073.わたくしの言うとおりにすればよろしいのですわ-05
「痛てて。まさか床にめりこむとは思わなかったぞ」
エチル王子は赤くなった鼻をさすり起き上がる。
「いっそ下の階まで送って差しあげましょうか?」
「遠慮しておく。刺激の強い冗談をして、すまなかった」
あっさり謝る王子。アコは拍子抜けしたか、どぎまぎと返事をした。
ふたりを見守るフロル。
案外このふたりはいい影響を与え合っているのではないだろうか。
「まったく、なんて野蛮な連中なんでしょ」
室内から赤スーツの女が出てきた。
「この世界なら取りこむのも楽勝かと思ったけど、別の問題がありそうだわ」
彼女は壊れて分解してしまった白い釜を拾い上げ、こちらに気づくと、「あら、あなたは女神の枕のフルール卿」と声を掛けてきた。
「わたくしのこと、憶えていらしたのね。てっきり、スリジェ卿の金貨袋のことで頭がいっぱいかと思ったのですけど」
「これは手厳しい。少し前のパーティーでは挨拶をしておりませんでしたね。ワタクシ、愛と憎しみのエネルギー研究会の広報部長“ラヴリン”と申します」
手を差し出す女。一瞬、口元がゆがんだのをフロルは見逃さない。
これといって、何かの確証があるわけではないが、フロルの勘は握手を利用して情報を集めろと命じる。
――怪物やロボットではないようね。魔力も感じない。でも、これって……。
『気づいたか。この女、妙であるな』
サンゲの言葉に、こころでうなずく。アーティファクトの気配。
それも複数。特に破壊神の作品を強く感じる。
だが、彼女自身からは、女神の眷属たちから感じるような「つながり」の気配が見つからない。
「はしたないのは分かってるのですけど、ワタクシも上からせっつかれてまして。
世界をよりよくする事業には、大量のコインが必要ですし……。
お気を悪くなさっていたのなら謝りますわ。
でもフロルさんは、どちらかというと、あなた自身への無礼よりも、
大切なお友達にまとわりついたことをお怒りのようですね」
――こころを読まれた!?
思わず手を離しそうになるが、こらえる。
「ふふ、驚かれました? 研究の副産物で、ちょっとした読心術を心得てまして。
ご興味が沸かれたのでしたら、いつでもおよびつけくださいませ。
支援やご協力のほうは、金貨以外でも募集しておりますから」
薄笑いを浮かべるラヴリン。
彼女が手を離すと、やはりアーティファクトの気配が遠ざかった。
続いて、手のひらに収まるサイズの白いカードが手渡された。
カードの中には彼女の身分や、数字の羅列が記されている。
「ところで、フルール卿はこちらで何を? ワタクシのセミナーを受けにいらしたわけでもないようですけど……」
「わたくしたちの女神の教えを伝えに参りましたの。役目ですので」
「ああ、あの女神様!」
女は満面の笑みになる。
「あまたの世界をご創造なさったという。こちらの世界には、どこかの世界を経由なさって?」
フロルは口を開きかけて黙った。当の女神が『言うな』と命じたからだ。
「女神の枕とのゲートが最近開いたんですよ」
ジャノヒゲが口を挟む。
「この世界も、もともとは女神信仰だったのですが、いつの間にやら忘れ去られてしまって。口にする宣誓が、何に対する誓いかも分からない始末で、ちょっと復習をしようと思いましてね」
……話を聞いたラヴリンは、ほんの一瞬、笑みを浮かべた。
「なあ、おばさん。さっさとどいてくれぬか? ただでさえ、そなたがつまらぬ講義をだらだらとしたせいで時間がおしておるのだ。しかも聴衆を騒がせたお陰で、われの服が汚れてしまった」
「お、おばさん!? 何よこのガキ!?」
「ガキとは無礼な。われは女神の枕が代表国アルカスの第二王子エチルであるぞ。頭が高い、頭が高い」
王子が不敵な笑みを浮かべ、ふんぞり返る。
「お、王子様!? これは、たいへんな失礼をいたしました!」
ラヴリンは慌てて下がると、繰り返し繰り返し腰を折った。
懐から羽ぼうきを取り出して、王子の服へと手を伸ばす。
「いらぬ。不問としてやるから、さっさと去ね」
