第二十二話
時間は過ぎ、四人でネトゲをする日を迎える。
【黒い平原】にログインした俺は、フレンドリストを確認してシュトゥルムアングリフがログイン状態であることを確認した。リンはまだ来ていない。
『カズくん! 久しぶりだね!』
『久しぶり。今日はよろしく』
『うん! 凛ちゃんは少し遅れるって。綾音ちゃんはもうすぐ来るそうだよ』
胡桃坂さんから送られてくるチャットに返事をしていく。人気アイドルグループのリーダーとは思えない気軽さだ。それが魅力でもある。
『清川にリンのこと説明した? リアルと全然と性格が違うこと』
『一応言ったよ~。あまり釈然としてない様子だったけど……。あ、でもね、凛ちゃんとカズくんの関係については私からも言っておいた!』
カズのもとに歩いてきたシュトゥルムアングリフが、ビシッと親指を立てた。心強い。
俺が彼女たちの集まりに参加した理由の一つに、リンがどのような振る舞いをするのか知っておきたいのもあった。いざとなったらフォローしたい。清川は胡桃坂さんと違って現実な思考をする(洗脳とか意味不明な思い込みもするけど)。収拾がつかなくなる可能性があるので、当事者である俺が説明する必要が出てくる可能性を考慮した。もっとも、一緒にネトゲを遊びたい気持ちが一番強いが……。
『綾音ちゃんが来たよ!』
胡桃坂さんのチャットが送られてきて気がつく。今、カズとシュトゥルムアングリフは王都の噴水広場にいるのだが、すぐ近くに緑髪の女性が立っていた。服装は神聖な雰囲気がある修道服。課金で入手できる服だ。クリックして名前を確認すると、【カカナ・エルレラ】と表示された。いかにもな外国人らしい名前だな……。職業はプリースト。回復担当のヒーラーだ。
胡桃坂さんがパーティー作成をして、俺に加入申請を送ってくる。シュトゥルムアングリフのパーティーに参加し、一覧にカカナ・エルレラがいることを確認した。これでパーティーチャットで会話できる。
『清川、随分本格的な名前だな……』
『世界観に合わせ、私なりに外国人らしい名前を考えました。というより和斗先輩は適当すぎませんか? カズ……ただ名前の一部を取っただけではありませんか』
『そう言われると何も言い返せない……! でも凛香も同じだぞ』
『まあ、ご自身の名前を大切にされているのですね。とても素晴らしいことですわ。たとえネトゲであろうと、自分の名前を尊重するのは大変立派なことです』
『手のひら返し半端ない!』
そうチャットを返しながらカカナ・エルレラにフレンド申請を送る。すぐに承認された。これで俺のフレンドリストには人気アイドル三人の名前が並ぶ。スマホに登録された連絡先でも同じことを思ったが、これはかなりすごいことじゃないか?
数分ほど、三人でテキストチャットで時間を潰す。ボイスチャットを提案したのだが、清川はヘッドセットを持っていないらしい。また今度購入する予定だそうだ。
『綾音ちゃん、すっごく上手なんだよ! 私がピンチになると、すぐ回復してくれるの!』
『奈々先輩は何も考えず、まっすぐ敵の群れに突っ込んで戦いますからね……。一瞬たりとも目を離せませんよ』
『えへへー。やっぱり何事も真っすぐに挑まなくちゃね!』
『奈々先輩らしいですね』
『俺も回復頼むよ、清川。前衛だからピンチになりやすいんだ』
『なら今後一切私に逆らわないことですね。ヒーラーである私は、皆さんの命を管理する立場にありますから。私のさじ加減で生き死にが決まりますよ』
『言い方が生々しい! サイコパス感があるぞ!』
清川は腹黒い一面がある。そう確信した瞬間だった。
――――『リンさんがログインしました』
不意にチャット欄に表示された。ついに凛香が来たか。嬉しくなる。
ほどなくしてリンが画面内に現れた。この噴水広場に四人が集結する。チャット欄に『リンさんがパーティーに加入しました』と表示された。
『ごめんね皆。仕事でちょっと遅くなっちゃった……』
『お疲れ様リンちゃん! 全然大丈夫だから気にしないで!』
『ありがとシュトゥルムアングリフ! えと、カカナ・エルレラが綾音?』
『はい。私です』
『綾音とネトゲで遊ぶのは初めてだね! よろしく! フレンドになろ!』
『はい』
文章で伝わる清川の固さ。一体どうしたのだろうか。その疑問は清川から送られてくる個人チャットで判明する。
『和斗先輩! やはり凛香先輩を洗脳しましたね! リアルと全くキャラが違うではありませんか!』
『洗脳してないってば! あれが凛香のネトゲのキャラなんだ!』
『ウソです! どちらかというと奈々先輩に似てるような……。ともかく、クールな凛香先輩とは異なる言葉遣いですよ! 信じられません!』
『俺も最初はびっくりしたけど、凛香っぽい感じはあるから慣れるよ』
『……奈々先輩から事前にお聞きしておりましたが、よもやこれほどとは。洗脳されていないのであれば、凛香先輩は一体……。まだまだ私の知らない一面をお持ちなのですね』
戸惑いを隠し切れない様子の清川だが、文脈から俺に対する疑いが薄まっているのは感じ取れる。あとはリンの言動に触れ、夫婦という考え方は凛香自身のものだと理解してもらえれば問題解決だ。
『あ、カカナ・エルレラに言っておきたいことがあるの』
『なんでしょうか。リン先輩』
清川は凛香のアバター呼びに合わせることにしたらしい。
そしてリンから一言が放たれる。
『カズと私は結婚してるの! カズは私の夫だから!』
脈絡のない関係の説明に、清川は『かしこまりました』と短く返した後、俺に個人チャットで『この変態! 人気アイドルに夫婦ごっこを強要させるなんて!』と送ってきた。
洗脳の次は、ごっこを強要、か……。俺は何も言ってないんだけどね(泣)。




