074.わたくしの言うとおりにすればよろしいのですわ-06
「怪盗から盗もうなんて、千年早いですわよ!」
宣誓とともにカードを投げる。札が宙に突き刺さると短い悲鳴が聞こえ、見覚えのある派手なスーツ姿が現れた。
「ちっ、バレたか!」
カードの刺さる手の甲を押さえるラヴリン。
それでもつるぎはしっかり握ったままだ。
「そなたにそのつるぎは分不相応だ」
エチル王子が腰のつるぎを抜く。まっしろな刀身が、きらり。
「アコよ、例の魔法でやつをひっ捕らえよ!」
と、命じる王子の鼻先を、よろよろと火球が通過していった。
「お使い様の品に手を付けるとは不届き千万! わが魔法を受けるがよい!」
さっきの信者の中年魔女だ。
彼女が何やら口の中で長ったらしい呪文をむにゃむにゃとやると、こぶし大の光の球が生まれて飛び出し、泥棒女の頬に、べちんと当たった。
「痛いわね!」
ラヴリンがペンのような物を取りだし、魔女へと向ける。
ペンから赤い光が魔女の肩へ照射されると、じゅっと音を立て、魔女は肩を押さえてうずくまった。
「この女は光学兵器を持っているようです。みなさん、お気をつけて」
ジャノヒゲが指輪をかざして宣誓、魔女とともに結界に引き籠る。
ところが警告虚しく、信者たちは容赦なくラヴリンへと向かっていく。
「女神様に逆らう叛逆者め!」
丸めたパンフレットを持った女性が飛びかかる。
「盾が割れたのも、きっとおめーのせいだ!」
戦士が斧を振り上げる。
「創造神よ、応えなさい!」
赤スーツの女が命じると、指輪と同様の結界が現れ、ふたりを吹き飛ばした。
「なっちゃいねえな! ここは俺様に任せな!」
サングラスの竜人が爪を光らせ、テーブルをひっくり返しながらやってくる。
「待って!」フロル・フルールの警告。
しかし、時すでに遅し。「破壊神よ、応えなさい!」の、のちに一閃。
竜人は、まんなかから左右に両断され、こと切れた。
いっしゅんの沈黙ののち、巻き起こるは恐怖の嵐。
信者たちも、こぞって部屋の外へと逃げ始める。
「最強の剣はワタクシの手の中にあるのよ。死にたくなかったら近寄らないことね」
女の余裕顔、しかし相好はすぐに崩れ、床に膝をつく。
魔力ほとばしらせる令嬢の両腕が、泥棒女へと向けられていた。
「殿下! 今がチャンスです!」
「ナイスだアコ! 窃盗の次は殺人とは、大悪党め! われが成敗してくれる!」
斬りかかるエチル王子。
「アンチ・マジックフィールド起動! ワタクシを舐めないことね!」
女の周囲の空間がゆがみ、不可視の波がアーコレードを弾き飛ばした。
「そちらも、われを舐めぬことだ!」
王子はものともせず斬撃を放つ。
黒く燃える炎をまとったつるぎが迎え討ち、白いやいばと当たって弾きあった。
「破滅のつるぎが打ち負けた!? クォークすらも消滅させる炎だって分析されてたのに!」
「そなたでは力を引き出せぬということだろう!」
「王子! そいつの裏にいる連中のことを聞き出すわよ!」
フロルは鞭を振るい、赤スーツの女をぐるぐる巻きにする。
「動かないで。わたくしが願えば、あなたは簡単に消えてなくなりますわよ。あなたのおっしゃる、愛と憎しみのエネルギー研究会。目的は何?」
「怖い顔をなさらないでフルール卿。ワタクシたちの目標は、すべての世界を愛と平和で包みこむことですわ」
女の口がゆがむと、ふいに鞭の手応えがなくなった。
「消えた!?」「あなたのお友達は預からせてもらったわ!」
振り返れば、アーコレードの背後にラヴリン。
さきほどのレーザーペンを令嬢の頭に押しつけている。
「じゃ、お返しいただくわ」
フロルは鞭で妹分を引き寄せ、弟分へと押しつける。
慌てたラヴリンがペン先を向け照射するも、フロルの腕の炎が猛り掻き消した。
「レーザーが消滅した!?」
「汝の願いは吾の願い。覚悟なさい」
宣誓に応えた鞭がレイピアへと変じ、女の腕をひと撫で。
破滅のつるぎを持った腕が跳ね上げられる。
「破滅のつるぎが二本!?」
「ご自分の腕の心配はいいの? それとも、斬られても生えてくるのかしら?」
