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086.ティー・タイムは事件のあとで-06

 乳のように濃い霧は夢の中を進むように、まっすぐ歩くことすらも危うくさせる。

 紫陽館の敷地を囲う塀から十歩離れて方角を見失えば、すぐにでも迷子になれるだろう。


 どこからか声がする。「ラヒヨ、ラヒヨはどこなの?」


 紫陽館を飛び出したときには追っていたはずが、追われる側に回っていた。

 声の方角を確かめようと注意深く耳を澄ませると、静かにみなもが揺れる音を見つける。

 湖だ。声はそちらからした気がする。

 足元に怯えながら進むと、草や土の地面は消え、木製の床が現れた。桟橋。


 普段ならヒールで立てば恐怖を覚えかねない設備だが、迷いの霧の中だと、かかとが木を叩くきっぱりとした音は、不思議と頼りがいのあるものに思えた。


「ラヒヨ、ラヒヨ! もしかして、湖に落ちたりなんて……。ああ! これ以上の不幸は勘弁してちょうだい!」


 悲痛な叫びが聞こえる。


 少女が自分はここだよと振り返った瞬間、右のふくらはぎに激痛が走った。

 あまりの痛さに絶句し、喉がひゅっと音を立てる。

 ぶつりと腱が切れたような、筋肉を無理矢理に引き抜かれたような。


 バランスが崩れる。

 次の瞬間、肉体は宙へと踊った。


 ……すると、白い闇の中から、さっと、手袋をした細い手が現れた。


「ラヒヨ!」


 だが、求めつかまんとする母の手は、娘の手ではなく、宙をつかんだ。

 霞の中へと消える、哀しげな夫人の顔。

 どぼん。少女は背中から冷ややかな歓迎へと呑みこまれる。

 身体中が凍るような水に叩かれ、耳や鼻の奥に鋭い痛みが走り、肺の中の空気と水がトレードされる。


 ――足が!


 右足がいうことをきかない。

 もがき、一瞬だけ顔を水面から出すも、息を吸いそこない、「誰かラヒヨを助けて!」の叫びを聞くだけに終わる。


 苦しい、苦しい。

 少女はいのちを水音に変換し、抜け出せない悪夢でもがき続ける。


「ああ、ラヒヨが死んでしまう。あんなに大事にしてきたのに。たったひとり残った、大切な娘なのに」


 水底へと沈みながら、少女はみなもの向こうの世界をぼんやりと見つめる。

 世界はきらきらとしている。自分が向かう先は、とても暗いのだろう。


 光のゆがみの中で、アイドラ夫人がこちらに向かって手を伸ばしてしゃがみこんでいる。

 すっ、と立ち上がる夫人。そばに駆けつける黒い人影。


 ――やはり、あの人だった。でもなぜ?


