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062.お姉さまと呼ばないで!-08

『みなさま、腹ごしらえはお済みでしょうか? 勝負に悩む前に腹ごなしとまいりましょう。これより、エキシビジョンマッチを開催いたします!』


 ボックス席の脇には窓があり、アリーナを見下ろせるようになっている。

 ガラス張りの向こうからくぐもった歓声が聞こえたが、係員が“スピーカー”なる機材の使いかたを説明してくれ、操作をすると音が大きく鮮明になり、まるで会場にいるようになった。


「魔物なんて、ぶち殺してしまえばいいんです……」

 アリーナを見下ろすアコは、葡萄酒のせいか、ゆっくりと前後に揺れている。

 フロルも珍しく潰れてしまったらしく、セリスの膝を枕に大人しくしている。

 このぶんではマギカ観光はお流れになりそうだ。

 相方をもう少し寝かしたら、アコの従者にどこか静かなところに案内させ、酔いを醒まさせてからプリザブ家の屋敷に行けばいいだろう。

 セリスは肩の力を抜き、膝の上の相方を撫でた。

 ほの赤く染まった、まったく無防備で緩みきった頬。

 指でつつけば、もちっとした弾力で押し返してくる。


『当闘技場で戦うのは魔物だけではございません。エキシビジョンマッチでは種族に関わらず、勇猛な戦士たちの戦いがご覧いただけます。今回のテーマは美醜。醜き魔族と魔物のチームと、美しきふたりの戦士の死闘を披露いたしましょう!』


 入場門のひとつが開き、中から大きな人影が三つ現れた。

 見覚えのある顔。酒場で遭遇したオークたちだ。

 彼らは腰巻ひとつの姿で槍や斧を携えている。

 もともとそういう体質なのか、鍛えこんだものなのか、筋肉も骨格も立派だ。

 セリスは不快感を覚える。彼らにではなく、彼らを美醜の醜に置いたアナウンスに。彼もまた、台本を読まされているだけかもしれないが。


『オーク三銃士! 魔族オークの残酷さはみなさんもご存知のことでしょう。人間やエルフの里を襲い、火を放ち、年齢性別を問わずにレイプする……』


 わざわざの解説は、具体的な襲撃事件にまで及んだ。

 そこまでしなくてもと思うが、モニターがときおり観客席を映すと、ブーイングに反して、にやついた顔が見られることに気づく。

 精力旺盛そうな男だけでなく、貴婦人とおぼしき者も煌びやかな扇子で口を隠し、目を細めている。

 この解説すらも余興のひとつなのだろう。


 セリスは酒場でのオークの態度を思い返す。

 狭い店内を移動する際には他人に気をつかっていた。

 差別的な冗談へは寂しげな視線を向けていた。

 仕事なのだろうが、人里に出てきてこんな汚れ役をしなければならない彼らの境遇が心配になった。

 オークの起こした事件の紹介はあったが、「彼らがやった」とはひとことも言っていない。


 ちら、と連れ合いの少女を見ると、はっきりと彼らを睨み、くちびるが「最低です」と動くのが分かった。あの三人のオークが本当は無害だとしても、オークはオークとして十把一絡げに見ているのだ。

 これは巧妙に仕組まれたショーなのだ。

 あとで教えてやらなければ。だが、魔族を仇にしている彼女をどう説こうか。


 いっそ、試合を観ずにこのまま帰ってしまおうか。


「フロルさん、お起きになって」「むにゃ……」


 ブドウの渋みと肉料理の甘いソースの香りが漂ってくる。

 その薄く開いたくちびるへいたずらをしたくなる気持ちが、ふたりへの保護欲を押しのけた。


「……」


 何を考えているんだと首を振るセリス。


『今回はさらにオマケして、そんな極悪非道のオークたちもびっくりの怪物をご用意しました。異界の邪悪な研究で作られたという、奇々怪々な実験生物の入場です!』


 オークたちに続いて、滑車のついた檻が入場してきた。

 その中には何かぬめぬめとした肉塊……ぶちまけた内臓を集めて山のようにした物体がうごめいていた。血管の浮く心臓のような物体を本体に、腸に似た管が無数に伸びており、くねくねと宙をさまよっている。

