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090.星をかける少女-04

 銀色ぐるぐる巻き娘はロボットに引きずられ、やかましいサイレンを立てながら空からやってきた車に押しこまれ、先ほどの係員のように無精な連中に適当に質問をされたりされなかったりしたのち、灰色の密閉空間へと放りこまれた。


『壁は各種波動を反射するようになっている。拘留対象者はおとなしくするように。暴れたら換気口を塞ぐ処置が許可されている』


 天井のから声が聞こえてきた。部屋いっぱいに男性の声がびりびりと伝わる。


「あたくしは何も悪いことはしていません! 何度も言いますが、アルカス王国からの使いで……」

『身分証不携帯は犯罪だ。おまえの親はアレか? 身体にチップを埋めるとチップの毒がまわるとでも教えているのか?』

「おっしゃっていることが分かりません。父は魔導の世界のマギカ王国にいます。あたくしはマギカの法では成人していて、外交官の見習いとして女神の枕から来たんです!」


 声は「なるほど」と言うと、しばらく黙った。


『おい、どうやらチップ有毒論者の弁にも一理あるようだ。こんななりで成人だとなると、やはりチップを埋めこめば成長の阻害が起こるってのはマジらしい』

『その子は埋めてないんでしょ? むしろ埋めてないから発育不良じゃないの?』


 天井で男女の声が笑う。

 話は分からないが、バカにされているのは分かる。

 アコは床に座りこむと、膝を抱えて顔を伏せた。


 無力だ。張り切ってやってきたのに、何もさせてもらえないまま、どん詰まり。

 投獄したくせに所持品のチェックや没収もせずにというのがまた、アーコレードのプライドを傷つけていた。


 ――どうしよう。

 肩のあたりに手をやり、今日は髪をうしろでまとめていたことを思い出す。


 通信機も王女を映し出さない。頼れるものは何もない。

 それでもここで諦めてなるものかと、鞄の中身に打開策を探していると、おもむろに壁が開いた。またヘルメットとボディスーツの係員だ。


「よかったわね、お嬢ちゃん。釈放よ。身元引受人が来てくれたわ」


 いったい誰だろうか。

 鞄のベルトを握りしめ、係員についていく。

 連れられた先には、中年の男性がいた。彼もまたボディスーツだったが、色は警備や係員のような黒や灰色ではなく、グリーンにレッドのラインが入った派手なものだ。


「申しわけないね。入界申請の許可は管理局の下のほうだけで回されてて、ほかの部署は何も聞いてなかったようなんだ。さっき、私に照会があって、ようやく気づけたんだよ。うちの世界はすっかり手続きになおざりになっちゃっててね。きみは、アルカス王の娘さんのお友達なんだって?」


 口調は気さく、顔もちゃんと見えているし、にこやかにして爽やか。

 アコは鼻の奥にぐっと力を入れながら、今日何度も繰り返したことをもう一度話した。


「アルカス王の娘さんへの溺愛っぷりは、最後に会った異世界無礼講ぶんちゃかパーティーから変わっていないようだね。私の名前は“アルベド・クエーサ”。この星を繋ぐ軌跡の生活惑星アースアーズ連邦の、ディメンショナル・ディストーション対策管理局局長だ」


 多くの世界で利用される友好の証、握手をかわす。


 アルベド局長の説明を噛み砕くと、この世界では自分の情報を詰めたごく小さなカードのようなものを身体に埋めこんで、身分証や財布代わりにするらしく、それが無いと法律違反となる。

 異界からの来訪者には持ち歩けるカードにして身分証と財布を発行するように決めていたのだが、手違いでアコには与えられず、この扱いとなったらしい。


「私はそのカードの発行責任者だ。それからアルカス王の友人だ。任せてくれ」

 ただし、とアルベド局長は付け加える。

「カードを完成させるまでに連絡しなくてはならない部署が多くてね、大抵は今日きみが相手にしてきたような連中だから、返事待ちやら、連絡の確認やら、確認の確認やらをしないとダメでね。かなり時間がかかるんだ」

「そうですか……。あの、これは使えないんですか?」


 金貨を見せると、局長は金品をビットに交換してくれることも請け負ってくれた。

 彼が個人的に買い取ってくれるらしい。金貨はよその文明世界ほどは価値がないらしいが、アコの所持していた小ぶりな魔導石に興味を示して、そちらのほうに高値をつけてもらった。