 少女は肺の中から水を強引に押し出し、身体の中に蓄えておいた酸素を代わりに引きこむ。

 水の揺らぎを補正して視界を整えれば、人影はカラズだと分かった。


 ――これ以上いると泳げなくなる。ここはあまりにも、寒いです。


 消された足の筋を埋め合わせ、水を掻いて水面を目指す。


 またも、どぼん。


 水の中へ何かが落ち、水中が激しく泡立った。

 誰かに支えられ、岸のほうへと連れてゆかれるのを感じる。

 自力でも岸に上がれたが、甘えようという気が起きる。そのほうが自然だ。


「水を吐かせて人工呼吸をしなくては。まさか、きみとのくちづけがこんな形になるなんて」


 その必要はない。少女は咳きこむそぶりをすると、カラズを手で制した。


「ああ、ラヒヨ! よかったわ!」

 悲鳴交じりの声をあげる夫人に抱きすくめられる。


 ……それから、背中がまさぐられるような感覚。


 ふいに胸に、いや「心臓」に痛み。

 思わず夫人を突き飛ばし、胸を押さえる。


「ラヒヨ、どうしたの? まさか、冷たい湖に落ちたショックで!?」


 崩れ落ちる身体をアイドラが支え、少女の頭へ手が添えられる。


「ああ、ラヒヨ! どうか死なないで! わたくしはあなたがどんなふうになっても、たとえ、ベッドから二度と起きられなくなっても、愛し続けるわ」


 支えられた頭、後頭部に違和感。

 ぬるりと脳をかき分けて、何かが入ってくる。


「……だって、あなたの母親なんですから」


 えも言われぬ吐き気が襲う。マズい、すぐには対応できない。



「お母様!」



 声が飛びこみ、脳をまさぐろうとしていた手が止まり、退いた。


「ラヒヨ……!? いえ、ラヒヨはここにいるわ。わたくしの腕の中……」

 夫人と目が合う。優しげな瞳。

「ずっとずっと、あなたのお母様がお世話をしてあげますからね」


 またも、脳へと何かが忍び寄る気配。

 すかさず少女は問う。「それはいったい、誰を愛してのことですか?」


「あなた、声が……!」


 アイドラの瞳の中のラヒヨは笑顔を作ると、ぐにゃりと歪み、「わたし」に返った。

 ヨシノは自身の手が、太陽を浴びた色から月の色へと変ずるのを眺める。

 夫人は信じられないという表情をみせ、ヨシノを乱暴に地面へと落っことした。


「酷いですね。娘さんでなくても、大切にして欲しいのですが」

「あなたは、ヨシノさん!? でも確かに……!?」

「愛していらっしゃるのは、ご自分のことだけでしょうか?」

「何をおっしゃるの!? 本当に紛らわしいドレスを着て! きっと、霧のせいで見間違えたんだわ」

「霧は真実を隠しても、ゆがめはしませんよ。ラヒヨさんだと思ったのなら、なぜ足の内部を切って突き落としたんですか?」


 あとずさる夫人。誰かにぶつかる。

 もう一人の青と紫に咲くドレスの娘。


 ラヒヨ・ハイドランジアの顔は悲しみに染め上げられていた。

 しかしその腕は、これまで強いられてきた不自由を仕返すかのように、しっかりと夫人の腕を取り押さえている。


「アイドラ・ハイドランジアさん。すべてお話し、いただけますか」

 起き上がり睨むヨシノ。夫人の顔が見る見るうちに醜く、ぐにゃり。

「策略よ! バケモノがハメようとしてるんだわ! ラヒヨ、こんなところからはさっさと逃げましょう!」


 力任せにじつの娘を突き飛ばし、きびすを返す夫人。


()の願いは()の願い。()は誓わん、女神ミノリの名のもとに」

 男の声で誓いがなされ、夫人の足元に何かが落ちて虹色に光った。

 光はリボンのようになると夫人の二本の足首をひとつへとまとめ上げてしまい、鉄の枷へと化けた。

 倒れる夫人。彼女の見上げる先には、花婿の弟ザヒル・クランシリニがいた。

「危ないところだった。ヨシノさんの機転がなければ、ラヒヨが先にあなたを見つけていたかもしれない」


「お義母様、いや、ハイドランジア夫人。これはどういうことなんですか」

 詰め寄るは花婿カラズ。


 騒ぎを聞きつけたか、周囲からいくつも動揺の声があがり始めた。

 おあつらえ向きに霧が薄まり、宴の参加者たちの姿がうっすらと現れる。


「どういうことなのか聞きたいのはこちらですわ! みなさまがた! 花婿たちが謀反を! ハイドランジア家を乗っ取る気ですわ! アルクビヨンの形見を盗んだものきっとこいつらよ! あのフルール家のメイドもバケモノです! ああ、助けて!」