 観客たちの声も表情も、醜悪なビジュアルに対する非難と悲鳴がほとんどだ。


 ――なんだか、いやらしいもののように見えますの……。


 ぐじゅぐじゅと濡れた器官のかたまり。

 血にまみれていたら戦地を思い出しただろうが、透き通りところどころ白濁した粘液に包まれ滴らせるそれは、いったいどのように使われるのだろうか。


 ふいに指先がぬるりとする。

 生温かい。ついうっかり、フロルの口へ親指を挿入してしまったらしい。

 魔物のせいだ。なんていやらしい魔物だ。

 セリスは自身の中の魔物を飼いならすのに失敗し、せっかくだからと潜りこませた指を遊ばせてみる。

 舌を求めて、指を歯のあいだに割りこませる。


「痛ったい!」噛まれた。

「ふふ……。人間みたいな味がする……」

「お食べになったことがありますの!?」

「食べたことないけど……」


 胸を撫でおろし、指を拭って試合に集中することにする。

 あの怪物が斬られるところを見れば、この気の迷いも晴れるだろう。


『さて、醜ときましたら美! 怪物どもに対する選手の入場!』


 反対側の入場門が開き、ふたりの人影が現れた。

 かたや全身を金属の鎧で覆った戦士。かたや大きな弓を背負った狩人の男。

 戦士が兜を外すと黄金の長髪が踊った。見目麗しき若い女性だ。


『やむを得ぬ事情により誓いを破り、マギカ騎士団を追放された悲劇の女騎士! そのつるぎで悲しきさだめとともに醜い魔物もぶった斬ってくれ! 当闘技場ではお馴染み、エキシビジョンの女王シュミレス・ヘンティーン!』


 あまりの大歓声にスピーカーの音が割れ、セリスは思わず耳を塞いだ。

 女騎士は鋭い瞳でオークたちを一瞥すると、つるぎを抜き胸の前で立てて構え、目を閉じ何かをつぶやいた。


『そして、こちらもお馴染み。北のロスラム皇国との国境の森の奥深くからやってきた女神の奇跡! 当世界抱かれたい男、百年連続ナンバーワン! エルフの狩人ヘキセイ!』


 またも耳を塞ぐ羽目になった。今度の歓声は、ほとんど悲鳴に近い。

 モニターが先ほどの貴婦人を映したが、今度は扇子で隠すどころか、鼻の穴を広げて上気した顔をし、前の座席に足を掛けて声援を送っている。

 ヘキセイは美形だ。さっき会ったエルフの男も中々だったが、輪を掛けて整った顔立ちをしている。肩まで伸ばした髪も美しい。


 セリシールは鼻で嗤った。

 セリスの好む男性像は、彫像にして映えるような肉体を持つ男だ。

 あのエルフは線が細すぎる。細い首の曲線美は確かに芸術的だが、明るい色の長い髪がせっかくの線をぼやかしてしまってもったいない。

 もうひとつ注文を付けるとすると、人前に出るのを好まない謙虚な性格が好きだ。先ほどのオークのほうがより合格点に近い。

 いや待てよ。これは考えてみれば自分の亡き父と重なる。

 それは自分の男性の理想像というよりは、父性の理想像なのではないか。


 ――では、わたくしが異性としてよしとするお殿方は、どんなかたかしら?


