087.星をかける少女-01
人は出逢い、別れる。
たとえ異なる世界同士が結ばれるような次元にあっても、別れの宿命が付きまとうのは、避けられないことなのでしょう。
かつて、父母と幽明界を異にしたときと同じように、わたくしは大切な友人のひとりと永遠のお別れをいたしました。
丁寧に整えられた金髪、二度と輝くことのない蒼い瞳。
安らかな顔は、まるで眠っているかのよう。
口を開けば冗談かセクハラかの彼でしたが、棺に横たえられていれば端麗な容姿に磨きがかかり、思わず息を呑んでしまうような美青年となります。
無言の帰界を果たしたのは……そう、キルシュ・ブリューテ。
彼の死地となったのは、異界の地“清らなる十字架”。
女神たちに造られながらも、遥か遠い世界から伝わった異なる神の教えを信じる世界で、物理的にわたくしたちの世界とつながりつつも、界交は一切なかった地です。
互いに行き来を禁じており、特に向こうはこちらの信仰に対して否定的。
ですが、そんな清らなる十字架が、異界人であるキルシュを「聖人」のひとりとして彼らの信仰対象に列し、その遺骸をとても丁重に保護し、故郷へ帰そうと何度もコンタクトをこころみていたそうなのです。
キルシュが何を思って清らなる十字架に行ったのかは分かりませんが、そのおこないに関しては、友人であるわたくしたちも誇らしく思えるようなものでした。
かの世界では、“悪魔”と呼ばれる存在が人々の暮らしを脅かしていました。
その身を挺して悪魔の手から人々を守り、つるぎを振るい邪を討ち滅ぼす。
何柱もの大悪魔との死闘を演じた末の落命……。
惜しむらくは、こころざしなかばも甚だしき結末。救いたき者も救いきれず、探し求める前世の世界も、姉も見つけぬまま……。
彼は転生者で、キルシュ・ブリューテとして生を受け直したさいに、調和の女神イミューよりギフトを授かっていました。
サンゲ神いわく、イミューの力は永遠や均衡にまつわるもので、生き物の成長の限界や、その存在の不滅性をも支配下に置くことができるそうです。
出逢った当初のキルシュが、頑丈なばかりでちっとも成長しなかったのは、イミューの影響でした。
彼が本格的に成長を始めたのは、長兄シダレ・ブリューテとの戦いのさなか。
そこで調和の女神に声を掛けられて、彼は彼女を拒絶しました。
当時はキルシュはもちろん、わたくしも第三の女神の存在は知らされていませんでしたから確証は持てませんでしたが、その時のやりとりを切っ掛けに彼は超人的な成長を始め、トラベラーとして異界へ赴き、ときには勇者として活動するようになったのです。
皮肉なことに、この成長と活躍が彼の寿命を縮め、亡骸が故郷に戻ることすら阻んでしまった……。
キルシュが亡くなっていたのは、じつはもう数ヶ月も前の話でした。
彼が帰れずにいたのは、かつて、騎士団やトラベラーパーティーを追放され、あまたの法を犯したことを理由に、ブリューテ家に遺体の引き取りを拒否され続けていたからです。
文明世界にて、アルカス王の許可なく活動することは違法です。例えそれが、英雄的な内容であったとしても……。ブリューテ家からしてみれば、恥の上塗りということなのでしょう。
ずっとほったらかしにされていた彼の遺体は、最近になってようやく帰界を許されました。
セリシールが、元人道連盟繋がりの知人を経由して、哀れな棺の立ち往生の話を聞きつけ、正式な手続きをもって清らなる十字架とコンタクトを取り、キルシュとは知らずにふたを開けてみてびっくり……というわけです。
遺体はキルシュの友人であるわたくしが責任を持って引き取り、葬儀はフルール領にて執りおこないました。
当初は、うちの屋敷の者やセリシール、トラベラーギルドのメンバーだけを招いた慎ましやかなものでしたが、話を聞きつけたフルール領民たちも相当数が参列を希望して、それなりの大所帯となりました。
わたくしの知らないあいだに、勝手に領民の困りごとを引き受けたりしていたようです。特に多かったのは子どもです。来賓用の別館を子どもの学校や遊び場として開放しているのですが、キルシュはときおり顔を出していたようです。
遺品の中にアルバムがありました。いつもカメラを持っていたキルシュは、旅先で多くの写真を撮影していたようです。
倒した怪物や手に入れた宝の証拠写真、異界の地でしか拝めない絶景の数々。しかし、中でもとりわけ輝いていたのは、彼が助けた人々や、現地で会った子どもたちの笑顔と並んで写った彼自身の姿です。
ゆいいつ、ブリューテ家から参列した肉親。末の妹ヤエ・ブリューテ。
危険な意味合いで兄キルシュを溺愛していた彼女の取り乱しようは、わたくしが彼女を取り押さえ、おとなたちがこぞって子どもの目を塞がなければならなかったほどです。
ヤエはショックのあまり、尼となって清らなる十字架に亡命するとまで言いだしました。ブリューテ家の当主も、国王陛下もお許しにならないでしょうけれど。
いびつであろうとも、愛は愛。わたくしも彼女の悲痛な決心には打たれました。
追放されるいっぽうで、多くの者に愛された青年キルシュ・ブリューテ。
……失って初めて気づくものもございます。
わたくしのキルシュとの出逢いは最悪でした。
弱みを握られ、親友共に盗撮なんてされて。
それにかこつけて、こちらもずいぶんな扱いをしてきたものですが、そのじつ彼には一度いのちを救われており、わたくしがベッドに伏せているときにはお見舞いに訪れてくれてもいます。
異界の地の英雄譚やフルール領での子どもたちからの人気を知っていれば、わたくしの彼への評価はもっとよかったでしょう。
あのかたは生前、そんなことをおくびにも出さないものですから……。
わたくしが彼の真価を知ったのは、葬儀をおこなった当日の喪主としての大役を務めている最中でした。
そのときばかりは涙をこらえたものの、のちにひとりで彼を想って泣きました。
わたくし、亡き父母や喧嘩中の親友を恋しく想ったことこそはございましたが、男性のかたに会いたくて涙したのは、生まれて初めてのことで……。
焦がれ炭となりしのちに、初めて知る恋の味は苦く。
さて、友の死と恋心という、悲しく切ないストーリーは、まだ続きます。
今回のおはなしの主役は、わたくしたちの友人でありながらも、キルシュを知らなかった、とある人物たち。
アーコレード・プリザブと、アルカス王国の王女シナン様でございます。
病床に伏した王女は異界の娘と友情を契り、彼女に「あるもの」を託します。
そして、友との約束のために奔走するアーコレードに、またも転機が訪れます。
さあ、わたくしとあなたで読み進めましょう。
恋と友情が紡ぎだす、世界と星をまたぐ壮大な悲劇の物語を。
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