 大仰に泣き叫ぶ夫人。

 彼女に耳を貸す者は誰もいない。


「お母様、どうしてあたしを……いえ、率直にお訊ねするわ。お姉さまたちを殺したのも、あなたなの?」

 震えるラヒヨ嬢。彼女は今にも崩れ落ちてばらばらになってしまいそうに見えたが、アーコレード・プリザブが支えていた。


「違う! 殺すつもりはなかったのよ! ああ、違う! わたくしじゃない!」


 拘束されたままのたうち回るその姿はまるでヘビ。

 そのヘビの胸元へ、女神の描かれたカードが突き刺さる。

 投げたのはカラズ・クランシリニ。


「嘘つき女め。貴様のこころに正直さを創造してやった。すべて話せ!」

 愛するひとを奪われた男。

 精鍛どこへやら、オニも顔負けの怒りの表情。


「……だって、みんなが、わたくしを見てくれるから」

「は?」

「可哀想だって、思ってくれるから。みんな、わたくしじゃなくって、娘たちのほうばかり可愛がるんですもの。そんなの、おかしいわ」


 三姉妹の母が語るは、虚偽で塗り固めた「甲斐甲斐しき悲劇の母」の物語。


 長女アルクビヨンを産み落とすと同時に、アイドラへ向けられていた領主や領民たちの愛の矛先が変わった。

 わたくしも愛して。だが母となった彼女は、娘のために生きることを強いられる。

 あるとき、アルクビヨンが病を患った。

 風邪程度の流行り病だったが、赤子には致死の毒となりうるものだ。

 母は身を捧げて娘を看病する。それは誠心誠意、正真正銘の愛だった。

 その姿に後光を見たものが賞賛し、乾いた器を再び潤してくれた。

 アイドラは知る。娘に愛と哀を与えれば、わたくしもまだ見ていてもらえる、と。


「じゃあ、呪いのマジックアイテムをお守りにさせていたのも……」

 アーコレードが声を震わせる。

「少し身体を弱くしてやるだけの物だったのよ。殺すつもりはなかった。娘たちのことは愛していたから。でも、オルテンシアは死んでしまった。悲しいことだわ」


「悲しいことだって……」

 青ざめる娘。

「だったら、ニカクさんを殺したのはなぜ!? あの人が死んだからって、お母様を憐れむ人はいないわ!」

「そう? 娘の結婚パーティーが台無しになったら、可哀想じゃない?」

「……そんな!? そんなことのためにニカクさんを殺したの? 人でなし!」

「人でないのはあの亜人のハーフでしょうが!」


 ラヒヨを支える異界の令嬢が、酷く小さな声で「それは差別です」と、誰かに言い聞かせるかのように呟いた。


「そもそもね、ニカクは共犯者なのよ。お守りを用意してくれたのも彼。彼ほどの商人が取引先の娘が呪いの品を身に着けているのを指摘しないはずがないでしょう? 本当だったら、パーティーを台無しにするのは、アルクビヨンの涙が無くなるだけで充分だったの。あいつにあれを売り飛ばさせて山分けのはずだった。そのお金で、あらためてあなたのための品物を作らせるつもりだったの。でも、あいつは欲を掻いた! わたくしが娘たちをハメていたことをバラすぞって!」


「それで殺したというのか。どうやら私も、散々もてあそばれていたようだね」

 マナセ医師が現れた。

「アルクビヨンさんやラヒヨさんが生まれながらの貧血体質で、やけに内出血が多かったのも、あなたが仕組んでいたことだったんだな」

「そうよ! お腹の中を、ほんのちょっとだけ裂いてね。別に殺すつもりはなかったのよ。病弱なだけじゃ足りなくなったから、仕方がなかったのよ!」

「くそ! ひとが魔法や奇跡に気づけないからって! もうひとつ問おう。アルクビヨンさんのお腹の子も……」


 けたたましい笑い。霧を切り裂き、湖に波紋を呼び起こすほどの。


「そうよ! わたくしがやったのよ! あたりまえでしょう? 母親になっただけで誰も見てくれなくなったんだから、お婆さんになったらどうなるのよ? アルクビヨンだって、みんなから可哀想だって思ってもらえたんだから、幸せでしょう!?」


