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第十三話

 清川からのメッセージを何度も頭の中で再生しながら、待ち合わせ場所に指定された学校近くの公園に向かう。

 俺を一目見たときからドキドキが収まりません? 二人きりになりたい?

 その言葉の意味が分からないほど俺は鈍感になれなかった。

 

「彼女ができた男はモテるようになると、まとめスレで見たことがある…………本当だったのか……!?」


 あんな清楚な人気アイドルから好意を寄せられる、その事実に胸がときめく。素直に嬉しかった。しかし俺には凛香がいるし、凛香以外の女の子と特別な関係になりたいとは微塵も思わない。申し訳ないが清川の想いに応えるつもりは最初からなかった。


 歩きながらずっと考えていることは、『どうすれば傷づけずに断れるのか』というもの。

 ただのネトゲ廃人のくせに、なんて贅沢で恐ろしい悩みを抱えているのだろう……。


 うだうだと考えながら歩いている間に、待ち合わせ場所の公園にたどり着く。寂れた遊具が目立つ小さな公園だ。敷地も狭い。隅の方に、日傘を差した女子高生が佇んでいた。顔は見えないが、おそらく清川だろうと見当をつけて歩み寄る。


「……清川?」

「…………和斗先輩。本当に来てくれたのですね」


 日傘を傾け、顔を見せる清川。俺を見るなり、安堵と嬉しさが混在した柔らかい笑みを浮かべた。なんだか針で刺されているみたいに胸が痛い。ネトゲ廃人の俺が、人気アイドルの好意を拒絶するなんて……。罪深い行為に思えて仕方ない。


「その、ごめん清川。俺は――――」

「これから和斗先輩の家に行きませんか? 二人でゆっくりと話がしたいです」

「…………」

「だめ、でしょうか?」

「それは……」


 不安そうな上目遣いでお願いしてくる清川に、俺は喉を詰まらせる。もともと俺は女子と話をすることさえ苦手なのだ。凛香や奈々との交流で慣れてきたが、こんな不安そうな女の子を前にしては何も言えなくなる。


「一度……一度だけでいいのです。私と和斗先輩、二人の時間を過ごしたい……だめでしょうか?」

「…………一度でいいのなら……」

「ありがとうございます。和斗先輩は見た目通りにお優しい人ですね」


 安心したように表情を弛めた清川は、スッと俺の隣に並び立つ。そして「では行きましょうか」と先導を促してきた。


「誰かに見られたら……まずくないか? 人気アイドルが男と二人で歩くなんて……」

「ご安心を。日傘で顔を隠しております」

「そうか…………」

「行きましょう。少しでも早く、和斗先輩と二人きりの時間を過ごしたいので……」


 ちょっと過剰なくらい強調してくるぞ。そんなにも俺に好意を寄せているのだろうか……?

 人から好かれて困る事態になるなんて夢にも思わなかった。


 ☆


「ここが和斗先輩のお部屋……とても綺麗ですね。整理整頓が行き届いています」

「凛香に掃除してもらったんだ」

「凛香先輩が?」

「うん。夫の部屋を綺麗にするのも妻の仕事だと言ってな」


 この間の休日の話だ。凛香を家に招待にしたら、丸一日掃除に費やすことになった。

 

「それほどまでに凛香先輩は和斗先輩に…………っ!」


 苦々しそうに清川は顔を歪め、歯を食いしばる。先輩に対する嫉妬か?

 人気アイドルたちが一人の男を取り合う…………そんなラノベみたいな展開は意地でも避ける必要がある。


「ごめん清川。さっきも言おうとしたけど、俺は凛香しか――――は!?」


 喋りながら振り返った瞬間、とんでもないものを目にした。

 なぜか清川は俺のベッドに腰かけ、あろうことか真っ白な靴下を脱ぎ始めていた。すでに右の靴下は脱ぎ捨てられ、すらりとした綺麗な生足を晒している。

 呆然としている俺をチラッと確認した清川は、得意げな表情を浮かべ、見せつけるように左の靴下を脱ぎ捨てた。……この子、何をしているんだ?


「ふー、暑い……暑いですわね」

「もうじき……夏だからな。それよりも、なぜ靴下を――――」

「本当に暑いですわ。ふー」


 そう言いながら清川は襟元を掴んで引っ張り、胸元を開けた。そこに手うちわで風を送り込み、少しでも涼もうとする。首から伝う汗が胸の谷間に流れていくのを目にし、瞬時に顔を背けて視界から清川を抹消した。無防備すぎるだろ!