 思い浮かばない。膝の上の友人のことは大好きだが、よくよく考えれば笑い飛ばしたエルフの選手と同タイプの容姿に思える。


「ヘキセーイ! 脱げーっ!」


 ヤジを飛ばしたのは男だ。同性からも人気らしい。

 エルフの男はやはり自身の美を心得ているらしく、服の胸元に手を掛け、大きく開いた。

 あらわになった胸部にはしなやかな筋肉がしっかりとついており、指のあいだからは男性には無用な器官――乳首――が覗いた。

 またまた大歓声。今度はスピーカーだけでなく、窓も割らんばかりに鳴らした。


 反して、セリシールは自分が冷めていくことに気づく。

 彼女自身は奥ゆかしく振る舞うことに誇りを感じていたが、やはり肉体はおとなの女性だ。相応のものを見たりやったりすれば、反応をしめすのが自然。

 ところが、筋骨たくましい戦士の彫像の夢想も、窓の向こうにある繊細な美の極致を見ても、なんとも干からびたような気分になるばかりだった。


「そうだーっ、脱げーっ!」


 間近で声。それから顎に衝撃。

 セリスはのけぞり、椅子の背もたれに後頭部をしたたか打ちつけた。


 フロルが起きて頭突きをくれたらしい。世界が揺れている。

 彼女は「ごめんごめん、大丈夫?」と、こちらの頭を抱いて顎をさすってくれた。


「だ、大丈夫ですの。それよりフロルさん、酔いのほうはよろしくって?」

「平気平気。別に寝てもなかったし。それより、試合を見ましょ」


 顎が痛い。いつの間にか試合が始まっていたようだ。

 三人のオークが女騎士シュミレスを取り囲んで、じりじりとにじり寄っている。


「あの騎士のかた、なかなかの使い手ですわね」

 まだ一太刀も振っていないというのに、フロルが評価した。


「ぶひひ! その鎧を引っぺがして楽しんでやるぶひ!」

 オークAが両手持ちの戦斧を持って飛びかかる。

 シュミレスは重そうな鎧に身を包んでいるというのに、相手の一撃をさっとすり抜け、やいばではなく柄で背後からの一撃を加えた。

「人間の女の攻撃なんて、愛撫みたいなものぶひ!」

 オークAはぐらつきながらも振り返る。


「ぶひぶひ言ってますわね。酒場では普通に話してらしたのに」

「あれが本性なんですよ!」

 苦笑する相方と、演技を見抜けぬご令嬢。


 オークが再度戦斧を振りかざし、騎士も顔負けの速度で振り抜いた。

 ところが、その得物はまっぷたつに折れてしまい、「ぶひっ!?」と動揺の色。


「次は貴様の牙を折ってくれよう」

 シュミレスは歓声の中、髪を掻いて涼しい顔している。


 ところが……。


「ぶっひひ。おいらたちが三人いることを忘れていたようだな」

「き、貴様ら! なんて卑劣な!」


 女騎士はオークBとオークCに両脇を固められてしまった。

 オークAが彼女の手からつるぎをもぎ取り、べろりと舐めた。


『おおっと! 女騎士シュミレス、大ピンチだーっ! なんという屈辱的姿勢!』


 女騎士は両脇のオークの肩へ腕を回し、オークがそれぞれ片方づつ彼女の足を持ち上げる格好で大開脚を披露していた。


「今、あの子、自分で脚を上げて手伝ってたわよ」

 フロルは爆笑している。

 いっぽうでアコは怒りにわななき、窓に張り付くようにして「逃げてください!」と声を張りあげている。


「おいらだって刀剣はちょっとばかし得意ぶひ!」

 オークAが剣を持った腕を振ると、濁った肌色が残像となり、スピーカー越しにも風を切る音が届く。

 すると、女騎士は悩ましげな悲鳴をあげ、鎧が分解されて、ばらばらと地面へと転がった。


「くっ、殺せ!」女騎士が眉間にしわを寄せて顔を背ける。


「ぶひひ。あとはその布切れを切っちまえば全裸になるぶ……?」

 オークAが固まった。

 シュミレスはすでに一糸まとわぬ姿だった。

「おいシュミレス。台本と違うぞ」

 オークBが女騎士に耳打ちをするも、筒抜けだ。

「ついうっかりだ。肌に直接、鋼鉄の鎧を当てると冷たくて気持ちがいいことを発見した」

 女騎士がなんか言った。


「分かる」うなずくフロルお嬢さま。


『さすがはエキシビジョンの女王! サービス精神旺盛だーっ!』

「ふっ、伊達に処刑待ちのオークを無断で使用した罪で追放されてはいない!」

 破廉恥な大開脚のまま誇らしげに首を反るシュミレス。

「さあ、さっさと犯せ!」


『身も蓋もないぞーーっ!』

 アナウンスが叫ぶと会場が爆笑の渦に包まれた。

 どうやら本当にことに至るらしく、オークも腰巻をはらりと落とし、えらくデカい武器を晒した。