「ひとの子のいのちをなんだと! アルクビヨンは、あなたのことを愛していたというのに!」


 カラズ・クランシリニは腰から柄だけの剣を抜き、構えた。


()の願いは()の願い! あの世でアルクビヨンに謝罪せよ、アイドラ・ハイドランジア!」


 柄から虹色の光が伸び、光り輝くやいばを成す。

 断罪のつるぎの振り下ろされたる先には、同じく虹のつるぎがあった。


「ザヒル!? 俺は止められんぞ!」

「兄上! クランシリニ家の名に泥を塗る気か!」

「もはや家名などでは動かされんぞ! アルクビヨンの無念を晴らす!」

「だったら、なおさらやめておけっ!」


 散る火花。兄の手にした剣が弾かれ宙に舞う。


「くそ、腕を上げたな。だが、それでも……」

 懐に手を差し入れるカラズ。


 しかし、ザヒルは剣を下ろし、首を振った。


「もうやめるんだ兄上。あれを見てくれ」


 彼らの見やった先、湖面に何かがたゆたい、光っている。


「あれは、アルクビヨンの涙……!」

「そうだ。彼女が泣いている」


 カラズ・クランシリニは膝から崩れ落ち、うつむいた。

 いつの間にか雨が再開し、あたりは静かなささやきに包まれていた。


* * * *

 * * * *


 紫陽館の事件から数日後、ヨシノはスリジェ邸を訪ねていた。


「先日はお世話になりました」

「世話になったのはこちらも同じだ。兄上も礼を言っていた」


 ザヒルは花壇と向き合ったままで言った。

 支柱を立てて布を張り、中の植物の冬支度をしてやっているようだ。


「要件はそれだけではないだろう?」

「もちろんです」

「当ててやろうか。フルール卿からお茶会のお誘いだ。セリスお嬢さまは休暇で、今朝からご機嫌がいい。早く呼んで差しあげてくれ」

「半分ハズレですね」


 こちらを見上げるザヒル。

 ヨシノは彼のそばへと歩み寄った。


「今日はフロルお嬢さまではなく、わたしが主催のお茶会なんです。だから、よろしければ、是非」

「私にも来いと?」


 首をかしげたザヒルだったが、ヨシノがセリスに許可を取っていると付け加えると、「ならば行くしかあるまい」と立ち上がった。


「余分な仕事を押しつけられなくて助かると思ったのだがな」

「ご迷惑でしたか?」

「いや、きみに招待して貰えたのは嬉しいよ。ありがとう」


 にこりと笑顔を見せる青年。


「ついでに、怪盗の件について問い詰めるとしよう」

「ご勘弁いただけますか」

「冗談だ。うちのあるじの機嫌を損なわせる気はないさ。庭いじりも済んだことだし、すぐに仕度をしよう」

「花壇には何が植えてあるんですか?」

「ハイドランジア・フラワーだ。きみやラヒヨが着ていたドレスによく似た花が咲くんだが……」

「だが?」

「土壌によって咲く花の色が違うらしい」

「それは知りませんでした。咲いたらまた見に参りますね」

「夏前に咲く花だから、冬の寒さから守ってやらないとな」

「優しいんですね」

「仕事だ。枯らすと領内便所掃除巡りを命じられてしまう」

 ザヒルは覆い隠された花を見てため息をついた。

「ハイドランジア家は、あのようなことになって残念だ」


 王の招集より戻ったハイドランジア卿はことのあらましを聞き、怒りと悲しみをあらわにし、夫人へ有情無情に死罪を言い渡した。

 しかし、ラヒヨがそれを止め、追放処分にするように頼んだのだ。

 アイドラ・ハイドランジアは現在、第四遺世界を利用した監獄で暮らしている。


「それはラヒヨ嬢の愛なのか、はたまた復讐なのか。私には分からないな」

「わたしとしては復讐説を推します。あのかた結構、元気ですよ?」


 ラヒヨ・ハイドランジアはカラズ・クランシリニとの婚約を破棄し、再びフルール邸に通うようになっていた。

 しかし今度は、メイドとは別の「家を切り盛りする力」を磨きに訪れている。