 王様からのお駄賃とアコの私物ひとつだけで、ディラックの実験宙域までの往復はもちろん、この世界でひと月は食べていけるくらいのお釣りがくるようだ。


 アコは身分証の発行を待つあいだ、アルベドの自宅で待つこととなった。

 彼の家は四人家族で、妻が“超電磁エステ”なるものに行くあいだ、子どもたちと遊んで待ってて欲しいと頼まれ、はやる気持ちを押さえながらも快諾した。


 アルベドの運転する空飛ぶ車に乗っての移動。

 アコは窓の外の光景に見入った。


 “軌道エレベーター”なる塔の根元にある都市は、背の高いビルが林立しており、ガラスと灰色の壁でできている。だが、建物の合間には多くの緑地があり、道にも街路樹が植えられていて寂しい印象は受けない。

 何より、道路にはカラフルなボディスーツ姿が行き交っていて、宙を走る車や車を整理するための光の標識も鮮やかで、街の中に星空と絵の具のパレットがいっぺんにやってきたような錯覚をさせられた。

 アースアーズでは、多くの人間はビルに押しこめられて暮らしているらしいが、アルベドは都市のはずれに二階建ての家を持っていた。池つきの広い庭もあり、周囲には似たような構成の住宅地が広がっている。


 車が庭におりると、玄関から三つの人影が現れた。


「お帰りパパ!」

 声をそろえたふたりの子どもが出迎える。背の高いほうが女の子で、低いほうが男の子だ。


「ただいま、“ランジュ”、“リンクル”。残念だけど、すぐに仕事で出かけなきゃダメなんだ。無精者たちにはメッセージじゃなくって、私の顔を直接見せるほうが早いからね」

「えーっ!」「パパと遊びたい!」

 姉弟が父親にまとわりつく。

 玄関先では細身の美人がにこにこしている。奥さんだろう。


 ――この世界での一般的なご家庭なのかな。

 ただ帰宅しただけで、全員が楽しそうに笑っている……。


「面白いお客さんを紹介するから勘弁してくれ。なんと、魔導の世界からやってきたご令嬢、アーコレード・プリザブさんだ」


 紹介を受けて、子どもたちも自己紹介をした。姉が十歳のランジュちゃんで、弟が七歳のリンクルくんだ。アコは自分の愛称を教え、ついでに十四歳で成人だと伝えると、笑われてしまった。


 さて、アルベドが身分証明の発行に向かい、奥さんもエステに出かけてしまうと、気楽に構えていたアコは、これが第三関門だということに気づいた。

 小さな子どもの相手なんてやったことがないし、姉弟に案内された子ども部屋に置かれた品々から、「これから自分が何を要求されるのか」を悟ったからだ。

 ぬいぐるみや人形に混じって、木のほうきや宝石のついた杖が置かれ、マギカでも滅多に着ないような三角帽子とローブのセットが壁に掛けてある。ほかにも、アコの鞄の中にも入っている小型の魔導石のランタンや、ハナドメも愛用する持ち主の魔力をやいばに変える剣の筒――マジック・サーベル――も置いてある。