「うっ」

 顔を背けるセリス。でも、ちょっと見たい。ちら、と片目を開ける。


「お客様。ご希望でしたら、有料映像をご購入できますが」

 係員がやってきてなんぞ勧める。オーク視点と女騎士視点があるんだとか。


 セリスは慌てて断ろうと口を開くも、フロルが割りこんだ。


「パスよ。国営の施設のくせにこういうことをしてるから、科学先進世界にバカにされるのよ」

 フロルはやれやれとため息をつく。

 買うのかと思ったが、案外冷静のようだ。

 いっぽうでセリスはちょっと惜しむ自分に気づき、これもまた魔物や女神の仕業だろうと言い聞かせねばならなかった。


「酷いことをなさらないで! パートナーのかたは何をなさってるの!?」

 アコはとうとう、窓を手のひらで叩いて抗議をし始めた。

 さいわい、ここからアリーナは遠く、ディスプレイの映像も無料版ではほとんどオークの背中しか拝めない。


 アコの指摘どおり、もういっぽうのエルフのほうはどうしているのだろうか。

 疑問に答えるようにモニターが切り替わるが、ヘキセイは気色の悪い物体を前に微動だにしていない。


『試合運びの都合上、ヘキセイ選手は触手生物と向かい合ったままずっとこの姿勢でした。さあ、そろそろ動きがあるか!?』


 ヘキセイが大弓を水平に構え、腕を背のほうへと回した。彼の全身から赤い光が起こり、遠く離れたここでも魔力の気配が肌を粟立たせる。

 アコは苦情を言うのをやめ、「すごい……」と漏らした。


『出るか!? 必殺の流星撃ち!』


 しかし、ヘキセイの身体から光が消え、彼は髪をかきあげ、もう一方の手で、がばっと胸元を開いた。


「なんということだ……」

『まさになんということだーっ! ヘキセイ選手、今日も矢を忘れてきたーっ!』


 会場が沸く。


『こうなってしまっては優男には打つ手がなーいっ!』


 アナウンスを合図に、ぐちょぐちょの肉塊からヘキセイへ向かって無数の管が伸びる!


「ああっ!? なんということだ!」

 ヘキセイは両手両足を触手に絡めとられてしまう!

「なんということだ~~~!」

 地面を引きずられ、粘液でぬめった肉塊へと呑まれてゆくエルフの男。

 客席からは悲鳴。アコも「なんてこと!」と、涙声だ。


 ヘキセイを呑みこんだ肉塊はどくどくと脈打ち、淫靡な連想をさせる水っぽい音がスピーカーからとめどなく流れだし続ける。

 セリスは律動を眺めていると、自身の胎もうごめくように感じ、思わずお腹の前でこぶしを握った。

 いったい、あの中では何がおこなわれているのか。

 少し前までは無垢な乙女だったはずのセリスの脳裏で、ヘキセイ――いや、ヘキセイをすり替わったフロル――が百八通りに辱められ絶頂する姿が万華鏡のごとしにくるくると回り始めた。


「セリス、なんかリボン光ってない?」

「ほああっ!?」


 セリスはリボンを乱暴に外すと、テーブルに叩きつけた。

 想像力を増強する創造のアーティファクト、夢想の蝶である。

 つけているのをすっかり忘れていた。

 これのせいで変なことばかり連想していたに違いない。


『おおっと、フィニッシュかーっ!?』


 どちゅっという音とともに、肉塊の上部から大量の白濁した粘液が噴出した。

 そして中から触手によって引き出されたのは、やはり衣装の代わりに汁を身にまとったべとべとのエルフの男であった。


「な、なんということだ……」

 恍惚とした表情がモニターにアップとなる。


 ちんちんちん! フロルが係員を呼ぶためのベルを連打した。


『これにて、エキシビジョンマッチを終了いたします。次回は女優と男優を入れ替えてのカードを予定しております。では、午後からも引き続き試合をお楽しみください。第七試合のカードは……』


「ふうっ。なかなかスゴかったわね。はっきり言って、興奮したわ。羨ましかった」

 フロルは汗をぬぐい、呼び出した係員にチップをじゃらじゃらと渡した。


「フロルさん!」声を荒げるセリス。

「国営施設で不健全な見世物がおこなわれているのは感心しないとおっしゃったでしょう!? わたくしも、連盟の議題にあげて、寄付金の没収と天秤に掛けてやめさせようかと思います!」


「あなた、けっこうエグいわね。お客には異界人も多いみたいだし、金や銀が貴重なマギカにとっては、外貨獲得のかなめなのよ。闘技場は魔物に対抗する知識を学ぶ場でもあるわけだし、今のご時世で下手にやめさせたら、魔王側に押し切られるきっかけになりかねないわ。異界に舐められてでも、ってことなのよ」


