑張ったな、ミト」


 ベルグリフは微笑んで、ミトの頭を撫でてやった。ミトはぐずりながらしばらくベルグリフの胸に顔をうずめていたが、やにわに顔を上げた。


「じいじは!? じいじは大丈夫!?」

「私ならばこっちだ」


 ミトは一瞬呆けたが、すぐに跳ねるようにグラハムに抱き付いた。


「じいじ……ごめんなさい」

「何を謝る。そなたが何をしたというのだ」

「でも……でも、ぼくのせいで……」


 グラハムは持っていたコップをテーブルに置くと、小さく笑ってミトの髪の毛をくしゃくしゃと揉んだ。


「そなたが一度森に飛び込んだから、トルネラは救われたのだ。気にする事はない」

「うう……」


 それでも納得できないようにミトは涙を流す。


「……ともかく無事でよかった。お腹空いただろう?」


 ベルグリフがそう言って微笑んだ。グラハムはミトを抱いたまま立ち上がる。そうして少し顔をしかめた。


「……ベル、すまん。頼む」

「ああ、もう、無理するな……」


 ベルグリフは苦笑しながらグラハムの腕からミトを抱き上げる。グラハムはバツが悪そうに目を伏せて脇腹をさすった。正直なところ、ベルグリフもちょっときついのだが、脇腹を貫かれているグラハムよりはよほどマシだ。