つるぎを取り返し、もう一方の腕も容赦なく斬り捨てる。
「あなたの盗んだ破滅のつるぎは、試し打ちの品よ。真打ちは、こっち」
つるぎを鞭へと戻し、両腕を失った女を再び拘束する。
シダレとの一件以降、フロルはふた振りの破滅のつるぎを持ち歩いていた。
シダレの持っていたものはつるぎとして、フロルが父親から引き継いだぶんは鞭として携帯している。
『わらわの力を無断で引き出しおった。ようやく見つけたぞ。殺せ』
「彼女たちのバックを知る必要があるわ」
『神が殺せと命じているのだぞ!』
慌てて拘束を解くと、フロルの意思に反して鞭が破滅の炎を宿した。
ラヴリンはその場に倒れ、血の海を広げながら悪態をつく。
「フロル・フルール、どこでワタクシたちのことを知ったの?」
「立場を理解していらして? それとも、始末屋ロボットが怖くて口を割れない?」
「どうせ研究部門の連中ね。悪いけど、あなたが会ったのは下っ端よ」
倒れたままの女の口が笑った。
「ワタクシたち幹部は、始末屋を使う立場にあるのよ」
次の瞬間、窓の外がまっしろな閃光に包まれた。
音も消えるほどの爆音とともに窓ガラスがとろけるのが見え、熱風を感じたかと思えば、視界の隅でアコと王子が熱線の中に掻き消えるのが見えた。
窓の外、宙に浮かぶは無機質に輝く銀の人型。
「生体反応、アリ。魔力波動ニヨル空間湾曲ヲ確認。コレニヨリ焼却砲ヲ拡散シタト推測。対象ヲ、重要度EカラCニ修正。Cノ削除ヲ実行後、Aノ確保ニ……」
機械音声はフロルの腕の中で垂れ流されている。
ロボットはフロルが視認してすぐ、とっくに鞭で首をはねられていた。
「始末屋が負けた!?」
「あなたたち、技術が発達してる割にトロいのよ。ふたりとも大丈夫?」
高温の攻撃にさらされたふたりを見ると……。
アーコレードがずたぼろの姿で両手を前に突き出し、王子をかばっている姿があった。
「た、助かったぞアコよ。そなた、なかなかやるではないか」
顔を引きつらせる王子。こちらは無傷だ。
「あ、あたくしがやったの? 無我夢中で」
「なんにせよ大手柄だ。もう少しでわれらは丸焦げになるところだった」
ところがどっこい、急にふたりの衣装が発火した。
「きゃーーっ! ドレスが燃えてなくなって! きゃーーっ!」
「あちち! われは呆れたぞアーコレード。そんな貧乏くさい身体で、あちい! 成人してるなどと、言っておったのか!」
「きゃーーっ! 見ないでセクハラ! 痴漢! 変態! きゃーーっ!」
「やめろ! 床にめりこむ!」
元気そうだ。
窓や壁のぶち抜かれた高所での半裸。お嬢さまは「いいわね」とうなずく。
「さて、あなたもなかなかの格好になったみたいだけど?」
ラヴリンは両腕を再生させていたが、スーツは滅されたままだ。
ノースリーブで腕をがっつり露出していてワイルドである。
「どうなってるのよ!? ガキどもも倒せてないなんて!」
動揺するラヴリン。しかし、フロル・フルールは見抜く。
あなたには、すぐ口元に出るくせがある。
「ふたりとも、まだ何かくるわよ!」
同時に機械音声。「亜音速戦闘、開始」
すぐさまエチル王子はアーコレード嬢を引き寄せかばうも、ふたりまとめて弾き飛ばされてしまった。
二体目の始末屋ロボか。いっしゅん姿が見えたが、破裂音とともに消滅し、またもアコたちを吹き飛ばした。
目に映らない速さ。あれはふたりでは荷が重い。
――わたくしが注意をひきつけて、カウンターを狙えば。でもラヴリンが。
どうする? 自分ひとりなら話は早いが。
敵も味方も死なせず、ロボだけ破壊。
破壊神より授かった滅びの炎に願えば、それも叶うらしいが。
しかし、フロルの脳裏には、聖騎士の最期と壊れた屋敷の光景が蘇る。
「きみはラヴリンを捕らえるんだ。フロル・フルール!」
どこからか、男性の声がした。
同時に、始末屋ロボが動きを止め、姿を現す。それともうひとり。
顔の上半分を覆う仮面と黒コートをつけた銀髪の男がつるぎで斬りかかっていて、ロボの動きを止めていた。
「あなたは誰!?」
仮面の男は答えない。
ロボが衝撃波とともに再び姿を消すと、男もそれを追うように掻き消える。
