第七話
「和斗くん。それじゃ、乃々愛をお願いするわね」
申し訳なさそうに言った凛香は、こちらに頭を下げると家から出ていった。
休日。凛香から連絡があった俺は水樹家にお邪魔していた。なんでも乃々愛ちゃんが俺に会いたがっているとのこと。泣きそうにもなっていたらしい。それで急遽、水樹家に向かったのだ。
「ねね、かずとお兄ちゃん! 今日はずっと一緒?」
「もちろん。今日は一緒に居るね」
「わーい!」
玄関にいる俺たちは微笑ましい雰囲気に包まれる。乃々愛ちゃんが心底嬉しそうにバンザイしているおかげでもあるだろう。本気で俺を求めていたようだ。
……お兄ちゃんに憧れていたと言っていたもんなぁ。
「お外に行こ!」
「分かった。行くか」
乃々愛ちゃんが手を伸ばしてきたので、優しく握って外に向かう。
近くの公園にやってきた。俺たち以外に人はいない。時間帯はお昼なので他に人がいてもおかしくないが……。昼飯などで、まだ家にいるのだろうか。
「かずとお兄ちゃん見て見てー!」
楽しそうに声をかけてくる乃々愛ちゃんが、スーッと滑り台を滑っていた。……微笑ましい光景だなぁ。思わずニコニコしてしまう。
「ねね! ブランコ押して!」
「いいよ」
俺の手を引っ張り、今度はブランコに向かう乃々愛ちゃん。元気いっぱいだ。
ブランコの椅子に座った乃々愛ちゃんの背中を優しく押してあげる。
そうやって過ごすうちに、公園が賑わう時間帯になったらしい。見知らぬ子供たちがチラホラと姿を見せるようになった。その中に乃々愛ちゃんの友達がいたらしく、「アキちゃん!」と笑顔を見せた乃々愛ちゃんが声を上げた。アキちゃんと呼ばれた女の子も嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ののちゃん! その人だれー?」
「えとね、わたしのお兄ちゃん!」
乃々愛ちゃんはののちゃんと呼ばれているのか。女の子二人の会話を微笑ましい気持ちで聞き続ける。ブランコを止めた乃々愛ちゃんは立ち上がり、ニコニコしながらアキちゃんと向かい合っていた。
「ののちゃん、お兄ちゃんいたんだ。いいなぁ」
「えへへ、かずとお兄ちゃんっていうの」
「私もお兄ちゃんがほしいなー」
小さな女の子はお兄ちゃんを欲しがるものなんだろうか。
アキちゃんと呼ばれている女の子が羨ましそうに俺を見て呟いていた。
そしてやはり乃々愛ちゃんは子供たちの中でも特別な存在なのか、公園に散らばっていた子供たちが自然な感じで集まってくる。
「水樹んとこ、兄がいたんだー。へー」
「優しそうなお兄ちゃんだねー」
わらわらと集まってきた男の子たちが俺を取り囲む。…………なんか敵意がない小型モンスターに囲まれた気分だ。あまりこのような経験がない俺は声を発せず戸惑う。
しかし無邪気な子供たちは俺の様子に気づかず――――。
「鬼ごっこしようぜ! 水樹の兄貴!」
「え、鬼ごっこ?」
「おう! ほらこっちこっち!」
リーダー的な男の子に連れられ、公園の中央に連れて行かれる。ブランコ周辺に残されていた乃々愛ちゃんが「あ! かずとお兄ちゃん!」と叫び、慌てて追いかけてきた。
「田中くん! かずとお兄ちゃんはわたしと遊ぶの!」
「いいじゃん別にー。てか、みんなで遊ぼうぜ!」
「うーん…………いいよ!」
あっさりと承諾する乃々愛ちゃん。なるほど、これが子供パワーか……!
気がつけば公園に来ていた大半の子供たちが鬼ごっこに参加していた。みんな小さい子供だ……。一人だけ大きい存在が混じっている。そう、俺である。なんだか恥ずかしいな。
「じゃあ最初は水樹の兄貴が鬼な!」
「俺が鬼か……分かった! よしお前ら! 逃げろ!」
思い切って仲間に混じることにする。俺がそう叫ぶと、子供たちは嬉しそうにキャーキャー言いながら走り始めた。たまには童心に返るのも悪くない……。
俺は全力で子供たちを追いかけることにした。
☆
鬼ごっこが終わった後もサッカーや砂遊びといった子供らしい遊びをくり返す。気づけば夕方になっていた。子供たちもバラバラと帰り始める。
「またなー水樹の兄貴!」
「ばいばーい」
完全に顔を覚えられてしまった。というか懐かれた。子供たちの気を許した顔を眺め、温かい気持ちが込み上げてくる。
しかし残った女の子たちが何やら言い争いをしていた。その中に乃々愛ちゃんもいる。
「かずとお兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんなの! アキちゃんのお兄ちゃんじゃないもん!」
「いいじゃん! 私もかずとお兄ちゃんって呼びたい!」
「やだ! わたしだけのお兄ちゃんだもん!」
乃々愛ちゃんが俺の腕を引っ張り、グーっと自分に引き寄せる。
すると対抗したつもりなのか、もしくは遊びの延長に感じたのか……。
他の子どもたちまでも好きなように俺の体や服を引っ張り始めた。
「みんな離れて! かずとお兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんなの!」
ぷくーっと頬を膨らませた乃々愛ちゃんは、懸命に俺の腕を引っ張っていた。
て、天使が独占欲を全開にしている……!
やはり水樹家の血を引く少女だったということか。
独占欲を見せる天使も可愛い。
☆
「……綾小路和斗はロリコンでもある、と……メモメモ」
公園の茂みに隠れている私は、子供たちを侍らす男を見てメモ帳に情報を書き込んでいく。凛香先輩を旧校舎に呼び出し、お昼ごはんを作らせていたことから嫌な予感はしていた。あの和斗とかいう男は、女をたぶらかす魔性の男ではないかと。それも年齢問わないことが今日、発覚した。
「小学生の女の子をたぶらかし、自分の体を引っ張らせる……なんて所業でしょうか」
きっと自分を巡らせて楽しんでいるに違いない。
あの可愛らしい乃々愛ちゃんすら手中に収めている……。
「危険な男ですわね。私が何とかしなくてはいけません……!」
対策を講じるにはもっと情報が必要になる。
髪の毛に絡む葉っぱを気にすることなく、和斗とかいう男を眺め続けた――――その時だった。
「あのー、ちょっといいですか?」
「はい?」
不意に声をかけられ、立ち上がって振り返る。背後には優しい笑みを浮かべた警察の方がいた。……え!?
「ちょっとね、怪しい人がいると通報を受けたもんで……話をうかがっても?」
「いや、あの……私は全く怪しくないですわ。むしろ怪しい人を監視していますの!」
「へー怪しい人ね。どこに?」
「ほらあそこ――――あ」
私が指をさした方向には、すでに和斗とかいう男はいなかった。
いたのは、砂場で遊ぶ数人の子供たち……。
「うーん、少しだけお時間もらえる?」
「わ、私は怪しい人ではありません! ほらこの顔を見てください! スター☆まいんずの清川綾音――――」
「ああもういいから。はいはい」
「なんてこと――――」
おのれ、和斗とかいう男……!
自分の欲望を満たすためなら、私のような邪魔者はとことん排除するということですね。
いいでしょう……受けて立ちます。
スター☆まいんずの一員というプライドにかけて、必ず凛香先輩と乃々愛ちゃんを助けてみせましょう!




