第十五話
という良い雰囲気で、話が終われたら良かったんだけどなぁ。
「ちょっと和斗くん。私の話を聞いているの?」
「あぁ聞いてるよ。ちょっと昔の思い出に浸っていただけ」
凛香の部屋で正座をさせられている俺は、回想を終えて現実に意識が戻ってきた。
俺が本音を打ち明けた日から既に一週間が経過している。
つまりリンの正体が水樹凛香と知った日から、早くも二週間が経過していた。
そして本日、日曜日。昼間。
再び事件(?)が起きてしまったのだ。
「確かに私は和斗くんが感情を整理できるまで待つと言ったわ。でもね、浮気を見逃すとまでは言ってないの」
「……多少の浮気は許すって言ってなかったけ?」
「浮気に気がついたら怒るに決まってるでしょう? え、なに、許されると思って積極的に浮気をしたの?」
「してませんしてません! 誤解です! 余計なことを言ってごめんなさい!」
アサシンを彷彿させる冷酷な瞳を向けられて、すかさず頭を下げて謝罪する。
あー、ほんと、どうしてこうなったのか。
二日前、凛香から『次の日曜日なんだけど、夕方まで家族は帰ってこないの。昼頃でいいから私の家に来ない? 和斗くんと二人きりで過ごしたいの。それに大切な話もあって……』と誘われ、俺は期待しながら凛香の家に向かったのだ。
教えてもらった住所を頼りにして、たどり着いたのは一般的なマンション。
なんとなく周囲を警戒しながらマンション内を進み、水樹一家の住まう部屋の前に立つ。チャイムを押すとドアから出迎えてくれたのはオシャレな服装をした凛香だった。そのまま雑誌に載っていてもおかしくないほどである。誰がどう見ても気合いを入れた服装に思えるだろう。
未だに感情の整理ができず色んな悩みが増えていく中、凛香の部屋に上がっていいのだろうか。しかし憧れの人気アイドルの部屋を見てみたい。少しだけ躊躇しながら、整理整頓が行き届いた綺麗な部屋に足を踏み入れると……。
「今日は徹底的に和斗くんの女関係を洗いましょうか」
「……」
これなんだよなぁ。
幻想と理想は儚く散った。
いや俺が凛香のことが好きだ! と言えれば解決するのかもしれないけど……。
まだそこまでの段階じゃないというか、なんというか。
我ながら呆れるほどのウジウジっぷり。
現実的な悩みもあってか、俺は凛香が好きだ、と彼女にも自分にも言い表せないでいた。
「和斗くんは自分がモテると自覚する必要があるわね。自覚すれば女子への対応も可能になってくるの」
「自覚っつーか、モテたことないし。女子から言い寄られたこともないし」
そもそも俺、モテるタイプじゃないしな。
凛香にはモテてるみたいだけど、キッカケはネトゲだしな。
……どんだけリアルでモテないんだよ、俺。
「その、さ。ネトゲのフレンドを解除するのは本気で勘弁してほしいです。俺、ボッチになっちゃうよ……」
「私がいるじゃないの」
「凛香がログインできるのは休日の数時間だけだろ? 俺、平日は他のフレンドと遊んでいるんだよ」
「なるほど……。つまり、私にアイドルをやめろと?」
「そんなことは言ってないって! 凛香がアイドルを頑張っているのは理解しているし応援もしている! それに俺は水樹凛香の大ファンだし、凛香以外のアイドルは興味がないくらいなんだぞ」
「そ、そう……。ありがとう」
頬に薄っすら赤みを走らせた凛香がお礼を告げてくる。
俺の言葉にウソはない。
事実、スター☆まいんずのミュージックビデオを観る時は、凛香にしか注目していない。
それは『リン』の正体を知る前からのことでもある。
「凛香にはこれからも楽しくアイドルを続けて欲しい。その上で俺のフレンドは見逃してくれ」
「イヤよ」
「即答かい! いいじゃん、フレンドくらい!」
