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第十四話

「う、ぅぅ……! バレて……バレてしまいましたわ……。誰にもバレないように……必死に頑張ってきたのに……! ぅぅっ!」


 悲鳴をあげた清川は、その場に崩れて落ちてグスグスと泣き始めた。状況だけに俺が悪者に思えてくる。右手にあるかつらの処分に困ったので、とりあえず清川の

頭にスポッと被せてみた。うまくハマらない。微妙にズレていた。


「かつらを被っていた理由を聞いてもいいか?」

「お、お嬢様キャラのためですわ!」

「…………キャラ作りか……」

「私の髪はクルクルですの……。とてもお嬢様には見えず……かつらを被ることになりました」

「そうか……。凛香たちは知っている……よな?」


 同じメンバーだし知っているだろ。そう思いながらの質問だったが、清川は静かに首を横に振った。


「かつらの件は事務所側が決めたことです。お嬢様キャラを徹底するため、誰にもバレるなとも言われました。その後、私はスター☆まいんずのメンバーに選ばれたのです」

「同じメンバーには打ち明けてもいいと思うんだけどな……」

「お嬢様キャラを徹底するためです。いえ……もう言えなくなりました。皆、完全に私をお嬢様だと思い込んでいますから……」

「…………」

「ふっ、私の演技が完璧すぎたせいですね。自分の才能が恐ろしいです」

「高飛車系お嬢様かな?」


 自信過剰なのは良いことだが、結果自分が苦しんでいるじゃないか。

 

「そういえばリムジンで登校した話を聞いたんだが……」

「レンタルです」

「…………」

「レンタルです」

「ああ……」


 無言の俺に向け、清川は真顔で二度も繰り返した。……リムジンて、レンタルできるんだ。お嬢様キャラ、徹底してるなぁ。


「ふふ……まんまと私は嵌められたようですね」

「はい?」

「私は和斗先輩を罠にかけるつもりで動いていました。しかし私は和斗先輩に踊らされていたのでしょう……こうして、致命的な弱みを握られてしまいました……」

「いやいや! お前が勝手に――――」

「思えば和斗先輩が私に襲い掛からない、その時点でおかしいことに気づくべきでした。いくら彼女がいるとはいえ、こんな可愛い女の子から誘惑されて理性を保てるはずがありません」

「うぬぼれ過ぎじゃない?」

「…………私は可愛くないと、そう言うのですか?」

「…………いや、可愛いけどさ」

「でしょう?」


 ふふん、と鼻を鳴らした清川は自慢げな笑みを浮かべた。……なんだこいつ。叫んだり泣いたり……忙しいやつだ。


「凛香先輩と奈々先輩を手中に収めたその実力、どうやら本物だったようですね。凛香先輩に使ったと思われる洗脳技術、その一端を目にすることさえ叶いませんでした」

「あのさ、そこからおかしいんだよ。洗脳とかするわけないじゃん」

「でしたら凛香先輩の夫婦発言はどう解釈すればよろしいのでしょうか」

「…………凛香自身の……考え方だ」

 

 気まずい思いから、躊躇いがちに言う。決してウソではない。ウソではないが、自分でもおかしいと思っているので言い辛い。


「はんっ。苦しいウソですね」


 挑発的に、鼻で笑う清川。こちらを見下す姿勢だった。


「ともあれ私は弱みを握られてしまいました。和斗先輩の策略に嵌められ……」

「だーかーらー、俺は――――」

「自分の立場は理解しています。私は二度と和斗先輩に逆らえません」

「人の話を聞けよ! 俺は――――」

「しかし! 心までは……心までは負けませんよ! あなたの卑劣なやり方に、心までは落とされません! たとえ凛香先輩を落とした洗脳技術を使われてもね!!」

「お前実はバカだろ! いつまで勘違いしてんだよ!」

「さあ煮るなり焼くなり、私を好きにしなさい! あなたと戦うと決めたその日から、覚悟はできています!」


 そう勇ましく叫んだ清川は、その場で大の字に寝転がった。固く閉じられたまぶたは力が入り過ぎて震えている。勝手に覚悟を決めるな。


「あのな、俺は清川に何もするつもりはない。もちろん凛香や胡桃坂さんにもな」

「なるほど……つまり、私たちに何かをさせるのですね。ご奉仕とかいう……」

「うん違う、ゲスな発想はやめてね。とにかく俺と凛香は両想いで、胡桃坂さんを抱きしめたのも事故だ。信じられないなら本人たちから聞いてくれ」

「何を仰いますか。凛香先輩は洗脳され、胡桃坂さんは凛香先輩のために自分を犠牲にしている…………何を聞いたところで、先輩たちは和斗先輩にとって都合の良いことしか口にしませんよ。この外道!」

