3.新しい時代
新しい時代はやってくる。
これまでの地位を守れるものはごくわずか。高飛びして新しい地で生活を築いた者もいれば、戦って虚しく散っていった者もいる。中にはヨダカのように戦いを放棄して降伏した者もいるのだろう。
革命家たちの未来も別に約束されているわけではない。
これから先、繰り広げられるのは恐らく、革命家同士の争いだ。新しい時代にて有利に生き残るために、不毛な争いは生まれるだろう。
それはライチョウの予見でもあった。
「この屋敷の主ヨダカの身分は既に無きに等しい」
しみじみと肌に沁み込んで来るような声でライチョウは言った。
「彼女が守ってきたものの全ては我が手中にある。何もかも失ったあの女を殺す事など簡単だ。遠き地にて首を刎ねられた兄の元に行けるのならば、彼女だって本望だろう」
「そんなの――」
反論しかけるわたしをライチョウは片手で制す。
「無論、そうなれば混沌は深まる。というのも、この屋敷の女主人がヨダカである事は、既に周辺に住まう庶民の心の中にも刻まれているからだ。どうやらあの女は兄とは違い温厚に振る舞い、多くの者に慕われていたようだ。彼女が死ねば嘆き悲しむ者も多くいるだろう」
そう言って、ライチョウはやや笑みを深めた。
「この場所の正式な主になるには、あの女を従える方がいい。幸いにもあの女は既に自分の立場をわきまえているようで、あまり反抗的な態度はとらない。後は誰があの女を従えるかというだけ。……ちょうど、私のすぐ下の弟が独身でね」
段々と分かってきた。
此処を制圧出来たのはウグイスを従えたライチョウのお陰だけれど、その功績だけでこの場の主人である証となったヨダカを渡すほど偉くはないのだろう。
共に踏み込んできたのは部下ではなく仲間と言っただろうか。
彼らを分からせるには、いかに穏便にヨダカを絶望させ、婚姻を結ぶかにかかっているということだろう。
「カナリア、君の力が必要だ」
真っ直ぐとした目がわたしに向いている。
ウグイスでは意味がない。長くヨダカに囚われ、愛でられてきたわたしでなければ意味がない。カケスを殺され、さらに愛玩であるわたしを盗まれれば、ヨダカにはもう縋るものがなくなってしまうのだから。
恐る恐る顔をあげると、自然と足が動いた。
今すぐに此処から逃げ出したいという気持ちが勝り、理性が働かない。だが、後ろではウグイスが道を塞いでいた。
「ウグイスと共に私にかしずけ。その方が君とヨダカの二人の為になる」
この女はわたしだけではなく、ヨダカまで鳥かごに入れようとしている。
こんなにも強制的な婚姻の先にヨダカの安心出来る世界はない。心の支えであったカケスが殺されてしまっている以上、待っているのは絶望しかない。
絶対に、頷いてはいけない。
その思いだけがわたしの動きを凍らせていた。
「戸惑うのも無理はない。いきなりの事だからね。だが、よく考えなさい。君が私に協力すれば、君の愛する女主人の命は守られるのだよ。これまでの尊厳はずたずたかもしれないけれど、生きていることに勝るものはないだろう?」
――ああ、勿論。
ヨダカが殺されればいいだなんて決して思っていない。
この女が或いはその弟が、しっかりとヨダカを守ってくれるというのならば、それだけでも縋りたくなるくらいの状況に立たされているのも確かだ。
それでも、頷けたりはしない。
何故なら、わたしはまだヨダカ本人に会えていないし、ライチョウの言葉の端々から伝わってくるのは、ヨダカを権力争いの物か何かのように見ている心だけだからだ。
黙っていると、再びライチョウは大きく溜め息を吐いた。
「君はどうやら面倒臭い歌鳥らしいな」
一人呟くと、再びその猛獣のような目をギラリと輝かせる。
「誓うだけでいいんだ。そして、共にあの無駄に気高い姫様を説得してくれればいい。分かっているのかい? そうしなければ、彼女は今よりも更に危険な目に遭うかもしれない。私以外の革命家たちが皆、私のようだとでも思っているのか?」
カケスを殺しておいて、彼女が淑女だなんて一切思わない。
でも、彼女の言う通り、革命を起こした者たちの中には彼女よりもずっと野蛮な奴らがいるのだろう。そうでないからこそ、ウグイスはきっと彼女に従ったのだろう。
「これは、君を守るためでもある」
ライチョウは眉を寄せてわたしを見つめた。
「誰とも契っていない歌鳥。それだけで盗む価値はあるのだ。だが、既にウグイスを得た私が守っているとなれば、誰もが報復を恐れて君に手を出せなくなる。それに、ウグイスは私の自慢の歌鳥だ。君にとっても相応しい相手となると思うのだが――」
「要りません、そんな気遣い」
震えたままの声で、わたしは首を振った。
誓いの唄を同じ相手に捧げ、その状態で番う。歌鳥としてはあまり好ましくない事だけれど、この世界で実際そうして子を残している者は多くいるのだろう。
きっとウグイスはいい伴侶になる。
誓いの唄がなくとも、わたしをわざと傷つけるような事はしないだろう。そういう事が出来ない性格に生まれているとここしばらくの間にわたしは教えられていた。
傷つくことがあるとすれば、それはウグイスのせいではない。
そんな彼は確かに魅力的だろう。
でも、わたしの心は動かなかった。
「ヨダカに会わせて」
今はただ、この目で、この手で、ヨダカの存在を確かめたかった。