 見たところ、どうやらどれもホンモノらしい。


「ねえ、アコお姉ちゃん。魔法やってみせて!」


 ほらきた。リンクルくんの目は朝の小川のようにきらきらしている。

 お姉さんのランジュちゃんも、「無理を言っちゃダメ」と言いつつも、同じ瞳だ。


 分かりやすい魔術は使えない。重力を生むだけだ。

 魔導具は武器や火をともなうものばかり。

 自分ができるできないの以前に、子どもに披露するには危険ではないか。

 セリシールなら絶対にそこにこだわるだろう。


「ここで魔法を使っても、大丈夫なのかな?」

「やってくれるの!?」

「おうちで危ない魔術を使うと警報が鳴って、ロボットが来て逮捕されるよ!」

 やはり、セキュリティもあるらしい。

「前に来たお兄ちゃんは連れていかれちゃったもんね」

 アコが「お庭なら大丈夫?」と聞くと、「たぶん」と返事をもらう。


 庭に出てアコは、「壊してもいい物」をふたりに注文した。

 リンクルくんが食べ物の入っていたという薄い鉄の容器を抱えて戻ってきて、庭の隅の池の縁石に並べてくれた。


「魔法の弾でガンマンでもするの? そういうのは見たことあるし、宇宙海賊のほうが強そうだね」

 ちょっとつまらなさそうに言う男の子。

「宇宙海賊って、たまに聞くけど、危ないの?」

「もちろんさ。資源惑星を盗んだっていわれてるくらいなんだよ」


 星を盗む。だいそれているが、ちょっとロマンチックな響きもする。


「とにかく、うちの世界では珍しい魔術を使って、缶を潰すね」

 アコは並ぶ缶に向かって両手を突きだした。 

「では、いきます!」「杖とか使わないの?」

 注文の多い子だ。

「お姉ちゃんは杖を持ってないの。両手で、わーってやります」

「超能力者みたいだね。ぼくの杖を使ってもいいよ。本物の魔法使いが使ったら、箔がつくから」


 得意げな少年から杖を受け取り、魔力を導いてみる。

 古木の軸の先端に帯魔性と集魔性の高いトパーズがはまった杖。

 集中力のない人には助かるが、デメリットとして石を経由して魔導をしなくてはならないために、少し余分に魔力と気合が要る。

 杖はポーズだけ振ることにし、こっそりと左手で缶の並ぶ縁石へと魔力を導いた。


 ――重力の魔術は、対象の真下に魔力の薄い絨毯を作り出すイメージで。


 アコがほの赤く光ると、かしゃりという音とともに、缶たちが一斉にひしゃげた。


 ランジュは歓声をあげたものの、リンクルは「ふーん」と、手応えがない。

「アコお姉ちゃん、いま杖使わなかったでしょ?」

「分かったの? この世界にも魔導が?」

「ないよ。魔法の道具を触ったり、パパのお客さんに見せてもらってるうちに分かるようになったんだ!」

 リンクルくんは胸を張る。アコが褒めると彼は赤くなって「分かるだけで魔法は使えないし」と謙遜した。


「じゃあ次は、ふたりに魔力を感じてもらいましょう」

 アコはふたりに向かって手をかざすと、密度の薄い魔力の絨毯を作った。

 姉弟は「身体が重くなった!」「手が下に引っぱられる!」と嬌声をあげる。


「でも、アコお姉ちゃんは、本物の魔法使いじゃないね」

 これでもご満足いただけないらしい。

「いちおう大魔女に魔法を教えてもらったんだけど、ダメ?」

「ダメだね。ぼくが見たいのは、こーいう魔法じゃないんだ」

「火が出たり、ものを凍らせたり?」


「そうじゃないよ」

 リンクルくんは得意げに言った。

「ホントの魔法は、ありえないことやできないことをすることなんだよ」


 アコが首をかしげると、姉のほうがガラス板のようなつるつるした道具を持ってきて、その上で指を滑らせた。すると、宙に小さな人影が浮かびあがった。

 ドレスを着た女性が、タクトを振って光の粉を出し、何かの野菜を馬車に変えている。


「こういうのだよ。お姉ちゃんのやってくれた魔術は、科学にだってできるよ!」

「ぼくも知ってるよ。さっきのは魔導で重力を作ったんでしょ? 科学だともっとすごくて、反重力で空を飛ぶんだよ! でも、ホントの魔法は科学でも無理なことができるんだ!」

 アコは「例えば?」と訊ねる。

「あたしをお姫様にしたり、ここを素敵なお姫様のお部屋に変えたりできる?」

「勇者の装備とかダンジョンを出して見せてよ!」

「そんな道理を無視したものは、ちょっと……」


 その手の魔法は、魔導の国でも「魔法扱い」だ。

 自然科学や魔導のルールに従わない「奇跡」の分類で、絵本の中か、酔っ払いの証言する「妖精の世界」くらいにしかないだろう。

 もっともそれに近いといえるのが女神のアーティファクトの力だが、この世界の子どもの目には、科学と大差ないかもしれない。


 アコが丁寧に説明をしてやると、リンクルは腕を組んで「やっぱりそうだよね。どこにあるのかな、ホントの魔法」と、難しい顔をしてうなった。


「でも、お姉ちゃんの知ってる人たちは、カード一枚で色々な奇跡を起こすよ」

「見てみたいけど、きっと期待外れだよ」

「知り合いにお姫様もいるけど」

「お姫様はランジュの好きなやつ! ぼくは人間がドラゴンに変身するようなのがいい」

「竜人は見たことあるかな……。ドラゴンはうちの世界にもいるけど、さすがに無理です。竜はみんな凶暴だから。でも、この鞄は竜の皮できてるよ」


 肩掛け鞄を差し出す。子どもたちに触って確かめさせると、「なるほど」「すごいね」と、微妙な顔をされた。

 そして、姉弟は顔を見合わせると何やらひそひそと相談し、そろって声をあげた。


「お姉ちゃん、ちょっとキッチンに来て! 狂暴じゃないドラゴンを見せてあげる!」


 引っぱられて屋内へ戻り、テーブルや椅子の置かれたキッチンへと連れられる。ランジュがテーブルの下へ潜りこむと、「ちょっと熱いかも」と言い、リンクルも「鼻息が熱くなってる!」と悲鳴をあげた。


 竜型の機械仕掛けの玩具か何かだろうか? 子ども部屋には犬型のものがあった。


 アコもテーブルの下を覗きこむ。


 すると、本で学んだ知識や魔物闘技場や密猟密輸に関する話が一斉にアーコレードの脳内を駆け巡り、気づいたときには、姉弟を机の下から引っぱり出していた。


 机の下に居たのはなんと、本物のドラゴンの幼体だったのだ。


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