第二十四話
迎えたデート当日。よく晴れた青空で最高の天気と言えよう。
集合場所は駅前の広場。凛香より先に来ていた俺は、ベンチに腰掛けて約束の時間になるのを待つ。
「……来るの早すぎた」
スマホで時刻を確認すると、11:02と表示されていた。
ちなみに待ち合わせの時間は12:00。
一時間も早い。これには理由がある。
胡桃坂さんの指示だ。
凛香の性格を考えると絶対に早く来るから、あえて俺が先乗りして驚かせようという作戦を伝えられた。……本当に早く来るのか?
疑いの気持ちを持っていると、広場の入り口方面からやってくる凛香の姿に気づいた。紺色のベレー帽をかぶり、大きめの伊達メガネをかけている。服装はTシャツにロングスカート。クールないつもの雰囲気とは全然違う。地味ではないが、よくいる綺麗な女性といった感じだろうか。
「和斗くん早いわね。……早すぎないかしら」
ベンチに座る俺の眼前まで歩いてきた凛香が、やや呆れた感じで言ってくる。
「人のことを言えないと思うけどな。凛香も来るのが早かったじゃん」
「先に来て和斗くんを待つ時間を楽しむつもりだったのよ。でもまさか先を越されてるなんて…………。やっぱり私達は似ているのね」
やや声を弾ませる凛香。
胡桃坂さんの作戦は成功したらしい。
俺の隣に腰を下ろした凛香が静かに話しかけてくる。
「すぐ私に気がついたの?」
「うん」
「……凄いわね和斗くん。この格好は誰にもバレない自信があったのに」
凛香が自分の服装を見下ろす。誰一人として『水樹凛香だ!』と騒ぎ立てることはないし、一瞥することなく凛香の前を素通りしていく。
服装や雰囲気が変わっただけで気が付かない一般人たちが鈍いのか、それともガラリと雰囲気を変えることができる凛香が凄いのか……。
「どうしたの和斗くん?」
「いや……そ、それよりもさ……」
「なにかしら」
キョトンと首を傾げた凛香が尋ねてくる。
メガネとマスクで顔の大半は隠されているが、なんかもう仕草とか声音が可愛い。
この間のネトゲデートの失敗を乗り越えるべく、俺は殻を破るつもりで言葉を発する。
「そ、その格好も似合ってて……可愛いです」
「――――和斗くん……!」
感動したのか、打ち震えるように体を揺する凛香。照れくさくなった俺は勢いよく立ち上がる。
「そ、そろそろ行こうか!」
「え、ええ……そうね!」
凛香も立ち上がり、俺たちは並んで歩き始める。
もう一つ、個人的に考えてきたことがあった。
「凛香」
「………なにかしら?」
「て、手を……」
「手を?」
言い躊躇い俺の顔を、凛香が不思議そうな表情で見上げてくる。ああくそ、もう言ってしまえ!
「手を、繋ぎたいです……」
思い切って言う。断られることがないのは分かっている。凛香は夫婦のつもりでいるのだから。あーんもしてくれたし……。きっと凛香は『私たちは夫婦なのよ? 手を繋ぐくらい当たり前のことでしょ?』と言うに違いない。
そう思っていたのだが、一向に返事がこなかった。
「凛香?」
「…………」
さすがにおかしく思い凛香の顔を覗き込んでみると、なぜか凛香は石像に固まっていた。状態異常、石化である。……どうしたんだ?
「手を……いいかな?」
「え、えぇ……あ、いいわよ。もちろん。私たちは夫婦なのだから何も遠慮する必要なんてないわ。好きな時に好きなだけ繋いでちょうだい」
と、めちゃくちゃ早口に凛香は言い放った。それも俺に目を合わさず、地面を見つめながら。明らかに緊張した人の仕草だ。
「では、失礼して……!」
そっと凛香の左手を握りしめる。ビクッとした震えが、繋いだ手から伝わってきた。思ったような堂々としたリアクションではなく、変に思ってしまう。
「あのー凛香さん? ひょっとして緊張してる?」
「し、してないわ! 何も緊張することなんてないもの。夫とおでかけし、手を繋ぐ……それのどこに緊張する要素があるのかしら!」
「いやでもさ……顔、真っ赤だし」
「――――ッ!」
俺に指摘された瞬間、凛香はプイっと顔を背けてしまった。
そして小さな声でボソボソと、
「……だ、だって……仕方ないじゃない。好きな人と触れ合うのは……初めてなんだから」
「凛香――――」
「は、早く行きましょう!」
誤魔化すように言いきった凛香は、俺と手を繋いだまま歩き出した。
…………普段から夫婦とか言ってグイグイくるくせに、直接的なことになると弱いらしい。
これがクール系アイドル、水樹凛香の正体だった。




