表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/147

096.星をかける少女-10

 ――次!


 アーコレードは女神イミューへの感謝もそこそこに、同じくいのちの危機に瀕しているクルーゼ船長のほうを見やった。


「ばあちゃんの顔が見えたぞてめえ!」


 あ、元気だ。クルーたちの必死の救命活動が功を奏したらしく、おやじはすでに立ち上がって海賊のリーダーたちに向かって吠えていた。


「ぜってえに赦さねえ。家族がやられたぶんの礼はきっちりしてやる!」

 おやじは炉から取り出したばかりの鉄のように赤くたぎっている。


 ――ほかのクルーのかたたち……!


 アコは弾かれたように倒れた船員へと駆け寄った。

 武器を向ける敵は床に縛りつけ、次々と怪我人を乗り継ぎ、治療魔術を施していく。


 ――重傷、軽傷、こっちはもうダメかな。ううん、腕は生やせられなくても、傷は塞げる。


 次に「助けて」と言ったのは、海賊だった。

 彼の隣に倒れているのは、エンジンの件でアコを褒めてくれた機関士だ。

 どちらも重傷。

 アコはくちびるを噛むと両者の身体に手を当て、治療の魔術を試す。


『あなたってば優しいのね! さすがあたしの友達!』


 そんなのじゃない。アコは叫びたかった。

 イミューは力は強くしてくれても、こころまでは強くしてくれなかったらしい。


「でも、あなたは敵だから……」

 催眠の魔術を試してみる。傷が癒えた海賊は静かになった。


 ふいに視界が赤く光る。

 何かをされた。顔を上げると別の海賊がこちらに向かってレーザー・ガンを構えていた。

 彼の光線はアコの身体は傷つけなかった……。


「コートの剣士、動かないで。動くとまた船長さんにカードを投げるよ」

 シロバが指に女神の符を挟んで振りかぶる。

 剣士の動きが一瞬止まり、シロバの口元が笑った。


()の願いは()の願い!」

 カードは投げられた。

 黒コートは一瞬のうちにクルーゼの前へと滑りこむ。

 しかし、カードは彼らのほうではなく、まったく無関係な方向へと飛び、壁に突き刺さった。


 赤と黒の光の螺旋が壁に円を描き、その部分がぼろぼろと朽ちていく。


「ラティス、頼んだ!」「まかせとけ!」


 ふいに強烈な風が吹き始め、アコの身体がふわりと宙に浮きあがった。

 慌ててタラップの手すりをつかみ踏み止まる。

 助けたばかりの怪我人たちも浮きあがり、風がどこかへ連れ去ろうとする。

 アコは魔力でなぞり押さえつけてやり、風の吹きこむ先を見た。


 ――壁に、大きな穴が。


「おい、野郎ども、動くんじゃねえぞ。俺の気圧の結界から一歩でも出たら、外へ吸いだされちまうからな!」

 ラティスは全身をまっかに光らせて魔導に集中している。

 彼の魔術の効果か、敵の海賊たちは風の影響を受けていない。


「くそっ! 外は宇宙空間だったか!」

「船長!」

 クルーゼ船長の目の前で女性クルーが浮き上がった。

 おやじは手を伸ばしたつもりだったらしいが、彼にはそちら側の腕は無い。

「見捨てねえぞ!」

 船長は跳躍し、身内を抱きかかえ確保するも、そのまま穴のほうへと吹き飛ばされていく。


 ――どうしたらいいの!?


 無尽蔵とも思える魔力、知ってる術式はなんでも試せるだろう。

 この場を切り抜けるための選択肢は、アコの両手のひらから溢れるほどにあるはずだ。

 建屋中に響く警報と気圧低下を告げるアナウンスがアコをせっつく。 

 船長たちへと手を向けると、怪我人がまた浮き上がるのが見えた。

 思わずそちらにも手をかざして押さえつけると、今度はアコ自身の身体がぐるりと一回転し、宇宙の深い闇と目が合う。


 けっきょくアコが選びとったのは、間抜けた悲鳴をあげることだった。


 ――力があっても、あたくしはダメなの!?


