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歌鳥  作者: ねこじゃ・じぇねこ
5章 主人

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4.地下牢

 久しぶりに目にしたその姿は、わたしにとってあまりにも心が痛むものだった。

 思えば、この屋敷にてカナリアという名前を与えられたのはこの場所だった。

 地下牢。石壁と冷たい空気、気休め程度の炎の精霊に守られただけの暗がり。鉄格子の檻の中に囚われているのは、かつて、わたしを此処に入れた人。

 ――ヨダカ。

 彼女は地下牢の中にいた。

 ライチョウとウグイスに連れられて現れたわたしが檻の前に到達するまで、ヨダカの表情は人形のように変わらなかった。ただ、その夜色の目が、わたしと目が合った時に少しだけ揺らいだのは見逃さなかった。

 檻の中へとわたしが手を伸ばしても、ヨダカは動いてくれない。

 こんな状況になってもまだ気高さを失わない彼女はじっと立ち尽くしたまま、双眸に静かな怒りを込めてライチョウだけを睨みつけた。

「カケスだけではなく、その子も奪ったのね……」

 低められた声は今まで聞いたこともないほど、しわがれている。

 とろける甘菓子のようだった声はほんの断片しか残っていない。一度失われ、少しずつ回復しているのかもしれない。恐らくそのくらいの苦痛が彼女を襲ってから久しくなるのだろう。

 双眸に浮かぶ涙のようなものを見て、わたしは察した。

 彼女もまた、カケスの最期をすでに聞いているのだろう。愛した人の最期を受け止め、悲しみと憎しみと向き合っている。

 あらゆる怒りに震え、立ち尽くす彼女の姿は恐ろしいほどに美しい。そんな美しさを見つめ、ライチョウは静かに笑った。

「まだ奪ってはいない」

 ライチョウの片手がわたしの肩に置かれる。

「無理強いはしない主義だ。だが、君の置かれている状況を見れば、この子の気持ちも変わるかもしれないからね」

 そう言って、ライチョウは刃で地面を叩く。

 激しい音がして、わたしは思わず震えた。だが、ヨダカの方は一切動かない。双眸に怒りを込めたまま、侵略者を見つめているだけだった。

「ヨダカ。君はどうしたい? もうこの屋敷には君とこの子しか残されていない。君の選択は、この子の未来にかかっている」

「その子を盾にするつもり? もう充分じゃない。歌鳥を二羽も抱えて、それ以上に何を望むの? その子の未来を約束すると言うのなら、私ももう充分よ。僕妾たちと兄様も待っている事だし、このまま――」

「ヨダカ……!」

 わたしは思わず叫んでしまった。

 そんな言葉をヨダカの口から聞きたくなかった。

 彼女は何も分かっていなかった。何も分かっていなかったのだ。この上彼女まで破滅すれば、わたしはどうやって生きていけばいいのだろう。これまで散々、彼女への想いと理性の狭間で苦しんできたというのに、なんて残酷な事をいうのだろう。

 けれどヨダカは、わたしの姿を見つめつつ全く動いてくれなかった。

 伸ばされた手が掴まれることはないだろう。それでも、引っ込める気にもならなかった。

「そんな事言わないで。あなたが死んだら、わたしはどうしたらいいの?」

 涙を浮かべるわたしを、ヨダカが驚いたような顔で見つめていた。

 ほぼ同時に、肩に置かれたライチョウの手に力が籠り、わたしは緊張を高めた。

 余計な事を言えば、どうなるか分かったものではない。今の平穏はただライチョウの恩情の上に成り立っているだけであって、わたしもヨダカも飽く迄も支配された側の立場にあることは変わらないのだ。

 だが、ヨダカは怯えることなく、わたしから視線を外し、ライチョウを見つめた。

「その子には乱暴しないと約束して」

 掠れた声の向こうに、優しかったあの甘い声の面影がある。

 その姿を見ると、ますます悲しくなってきた。

「勿論、そんなつもりはない」

 嫌に優しげにライチョウは言った。

「君やこの子を危険に曝さぬためにも、私なりに道を作っているのだよ、姫様。私の自慢の弟は君にとっても不足のない男だろう? それとも君は、そのつまらないプライドで、弟を拒むどころかこの子を危険に曝すつもりか?」

 わたしを使ってなんて事を言うのだろう。

 怒りが生まれ、わたしはライチョウの手を離れて柵に飛び込み、牢獄の中へと身を乗り出した。

「ヨダカ。わたしは大丈夫。だから、まだ早まっちゃ駄目――」

 言いかけてすぐに、ウグイスによって引っ張られ、壁際まで離された。

 決して乱暴ではなかったけれど、その表情には恐れのようなものが浮かぶ。彼が恐れているのは間違いなく、彼の主人の機嫌だろう。

 立ち尽くしたままのライチョウはわたしを振り返りもしなかった。

 ぎらぎらしているのだろう双眸は、今もヨダカに向いたままだ。そしてヨダカもまた、暗がりの中で輝く夜空のような目をライチョウに向けていた。

 沈黙が二人を結びつける。

 その間に情が築かれることは決してないだろう。何故だかわたしは確信を持って言えた。カケスを奪ったライチョウをヨダカが許すなんて事は決してないだろうし、ライチョウもまたヨダカを義妹として心から接する事はないだろう。

 全ては新しい時代を生き抜くための知恵。

 その為だけに、ライチョウはヨダカに自分の弟との婚姻を迫っている。

「伝えたい事は伝えた」

 やがて、ライチョウの声が沈黙を破った。

「せいぜい、ゆっくり考えるといい」

 その声にヨダカが返答する事はなかった。


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