084.ティー・タイムは事件のあとで-04
※先日(5/7)は2回更新しております。
「さっさと泥棒を取っ捕まえて、自由の身にならなくっちゃ」
ラヒヨは上機嫌だ。彼女は部屋を出ようと扉へと向かう。
しかし、ザヒルが扉の前に立ちふさがった。
「あなたも容疑者の一人だということを忘れぬようにな」
「身体検査でもするつもり? カラズにも触らせてないんだから、やるならアコかヨシノさんに頼んで。でも、ほかの連中は素通りさせたんだしフェアじゃないわ」
口を尖らせる令嬢。しかし、ザヒルは動かない。
「身体検査の必要は、無いかと思います」
アーコレードが言った。
「少なくとも今のラヒヨさんは、アルクビヨンの涙を持っていません」
「どうしてそう言い切れる?」
「魔力の気配で分かります。ルリカンザシの作品は、魔導石の魔力を恒常的に利用することで有名なんです。石の中でずっと雨が降っているように見せているのなら、常に魔力を発しているはず。魔力の感触は、持ち主ごとに違いがあります。魔導のない世界のかたでも、勘がよければむき出しの魔力くらいは感じられますが、あたくしなら、これらをすべて感じ分けることが可能です」
アーコレードは解説すると、部屋の隅のショーケースに移動し、中に入った貴重品を次々と指差していく。
「こちらに飾られてるアクセサリーの、これとこれと、これは魔力が宿っています」
赤い宝石のはまった指輪、金のネックレス、最後はシロウトでも分かる魔導石のイヤリング。
「アコったらすごい。どれも魔法のある世界から仕入れた物ばかりよ」
ラヒヨの向ける視線も、宝石のようにきらきらと輝いている。
アコは、はにかんだ表情を見せると、棚の引き出しのひとつを指差した。
「この中にもいくつか。でも、こちらはちょっと、褒められたものじゃありませんね」
「褒められたものではないというのは、どういうことだ?」
ザヒルが訊ねた。
「負の魔導を感じます。負の魔導は、逆回しの力です。魔力の供給源である魔導石の場合なら、力を吸い寄せる力が生まれます。近くにあるものの魔力や生命力を吸収して溜めこむんですけど、その割には強い力を感じないので、保持力が弱くて、せっかく吸ったエネルギーを無駄にしてしまっているのでしょう」
「粗悪な魔導具ということか?」
ザヒルは無遠慮に引き出しに手をかけた。鍵が掛かっているらしく開かない。
「よくて粗悪品。悪くて、その……呪いの品と呼べるかと」
ザヒルの手が、ぱっと離れる。
「あくまで魔力を吸い寄せるというだけで、負の魔導自体は悪ではありません。おそらくですけど、ザヒルさんやヨシノさんもひとつつづ、身に着けていらっしゃるかと思います」
ふたりそろって「わたしも?」と声をあげる。
「ザヒルさんは胸の中に、ヨシノさんは腰に提げていらっしゃりますね」
ふたりは同じ物を手にする。懐中時計だ。
「ごくごく微弱ですけど、使用者の力を吸って針を動かしています。正常なかたなら石が吸う量よりも力が戻る速度のほうが圧倒的に早いので無害です。使われている石も、針の先ほどの大きさですよ」
ヨシノの持つ銀の懐中時計は、誕生日にフロルが贈ってくれたものだ。
「引き出しに何が納められているのかまでは分かりませんが、故意に人の手が加わえられたものなら、呪いの品といって差し支えないと思います」
ラヒヨは引き出しを見つめたまま、ずっと考えこんでいるようだ。
ザヒルが中身について問いただすと、彼女は引きつった笑いを浮かべて答えた。
「異界の職人に作らせた銀のネックレスがふたつ。あたしたちのために、お母様が取り寄せたおまもりよ……」
――夫人が?
「お母様は心配性だから、これを肌身離さず持つように言うのよ。あたしがフルール邸に花嫁修行に行くときも、持って行けって言われてたんだけど、監視されてるような気分になるから、こっそり置いていったのよ」
――夫人は娘たちはみんな、病弱だといっていた。
だけど、フルール邸の見習いメイドとしてやっていたラヒヨは病弱どころか、元気すぎて困るほどだった。ひょっとして……。
「きっとお母様は、あたしたちを家に縛りつけるためにおまもりを持たせてたんだわ。二番目の姉さんはあたしが生まれる前に死んじゃってたけど、それはおまもりを持たせていなかったせいだって、ことあるごとに言ってたのよ。それがまさか呪いだったなんて。心配性過ぎたのが仇になっていたわけね」
――心配性……。夫人が故意にやった可能性は?
身体を害する装飾品など、職人が世に出すだろうか。
夫人がオーダーしたか、あとから魔術を付与された可能性は?