「き、清川!? もうちょっと、配慮した方がいいと思うぞ!」

「配慮……何に対する配慮でしょうか?」

「男に対する配慮だ! 男と二人きりの時は、もう少し警戒心を持った方がいい!」

「ふむふむ……つまり和斗先輩は私を襲うつもりでいると、そういうことですね?」

「違いますけど!? 変な誤解はやめてくれ!」

「しかし私に警戒心を持つよう忠告するということは、自分の秘めたる野獣を隠し切れないことを遠回しに伝えているのでしょう? 凛香先輩とお付き合いしておきながら……」

「野獣って……。俺は一般論を言っているんだけだ! あと、目のやり場に困るんだよ!」

「お構いなく。私は気にしません」

「俺が気にします!」

「なるほど、つまり和斗先輩は私を襲うつもりでいると、そういうことですね?」

「違いま――――会話がループしてますよね!? いいから胸を隠してくれ!」


 なんなんだこの子は! ……まさか、俺を誘惑している? 非常に困ったことになったぞ。何があっても清川に手を出さない自信はあるが、かなり面倒な状況に招いてしまった。やはり家に上げるのはやめておくべきだったと後悔する。


「…………おかしいですわね。私の計画では、すでに押し倒されているはず……」

「はい?」

「…………そういうことですね。和斗先輩は、これから行う自分の行動に対して言い訳を、つまり保険を張ったわけですか」

「何を言っているんだ? さっきから意味が分からないぞ」

「簡単です。一方的に私を押し倒せば和斗先輩は悪者になってしまいます。しかし先に押し倒す正当な理由を言っておけば、立場は五分以上に運べる…………ふっ、なんてズルい人なのでしょうか」

「…………」


 全てお見通しだと言わんばかりの自信を見せる清川に、俺は完全に黙り込んだ。チラッと清川を見ると、襟元を戻していたので体を向け直す。ベッドに腰かける彼女と向き合うのだが、なんだか妙な緊張感が漂っていた。うまくたとえることはできないが、何かの真剣勝負が始まりそうな予兆だ。


「清川の目的はなんなんだ? 何が目的で俺に近づいたんだ?」

「何を仰いますか。和斗先輩の目的が私でしょう?」

「いやいや、どういうこと?」

「とぼけるのがお上手ですね……。ほら、極上のエサが目の前にありますよ。どうぞお好きなように……」


 自分の胸元に誘う様に、清川は両腕を広げた。

 ますます困惑した俺は、ベッドに置かれた清川のスマホに気づく。壁に立てかけており、考えすぎかもしれないが、カメラが俺に向けられている気がした。


「あの、さ……。俺が好きなのは凛香だけで……凛香以外の女の子とどうにかなるつもりはないよ。悪いけど、清川の気持ちには応えられない」

「まだ粘るおつもりですか……。奈々先輩にも手を出しておいて……」

「胡桃坂さん? 俺、胡桃坂さんには何もしてないよ」

「ウソです。先日、奈々先輩を抱きしめていたではありませんか。それも強く、熱く、一体化するように……!」

「いやあれは、胡桃坂さんがこけかけたから――――え、見てたの?」

「さあ和斗! 私を襲いなさい! その野獣の心をむき出しにして!」

「は!?」


 勢いよくベッドから立ち上がった清川が、じりじりと俺に歩み寄ってくる。状況だけ見れば清川が野獣で、俺が獲物だ。


「私を襲うのです! そして凛香先輩に用いた洗脳技術を私に見せなさい!」

「洗脳技術!? 何言ってんだよお前!」

「白々しい! あの男嫌いの凛香先輩が、あなたのような男と付き合うはずがありません! もっと言うなれば、夫婦などと頭のおかしいことは言いませんよ! 洗脳されない限り!!」

「くそ! 正論に聞こえる!」

「さあさあ!」


 清川が荒ぶったクマのような迫力感を醸しながら、俺の服に掴みかかってくる。意味不明な状況だが、清川は何かを勘違いしていることだけは分かった。落ち着けよ、と叫んだ俺は清川の手首を掴み、力づくで外そうと試みる。しかし清川は「ついに本性を現しましたね! 私を押し倒すのでしょう!」と嬉々として叫び返してきた。もうなんだよこいつ……。


「あーもう! いいから離れてくれよ!」

「私を……私を襲えーーーーー!」

「何なのお前!?」


 バタバタとお互いに両腕を暴れさせていた俺たちだが、ついに均衡が崩れる。俺の服を離した反動で清川が後ろによろめき、直後に清川の長い髪の毛が不運にも俺の右手に絡みついた。


「――――」


 勢いよくお尻から倒れる清川。右手に絡みついた髪の毛に引っ張られ、俺も清川に向かって倒れ込むかと覚悟したが――――何にも引っ張らず、俺の右手にはブラーンと髪の毛がぶら下がっていた。…………いや、髪の毛というか、これは――――。

 ドンッ!と鈍い衝撃音が部屋内に響く。清川がお尻から倒れたのだ。

 

「…………つつ……………………あ」

「……これ、あの…………?」


 痛みに呻いていた清川は顔を上げ、俺の右手からぶら下がる自分の髪の毛を見つめた。


「…………」


 呆けた表情を浮かべる清川だったが、ハッと正気を取り戻し、素早い動作でネットが被せられた自分の頭をまさぐった。当然そこには、かつらはない。そう、かつら!

 俺の右手には、清川が被っていたかつらがぶら下がっている!!


「えーと……。どうしようっか、これ」


 まさかの展開に頭が回らず、困惑したまま清川に尋ねてみる。

 次第に状況を認識した清川は、キョトンとしていた顔をみるみる赤くしていき――――。


「きゃああああああああああああああ!!」


 割れんばかりの凄まじい悲鳴を上げた。


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