「今のうちに逃げなきゃ……」
ラブリンは最初に切断された自分の腕をまさぐっている。
「ああ、もうダメだわ! 開門装置が壊れてる!」
「逃がしませんことよ!」
謎の男にロボットを任せ、鞭を鳴らして警告するフロル。
対してラヴリンは、顔をしわらだけにして唸ると、こちらを睨んで涙声で言った。
「殺しなさい!」
「殺しませんわ。情報さえ教えてもらえれば、いのちまでは取りませんことよ」
「違うのよ! 殺してって言ってるの!」
「落ちつきなさい」
「そうじゃない!」
ラヴリンはおもむろに両手で頭を抱え、苦しみはじめた。
「お赦しください、〈偉大なる頭脳様〉!」
ぼこぼこと音を立て、肉を膨張させる女。
「お願い、殺して! 殺して! いやああ!」
見る見るうちに異形の物体へと変貌し、悲鳴も怪物めいた呻きへと変わる。
「ラヴリン、いったいどうしたの!?」
目まぐるしく変わる状況。分からないことだらけ。
理解できたのは、目の前の女だったモノの瞳が「解放」を望んでいたことだけ。
フロルはくちびるを噛み、いっしゅんの逡巡ののちに滅びの炎を振るった。
……あとには何も残らず。
振り返ると、ばらばらにされたロボットの残骸が散らばっており、寄り添ったアーコレードとエチル王子が、黒いコートをかけられて寝息を立てていた。
* * * *
* * * *
第三の神、調和の女神イミューと、その眷属たち。
様々な分野の力を活用しようとする、愛と憎しみのエネルギー研究会。
広報部長ラヴリンが最期に口にした、〈偉大なる頭脳様〉。
そして、アーコレードとエチル王子を救った仮面の男。
二柱の女神とふたりの眷属の織りなしていた物語に、いくつもの新たな糸が加えられました。
我が神サンゲは、またも多くは語らず、自身の力を無断で使用されたことに立腹して、口を閉ざしてしまいます。
去りぎわに彼女が命じたのは、神を利用する不遜な輩の根絶やしと、二柱の遊び場であるアトリエと枕の隔絶。
わたくしたちは竜人ジャノヒゲにだけ事情を伝え、信者たちに惜しまれながらも帰界いたしました。
その後、アルカス王にことの顛末を報告し、ゲート水害の封鎖に向かったセリシールを支援活動から緊急でこちらへと呼び戻し、女神のアトリエに繋がる門を縫い合わせていただきました。
わたくしたちの世界は、狙われているのです。
創世の女神たちの寝床へと土足で踏みこもうとする輩の目的は、いったいなんなのでしょうか?
ところで、ラヴリンとの一件ですっかり頭から追いやられてしまった本題。
アーコレード・プリザブとエチル王子の交換留学生の件です。
図らずとも救い合う形となったふたり。
ああ、ロオマンス。なんとお互いに恋心が芽生えたのです!
……ということはまったくなく、エチル王子はアーコレードを認め、彼女の滞在とご自身のマギカ行きを承諾なさりました。
いっぽうでアコのほうは、肌を見られたのがよっぽどこたえたらしく、意地悪くそのことを蒸し返す王子の頬を何度も平手打ちにしていました。
自国では成人であるアーコレードも、じっさいはまだまだ子ども。そうでなくとも乙女のハートを傷つけられたわけですし、致し方ないことでしょう。
わたくしといえば、この日を境に、単身でのトラベラー活動を活発化させ、ときには非公式に文明世界へと足を運ぶことを増やしました。
女神の枕に住まうものとして、破壊神の眷属として、そして、大切な友人たちを守るために、研究会の活動とその目的や本拠地を探らねばなりませんから。
フロル・フルール扮するブラッド・ブロッサムが、あまたの世界の夜を駆けます。
その正体は、決して知られてはならない。
いつだって戦いはつらく厳しく、孤独なのです。
……いえ、失礼いたしました。
わたくしを見守ってくださるかたは、ちゃんといらっしゃるのでしたね。
さあ、わたくしといっしょに、新たな物語のページをめくりましょう。
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このあたりでストーリー全体の半分くらいですわ~。