 ふっ、と身体が温かくなる。腰のあたりに何かが触れる感触。

 誰かがしっかりと抱きとめてくれていた。


「大丈夫。ぼくたちには女神様がついているから」

 見上げると、マスクの青年の顔があった。


 アコは慌てて下を向き礼を言った。

 腕を回されている部分から、全身へと熱が広がっていく。床に降ろしてもらっても、なんだか無重力の世界を漂うような感覚が消えない。


 ――じゃなくって、船長!


「ぐえっ!」

 おやじは背中をぶつけていた。

 穴があったはずの場所には、白くのっぺりとした壁があった。


「壁が急に現れた!? もう一度壁に穴を……」

 シロバが構える。


「おやめなさいシロバ!」

 女の声だ。

「ちょっと様子を見にきたら、なんなのこの騒ぎは? 暴れすぎよあなたたち。掘削機も壊して。っていうか、頭もくらくらするし! 急に超寒くなったし!」


 あたりは静まりかえっており、彼女の声はよく響いていた。

 アーコレードは、この声に聞き覚えがあった。


「あれがぼくたちの敵だよ」

 コートの青年が言う。

 混沌とした場に現れた女性。

 まっかなスーツと厚化粧。彼女が歩くたびにヒールの音が、こつこつと響く。


「ラヴリン!?」

「あら、あなたは……。えーっと、シャルアーティー・プリザブさんの妹さんでしたっけ? どうしてこんなところにいらっしゃるの?」

 首をかしげるラヴリン。

「あなたは死んだって、フロルお姉さまが言っていたのに……」

「ワタクシが死んだ!? ……あっ、ちょっと待って。できたら、ワタクシのこと、見なかったことにしてくれません?」


 スーツの女は愛想笑いを浮かべると、うしろ向きに歩いて退場しようとした。

 しかし、おもむろに背後から白い壁が生えてきて、彼女はぶつかった。


『残念、逃げられませーん! ふたりとも、そいつの腕にくっついてる装置をゲットして!』

 イミュー神が命じ、コートの青年が飛び出した。

 ラヴリンはスーツの左腕につけた端末を操作している。


「うちのパトロンはやらせねえ!」

 風をまとい割りこむラティス。

「ごめん、ラヴリンさん。この白い壁、サンゲ様の力が通じない」

 シロバは壁に向かって黒い炎をまとったこぶしを打ちつけている。


「オーケー。時間稼ぎは今のだけで充分。白いのも黒いのも、行く先々でワタクシたちの邪魔ばっかりして。おぼえておきなさい!」


 ラヴリンの隣にゲートが現れ、彼女が飛びこむと、入れ違いに銀色のロボットがぞろぞろと現れ、渦は消えてなくなった。


「ここはぼくに任せて、きみたちは脱出を!」

 コートの青年はラティスを退けると、ぱっと姿を消した。

 両断される銀色の人型。

 現れた青年が左腕を構えて稲妻を発し、別の人型ロボを攻撃する。


「アコ! マズいよ!」

 シリンダが声をあげる。彼女は何やら、ヒビだらけのヘルメットをつけた海賊をポイ捨てすると、「ここにトリノ・ディラックさんが捕まってるんだって」と教えた。

「ダーリンを撃ったボケが教えてくれたんだ。船と実験チームごと、どこかよその建物に閉じこめてあるって!」

「助けないと!」


 周囲では海賊とクルーたちが睨み合っている。


「きみの探している人は、ぼくの仲間が助けてる。それより、早くこの星を脱出するんだ! きみたちはここに長居しちゃいけない!」


 コートの男が閃光に包まれた。

 銀色の腕が放った熱線が外壁に穴をあけるも、すかさず白い壁が現れ塞ぐ。

 攻撃者の背後に黒い影。

 縦に斬られるロボ。剣士は健在。彼は無傷のまま次のロボットへと向かった。


「どうするのさ、アコ!?」

「彼を信じます。あたくしが海賊の足止めを。シリンダさんたちは先に行って!」

「分かった。言っとくけど、星屑号のエンジンは、あんたナシじゃ動かないんだからね!」


 シリンダを見送り、レーザー・ガンを向け合って膠着状態となっている一団に向き合う。


 ――まずは基本。


