第六話
平日の晩。珍しく凛香が早めに帰宅したということで、二人でネトゲをすることになった。ワクワクしながら【黒い平原】を起動してログインする。リンの方はすでにログイン済みで、俺が現れるのを待っていた。
『カズー! 待ってたよ! さ、釣り行こ!』
『早速釣りか……。今日はさ、ダンジョンに行かないか?』
『いいよ! 最近潜ってなかったもんね!』
機嫌がいいのか、あっさり承諾された。珍しいことがあるものだ。
こうしてカズとリンはパーティーを結成する。二人だけだ。もう二人ほしい。
『適当にチャットの方で募集をかける』
『いいよー。あ、でも女の人はダメだから!』
『別によくない?』
『ダメ! カズに色目を使うかもしれないし!』
『どうせアバターが女でも中身は男だよ』
『分かんないじゃん! それに中身が男だからといって、カズに色目を使わない可能性はないよ!』
『そんな可能性、考えたくないなぁ』
ネカマから誘惑されるとか吐き気がするような悪夢だろ。
相変わらず独占欲が強いリンに呆れながら全体チャットでパーティーメンバーの募集をかける。しばらく待つ必要がありそうだ。
『それにしてもカズの方から好きって言ってくれて嬉しかったなぁ。和斗くん人形も認めてくれたし!』
『結婚届の方はどうなってる?』
『ちゃんと大切にしまってるよ! カズが18歳になったら本物を取ってくるね!』
『…………はい』
『昨日、お母さんが子供の名前の考え方について解説した本を買ってきてくれたの。今度、一緒に読もうね』
『…………』
もう返事すらできない。凛香のお母さんも中々にぶっ飛んでいるな。
それからもリンのチャットを読んでいると、募集を見たプレイヤーから『そちらに入ってもいいですか?』というチャットが送られてきた。名前をクリックしてレベルを確認する。21と表示されていた。サブ垢でなければ初心者だろう。
俺はリンに報告して許可をもらった後、その人をパーティーに招待する。すぐその後、また別の人からチャットが飛んできたのでパーティー申請を送った。こうして四人パーティーが結成される。
『二人とも男アバター…………。うん良し! 問題ない!』
俺たちのもとにきた二人を見て、リンは満足そうに頷いた。
アバター上では反応みせない彼らだが、内心では『?』を頭に浮かべていることだろう。
『自分、初心者ですが大丈夫ですか?』
『大丈夫ですよ! 何かあればフォローするので、楽しくダンジョン攻略していきましょう!』
『うん! 私とカズに頼って! 愛の力でどうにかするから!』
『愛…………?』
『結婚してるの私たち! 夫婦!』
『はぁ……。このゲーム、結婚できるんですねぇ』
初心者なら結婚機能について知らないのも無理はないだろう。
チャットも程々に、俺たち四人はダンジョンに向かった。
☆
『すごいですねカズさん! めっちゃ強いじゃないですか!』
『私もビックリしました! 今まで出会った人の中で、一番カズさんが強かったです』
ダンジョン攻略後、二人の初心者がやたら俺をほめちぎってくる。強いとか操作が上手とかレベルが高いとか……。
『それに丁寧に教えてくれて親切で……ありがとうございます!』
『全然いいよ。気にしないで』
『謙虚なところも素敵!』
『でしょ! 私の夫だもん!』
町の広場に集まっている俺たちは、ダンジョン攻略後の熱が冷めないままチャットを交わし合う。興奮している初心者二人に対し、リンは自慢げに腕を組んでいた。
『カズさんはおいつくなんですか?』
『17。高二』
『あ、そうなんだ。なら私と同じですね!』
『私は年下だ~』
なんだか彼らの話し方が男っぽくない気がした。
もしや同じ年代の女性か……? そう思ったのは俺だけではなかった。
『え、待って! 君たち……ひょっとして女の子?』
『私、女ですよ』
『私も。リンさんは?』
『女の子に決まってるじゃん! カズの妻なんだから!』
『へー。あ、そうだ。カズさん。フレンドになってください!』
『私もお願いします! また遊んでください!』
『ダメダメ! フレンドはダメ! カズの妻は私だから!』
『ならフレンドくらいはいいじゃないですか』
『ダメ! この泥棒猫!』
『ええ…………』
急にキレ始めたリンに対し、二人の初心者は目に見えてドン引きする。
『リンさん、さっきまで優しかったじゃないですか。分からないことがあれば何でも聞いてほしいって言っていたのに』
『君たちがカズを狙う泥棒猫なら話は別!』
『狙ってないですよ! 泥棒猫じゃないです!』
『ウソだ! フレンドになってほしいって甘い声で誘惑してた!』
『なんすかこの人! 頭おかしいでしょ! もういいや!』
『私もいいです! 変なの!』
そう言い残し、彼女たちはログアウトした。もう二度と彼女たちとは会うことはないだろう。そんな気がしてならない。
『リン……今の言い方はよくないだろ』
『あの二人が男もしくは既婚者だったらよかった。…………ううん、既婚者でもリスクがある!』
『いや既婚者は大丈夫だろ!』
『そんなの分かんないよ! だってカズは魅力的だもん!』
『心配性すぎる……!』
『カズは自分を分かってなさすぎる! クラスの女子たちもカズを意識してるのに……!』
それはないだろうなー。俺、クラスの女の子とあんまり話をしたことがないし。
凛香は考えすぎというか、独占欲が空回りしている気がする。
少しでも安心させてあげたくなり、気持ちを伝えることにした。
『俺はどれだけ言い寄られようと、好きなのはリンだけだからさ……。そんな敏感にならなくても大丈夫だよ』
リアルではこんな簡単に言えないなーと思いながらリンの返事を待つ。
『カズ……! ごめんなさい。信頼しているけど、不安な気持ちになっちゃって……』
二人きりになり落ち着いたのか、リンがしょんぼりと両肩を落とす。目に見えて落ち込んでいた。
『そんな感じだと、フレンドもできないだろうしさ』
『私にはカズとシュトゥルムアングリフがいるから大丈夫!』
『二人だけじゃないか……』
『でもカズの言う通り、気をつけるね。私のせいで夫の評判が落ちるのもイヤだし』
あくまでも俺を思って言動を改めるらしい。自分のために改善してほしかったんだけど……今はいいか。
『ほんとごめんね……。カズを独り占めしたい気持ちが抑えられなくて……』
この感じは自分を責めているのかもしれない。
逆に励ましたい気持ちになる。
『大丈夫。そういうところも含めて、俺は凛香を受け入れたんだ』
『カズ……! 愛してる、私の夫!』
受け入れたというか、慣れつつあるかもしれない。