赤スーツの女は手を引っこめ、もう一度頭を下げると「愛と憎しみのエネルギー研究会をお見知りおきを」と付け加えて、ちょうどやって来たエレベーターに乗りこんで去っていった。
「ち、今度のエレベーターは落ちんかったようだな」
王子は舌を打ち、こちらに目配せをする。
「ジャノヒゲさん、教えについての概要をまとめた冊子を用意してきたのですけど、こちらを複製していただいたりはできて?」
「任せてください。コピーならすぐに取れますよ。二、三十部でいいですか?」
「受講者さんたちにも配布して貰えるように、余分に刷ってもらえると、ありがたいですわ」
「了解です。ちょっと待っててくださいね」
竜人は冊子を受け取ると、腕の装置を操作しながら廊下を駆けていった。
「……エチル王子」
「分かっておる。城に戻ったら、すぐに研究会に関する警戒情報を出させればよいのだろう? あの女、何か腹に一物持っているという態度であった。われらの世界に来て、なんぞ成そうという不遜な考えがな」
「眷属ではないらしいのだけど、かなりの数のアーティファクトを所有してたわ」
「われに媚びたさいに見せた羽根も、“ちり払いの羽根”だったな。あの女も宣誓を使えるのだろうか?」
「どうかしらね。だとしても、ラヴリン個人がそうなのか、研究会とやら自体がそうなのか……」
意見を仰ごうと見上げるフロル。
『知らぬな。取るに足らぬ雑魚だろう。それより布教だ』
「妙だって言ってたくせに」
『わらわは創世者だぞ。女ひとりよりも、同格のイミューのほうがよほど問題だ』
女神はあしらうが、フロルの胸の底には不穏な予感がこびりついていた。
「あの、お姉さま。さっきのラヴリンという女性なんですけど……」
アーコレードも、ラヴリンがドメスト・サンポール卿と魔物の売買に関する話をしていたのを、パーティー会場で聞いたという。
「魔族と繋がりが?」
「どうでしょう、あのときは誰もラムマートンの正体に気づいていませんでしたし。それに、彼女が魔物を何かの実験に使うと言ったせいか、断られていました」
「無節操に多世界の生物や技術を利用しているというところかしら。講義の内容からして、彼女たちの研究は感情のエネルギーに留まらないみたいだし」
「だとしても、あのように不審な態度を取る必要はあるまい」
三人そろって首をひねる。
しばらくすると竜人が戻って来た。
『なんにせよ、布教だ。わらわたちの影響力を強めれば、なんの心配もいらぬ』
ということで、破壊の女神の眷属フロル・フルールによる講義が始まった。
「えーっと、みなさま……」
冒頭からさっそく詰まってしまう。セリスに渡されたレジュメには、女神の信仰をまったく知らない世界を想定した導入が記されていた。
しかも、愛だの平和だの、手を取り合いましょうなど歯の浮くような絵空事までも羅列されている。創造の眷属というか、スリジェ家らしい内容だが、これはちょっとくどい。
――どうしたものかしらね。
横でアーコレードが「頑張れお姉さま」と小声で言った。
ふう、と息をつく。やるしかない。
「じつは、みなさまやわたくしたちの住む世界は、二柱の女神によって創造されたものなのです」
聴衆たちはこちらに注目したり、冊子に目を通したりしているが、退屈そうだ。
フロルとしても、少々違和感がある。正確には、三柱の女神だ。
「同じことを言ってる世界のヤツに会ったことがあるけど、証拠はあるのかい?」
魔女の格好をした中年の女に訊ねられる。
レジュメには、想定される質問へのヒントも欄外に書かれている。
「まごころと誠意をもってお伝えすれば万事オッケーですの」と。
スリジェ家式のお気持ち論に加えて、いくつかのアーティファクトで力を示す選択肢も記されているが、創造の眷属が読むことを想定したものばかりで、もちろんフロルにはできない。
なーにが「わたくしの書いたとおりになされば平気かと思いますの~」だ。
――わたくしなら破壊の神工物だけど……。ここの人たちに神工物でパフォーマンスをしたって……。
誰でも第一宣誓持ちだ。
返事に窮していると、王子が「フロルが困ってるのは珍しいな」と呟いた。
――こういうのは苦手なのよね。
