第二十話
ライブが終わっての一週間後。今度は握手会に行くことにした。やはり彼女が参加しているイベントには行きたい。これまでは緊張して行けなかったが、緊張以上に行きたい気持ちが膨れ上がっているのだ。予定の都合で、今回は俺一人で行っている。
握手会場に着いた俺はスタッフの誘導で列に並び、ブースへ移動する。
最近知ったが、握手会にも種類があるらしい。一人を選んで数秒ほど握手しながら会話できるパターンがあれば、今回の握手会みたいにメンバー全員と握手するパターン。後者の方がお得に思えるが、握手できる時間は一瞬なので流れ作業のようになってしまう。
ついに俺の番となる。スター☆まいんずの女の子たちは横一列に並んでいた。背伸びして順番を確認すると、凛香は五番目だ。つまり最後。四番目が胡桃坂さん、そして三番目は清川だ。一瞬で一人目と二人目の握手タイムは終え、清川の番となる。
「はっ――――。和斗、先輩……!」
俺が握手会に行くことを凛香には伝えていたが、胡桃坂さんと清川には伝えていない。俺を見た清川は分かりやすく動揺していた。お互いの手が繋がれようとするその刹那、清川は覚悟を決めたような勇ましい表情を浮かべる。
「先輩たちは――――私がお守りします!」
「…………は? いや、ちょ――――手を離せよ!」
「離しません……この手は……死んでも離しませんよ!」
「はぁ!?」
俺の右手を力強くギューッと握る清川。力を込めすぎて鼻の穴が膨らんでいる。まじかこいつ……!
一瞬で終わるはずの握手が三秒、四秒と続き、流れが悪くなる。俺の後ろで人が詰まり始めた。明らかに非難するような視線が後続から向けられる。握手剥がしとしてスタンバイしているスタッフも異常を察し、すぐさま近寄ってきた。この雰囲気、俺が悪者になるパターンだ!
「離せ……離してくれ! 俺は凛香と握手をしにきたんだ!」
「凛香先輩をこれ以上汚すことは許しません! 私の……私の手で満足してください!」
「分かった、分かったから! もう帰るから離してくれ!」
「いいえ! 和斗先輩がこの程度で満足するはずがありませんよ!」
俺たちは周囲に聞こえない小声で叫び合う。するとトントン、と肩を叩かれた。振り返る。ガタイの良い男性スタッフが背後に立っていた。険しい顔つきをして俺を見つめている。
「君さ、早く離しなさい」
そう言いながら俺の手首を掴んで強引に離そうとするが、清川の手は俺の右から離れない。徐々に男性スタッフは怒気を顔を滲ませる。
「お前警察呼ぶぞ!? いい加減にしろや!」
「違うんです! 俺じゃないんです! 清川が離してくれないんです!」
「そんなわけねえだろうが! アイドルの方が離さねえとか聞いたことねえよ!」
「俺もありませんよ!」
なんてこと――――。凛香と握手するために来たというのに、こんな事態になるなんて。
騒動の中心になりながら俺は、視界の端に映りこむ凛香の顔が気になった。怪訝そうにして、こちらをジーっと見つめている。何を考えているのか分からないが、あまり見られたくない。
「離してくれ! 清川……いや、清川様!」
「たとえこの手が腐り果てようと、決して離しません! それが私、清川綾音の覚悟!」
「このクソオタクが! 早く手を離しやがれ!」
男性スタッフからボロクソに罵られ、後続の人たちからも「変態がいるぞ!」「早く離せよ! 迷惑だろうが!」と叫ばれ、恐ろしいバカ力で清川から握られている右手はギシギシと骨が軋み、凛香からは『……私の夫は何をしているのかしら。浮気?』と凍るような目つきで睨まれ…………。
俺の初めての握手会は散々な結果に終わった。
☆
愛する夫が握手会に来てくれる……。夜眠れなくなるほど楽しみにしていた私が目にしたのは、可愛い後輩といつまでも手をつなぐ夫の姿だった。周囲からどれだけの暴言を吐かれようと、決して手を離さない二人の姿からは凄まじい絆を感じさせる。和斗くんが男性スタッフに連れて行かれるその瞬間まで、綾音の目は和斗くんに向いていた。
握手会が終わった後、和斗くんは『清川が手を離してくれなかった! 凛香と握手できなくてごめん!』と説明してくれたけど、それはつまり、綾音は和斗くんに好意を寄せているということになる。
和斗くんは優しいから綾音を拒絶できずにいるのだろう。……もしかしたら、いずれ心を通わせることになるかもしれない。本妻は私なのは間違いないけれど、不安だけが心の中に満ちていく。