――でも、なんのために。
ヨシノは首を振り、頭に浮かんだ不気味な考えを振り払った。
こういう腹黒いストーリーを考えてしまうのは、フロルの影響だろう。
――親は通常、子どもを愛するものらしいですし。
多くの世界で、多くの生物が。
掟や誇りが優先されることもあるが、それは愛そのものとは別問題だ。
――わたしにも、父や母がいたのでしょうか……。
フロルと並べて育ててもらってはいたが、従者という意識はあったから、先代たちを父母だと感じたことはない。
ここ最近のフロルの調べから、自分には親というものが生物学的に存在しない可能性まで浮上している。
『せめてきみには、幸せになってもらいたかった』
いつかどこかで、誰かに言われた言葉が浮かぶ。
どうして今、思い出すのだろう。
『お姉ちゃん』
――お姉ちゃん? なんでこの言葉が……。
「ヨシノさん? どうしたの、ぼーっとして」
ラヒヨが腕を引っぱる。
「大広間に戻りますわよ。ザヒルは案外、頭がいいわね。カラズは口うるさくないぶん、腑抜けた感じがするのよねえ」
話を聞いてなかった。
小声でアコに訊ねると、これから大広間で客たちが魔導具を持っていないか視る、と教えてもらった。
ザヒルが言うには、この霧ではアルクビヨンの涙を屋外へ持ち出せないし、屋敷内に隠されていれば、使用人かハイドランジア家の人間が犯人である可能性が高いだろうとのことだ。
ところが、大広間に戻って、魔力を感じた来賓に声を掛けると、「またか」と言われて拒まれてしまった。次の客は応じたが、彼も「またか」と口にした。
すでに、夫人とニカクが同様の手を打っていたのだ。
使用人たちも、番兵以外は外出禁止を言い渡されたあとだった。
「やられた! これでは会場内の人間が正確に調べられない」
ザヒルが苛立たしげに靴を踏み鳴らす。
「ラヒヨ、あのニカクという亜人は信用できるのか?」
「あたしが生まれる前から本邸に出入りしてたし、お父様とお母様は信用してるみたい。厭味なところはあるけど、特にトラブルは起こしたことはないわ」
「ニカクの魔導の勘は?」
ザヒルがアコを見る。
「確かだと思います。オーガ族は魔導が不得手ですが、フーリューのオーガであるオニは例外で、呪術が得意なんです。それに、魔導の世界で商人として身を立てるには、魔導具の鑑定は必須の技術ですから」
アーコレードは「でも、怪しいかもしれません」と、遠慮気味に付け加えた。
「アルクビヨンの涙を作ったルリカンザシは、故人なんです。亡くなったのは最近で、作品の価値が跳ね上がったらしく、マギカ貴族の集まりでもよく話題になっていました」
「客には異界人もいるな。その話を知っていそうなヤツを探ってみるか」
ザヒルは付け加える。「もちろん、ニカクは重要参考人だ」
ふいに、ラヒヨが「あっ!」と、口に手を当て目を見開いた。
「そもそも、来賓のかたがたを疑うのはナンセンスだわ。だって、あたしもお姉さまも、アルクビヨンの涙をつけて人前には出たことがないから、存在そのものを知らないはずだもの!」
「もっと早く言え! やはりニカクが犯人に違いない!」
「でも、誰かが盗んだと最初に言い出したのはカラズよ。誘導したのかも!」
「身内を疑わねばならないのは気に入らないが、もしそうだとしたらクランシリニ家の恥だ。私が兄上を探すから、きみたちはニカクを探してくれ!」
ザヒルは駆け出し、さっそく、その辺にいたメイドを捕まえて迫った。
顔が近い。フロルいわく、彼は顔だけはイケメン。
「あらやだ、花婿の弟さん。あたしに気があるのかい?」
「もう少し若いかたで願いたい。そんなことはいい、その花婿を見なかったか?」
「カラズ様なら、さっき出ていったよ」
「なんだと!?」
ザヒルは、どたどたと靴音を鳴らして出口のほうへと向かっていった。
年老いたメイドは「あたしがあと十年若ければ追いかけたのにね」と見送る。
「あれ、うちのメイド長よ。五十年の間違いでしょうに」
「ラヒヨさん知ってました? ザヒルさんって、かなりの年上趣味だそうですよ」
「へー! だから、セリシール様に手出しをしないのね」
「でも、お風呂とかお着替えの最中でも、平気で声を掛けてくるんですよ。あたくしも一度、寝室に入られたことがあって、セリスお姉さまに抗議してもらったんですけど、そういう目で見たことはないって、きっぱりと言われて」
「それはそれで失礼よね。あたし、ボディには自信があるんだけど、使用人のころからカラズには色仕掛けが効かなかったのよ。クランシリニ家は年増好き?」
「カラズ様はアルクビヨン様がいらっしゃったからでは?」
「それもそっか」
令嬢たちの噂話にヨシノは首をかしげた。
趣味の問題ではなく、あるじに欲情しないのは使用人としての最低条件ではないのか。ザヒルが失礼なのには変わりはないが、彼のその信条は好ましい。
――そういえば、チャンも緊急時にはノックもしませんね。
執事は失礼が礼儀なのだろうか。
もっとも、うちのあるじはむしろ、自分の趣味のために他人の情欲を煽るようなことをするのだが。被害に遭った使用人や兵士の男どもは、フロルから目をそらすようになるので分かりやすい。
「きゃーーーっ!」
しょうもないことを考えていたら、悲鳴が聞こえた。
ヨシノはなかば無意識のうちに走りだしていた。
バケモノの聴力が声のした方角と距離を計算し、バケモノの脚力はヒールの高いドレスシューズという悪条件を二、三歩で修正し、ふたりの令嬢をあっという間に置き去りにした。
開け放たれたドア。客間のひとつ。
尻もちをついて、扉から半分身体を出している若いメイドの姿。
「どうしました!?」
「ラヒヨさ……あ、ヨシノ様。あ、あのお客様が倒れられていて……」
身内のメイドなら、悲鳴よりも救護処置を、と説教したところだ。
室内を見やると、大きな体の男が胸を押さえた格好で倒れていた。
――これは!
血肉に通じるバケモノは、触れれば彼がすでに息絶えていることを理解する。
亡骸を仰向けると、苦悶を浮かべた見知った顔が現れた。
魔導の世界がフーリュー国の商人、ニカクである。
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