聴衆は静かにこちらを観察している。溜めが長いと退席されるかと思ったが、彼らはかえって目を輝かせているような気もする。
――負けてはダメ。
お嬢さまはみずからを叱咤する。
壇に立ち視線を集めるのも悪くはないだろうと甘く考えていたが、あの視線は自分をディザイアブルに値踏みするものではない。
わたくしはわたくし。しかし、世界に踏み入れば、その世界のルールを見よ。
この世界特有の、好奇心。
彼らはフロルではなく宣教師、いやその向こうの、「面白いもの」に興味があるのだ。
ならば派手さを取るのが正解。
女神の枕の特権の第二宣誓以降を使って何かをしてやろう。
「みなさまがたの中に、頑丈な品物をお持ちのかたはいらっしゃりませんこと?」
フロルは声高らかに宣誓する。
「わたくしが、破壊神の力でどんなものでもぶち壊してお見せいたしますわ!」
「フロル!」「お姉さま!」
ふたりが声を上げる。
いっぽうで破壊神は『いいぞ。さすがわらわの娘よ!』と、ご満悦だ。
エチルとアコはやめたほうがいいと忠告するが、フロルの当てこみは見事に実現した。聴衆たちはこぞって荷物をごそごそとやりはじめ、机の上にあれやこれやと並べだす。
フロルが腰のつるぎに手を掛けると、今度は破壊神が止めた。
『何も持たずに宣誓してみろ。第二止めで構わん』
「汝の願いは吾の願い。吾は誓わん、女神サンゲの名のもとに」
従って宣誓すると、フロルのガントレットが赤黒い破壊の炎に包まれた。
「ちょっとこれ!」
『怯えなくともよい。今のそなたなら、その程度の破壊の力は思うがままだ。その炎は、そなたが滅したいと願う存在のみに働きかける。さあ、存分にやれ』
確かに、炎は鎧や机に触れているが消滅させていない。
分かるぶんでは自分は正気。シダレのようになることもなさそうだ。
「ホントになんでもぶっ壊せるんだよな? これ、どっかの世界のウチュウってところから飛んできた、ものすげー硬い石らしいんだ。ちょっとやってみせろよ」
サングラスをした柄の悪そうな竜人が、こちらに向かって石を投げてきた。
フロルは炎をまとった手でキャッチすると「せいっ!」と掛け声一発、石は塵も残さずに消滅した。
「すげー! 宣誓のアイテムもナシにやったよな!? さっき言ってた、サンゲって破壊の女神様の加護なんだよな!?」
「そのとおりですわ。さ、お次は何をぶち壊してさしあげましょう?」
次に持ち出されたのは水差しだ。
「これは……女神の水差しですわね」
「無限に水の出てくる便利な道具なのさ。なんでも壊せるっていっても、水を壊すことなんてできないだろう?」
魔法使い姿の女が、きししと笑う。
彼女が杖についたスイッチを押すと、尖端から小さな炎が立ち上った。
「この炎の魔術でも干上がらせられないんだからね」と得意げだ。
「えーっと、ホントにいいのね?」
女神と魔女にまとめて問う。
『どうせミノリの作った品だ、遠慮なくいけ!』「やれるものならね」
フロルは両手で水差しをつかむと、「せいっ!」と滅した。
少しばかりの水が机にこぼれただけで、創造神の作った実用的芸術品は跡形もなく消えてしまった。
「ぎゃーっ! これを手に入れるのに珍しいものをたくさん交換に出したのに!」
「だから言ったのに……」
魔女は、じっとこちらを睨みつつ、杖を大事そうに抱えて席に戻っていった。
「もし、よろしければ、私のこれも試してもらって構いませんか?」
彼も興味が出たのか、ジャノヒゲが指輪をかざす。
彼が宣誓をして結界を生み出し、フロルが正拳を打ちこむと、光のドームはヒビを作ってこなごなになってしまった。
「ほう! いやはやすごい!」
眼鏡の下で目を見開く竜人。
「今のはわれも驚いた」「セリスお姉さまもお使いになられてた結界を……!」
王子と令嬢もびっくりだ。
守護の指輪の効力は、この世界でもよく知られていたようで、聴衆からも大きなどよめきがあがった。
「そんなしょぼいバリアじゃなくって、この最強の盾に穴をあけてみせろよ」
お次の挑戦者。「もちろん、やれるものならな」と付け加える戦士のおやじ。
彼が持ち出したのは、まっしろな円盤状の盾だ。
