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歌鳥  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 処刑

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4.会話

 その後、わたしが連れて行かれたのはヨダカの寝室だったけれど、座るように命じられた場所は、鳥かごの中などではなかった。

 大して広いわけでもない鳥かごの中は、具合の悪い者には辛い場所でもある。

 そう判断したのかもしれない。

 ともかく、ヨダカがわたしを座らせたのは、自分が使っている寝台の上だった。彼女はよくわたしを寝台に座らせるものだ。寝巻に着替える前に、或いは、普段着に着替える前に、彼女は必ずわたしを寝台の上に座らせるのだ。

 だが、今回は少し違った。

 少なくとも、そのように使う事を許されたことはなかった。

「しばらくそこで寝なさい。心配せずとも私は此処にいるわ」

「大丈夫……眠らなくたって……」

 思わず怖気づいてしまい、わたしはそう言った。無論、ヨダカの匂いに包まれて眠るのが怖かったわけではなく、ただ単に心配をかけている事に引け目を感じていたのだ。

 だが、ヨダカは首を横に振るばかりだった。

「いいえ、顔色が全く良くないわ。あなたに無理をさせてまで地位を守りたいわけじゃないの。そのペンダントを受け容れてくれている間は、あなたの体調管理も私の責任なのよ」

 優しくそう言われ、惚けてしまった。

 途端に、意識が引っ張られるように遠くなっていき、わたしはようやく自分の背負っていた疲れに気付くことが出来たのだ。

 ヨダカに導かれ、わたしはヨダカの寝台に横になった。

 普段は女主人だけが寝る事を許されているその場所に潜り込み、その柔らかさに包まれながら、脱力感をじわじわと噛みしめていた。

「どう? やっぱり疲れていたでしょう?」

 耳元で囁かれ、わたしは小さく頷いた。

 ヨダカの手がぽんとわたしの額を叩く。その温かな感触を静かに受け取りながら、わたしは閉じかかった目でヨダカを見つめた。

「ヨダカ……」

 眠りに囚われるのが何となく怖くて、わたしはそっとヨダカの手を握った。

「ヨダカのお兄さんは、どういう人なの?」

 他愛もない問いかけだった。ただ単に、今ふと頭に浮かんだだけの事。それをヨダカは受け取り、わたしの手をそっと握り返す。

「立派な人よ。私がいつまで経っても追いつけないくらい立派な人」

「ヨダカも立派な人よ。この屋敷をきちんと守っているのだから……」

 透かさず言ったものの、ヨダカの表情は変わらなかった。

 空いた方の手でわたしの頭を押さえると、まるで睡魔を呼び起こすように繊細な手つきで髪を撫でていった。

「私が守っているわけじゃない」

 ヨダカはしっかりとした口調でそう言った。

「あなたの力を利用しているだけよ、カナリア」

 とろけるような声でそう言われ、わたしはぼんやりと眠気と向き合っていた。

 ――カナリア。

 そう呼ばれるようになってだいぶ経ってきた。父母のくれた名前を忘れたりはしない。忘れぬように必死に守り続けているつもりではある。

 けれど、ヨダカにカナリアと呼ばれる事は恐ろしいほど幸福な事になってきている。

 眠ろうとするわたしのペンダントをそっと外し、ヨダカは握りしめる。あれに刻まれている名前は「カナリア」という文字。わたしにもようやく読めるようになってきた。

 わたしから手を離し、ヨダカが離れて行く。

 何となく、その距離が不安で、わたしは放された手をあげようとした。けれど、あがらなかった。あがる前に、周りが薄暗くなっていった。

 ヨダカの背中を見つめていて浮かぶのは何だろう。

 焦りにも近いかもしれない。

 窓辺にある椅子に座り、そっと外を窺う彼女は気をつけていないと何処かへ消え去ってしまいそうな不確かさがあった。

 長らく神々しく輝く人だと思っていたのに。

「ヨダカ……」

 再び名前を呼んでみたけれど、彼女は離れた場所からこちらを見るだけだった。近づいて来てはくれない。それでも、わたしは彼女と会話がしたかった。

 そう、会話がしたかっただけで、自分を苦しめたかったわけではない。

「カケスに指輪をあげるって本当?」

 やはりヨダカは表情一つ変えなかった。

 夜色の双眸をわたしに向けたまま、眉ひとつ動かない人形のような姿でしばし黙り、やがて、思い出したかのように口を動かして答えたのだ。

「――ええ、そうね」

 それは想像していた通りの答えだったけれど、眠気もやや引っ込んでしまうくらいには刺激の強い答えだった。

 ヨダカはわたしから目を離さずに、付け加えた。

「カケスにもしも信頼できる男性が現れたら、その時は彼に譲るでしょうね。けれど、それまでは、あの子をしっかりと守ってやりたいと思っているの」

「――それは、愛しているからなの?」

 わたしの問いにヨダカは微笑みを浮かべた。

「そうね。その通りよ」

 言って、彼女はわたしに背を向けて窓の外へと視線を向ける。

「私がもし男性との縁組を期待されている身分でなかったならば、きっとあの子を伴侶にしていたでしょうね。でも、現実は違う。だから、せめて、本当の伴侶があの子に出来るまでは、私が守ってあげたいの」

 歌鳥の力目的で守られているわたしとは違う。

 痛いほどにヨダカのカケスへの愛情が伝わってきて、わたしはとても苦しかった。泣きそうだった。でも、泣きたくなかった。

 ヨダカの前で、本心を曝したくなかった。

「指輪はもうじき渡すの」

 外を見つめたまま、ヨダカは言った。

「来月の満月の夜にと決めてある」

 それはもう間もなくのことだった。


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