第五話
教室から出た後、俺は極力目立たないようにしながら廊下を歩く。これから人気アイドルと会うので、なるべく噂になりそうな種をまきたくない。旧校舎に到着し、待ち合わせ場所になる教室に足を運んだ。
「遅かったわね和斗くん。何をしていたのかしら」
角の席に彼女は座っていた。
艶やかな長髪に、美しく切れ長の目つき。全身から漂わせるクール系の空気感は、同じ高校二年生とは思えないほどの落ち着きを感じさせる。
間違っても彼女の口からは『私はカズのお嫁さんだからね!』というハートマークを飛び散らせるようなセリフは吐かれそうになかった。
「あー、その……友達と少し喋ってた」
そう答えながら凛香に歩み寄る。
「そうなのね。友達を大切にするのはいいことよ。でもね、だからって自分の妻を蔑ろにするのは良くないんじゃないかしら?」
「あの……妻じゃなくて恋人なんですが……!」
一応、訂正しておく。俺はまだ結婚できる年齢じゃないしなー。
「酷いわ和斗くん……。この間、あんな熱烈なプロポーズをしてくれたのに……!」
「プロポーズじゃなくて普通の告白なんだよなぁ」
「いいえ、私からすればプロポーズだったわ。だって和斗くんの心の本音が聞こえてきたもの……凛香を一生大切にする、夫婦として生きよう……という心の声がね」
「もはや幻聴じゃないかっ。俺はそこまで意識していないぞ」
「…………つまり、私を妻として認めてないと、そういうことかしら……ぐすっ」
「あ」
「お互いの気持ちを認め、ちゃんと結婚したのに…………ぐすっ、うぅ」
クール系アイドルの冷たい真顔を崩壊させ、泣き顔になった凛香は両目をうるうると潤ませる。悲しみに暮れた美少女がそこにいた。結婚はしたけどネトゲなんだ……!
そう言えるほど俺は鬼畜になれなかった。
「凛香、違うんだ。リアルではまだ結婚できないだろ? だから夫婦はネトゲの世界にしておいて、リアルではまだ我慢するべきだと思うんだ」
「なるほど、つまりリアルでは皆に隠れて夫婦として過ごすと…………そういうことね?」
「…………」
「違うのかしら……ぅぅ……ぐすっ」
「合ってるよ! 正解! さすが凛香! 俺の考えを分かってくれた!」
「……当たり前でしょ? 私は和斗くんの妻だもの。夫の考えくらいお見通しよ」
泣き顔から一転、どや顔を披露して自信満々に腕を組む凛香だった。
自分でも意味不明な理屈を並べたが、何とかなったようでホッと胸をなでおろす。
「ビックリしたわ。和斗くんは私のことを妻ではなく、恋人だと言うんですもの。言い間違いはやめてほしいものだわ」
「言い間違い……か」
「え、言い間違いではなく本当に……? ということは、やっぱり私を妻として認めてないと…………ぐすっ」
「いいや! 言い間違いでしたごめんなさい! 俺と凛香は夫婦です!」
…………いつになったらお昼ご飯を食べられるんだよ。
☆
身を屈めている私は、慎重に首を伸ばして教室内を覗く。ドア窓から見える光景、教室の角に凛香先輩と見知らぬ男子がいた。
……まさか逢い引き?
これはもっと詳しく調べる必要がありますね……。




