第十話
和斗とかいう男が危険人物なのは判明した。
そこで私は計画を実行する前に、先輩たちの様子をうかがうことにした。
もしさりげないSOSを出してくれるのであれば、計画はスムーズに進行する。
先輩たちの心が完全に落とされていないことを祈るばかり。
「奈々先輩。ちょっとよろしいでしょうか」
「んー? 綾音ちゃん? いいよ、どうしたの?」
レッスン終了後。メンバーがバラバラに帰り始めるところ、奈々先輩の背中に呼びかけて捕まえる。私はよく先輩にアドバイスを求める。今回もそうだと皆は判断し、私たちを気にすることはなかった。
「直球にお尋ねしますね。彼氏ができましたか?」
「え!? な、なにを急に……!?」
「勘です。好きな人が……いますよね……?」
――――首を横に振ってほしい。
そんな私の願いは、儚くも散った。
奈々先輩は急速に顔を赤くさせると、視線を右往左往させる。挙動不審だ。これは真っ黒。ウソをつくのが下手くそな人だから、この反応も実にわかりやすい。
「やはりいるのですね……彼氏さんが」
「い、いないいない! 本当にいないよ!」
「……ウソでは……ありませんね?」
「うん!」
髪を揺らすほどの勢いで奈々先輩は深く頷いた。
…………これは、ウソではありませんね。
奈々先輩に、彼氏はいない。
だとすればおかしな話。和斗とかいう男とどのような関係に――――。
あ…………まさか。
お付き合いせずに、抱きしめ合う関係に……!?
いわゆる肉体だけの関係というやつでは!?
「な、なんということでしょう……! 私の尊敬する奈々先輩をそのような扱いにするなんて……絶対に許せません…………!」
「……綾音ちゃん? どうしたの?」
「奈々先輩はそれでよろしいのですか!?」
「え?」
思わず怒りが溢れ出てしまう。私の強い語気に奈々先輩は戸惑った。
しかし止まらない。止まるつもりがない。
「自分の想いを胸に閉じ込め、良いように扱われる…………本当にそれでよろしいのですか!?」
「綾音ちゃん…………もしかして、分かっちゃったの?」
奈々先輩の身に纏う空気が重苦しくなる。まるで心の奥深くを覗かれ、知られてはいけない感情を知られてしまった…………そんな緊迫感があった。
初めて感じる奈々先輩の重く真剣な雰囲気に、喉を鳴らしてしまう。
「そっか……私の気持ち、分かったんだね。誰にも知られないようにしてたのになぁ……」
「差し出がましいようですが、今の奈々先輩は良くないかと思います」
「うーん……そうかなぁ?」
「そうです! あのかず――――」
「私はね、凛ちゃんにたくさん迷惑かけたから、たくさん幸せになってほしいの」
「……はい…………?」
そうじゃない。私は和斗とかいう男について喋っている。
「だから今のままでいいと思ってるの」
「奈々先輩はそこまで…………!」
「このこと、誰にも言わないでね」
そう言った奈々先輩は儚い笑みを浮かべ、私の前から立ち去った。
…………この状況、どう読み取るべきでしょうか。
てっきり私は、奈々先輩は和斗とかいう男にたらしこまれていると思っていた。
しかし違った。奈々先輩は凛香先輩の幸せのために、今の関係を望んでいた。
一体どういうこと――――――あ!? もしや…………。
「和斗とかいう男に、凛香先輩は弱みを握られている……?」
そう考えれば全て辻褄が合う。
そもそも凛香先輩が男を好きになるわけがない。
この世界に入ってからというもの、不埒な考えを抱くゲスな男から何度も言い寄られた経験がある凛香先輩は、ある意味で人間不信になっている。凛香先輩が表面上ではなく、中身を重んじるのもそういう経緯があるからだ。つまり男を好きになるわけがない。
「和斗とかいう男は、凛香先輩と同じクラスだったはず……。何かしらの手段で凛香先輩の弱みを握った和斗とかいう男は、何かしらの手段で凛香先輩に近づき、何かしらの手段で純情な凛香先輩の心を奪った……?」
全てが――――繋がった。
和斗とかいう男は鬼畜だ。
おそらく凛香先輩の弱みをちらつかせることで、奈々先輩にも手を出したに違いない。
親友を守るため、つまり凛香先輩の幸せのため、奈々先輩は自らを差し出したのだ!
「あ、あぁ……知れば知るほど、和斗とかいう男の恐ろしさが浮き彫りになりますわ」
果たして私一人で立ち向かえるのだろうか。
他のメンバーにも相談したほうが――――。
「いいえ、下手に巻き込むと、まとめてやられる可能性がありますわ」
あくまでも水面下で動く必要がある。
これはスター☆まいんず存亡の危機。
清川綾音、人生最大の戦いになるかもしれません。