三人の女性のバストアップが三角に配置されたレリーフが美しいが、彫刻が凝っている割には、金細工や宝石などの装飾は見当たらない。
「はい、この通り!」
フロルは人差し指を盾へと突き立てた。
……ぐにゃり、指に激痛。
「いったあ!」思わず指を握りかばうフロル。
会場は爆笑の渦である。
「はっはっは。やっぱり俺の盾は最強だ。女神様ってのも、たいしたことないな」
「なんなのこの盾!?」
『懐かしい品が出てきたな。それはイミューの作った盾だ。あやつが作った盾に、わらわとミノリが彫刻を施したのだ』
サンゲに言われて気づく。白い壁とそっくりの材質だ。
――そっか、ときどき遺世界で見つかる武器や防具……。
トラベラーや戦士たちが重宝がる遺物のひとつ、不変の武具。
それらは魔導や宣誓には応えないが、切れ味や頑丈さが破格の品であり、多くはこの盾や白い壁と同じように、白を基調としたデザインをしている。
――でもこれは、三柱そろっての合作って言ったわよね。
調和の神イミューとも、もとは仲がよかったではないだろうか。
サンゲはそのあたりの事情をはぐらかしている。
仲たがいをしたせいで二柱が封印され、世界が停滞しているのではないか。
もしそうだとしたら……。
――喧嘩の理由は何かしら。
ふと、幼い日の記憶がよみがえる。
――そっか、わたくし……。
長年続いたセリシールとの絶縁状態。
その大元となったのは、フロルが絵のモデルをしていたときに、急に破壊の衝動に襲われてしまい、セリス入魂の描きかけの絵を破いてしまったこと。
今まで、ずっと忘れていた。
仲直りはしたものの、これに関しては謝った記憶がない。
この神々の抗争も、多くの世界を巻きこんで面倒なことをしないでも、ちゃんと謝れば、犠牲も少なく、簡単に解決してしまうのではないだろうか?
「どうした宣教師の姉ちゃん、降参か?」
戦士は得意げだ。室内の空気も冷めてきている。
お嬢さまはおやじの勝ち誇った顔を捨て置き、女神を見上げた。
「ねえ、サンゲ。あなた……」
『よし、ぶち壊すがよい。本気でいけ!』
ふいにお嬢さまの手に宿った炎が猛り、なんかもう、なんでもいいからぶち壊したいお気持ちが、骨の髄まで広がっていく。
「せいっ!」
チョップ一閃! まっしろな盾がまっぷたつとなる!
「ひゃーっ! 俺の盾がーーっ!」
哀れな芸術品は、ちょうどふたりの女神を引き離し、ひとりの女神を両断するかたちで割れている。
「わたくしが壊せるのは物質だけにあらず。概念でも悩みでも、なんでも破壊して差しあげます。困りごとがあるかたは申し出てきなさい。わたくしが、破壊神サンゲからのありがたいギフトを授けて差し上げますわ!」
沸き立つ室内。アコは不安そうに「大丈夫ですか?」と訊ねる。
王子のほうは乗ってきたらしく、「いいぞもっとやれ」だ。
「ふたりとも、ご心配はいりませんことよ。わたくしの言う通りにすれば、なーんでもうまくいのですわ!」
席を見渡すと、文明スーツ姿の男が立ち上がり挙手した。
「はい、そこのあなた!」
「私は異世界からここへやってきて、起業しようと思っているんですが、ベヘレケスッポンポカフェをやるか、ブシャブシャノパン屋をやるかで悩んでるんです。宣教師様、女神様はどちらにすればいいとおっしゃられていますか?」
フロルはカードを取り出し構え、神への宣誓を口にする。
「答えはすでにあなたの心の中! 破壊神サンゲよ、優柔不断を消し去り給え!」
男の席にカードが刺さり、赤と黒の点滅が起こる。
すると彼は「決まりました。どっちもやります! いっそ融合させて、新しいトレンドを作るんだ! よし、そうと決まったらこの前のセミナーで買ったふとんを売りまくって資金を作るぞーーっ!」と、こぶしを突き上げ、猛然と退室していった。
男のやる気満々っぷりに感化されたか、我先にと手が挙がりだす。
「宣教師様、おれの悩みを聞いてくれ! 憧れのあの子をモノにしたいんだ!」
何ぃ、恋愛話だと!? フロル・フルールは最優先で恋するドラゴンを指名した。
「直球勝負よ。告白なさい。ありったけの愛をぶつけるのです」
「でもよう、所有者の目があってさあ」
――さては奴隷か何かね。悲しき恋に救いの手を!