 激しい運動をしたときに似た燃焼のイメージを、手のひらに宿し魔力を導く。

 小さな炎が手の中に現れる。

 遥か昔に諦めたごく簡単な術式を反復し、自身の周囲に無数のファイア・ボールを生み出して、火加減をして海賊たちへと解き放った。

 素早くも弱々しい火球が敵のスーツを焦がし、注意をこちらに向けさせる。


「クルーのみなさん、今のうちに脱出を!」


 続いてしゃがみこみ、両手を床につく。

 極端な静止のイメージ。触れた面が凍結しはじめ、魔力を帯びた冷気が海賊たちの足元へと迫る。

 足を氷に覆われた海賊たちが立ち止まり、あるいは引っくり返り滑っていく。

 往生際の悪いひとりが、退避するクルーの背へと銃を向けた。


 ――指先とレーザー・ガンを結びつけるイメージ。


 いかづちの糸が銃を弾き飛ばし、海賊が呻いて腕を押さえる。


 背後から「風」を感じた。

「あなたには手加減はしなくってよ」

 アコは余裕の笑みを浮かべ、風の流れくるほうへと振り向く。


「調子に乗るなよ。もう一度窒息させてやる……っ!」


 ――彼の喉の中で風船が膨らむイメージ。


 アコがぱちんと指を鳴らすと、ラティスの喉がひゅうと音を立てた。

 喉を押さえる手を鋭い風で細切れにしてやり、突風を起こして壁へと叩きつけてやった。


「船長さんのぶんのお返しです!」

 アコは留飲を下げるも、返り血に少し気分を落とさせられる。


「きみ、いつのまにそんなに強くなったの?」

 質問と同時に金色のイヤリングを光らせた男が視界に割りこんだ。


 アコは、彼の突き出した手袋をした右腕――あれは物体をすり抜け、中身を握りつぶせる破壊のアーティファクト、内なる掌握――に戦慄する。


 むにゅっ。


 と、音がしたかどうかは秘密だが、手袋はただ少女の左胸を鷲掴みにした。


「えっち!」

 とっさの鉄拳いっぱつ。アコのこぶしがシロバをぶっ飛ばした。

 彼は床をニ、三度バウンドしたのち、積み重なったコンテナに衝突した。


『ばーか! サンゲに忘れられてるような子の力が、あたしの友達に通用するはずないよ!』

 女神が楽しげに笑う。


「ちぇっ、やっぱり子どもじゃないか。ラティスのやつ、やっぱりロリコンだよ」

 シロバがなんか言った。

「誰がぺしゃんこですって!?」「言ってない!」

 アコは彼の真上のコンテナに魔力を送り引き寄せると、失礼な海賊のリーダーをぺしゃんこにした。


『さあ、気が済んだ? あとは任せて脱出して』

「ありがとうございます、女神様」

『お礼なんていらないよっ。だって、あたしたち友達だもんね! 今度、ゆっくりとおしゃべりしようね、アコ!』


 アコは天井を見上げ、にっこりと笑う。女神様と友達だなんて、くすぐったい。


 それから、ロボットたちと交戦中の青年をちょっと見つめてから、星屑号へと駆けた。

 搭乗用のタラップで待つシリンダが呼んでいる。

 アコは友人に手を振りながらも、何度も青年を振り返った。


「あの助けに来てくれたナイスガイは誰? アコとおんなじコート着てたじゃん!」

「えっと……」

 こっちが知りたいくらいだ。

 あの銀髪、仮面から覗くほほえんだ口元。

 思い浮かべるだけで、なんだか胸やお腹が、きゅっとなった。


「ま、今度ちゃんと紹介してくれよう?」

 にやけたシリンダに肘で突っつかれる。


 星屑号に乗りこみ、エンジンに種火を与え座席へ戻ると、アコは船員たちに囲まれた。

 感謝と賞賛の嵐だ。

 まだ傷だらけだったクルーを見つけ癒してやると、女神だなんだともてはやされ、胴上げまでされてしまった。


「みなさん、お待たせしました。施設のクラッキングが完了したので、いつでも脱出できます」

 女性クルーがやってきた。

「それと、驚くべき事実が発覚したんです。この星、例の消滅した資源惑星なんですよ! ここは掘削企業の施設のひとつだったんです!」