「…………なんだろうな、日本語を口にするだけの猿と会話している気分だ……」


 最大級の侮辱をしたかもしれないが、これだけ会話が通じないなら仕方ない。

 清川は思考を放棄し、俺を悪者だと思い込んでいる。自分にとって都合のいい解釈しかしない。


「凛香先輩があまりにも不憫です。恋人ではなく、夫婦だと思い込まされるなんて……。このド変態!」

「俺、何も悪くないのに……!」

「さあ早く私を手にかけなさい! 少しでも先輩たちの負担を減らすため、私が和斗先輩のお相手をしましょう!」

「しなくていい! 何度も言うけど、俺は清川に何もしない!」

「…………なるほどなるほど。つまり、何もしない脅迫ですね!」

「…………は?」


 いよいよもって、清川にヤバさを感じた。

 依然として大の字で寝転がっている清川は、しゃがんでいる俺に睨みを利かせる。


「あえて何もせず放置することによって、いつ手を出されるのか分からないという不安と恐怖を与える作戦ですね。じらしテクニックの応用……そこまで人間の心理に精通しているとは、おみそれしました」

「おーい、深読みもほどほどにしてくれー」

「ですが! どんな手段でも私の心は落とせませんよ! 先輩たちを救うその日まで、私は負けるにはいかないのです! それが……それが、ずる賢く生きてきた私を仲間にしてくださった――先輩たちへの恩返し……!」


 清川の覚悟を決めた力強い瞳が、涙で潤んでいる。なんでだよ。そんな感動シーン的な決意を見せられても困る。一人で盛り上がりすぎだろ。


「もう……帰ってくんない? お願いだからさ」


 口にした通り、純粋な俺のお願いだった。これ以上は付き合えない。

 目の前の女の子と話をするたびに、俺の精神力が削られていく。


「…………いいでしょう、今日のところは和斗先輩の言葉に乗ってあげます」

「ああ、そうか。それじゃ帰ってくれ」

「確かに私は弱みを握られ、和斗先輩に敗北しました。しかし、常に逆転のチャンスをうかがっていることはお忘れなく……」


 立ち上がった清川は、靴下を拾いながらそんな挑戦的なことを言った。 


「…………どうでもいいけどさ、本気で俺に勝ちたいなら従順なフリをした方がいいんじゃないか? そっちの方が寝首をかけるチャンスがあるだろ」

「なんてことでしょう……よもやこれほど実力の差があるとは……。より高次元の戦術を授けることで、立場の差を強調してくるなんて……!」

「…………」


 俺が何を言っても、清川は異次元な方に曲解してくる。想像力が逞しいと言えばいいのか。


「私は今、寒気がしております。初めて出会う格上の存在に、体の震えが収まりません」

「そっか。エアコンが効いてきたからな、温度が低すぎたかも」

「……ごめんなさい、凛香先輩奈々先輩、乃々愛ちゃん……。私では、和斗先輩に勝つことはできません……。私にできることは、少しでも和斗先輩のお相手をすることで、皆の負担を減らすことだけ…………ぅぅ……ぐすっ」


 ぶつぶつ独り言をくり返す清川は、覚束ない足取りで部屋から去っていく。一応見送りということで玄関まで俺はついていき、家から出ていく清川を見届けた。ふらふらと体を左右に揺らし、道を歩き続ける清川。陽光に照らされる金髪かつらとは不釣り合いなほど、その存在感は希薄だ。


「スター☆まいんずには、変な女の子しかいないのかなぁ……?」


 そう呟かずにはいられない俺だった。

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[一言] 日本語を口にするだけの猿は草
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