「あのルヌスチャン・イエドエンシスに教えを乞うているのか!?」

 青年は目を丸くしている。

「はい、領主たるものは何かと」

 メイド時代はルヌスチャンのお小言を嫌って、彼の視界に入らないようにしていたラヒヨだったが、殊勝にも珍しい壺を手土産に、名執事を訪ねたのだ。


「タフだな。いい君主に化けるかもしれん」

「師匠が師匠ですからね。剣でも最強、口うるささも最強。ザヒルさんもチャンに教えてもらったらいかがですか? すぐに音を上げると思いますけど」

「きみもあんがい言うんだな……。せっかくだが、遠慮しておく。クランシリニ家とイエドエンシス家は、古来より名家の執事の座や役人の椅子を争ってきた敵同士だ。ヤツに教えを乞うなど、末代までの恥だ」

「同業はライバルなんですか。では、わたしとザヒルさんも?」

「きみとは穏便に友人、ということにしておいてくれないか?」

「よかった。わたしも友人になれると思っていたので、秘密を明かしたんです」

「また変身して脅かすのはやめてくれよ」

「あのときのわたし、怖かったですか?」


 胸の中の不安。わたしは、バケモノ。


「まさか。若い婦人が別の若い婦人に変わっただけだろう。驚きはしても、恐怖はしない」


 ――もっと醜いわたしを見ても、あなたは平気?


 ヨシノは口にする。「この力で、ひとを傷つけたことがあります」

 ザヒルは言った。「聞いて欲しいのなら聞くが。私はどちらかというと、きみが傷ついた回数のほうが多いんじゃないかと踏んでいるがな」


 ヨシノは話した。

 喀血城の演技にてアーコレードを騙してしまったことを悔いていると。

 彼女に隠し続けるべきか、打ち明けるべきかと。


「友達、か。アコなら心配はないだろう。彼女とは同じ屋敷で暮らしているが、不幸そうな顔をしているのは魔導書と睨み合っているときくらいだ。ラヒヨとも仲良くなったようだし、何より最近の彼女には、本物の王女という友人がいるからな」


 と、言いつつも、ザヒルも幽かに表情を曇らせていた。


「なんにせよ、主人の思いつきのとばっちりは、我々の苦労であると同時に、誇りでもある、だろう?」

 苦笑するザヒル。ヨシノも「ですよね」と表情をまねる。


「胸に秘めておかねばならぬのが従者の悲しいところだな。だが、愚痴があるのなら、暇の許す限り聞くぞ。その代わり、こちらの話も聞いてもらうことになるが」

「いいですね。興味があります。ザヒルさんがどんなふうに虐められているのか」

「きみは意地が悪いな。さ、そろそろお嬢さまに声を掛けねば。おしゃべりの続きはカップを傾けながらが相応しいだろう」


 背を向けるザヒル。ヨシノは呼び止める。


「待ってください。今日はふたりきりで」

「ふっ、ふたりきり……!?」


 背を向けたままのザヒル。頬が、ぴくりと引くついた気がする。


「ダメですか? セリスお嬢さまには内緒で」

「セリシール様に秘密で? ふむ、どうしても言うのなら……」


 振り返る青年はにやけている。ちょっと頬が赤いようにも見える。

 しかしそれは、見る見るうちに青ざめて……。


「ザヒルさん。どうして、わたくしに秘密になさるんですの?」


 彼の瞳の中にメイド姿のセリシール。すぐさま、ぐにゃりと「わたし」に戻る。


「び、びっくりした……。気軽に他人の姿を借りるんじゃない! しかも、ひとのあるじの姿を!」


 怒る青年は尻を地面にくっつけている。

 彼は立ち上がると土を払い、「さっさと行くぞ」と言った。


 ――ふむ、なかなか面白いかたのようですね。


 バケモノメイドのヨシノは、彼に見えないところで百点満点の笑顔を披露したのだった。


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