 ミトを抱いたベルグリフは、グラハムと連れ立って家の外に出た。

 西日はすっかり傾いて、もう山の稜線にかかっている。もう少しすれば沈んで空を焼くばかりになるだろう。

 ミトが不思議そうな顔をして目をしばたかせた。


「どこ行くの……?」

「ああ、夕飯を食べにね」


 ミトは少し身じろぎした。しかしベルグリフは構わずにそのまま広場に向かった。

 もうシチューがすっかり煮えたらしかった。大鍋の他に、そこここの椀から幾つも湯気が立ち上っている。たき火の脇に座っていたアンジェリンが顔を上げた。


「あ、お父さん……ミト! 起きたんだ!」


 その場にいた者たちの視線がたちまち一つの方に集まる。アンジェリンが嬉しそうに立ち上がって来て、ミトの頭を撫でた。


「お、おねえさん……ぼく」

「よかった……」


 微笑むアンジェリンの後ろから村人たちが大人も若者も駆け寄って来た。ミトはベルグリフに抱き付く力を強めた。怒られる、と怖くなったのだろう。

 しかし、村人たちは泣きそうな顔で笑いながら、次々とミトに温かな言葉を投げかけた。


「ミト、おかえり!」

「ごめんな、ひどい事言って……許してくれ」

「よく帰って来たね……無事でよかったよ……本当に」

「怖かったなあ。よく頑張った。偉いぞ」

「怪我しなかったか? お腹空いただろ? いっぱい食べな」


 ミトは呆然とした。体から力が抜けて、ベルグリフに抱き付く力も緩み、口をぱくぱくさせる。


「ごめ……ごめん、なさ……」


 言いかけても、嗚咽に邪魔されて上手く言えない。


「謝らなくていいよ、わざとした事じゃねえだろ?」

「そうそう、あのヘンテコな木どもが悪いんだよ」


 ミトはぼろぼろと涙をこぼしながら鼻をすすった。


「ぼく……ぼく、ここにいてもいいの……?」


 当たり前じゃないか、と村人たちは笑いながらミトの頭を撫でた。


「ありがとぉ……」


 泣きながら胸元に顔をうずめるミトを撫でながら、ベルグリフは微笑んだ。

 言葉にこそ出ないけれど、村人たちもまだ煮え切らない部分もあるだろう。

 それでも、こうやって再び受け入れてくれるのが嬉しかった。きっと、少しずつ折り合いを付けていい所に落ち着く筈だ。


 ベルグリフは顔を上げた。


「さあ、腹が減った。今日はもうゆっくりさせてもらうぞ」

「いっぱい作ったから、たっぷり食べてね!」


 シャルロッテが木べらを振って笑った。


 飯だ飯だと林檎酒を回し、一気に場が明るくなった。

 太陽はすっかり西の山に隠れ、そこいらを薄暗闇が包み始めたけれど、皆それに気づいていない。

 そんな様子を見ながら、ベルグリフはちらと横目でグラハムの方を見た。グラハムは小さく笑って頷いた。



  ○



 いよいよ夏の気配が強くなり、すっかり初夏という風になって来た。村の周囲の森は青々として風に揺れ、羊たちの毛も伸びてぼつぼつ毛刈りの時期だ。

 芋はとうに掘り上げられ、難を逃れた麦畑は黄金に色づき、収穫が始まっている。


 トルネラの家々は修繕も終わり、また元の生活が戻って来ようとしていた。

 人が死んだわけでもないし、過ぎてしまえば、村には傷跡というくらいのものも残らず、古森の襲撃も何だか夢の事のように思われた。


 壁の張られた新居の中に立ち、アンジェリンは周囲を見回した。

 まだ内装は終わっていない。他の家の補修が入ってこちらの仕事が中断されたからだ。

 しかしもう家と言っていいくらいに形は整っている。工事は終わっていないから荷物を運び込むわけにはいかないけれど、新しい生活が想像されるようで、何だかわくわくした。


「でも、その前に……」


 呟いた。腰に差した剣に手をやって、ぐいと持ち上げて位置を直す。


「……パーシーさん、どんな人なのかな」


 父親の古い友人の事を考える。ベルグリフは彼をかばって足を失ったのだという。

 もし自分をかばってお父さんが足を失ったら、と想像してみる。

 少し想像しただけで、もう辛くて辛くてたまらない。思わず両手で顔を覆う。驚くほどの悲しさと罪悪感だ。こんなものを二十年以上背負って生きるというのは、とても想像できそうにない。


 アンジェリンは目をしばたかせると、居住まいを正して家の外に出た。明るい初夏の日差しが目にちかちかした。抜けるように青い空に、こねて浮かべたような丸い雲が幾つか浮かんでいる。暖かで、ともすれば汗でもかきそうな陽気だ。


 今日旅に出る。

 南のニンディア山脈、そこにあるという『大地のヘソ』を目指すのだ。そこにパーシヴァルがいる。


 アンジェリン自身はパーシヴァルに対しては複雑な思いを持っている。父の足を失う原因になったと考えれば業腹な気もするし、しかし彼は今も苦しんでいるだろう事は想像に難くない。だから可哀想だとも思う。しかしそれがなければ自分はベルグリフには会えなかった。こんな風に考えると、何だか自分がひどく身勝手なようにも思えた。