「私、聞いたことがあるの。そうやって女を油断させた男は愛人を各地に作るとね」
「誰から聞いたんだよ……。その情報源、絶対に歪んでるぞ」
「聡子さんよ、バツ8の聡子さん」
「ほんとに誰だよ! しかもバツ8て…………」
なんともまあ、人生経験が豊富なことで。
「ただいまぁ! 凛香お姉ちゃん、帰ってるの~?」
ふと可愛らしい女の子の声が部屋の外から聞こえてきた。
「う、うそ、乃々愛が帰ってきた……! 夕方まで友達と遊んでくると言ってたのに」
さーっと顔を青くさせる凛香。
家族が帰ってくるという予想外のことが起きた。
「妹さん?」
「ええ。私には大学生の姉と、小学一年生の妹がいるのだけれど――。いえ、そんなことを話し合ってる場合じゃないわね! 早く隠れて!」
「親ならともかく、妹にならバレてもいいんじゃないか?」
「不要なリスクは避けたいの! それに乃々愛は無邪気な分、口が軽いから……。和斗くん、早く隠れて」
「ど、どこに?」
パッと見渡す。
整頓された部屋に隠れられそうな場所はない。
机にベッドにクローゼットに本棚に諸々……。
強いて言うならクローゼットか?
扉付きだから隠れることもできそうだが……。
「私のベッドに隠れて!」
「え、隠れる場所、間違えてない? クローゼットの方が――――」
「いいから早く!」
慌てている凛香は判断能力が低下しているのか、若しくはクローゼットを避けたい理由があるのか……。俺はベッドに突き飛ばされた。さらに上から布団を被される。……なんか、すげぇいい匂いがするんだけど。
変態と思わないで欲しい。
女の子の、それも人気アイドルのベッドに潜っているのだ。意識するなという方が酷な話だろう。という言い訳を心の中でしていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。
「あ、凛香お姉ちゃん! 今日はお家にいるの?」
「ええ、居るわよ。それにしても乃々愛、どうしたの? 今日は夕方まで友達と遊ぶ予定でしょう?」
「それがね、アキちゃんが用事ですぐに帰っちゃったの! だから凛香お姉ちゃん、わたしと遊んでー」
「そ、そうね……。今少し忙しいからリビングに行ってなさい」
「うんー」
ベッドに潜っているので二人の姿は確認できないが、どうやら上手く遠ざけられたようだ。
よし今のうちに……。
「あ、そういえば靴が玄関にあったけど、凛香お姉ちゃんのお友達が遊びに来てるの?」
「――――っ」
しまった! そこは盲点だった。
完全にやらかしていた。
「え、えと……。乃々愛には関係ないことよ。靴は気にしなくていいから――――」
「あ! 凛香お姉ちゃんのベッドで誰か寝てる!」
「ち、ちょっと乃々愛!」
「私も隠れんぼしたい!」
焦り声の凛香。
そしてパタパタと近づいてくる足音。
次の瞬間、ガバァッと布団が剥がされた。
「あ」
「あ」
布団を引き剥がした張本人とバッチリ目が合う。
幼女だ。
そのクリクリとした大きな瞳に俺の顔が映る。
凛香の妹とあって恐ろしく可愛い。
見た目のイメージとしては、クール要素を捨てて無邪気可愛いに特化した幼い凛香だろうか。
髪型をピッグテール(短いツインテール)にしており、幼さを活用した可愛らしさを上手く醸し出している。
「……」
「……」
俺の顔を見つめて呆然とする乃々愛ちゃん。
まさか男が居るとは思わなかったのだろう。
とりあえず、こちらから自己紹介しておくか。
「乃々愛ちゃんだったかな? 初めてまして、綾小路和斗です」
うん、挨拶って大切だよな。
初対面なら尚更だ。
「お、」
「お?」
「お姉ちゃんが、男の人を連れ込んだぁあああああ!」
甘ったるく可愛らしい叫び声が、やかましく部屋に響き渡った。




