第十七話
「というわけで、二人の関係を説明してもらおうかな」
リビングに通され椅子に座らされた俺と凛香は、テーブルを挟んだ向かいの席に座る『水樹香澄』さんに問い詰められていた。
香澄さんは腕を組み、人が良さそうな目つきを僅かな怒りに歪めて俺たちを睨んでいる。凛香曰く、香澄さんは大雑把な性格で細かいことは気にしない女性らしい。しかし怒る時は怒るし、筋は通す性分とのこと。
「……」
伏し目がちになっていた俺は、コッソリ顔を上げて香澄さんを見やる。
とても綺麗だ。
肩下まで伸ばした髪の毛は丁寧な手入れがされているらしく、見るからに艶があってサラサラしている。当然ながら顔立ちも抜群に整っていた。全体的な雰囲気としては姉御肌らしい感じがする。
水樹三姉妹は見事に性格がバラバラなんだなー。
「ん? 私の顔に何かついてる?」
「いえ、何もついてないです」
綺麗なお目々とお鼻がついてますよーとフザけかけたが、すぐにやめる。
ちょっとしたボケでもかませば殴られそうな気配だ。
ちなみに乃々愛ちゃんは凛香の部屋でグッスリ寝ている。
「で、凛香。この男は何?」
「綾小路和斗くんよ。同じクラスの男子」
「ふーん。やっぱり付き合ってるの?」
「……」
凛香が黙り込む。
俺の予想では『付き合うどころか夫婦よ』くらいは言うと思っていたが……。
凛香はうつむき加減になって姉と目を合わそうとしない。
珍しい光景だ。
「あんた達の関係は察しがつくけどさ……。凛香、男を連れ込むのはマズイでしょ」
「そう、ね」
「世間様にバレたらどうするの? 皆に迷惑をかけるんだよ」
「……」
正論に正論を重ねられて凛香は言葉を発せなくなる。
なんという重い空気だ。
と思っていると、香澄さんが囁くような声で驚くことを尋ねてくる。
「一応聞くけど、もうエッチした?」
「「ぶふっ!」」
俺と凛香は同時に吹き出す。
この人、真顔で何を聞いてくるんだ!
「ち、ちょっとお姉ちゃん……!」
「あ、まだなんだ。じゃあキスは?」
「「……」」
「え、してないの!? あんたら、どういう関係?」
ネトゲでの夫婦です。
驚く香澄さんを眺めながら、心の中でボソッと呟く。
「えーと、あんた達、付き合ってんのよね?」
「付き合ってると言うよりは夫婦ね」
「……は?」
ついに凛香が言ってしまった。
目を丸くする香澄さん。
俺は頭を抱えたい気分だ。
「私と和斗くんは黒い平原というネットゲームで知り合ったの」
「あー、そういや凛香は中学の頃からネトゲにハマってたねー」
「そうよ。そこで和斗くんと私は結婚したの」
「ふーん」
「……」
「え、それだけ?」
「そうよ」
パチパチと瞬きをしながら尋ねる香澄さんに、凛香は平然と頷いてみせた。
俺には香澄さんが何を思っているか手に取るように分かる。
恐らく凛香と俺が影で付き合っており、コソコソと逢瀬を重ねていると踏んでいたのだろう。
しかし、だ。
蓋を開けてみれば、ただのネトゲフレンド。
香澄さんが驚くのも無理はなかった。
「その、さ。現実でも付き合ってるわけ?」
「ネトゲで結婚してるのだから、リアルでも夫婦に決まってるでしょ?」
「やだちょっと自分の妹が何を言ってるか分かんない」
……初めて一般的な感想を聞いたかも知れなかった。
これが普通のリアクションなんだろうな。
「お姉ちゃんには分からないでしょうね。ネトゲがどれだけリアルを超越した心の交流ができるかを」
「…………綾小路くん、だっけ? 君はどう思っているの?」
話の対象を俺に変えてきた。
凛香では、まともな話が通じないと判断したらしい。
「俺は……りん――水樹さんと仲良くなれるなら……」
「ふーん。まあ、うちの凛香はめっちゃ可愛いしアイドルだもんねー」
「そういう意味じゃないです。たとえ水樹さんがブサイクだろうが一般人だろうが、俺はここに居たと思います」
これだけは否定されたくない。
凛香の行き過ぎた考えは正直どうかと思わなくもないが、カズとリンが過ごしてきた数年間は本物だ。
決してリアルの情報で色褪せるほど容易い絆じゃない。
「和斗くん……」
隣に座る凛香から尊敬の念に似た感情が伝わってくる。
……もしかして俺、結構恥ずかしいことを言ってしまったか?
「ふぅん。ま、私にはネトゲがどういう世界か分からないけど……。結構マジなんだ」
香澄さんが腕を組みながら納得したように頷く。
「お姉ちゃん。もし和斗くんが居なかったら、私はアイドルを続けてこれなかったと思う。だから……」
「だから?」
「私たちの関係を認めてもらえないかしら?」
「……夫婦という関係を?」
「そうよ」
……ん?
まだ俺は夫婦どころか正式なお付き合いすらした覚えがないんですが……。
いやしかし、この真っ直ぐそうな姉様なら『バカなことを言うな!』と拒否してくれそうな予感が――。
「仕方ないね。姉の権限で認めよう!」
え、認めちゃうの?
さっきまでの威圧はどうした?
「お姉ちゃん……ありがとう」
「んまあ、チャラチャラした男に凛香をくれてやるよりは、そこの控え目そうなイケメン君にくれてやったほうがいいでしょ」
「い、イケメンって、そんな……」
咄嗟に否定してしまう。
そんな俺を見て香澄さんはニヤリと笑った。
「いやいやぁ、謙遜をしちゃって。確かにキャーキャー言われるタイプには見えないけど、地味にモテる男だと見たね。自分の意見をハッキリ言える性格みたいだし」
「それは……。いえ、俺のことはいいです。香澄さんも最初は否定的だったじゃないですか。『世間様にバレたらどうするの? 皆に迷惑をかけるんだよ』とか仰っていたと思うんですが」
「あー、あれは演技」
「え、演技?」
「いやさ、そういうのに憧れてたんだよねー。ほら、娘が結婚相手を連れてきた時に、親父がちゃぶ台をひっくり返すみたいなノリ? ああいうのをしてみたかったんだよねー」
「……」
楽しげに笑う香澄さん。
なんという女性なんだ。
「それに同性の友達を作るのにも苦労する凛香が、男を連れてくるなんて普通はありえないし。もうこれが最初にして最後のチャンスでしょ」
「……俺との付き合いが世間にバレたら、アイドルを続けられなくなると思うんですけど」
「別にいいんじゃない? もう十分頑張ったでしょ。今度は女の子としての幸せを手にしなくちゃね」
「……」
適当な言い方ではあったが、凛香の幸せを考えた言い方でもあった。
「お姉ちゃんがそう言ってくれて嬉しい。でもスターまいんずの皆には迷惑をかけたくないの。和斗くんとのことは内緒にしてもらえないかしら」
「もちろん。彼女達も良い子だからねぇ。人気になっても天狗にならず頑張ってるし」
どうやら香澄さんはスター☆まいんずのメンバーと会ったことがあるらしい。
別におかしなことではないか。
「これで話はまとまったかなー。というわけで綾小路和斗くん」
「は、はい?」
意味ありげな笑みを浮かべた香澄さんが、こちらを見つめてくる。
「次は――――お母さんにも挨拶しよっか」
……まじですか。
もはや俺と凛香が正式には付き合ってないと言い出せない雰囲気。
トントン拍子に外堀を埋められている気がした。