 目をやると、庭先でベルグリフとグラハムが何か話していた。留守中の事についてだろう。アンジェリンはその傍らに駆け寄った。


「お父さん」

「ん、ああ、アンジェ。準備は大丈夫かい?」

「うん……」


 アンジェリンはおずおずとベルグリフの服の裾をつまんだ。


「お父さんは……会うの怖くない? その……パーシーさんに」

「ん……どうだろうな。正直自分でもよく分からないよ」


 ベルグリフはアンジェリンの頭に手をやった。そのままわしわしと撫でる。


「でも、パーシーは友達だからな。怖くても、会いたいさ」

「そっか……」


 アンジェリンは口をもぐもぐさせてベルグリフの腕に抱き付いた。どうしてだか、自分の方が変な不安を感じた。

 ベルグリフは微笑んでアンジェリンの頭をぽんと押さえた。


「どちらにしても、やる事ができたからね」

「ミトの事、だよね?」

「ああ」


 今回の旅は、単にベルグリフの旧友に会うためだけの旅ではなくなった。グラハムの考えた事を実行するため、とある高位ランクの魔獣が持つ素材が必要になったのである。

 丁度強力な魔獣が跋扈するという『大地のヘソ』に行くのだ、ついでと言っては変かも知れないが、用を足すには十分だろう。


 お父さんと旅に出て、一緒に戦う事ができる。それを想像すると、さっきまでの不安がどこかに行くような気がした。

 ベルグリフの背中から唸り声がした。背負われたグラハムの剣が淡く光っていた。アンジェリンはそれを指先でつつく。


「……おじいちゃん、この子がいなくて大丈夫?」

「私の事は心配要らぬ……そやつにばかり頼り過ぎるのも考えものだからな」


 グラハムは小さく笑った。その笑みは達観した老人のものではなく、何か新しい事に向き合う若者のようだ。今回の騒動は、グラハムにも何かしらの変化をもたらしたらしい。

 ベルグリフは困ったように剣の柄に手をやった。


「しかし、いいのかい、本当に俺が借りてしまって。やっぱりアンジェの方が……」

「ううん。その子、お父さんの方が相性いいと思う……」

「アンジェリンの言う通りだ。私を除けば、そなたが最も上手くその剣を扱えるだろう。剣もそなたを信頼している筈だ。トルネラで隠居するには、まだその剣は元気過ぎる」

「むう……」


 そう言われちゃ断れないな、とベルグリフは頬を掻いた。

 今回の旅にあたって、高位ランクの魔獣との戦いが必然となった事もあり、グラハムは自らの大剣をベルグリフに貸した。

 聖剣と呼び称されるほどの剣を持つ事にベルグリフはやや委縮したが、周囲の勧めもあって借り受ける事にしたらしい。この父親の思わぬ強化に、アンジェリンはもちろん大喜びである。


 連れ立って村の入り口まで行く。

 行商人の馬車があり、そこにアネッサやミリアム、カシムがいる。ビャクにシャルロッテ、それにミトは見送りだ。村の若者たちや子供たちも何人か来ている。

 既に馬車に腰を下ろしていたカシムが山高帽子を振った。


「やー、来たね。もう行けるの?」

「ああ、お待たせ。行こうか」


 ベルグリフは行商人の方を見て頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ! 皆さんが一緒だと道中本当に安心ですよ!」


 にこにこ笑っているのは、もうすっかり馴染みになった青髪の女行商人である。いいタイミングで彼女がトルネラに来ており、今回はそれに便乗させてもらう事になった。


 荷物を積み込みながら、ベルグリフはちらとミトの方を見た。ミトはシャルロッテの横に立って、ジッとベルグリフを見上げた。あの騒動以来何だか顔つきが大人びて、見た目こそ変わっていないけれど、物言いがはっきりとして来た。


「お父さん、気を付けて……」

「ああ、お前もな。じいじたちを助けてやってくれよ?」

「うん」


 ミトは頷いてはにかんだ。ちょっとずつ表情も豊かになって来たようだ。弟の成長が嬉しいやら寂しいやら、アンジェリンは取りあえずミトの頭を撫でた。ミトは気持ちよさそうに目を細めた。


「お姉さん……行ってらっしゃい」

「ん!」


 アンジェリンはにんまり笑った。撫でる手つきが少し乱暴になった。


 馬の手綱が振られ、馬車がぎいぎいと動き出した。

 行ってらっしゃい、と見送りの声が方々からした。ミトとシャルロッテが声を張り上げながら千切れんばかりに手を振っている。その隣ではビャクがムスッとした顔で腕組みして立っていた。

 アンジェリンたちは馬車から身を乗り出して手を振り返した。


 次第に見送りの声が小さくなり、やがて聞こえなくなった。幌の向こうの陽射しは温かく、向かいから風が吹いて来る。南風だ。吹く度に草原の草がざあざあと音を立てて波のように揺れた。

 この風の吹いて来る方に目指す場所があるんだ、とアンジェリンは前を見、それから隣に座るベルグリフに寄り掛かった。


 馬車が石を踏んでがたんと揺れる。乗っている人数が多いからか、それほど速度は出そうにない。

 ロディナに着くのは夕刻過ぎてからだろう。


第六部……だったっけ? ともかく完結です。ぶつ切り更新ですみませんでした。

次回更新は早めにしたいと思っていますが、忙しい時期ですので明言はできません。申し訳ない。


あと、書籍の二巻の方が5月16日に発売となります。

活動報告の方に詳細と書影がありますので、興味のある方は是非。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