7.相思相愛
好奇心というものは本当に罪深いものだ。
歌鳥に伝わる昔話の中にも、好奇心が災いして身を滅ぼした不幸な歌鳥の数々が登場する。歌鳥の親はそれを幼い頃から我が子に聞かせ、好奇心などと言うものは可能な限り抑えてしまうべきなのだと説くものだった。
わたしもそうやって育てられた。その点に関して、わたしの両親はしっかりとした大人であると言っておく。
だが、わたしは少し勘違いをしていたかもしれない。
これまで、好奇心というもので身を滅ぼすということは、命を奪われるということなのだとだけ思ってきたのだ。
でも、どうやら違ったらしい。
「――あなたは気の聡い方なのですね、カナリア様」
甘くとろけるような声。歌鳥の血を引かずとも、きっと彼女も綺麗な声で歌えるだろう。そう思うような声で、カケスは鳥かごの中のわたしを見つめた。
「その通りです」
今日はヨダカが遠くへ外出している。遠方の地を治めているお兄様の所へ訪ねるのだと本人が言っていた。そこはとても遠いから、きっと戻って来るのはずっと先の事だろう。
今日からしばらくわたしの世話の一切はカケスが行ってくれる。
そんなカケスを見つめながら手を伸ばせば、カケスは優しくその手に触れてくれた。わたしにとって、ヨダカ以外で唯一気を許せる相手はカケスで間違いなかった。
そう、わたしにとってカケスは、憎むべき相手なんかではない。
けれど、数分前、そんなカケスに対して、わたしは訊ねてしまったのだ。
――カケスはヨダカと深い仲なの?
楽になりたかったのかもしれない。ヨダカの予想に反して、カケスがヨダカを慕っていたとしても、それが愛情によるものとは限らないと信じていたけれど、信じているだけでは辛かった。
はっきりとカケスから答えを聞いて、楽になりたかっただけなのかもしれない。
けれど、わたしは愚かだった。カケスに自分から訊ね、そうして受け取った答えは、わたしの気持ちを楽にさせてくれるものではなかったからだ。
「あたしはヨダカ様をお慕いしております。お金で買われた身であるので当然の事ですが、一生、あの方にこの身を捧げるつもりで仕えております」
「――それは、ヨダカの事が好きっていうこと?」
口に出してみて、わたしは自分の視界に靄がかかっているのに気付いた。
驚くほど目の前が暗くて、すぐそこに居るはずのカケスの姿すら見えづらい。それなのに、彼女の声だけはしっかりとわたしの耳に届くのだから困ったものだ。
「ええ、そうです」
その一言だけ。一言だけで十分だった。
泣きださなかっただけ褒めてもらいたいほどだ。わたしは硬直したままカケスのいる場所を見つめていた。そんなわたしの様子に気づいてもいないのだろう。カケスはわたしの手に触れたまま、更にこう言った。
「つい昨日の事です」
カケスの声が頭に響く。
「ヨダカ様はあたしに指輪をくださると仰いました。その指輪があれば、もう誰もあたしを虐めたりは出来ないのだと……」
その言葉の意味を理解した瞬間、わたしの鼓動が早まった。
つまり、それは――。
「勿論、正式なものにはならないでしょう。ヨダカ様は御主人様であり続け、あたしはしがない妾のままでしょう。世間はヨダカ様に男性との結婚を望むことでしょうから……」
でも、とカケスはわたしから手を離し、自分の胸をそっと抑えた。
「そうだとしても、あたしは嬉しいのです。ヨダカ様のお傍にずっといられるのなら、こんなあたしでも御力になれるのなら、喜んで指輪を受け取るつもりです」
ああ、神様、歌鳥の神様、今のわたしの気持ちを表現するとしたら、どんな言葉が相応しいのだろう。
カケスはちっとも気付いていないのだ。
わたしが歌鳥であっても、その特徴以外は人間と全く同じなのだと言う事実を知らず、こんな事を悪びれも無く言っているのだ。
いや、そうでなくとも、カケスは知らないのだ。
わたしがヨダカの事を憎めず、恋してしまっているのだということを気付かずに、わたしの知らない事実を告げてしまっているのだ。
「――だから、カナリア様。あなたの歌う清らかで神聖な唄の力が、ずっとずっとヨダカ様を守って下さると信じています。どうか、ヨダカ様をこれからもお守りください」
何と言う事だろう。
わたしはどうしたらいいのだろう。
カケスを憎む事すら出来ない。彼女はわたしにとても優しくしてくれるし、他ならぬヨダカ自身がカケスを必要としているのだから。
では、わたしの気持ちは何処へ行けばいいのだろう。
ヨダカはわたしを今後、どうするつもりなのだろう。
鳥かごの中で閉じ込められたまま、訳も分からず好きでもない異性の歌鳥と引きあわされ、血統のいい犬か猫のように卵を抱えればそれで満足なのだろうか。
ヨダカはヨダカで体裁の為に夫婦の誓いを立て、裏ではカケスを愛するのだろうか。
嫌になるほど思い知ってしまった。
ヨダカはわたしを獣としか見ていない。わたしに好かれているなんて思ったとしても、カケスにしてあげるような事は、わたし相手では考えもしないのだろう。
「カナリア様……?」
柔らかな声に窺われ、わたしはハッと我に返った。
覗きこんで来るカケスの表情は、どんなに見つめても意地悪そうなものが含まれておらず、悲しいほどに恨めないものだった。
だから、わたしは必死に自分の感情を抑えこむほか無かったのだ。
「勿論……」
その声は全く震えずに済んだ。
「それがわたしの役目だもの」
無理に笑うなんてことはしなかった。