「その子を解放してあげなさい。さらって、あなたの愛を示しなさい! いっそ押し倒すのも可!」
「そんなことしたら、嫌われちまわないかなあ。そしたらおれ、生きていけないよ」
天井まで届くでっかい図体をした竜が、もじもじしていやがる。
「うじうじハートを粉砕しますわ! レッツ・ポジティヴ・シンキング!」
竜の額にカードが刺さると、彼のしょぼくれた顔が、しゃきっとなった。
瞳がきらきら、並ぶ牙の隙間から情熱の炎をはみ出させ、やる気がむくむくと怒張するのが手に取るように分かる。
「よっしゃ、オスなら当たって砕けろだ! 待ってろよ、駐車場のスイートハニー!」
ドラゴンは窓をぶち破って飛び出していった。
「あの……宣誓の力を使うということは、アーティファクトに力を籠めてもらうことも、できるのかしら……」
なんだこいつは。床に引きずるほどに長い黒髪をした、衣装までまっくろの全身黒づくめの女がやってきた。表情も暗ければ、目の下にもまっくろいくまがある。
「あなたからは不幸のオーラが出てますわ! 信心が足りていないのです!」
「これに、力を籠めてくれたら信じるわ……」
女は、じゃらじゃらとたくさんの指輪をテーブルに転がした。
このとげとげしいデザインの指輪は、人間関係を破綻させる呪物、別れの指輪だ。
「破滅の因果があなたを救う! 汝の願いは吾の願い! 以下略!」
指輪たちに不吉な輝きが宿る。
女はそれを両手ですくい上げると、昏い瞳を細め、恍惚とした笑みを浮かべた。
「ああ、破壊神様、宣教師様……!」
ひざまずき、捧げものをするかのように指輪の山を掲げる女。
「これで、私をバカにしてきた連中を、みーんな破滅させてきてやるわ……!」
「よろしくってよ! わたくしをあがめなさい!」
フロル・フルールは「おほほほほ」と高笑い。
ところが、誰かが水を差す。水差しを壊された魔女だ。「サクラじゃないのか?」
「そなたは破壊の女神の御子フロル・フルールの奇跡を眼前で体験したばかりだろうに。信じねば不幸になるぞ!」
エチル王子が声高らかに反論する。
アコも「お姉さまのおっしゃる通りにすれば、幸せになれます!」と張り合う。
魔女は気圧されたか、「じゃあ、私の悩みを解決したら信じる」と、ぼそぼそ言った。彼女の悩みは、魔導の使える世界に生まれなかったために、憧れの魔法使いがコスプレに終わっていることだった。ちなみに、魔法の杖も機械仕掛け。
「ほんのいっときでもいいから、本物の魔法使いになりたい」
世界を創りし一柱の使いフロル・フルールは、札を一枚引き抜き高く掲げる。
「汝の願いは吾の願い。吾は誓わん、女神サンゲの名のもとに。御神の美斗を毀つ聖心に殉じることを! 彼女を縛る掟の鎖よ、滅びなさい!」
コスプレ魔女の身体がほのかに赤い光に包まれはじめた。
彼女が手のひらを上にすると、その中でロウソクほどの火が生まれる。
「魔導書通りにできた……! す、すごいわ。さっきのセミナーで言ってた通り、私にも魔力があったんだ。ああ、女神様っ! ありがたき幸甚への返礼は、私の人生のすべてを懸けての布教で果たしてみせます!」
「おーっほっほっほ! 女神にかしずきなさい! さあ、エチル、アコ。あなたたちも女神のありがたさをほかの者にお教えになってあげて!」
フロルはふたりに命じ、布教用のパンフレットを信者たちに配らせる。
「よしよし、われのほうがたくさん配ったのではないか?」
「む、あたくしの配った信者のほうが知り合いが多そうでした!」
睨み合うふたり。
ふいに、アーコレードが何かに押されたかのようにつんのめり、パンフレットの山をひっくり返した。
「おい、何をやっておるのだ」「違います。誰かが押したんです」
「誰もおらんかっただろうが。まったく、そなたはどんくさくてかなわん」
「違うの! 本当に誰かに……」
ふいに、アコとエチルが黙りこむ。
ふたりは同じところを見ている。
そこにはなぜか、見覚えのある剣が、ぷらりと宙に浮かんでいる光景があった。
フロル・フルールは正気に戻り、腰に手をやった。
破滅のつるぎが、無くなってる!
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