「マジか。迷子の星と海賊の根城を見つけたっつーことは、政府や企業からがっぽりといただけるってことか!?」

 船長が「よっしゃあ!」と腕を振り上げ、隣にいたクルーがとばっちりに呻く。


「それが、そうもいかないみたいで。星図パターンが星屑号に未登録の宙域なんです。座標を調べようとしても、どの衛星からも返答がなくって」


 船内は一気に葬式のように静まりかえる。 


「何しけたツラしてんだ。来れたってことは、帰れるってことだ」

 船長はそう言うと、操縦席へと入っていった。


 しばらくするとモニターが点灯し、でこぼこで黄色い大地と、茶色い海が映しだされた。

 アースアーズとは違い、資源惑星は小ぶりな星らしく、大地の曲線はより丸みが強い。船はあっという間に離れていき、大地はいびつなボールとなった。


「岩ばっかりの地面に水素の海。これが資源惑星ハイドロゲン1かあ」

 レクトロが端末をいじりながら呟く。彼の手元の小型のディスプレイも通信不良を示していた。

「あたしたち、帰れるのかな。ダーリンといっしょなら、どこでもオッケーだけど」

 シリンダは恋人の腕に抱きつくとこちらを見て、また「ありがとね」と言った。


『てめーら、絶対に逃がさねえからな!』

 ディスプレイがノイズとともに切り替わり、シロバとラティスの姿が現れた。

 追ってくる気らしい。


 続いて、女性クルーの緊迫したアナウンスが流れる。

『海賊船が資源惑星より接近。高熱量の金属粒子の収束を確認!』

 船室のクルーたちがどよめく。

 ビーム・キャノンの前では、バリアを張っても紙切れ同然。


「あたくしが彼らを止めます」

「止めるって、外は宇宙空間だよ。見かけの距離やスピードだって、地上とは比べものにならないことになってるんだ。魔術だって届くかどうか……」

 シリンダは端末を片手に頭を掻きむしる。


「大丈夫だよシリンダ。アコちゃんを信じよう」

 小太りのエンジニアが言った。

「ビーム・キャノンはね、とても小さな金属の粒を電磁力で加速させてぶつける攻撃なんだ」

「だったら、単純な結界の魔術でも防げそうですね」


 星屑号の大きさをイメージし、魔力の膜で包みこむ。

 しばらくするとモニターがレッド・アウトし、アコは自身の結界にゆらぎを感じた。


「撃たれた。防げてる」

 さらに魔力を送り強固にする。


『何をやったんだ? 船が止まっちまったぞ』

 操縦室からのアナウンス。

『敵船の反応消失。計器も通信も全部遮断されてます』


 防御ができても、これじゃらちが明かない。

 また捕まって、やり直し。

 包みこむかたちから、卵の殻を船尾にくっつけるイメージに変更。

 通信は戻るも、船の推進は戻らず。

 バリアを薄めれば敵船の姿がモニターに浮かび上がるが、ビーム砲が膜をつっつく感覚も戻ってくる。これ以上緩めると、破られる。


『またあえてドッキングさせて、直接ぶっ倒すしかねえか』

『相手は不死身なんですよ。捨て身で来られたら絶対に負けます!』


 難題に次ぐ難題。惑星に残してきた黒コートの青年を思い浮かべ、こころの中で彼に助けを求めた。



 ふいに、赤みがかったモニターが白く点滅した。



 海賊船が光に貫かれていた。

 破片をまき散らして回転しながら、でこぼこの星のほうへ向かって小さくなっていく。


『相対方角上方からビーム攻撃? 誰かが海賊船を撃ってくれたみたいです!』


 モニターが切り替わると、滑らかな流線型の船が映し出された。

 暗闇に割りこむようなぴかぴかのボディ。後方から青い炎がほうき星のように伸びている。


『誰かって、おれたちの尋ね人の船じゃねえか』

 おやじが笑う。幸運の女神の次は、天才のお出ましだ。

『あれが第七世代型超限界圧縮質量エンジン搭載長距離航行試験機、ホープ四七号だ』


* * * *

 * * * *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