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第二十一話

 清川にメッセージを送り、旧校舎に呼び出す。普通にしてほしいとお願いしたのに、明らかに異常な態度をとってくる。あの握手会がいい例だ。清川から『すぐに行きます』と返信を受け取り、俺は椅子から立ち上がって教室から出ていく。廊下に出た瞬間、ふと視線を感じて振り返ると、最前席に座る凛香と目が合った。


「――――」


 ふっ、と凛香は目をそらす。手元にある本を読み始めた。

 …………隙あれば、凛香は俺を見ていると斎藤が言っていたな。これまでも凛香と目が合うことが何度もあったことを思い出し、いつものことだと判断した。


 休憩時間が終わるまでに教室に戻らなくてはいけない。早歩きで旧校舎に向かい、空き教室に到着する。すでに清川が待っていた。一年生の教室の方が近いので必然か。


「…………なんでしょうか。今度こそ私の体を――――」

「握手会のあれ、なに? めっちゃ困ったんだけど」

「あ、ああ…………あれですか。先輩たちをお守りしなくては、という一心からくる行動ですよ」

「普通にしてくれってお願いしたじゃん……! 俺、スタッフさんに怒られたんだけど。名前と顔を覚えられちゃったんだけど。住所まで控えられたからな」

「良いではありませんか。その後、私が説明して助かったのですから」

「お前が変なことをしなかったら何も起きてないんだよ……!」

「和斗先輩が握手をしに来たのが悪いのです!」

「握手会なんだからいいじゃん! ひどい……凛香と握手できなかったし……」


 一週間前から楽しみにしていた握手会。悲惨な結果に終わり、枕を濡らしたのは俺だけの秘密だ。凛香とはいつでも握手できる関係にあるが、やはりイベントでの握手は特別に感じられたのだ。悲しすぎる。


「洗脳で凛香先輩に夫婦と思い込ませる技術があるのなら、握手くらいできるしょう」

「…………お前さ、本気で洗脳だと思ってる?」

「…………………………思ってた時期も、ありましたよ」


 俺からジーっと睨まれた清川は、焦りからツーっと一滴の汗を頬に流す。


「思ってた、ということは今は思っていないんだな?」

「この数日、さりげなく和斗先輩を見張っておりました。そして実際に何度か話をしてみた結果、ただの男子高校生の可能性が高くなりました」

「ほらな。そもそも、ただの男子高校生以外に可能性ないから」

「なぜあなたはただの男子高校生なのですか!? この愚か者!」

「理不尽すぎる逆切れ! 先輩に対する言葉かよ!」

「和斗先輩が普通ということはつまり、凛香先輩は自らの考えで夫婦を語っていることになりますよ! そんなの信じられません!」


 嘆くように頭を抱えた清川は、フラフラと後退りして壁に衝突する。激しく動揺していた。気持ちは分かるが、もう現実として受け入れてほしい。


「凛香からすれば、ネトゲで結婚=リアルでも夫婦なんだよ」

「ネトゲ……それほどまでにネトゲはすごいのですか?」

「すごいっていうか、まあ……面白い、かな?」

「実は私も最近ネトゲを始めました。黒い平原です」

「え、清川も!?」

「ええ。少しでも情報を集めるべく、お二人がしているネトゲを調べ、デビューしました。先日、奈々先輩をお誘いして二人で遊びましたよ」

「どうだった? 面白かっただろ?」

「…………まあ、映像が綺麗でしたわ。しかし慣れると単調な作業が多くなりそうで、将来的には飽きそうなゲームですわね」

「喧嘩を売ってんのか?」

「えっ!」


 得意げに語っていた清川に、思わず静かな怒気を放ってしまった。ネトゲ廃人の前でネトゲを愚弄するのはもってのほか。断じて許される行為ではない。もし清川が男なら胸倉をつかんでいるところだ。


「どうせネトゲを始めて数日程度だろ? それくらいのプレイ時間では本当の楽しさや魅力は味わえない。手軽さを売りにしたソシャゲじゃないんだからな」

「……なんだか妙に説得力がありますね…………。ただ、和斗先輩の言うことも一理ありますわ。それも含めて、凛香先輩についてもっと深く知るために、今度凛香先輩をお誘いするつもりですの」

「お誘いってネトゲ?」

「はい。奈々先輩も入れて三人。凛香先輩がどれほどネトゲにハマっており、どれほど本気で夫婦と口にしているのか知るためです。とても残念なことに、和斗先輩が洗脳も使えない凡人である可能性が高いので」

「やっぱ喧嘩を売ってるよね? 普通は洗脳使えないから」


 凛香の自称夫婦を信じたくない思いから、俺を悪者だと思いたがっているのだろう。めちゃくちゃだ……。


「なあ、俺も参加していい?」

「いやです」

「なっ――――。い、いいじゃん! パーティーに入れてもらうだけでもいいから!」

「い、いつになく必死ですね……」


 ここ最近、胡桃坂さんや凛香とネトゲをしていない。人気アイドルとして忙しい彼女たちと予定が合わないのだ。昔の俺なら、緊張感から参加を申し出ることはなかっただろう。しかし今の俺たちの関係はネトゲにおいて仲の良い友人関係……できることなら一緒に遊びたい。


「それに俺がいた方が、凛香の考え方も分かりやすくなると思うぞ」

「…………言われてみれば、そうかもしれませんね。分かりました、許可しましょう」

「ありがとう、清川。初めて感謝の気持ちを抱いたよ」

「ま、私に拒否権はありませんけどね。和斗先輩にはズラという強力無慈悲な弱みを握られていますから」

「まだ言ってるの!? 誰にも言わないし、脅迫とかしないから!」

「信じられませんよ。だっておかしいじゃないですか、こんな可愛い人気アイドルを好き放題にできる弱みを握ったのですよ? 邪な欲望をぶつけないほうが異常です!」

「異常なのはお前の思考回路だ……! 自分のこと可愛いとか言うし、考え方がねじ曲がっているし、発想が黒すぎるし……。実は清川って腹黒だろ」

「なっ! いいですか、私はですね、スター☆まいんずの皆さんをお守りするために――――」


 顔を赤くした清川は勢いよく俺に詰め寄り、いかに自分が頑張っているかを語り始める。……色々たまっているんだろうなぁ。そう思いながら、何だかんだと誤解が解けそうな雰囲気を感じるのだった。

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