「品位に欠け、不必要に劣情を煽るだけでなく、魔物への憎悪を無意味に高めるかと存じます。フロルさんは理解なさったうえでご覧になってたようですけど、アコさんのように純粋な子には毒が過ぎます。シャルアーティー様も、教育の場としてここが選ばれる可能性を配慮なさらなかったのは失策かと存じます」


 教育に悪いどころか、こころの傷になってしまうだろう。

 ほら見ろ、ご令嬢は目からぼろぼろと大粒の涙をこぼしているではないか。


「今のお話、本当ですか?」

「そうよ。あれは台本よ。あの怪物はよく分からないけど、騎士とエルフは好きでやってるって顔をしていたわ。オークのほうは仕方なしって感じに見えたけど」

「違います。いえ、そちらもですけど……お兄さまがあたくしになんて?」

 セリスはアコに睨まれる。

「ごめんなさい。内密にと言われていたのですけど。シャルアーティー様はわたくしたちの案内を通して、アコさんに社会を学ばせるように、お頼みになられたんですの」


 令嬢に頭を下げる。

 やはり、エキシビジョンの性質に気づいた時点で退席させるべきだった。


「お顔をお上げになってください! そもそも、お兄さまがお勧めになったんです。闘技場はマギカの自慢だから外せないだろう、っておっしゃって。お兄さまも、ここでこんなことがおこなわれていたのは知っていたに決まってます!」


 アコは髪を掻きむしり、「どうして!?」と叫ぶ。


「社会を学ぶということは、こういうことなのよ」フロルは冷たく言い放つ。

「でも、アコさんは後継ぎでもなく、連盟のお仕事をするくらいで……」

「だからでしょ。セリスが怒ったように人道連盟が問題視することなんでしょ? でも、当の世界が理解して取り組むべきことでもある。アコのためを思うなら、あなたは口を挟まないで彼女たちに任せるべきよ」

「フロルさんだって加盟なさってないくせに。アコさんはまだお歳もお若いですし、学ばせるにしても、もう少し段階を踏むべきかと存じます!」

「他人の学びの心配をする前に、セリスはもうちょっと調べるべきね。いい? さっきも言ったけど、マギカでは飲酒の制限がないように、結婚だって十四で認められるのよ。彼女は立派なおとなよ!」


 ふたり睨み合い、あわや接吻の距離まで顔を近づける。

 リボンを外したというのに創造の感情が邪魔をして、思わず舌打ち。

 それを敵意と受け取ったか、フロルの表情がゆがんだ。


「おやめください! お姉さまがた! あたくしのことで争わないで!」


 アコが割って入り、ふたりを押しのけた。


「とにかく、屋敷に案内いたします。お兄さまに聞きたいことができましたし」

「あとでもいいでしょ。飲み直すか、気晴らしにどこか案内してよ」

 フロルはそっぽを向く。

「おふたりの思っているのとは、少し違う話なんです。お兄さまはもしかしたら、この闘技場を肯定なさってるかもしれなくって」


「勉強として、ではなく?」

 セリスは首をかしげる。


 アーコレードは表情を落とし、語る。


「お父様は闘技場を始めとした魔物関連事業に対して疑問を持たれてまして、

 魔族も人道の対象にするための論文も執筆なさっていました。

 ですが、お兄さまに席を譲られるさいに立ち消えとなって、

 お兄さまはお父様に会議への出席を止めるいっぽうで、

 ご自身は欠席なさってばかりなんです。

 それに、魔王軍の侵攻に対抗するために、異世界へのパイプを求められたり、

 有力な武器商人との取引を持つようにもなられてまして……」


「きな臭いわね」

 フロルが指を噛む。だがセリスは、彼女がつらの下で「面白くなってきたわね」と言ってるのを見逃さない。こういうところは好きになれない。

 腹立たしさとは裏腹に、またも喧嘩になったことに沈む。


 ところが、視界にすっと、友人の手が入りこんできた。


「ごめん。熱くなり過ぎたわ」


 セリシール・スリジェは、ため息をつき、握りあった手がじんじんと熱くなるのを感じ恥じらった。

 しかし、こころの中では「やっぱり、わたくしがしっかりしないと」と複雑な思いを持て余したのであった。


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