第十九話
ライブ開始時刻よりも早めに会場に到着する。俺と香澄さんと乃々愛ちゃんの三人は中央付近の席に割り当てられていた。ライブ開始前だが、まばらに席が埋まっている。
人気上昇中のスター☆まいんずのライブとあって、期待している人が多いということだろう。グッズ販売もあったので、その影響もあるかもしれない。
「あれ。和斗くん、緊張してる?」
右隣の席に座る香澄さんから心配そうに尋ねられた。
俺は何も言わず、首を横に振って否定する。この仕草だけで緊張しているのが伝わってしまった気がする。俺は注目されるのが苦手で、人が多い環境に行くのも苦手なのだ。このようなライブ会場に来るだけでも心拍数は爆上がりする。ネトゲ廃人の弱点だ。
「別に和斗くんがステージに立つわけじゃないのに」
「分かってますが……。それに、凛香がステージに立つのかと思うと」
「それはちょっとわかるかも。身内に晴れ舞台は期待もあるけど緊張してくるんだよね」
納得したように、うんうんと頷く香澄さん。
「えい、えい」
「乃々愛ちゃん?」
可愛らしい掛け声が左から聞こえたので顔を向ける。乃々愛ちゃんが可愛らしくペンライトを一生懸命に振っていた。熱烈なファンにしか見えない。頭にハチマキを巻いているし、サイズが合っていない凛香Tシャツを着ている。控えめに言って、めちゃくちゃ可愛かった。
「えとね、こうやって、凛香お姉ちゃんをおうえんするのー!」
「そっかぁ。凛香、すごく喜ぶよ」
「うんー!」
天使のような満面の笑みで応える乃々愛ちゃん。……殺人的な可愛さだ。ニコニコ顔で「えい! えい!」とペンライトを振り続ける乃々愛ちゃんに、俺は完全にノックアウトされてしまった。
「香澄さん。乃々愛ちゃんを妹にください。俺の生涯をかけて乃々愛ちゃんを幸せにします」
「気持ちはわかるけどさ、君までそっち側に行かないでくれる? これ以上変人が増えたら処理が追いつかないんだよね」
「俺は真剣です」
「なおさら質が悪いじゃん」
ジト目を向けてくる香澄さんが呆れたようにため息をついた。そんな反応をされても俺の乃々愛ちゃんに対する気持ちは変わらない。
☆
開演の時間から数分ほど過ぎた頃。照明が落とされたホール内は暗闇に包まれた。
幻想的な青白い光がステージを照らし出し、スター☆まいんずのメンバーたちを目立たせる。その圧倒的な存在感から呑まれたように、ホール内は静まり返った。そしてライブは始まり、彼女たちは動き出す。何度も反復練習してきたのだろう、軽やかなダンスを披露して観客たちを魅了する。曲と合わせて動く彼女たちの迫力はホール内を支配し、文字通り世界の主役になっていた。
「…………すごっ」
思わず呟く。肌に感じる空気感が、画面越しでは味わえないものだった。
憑りつかれたように俺は凛香を眺め続ける。クール系を強調する青色の衣装で身を包み、誰よりも力強い動きを見せつけていた。ダンスそのものは他のメンバーと同じなのに、醸し出す迫力の質が違って感じられる。
――――ふと、目が合った。
気のせいではない。間違いなく凛香と目が合い、一瞬だけ微笑まれた気がする。
歓喜に全身が震えた。なるほど、これか……!
アイドルに自分の存在を認めてもらえるのは素直に嬉しい。これはファンになってしまう。すでにファンだけど。アイドルの方は夫婦のつもりでいるけど。
「え――――」
強烈な視線をステージから感じ、視線を凛香から横にずらす。………………清川だ。上品な微笑みを絶やさずに軽やかな動きを披露している清川は、確実に俺をロックオンしていた。…………なんで?
疑問に感じている今の状況でも、ジーっと見つめられている。こうなっては凛香を見ている余裕はない。ていうか清川の視線が気になって仕方ない。
結局、ライブが終わるその瞬間まで、俺は見つめてくる清川に気を取られていた。
☆
ライブ中、観客席にいる夫を発見した私は可能な限り愛をこめた視線を送った。もちろんファンたちをないがしろにしたわけではない。アイドルとして頑張る私を、和斗くんに見てほしい。その想いが少し強すぎた結果、私はチラチラと和斗くんを見てしまった。
しかし、和斗くんは私に集中していなかった。
時折視線が私の横に動いていた。そう、綾音の方に…………。
これはやはり、そういうことなのかしら。
不安がますます募っていく。




